「あのクラスはみんな真面目にやってて、伸びますよ」と授業担当者が評価するクラス。
対して、「あのクラスは授業に興味をもってくれず、雰囲気が重い。伸びないなぁ」と授業担当者が評価するクラス。
ところがどっこい、模試の成績を見てみると、前者は偏差値が落ちているのに、後者は偏差値が上がっている、なんてことがある。
授業担当者の実感と、実際の学力が、一致しないのだ。
これはおそらく、授業担当者側に問題があると思う。
その授業担当者からすれば、「良いクラス」というのは、黙って静かに自分の講義を聴き、板書を写してくれるクラス。真面目なクラスだ。逆に、居眠りをしたりして、自分の講義に関心を持ってくれないクラスは、「悪いクラス」という評価が下る。
それなのに成績が裏腹になる。
つまり、その教師の授業には、生徒の学力を伸ばす要素が欠けている、ということだ。
昔、読売新聞のCMで見たことがある。檻のような鉄柵越しに教師が黒板にひたすら書く。生徒は、鉄柵の向こう側で、黙ってノートを写すだけ。「教育はどこに向かっているのだろう」というテロップがそこに入る。教育現場に対する強烈な皮肉だ。
だが、この皮肉はかなり鋭い。結局、教師が一方的に講義して板書し、それを黙って写すだけでは、生徒たちは自分の頭を使っていない。頭を使わないから楽と言えば楽だ。定期考査も、写したノートを覚えてきたら点が取れる。けれど、頭を使っていないから、模試のような実力テストになると結果が伴わない。
逆に、「この授業は退屈だなぁ」と感じている生徒たちは、もっと頭を使うことを欲している。頭を使った授業をしたい。だから、授業中はやる気がない。おそらく、塾や家庭学習の方で力を蓄えているのだろう。頭を使おうとしているから、授業はさっぱりでも模試で結果が出る。
教師が一方的にしゃべり、板書する。そんな時代は終わった。それを黙って受け入れる生徒が良い生徒だ、という価値観も考え直さねばならない。
生徒が自分の授業を受け入れていないと感じたのなら、それは生徒が悪いのではなく、退屈な授業をしている自分に疑念を抱くべきだ。
求められるものが変わってきているのだ。
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