学校に能力給はふさわしいか? | 神戸国語教育研究会カプスのブログ

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学校評価が義務づけられ、生徒からの教員への授業評価も数値化される。

 

それに乗じる形で、評価によって給料を反映させた学校もあるらしい。いわゆる「能力給」だ。

 

予備校などでは、昔からこれが当然のように導入されている。そもそも、大手の予備校となると、評価の低い講師は生き残れない。まさしく、競争原理の社会だ。

 

ただ、学校は、というと、ちょっとなじまない気がする

 

そもそも、予備校講師と学校教員の大きな違いは、教科以外の仕事の有無だと思う。

 

もちろん、予備校講師に教科以外の仕事が皆無だとは思わない。しかし、学校の教員は、教科以外の仕事が多くを占める。校務分掌という名のもと、教務部や庶務部、生徒部、進路部など。校務分掌と関係なく、担任するクラスの生徒指導・生活指導も入ってくる。各行事の企画・準備があるし、保護者対応もある。教師の本分は授業にあり、と正論を振りかざしたところで、実際には教材研究するのもままならぬくらい、その他の仕事が多い。

 

教科の仕事で考えた場合、専門性も変わってくる。国語教師の場合、予備校なら、現代文の講師、古文の講師、漢文の講師、小論文の講師……と細分化される(兼務している講師もいるが)。自分の専門とする分野に力を注げる。

 

その点、中高の国語教員は、そうはいかない。専門が現代文だからと配慮してもらって、現代文の授業を多めに入れてもらう程度の配慮はあろうが、それを優先していては時間割が編成できない。大学で現代文を専門としていても、教壇に立てば古文・漢文を教えることなんてざらにある。

 

話を元に戻すと、予備校で評価に応じた能力給を導入して成功したからといって、学校で同じようには適用できない、ということだ。

 

年末の研修会で、能力給を導入した学校について、「評価が高く給料の上がった教員がいるということは、一方で給料の下がった教員がいるということだ。それで、お互いに不信感を抱くようになり、職場が崩壊してしまったケースがある」と聞いた。

 

授業の評価が芳しくなくても、校務や生徒指導に長けている教員もいないとは言えない。そういう縁の下の力持ち的な教員もいるからこそ、学校は授業以外の面も運営されている。

 

学校教育に能力給を導入することは、あまり望ましくないと考えている。

 

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