小説:17歳のジャズ、而して、スーパーカブ -7ページ目

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第77話

 結論からいえばさ、僕らは、厳密な定義上の温泉には入らなかったよ。ゴミクズの隆志が、身動きひとつしないワニ園の外から眺めるのに夢中になりやがったからさ。そのワニ園は、とっくに閉まっていたんだ。もう御伽噺はお仕舞いって感じでさ。ゴミクズお断りっていう感じでさ。夏の日没に、あらゆる人間お断りっていう感じさ。


 まあ、それでも、外からでもワニどもは見えた。はっきり見えた。蝋か何かで人が無理やりにつくったみたいなワニがさ、見えたんだ。ハンマーのひとつでも振り下ろせば、粉々になるようなワニがさ、見えたんだ。


 ハンマーが振り下ろされるんだ、すべてのインチキにはさ。


 春を告げる雨が降って、夏を告げる雨が降って、秋を告げる雨が降って、冬を告げる雨が降って、ハンマーが振り下ろされるんだ。


 僕らの頭の上にさ。


 しかしさ、誰かの頭を踏ん付けて歩いて行けるって楽しんだろうなあ。愉快で仕方がないんだろうなあ。僕もいつか、そんな偉い人になりたいものだ。そこのあんたどもの頭を踏み付けて、歩いて行きたいものだよ。どこまでもさ、この生命が尽きるまでどこまでもさ、歩いて行きたいものだよ。笑いが止まらないだろうな。誰かのスネを齧って生きてる、活きに活きてるそこのあんたどもの頭を踏ん付けてさ。原発は要らないって叫んでるそこのあんたの頭にハンマーを振り下ろしたいものだよ。だいたいさ、インターネット環境にあるっていうそれだけで、原発反対なんていえないんだぜ。風車でもつくる気かよ。それじゃあさ、インターネットなんかできやしないんだ。原発が、僕やそこのあんたのキチガイ程度を支えてるんだよ。


 いまなら隆志の莫迦頭みたいにどでかいビジネスチャンスがあるよ。それは、原子力をばんばんつくってる施設を解体するノウハウだ。それを売るんだ。世界中で、注目を浴びれるさ。安全にさ、そんな施設を解体するノウハウがあるならさ。インターネットで、殺害予告や、通り魔予告や、大学受験のカンニングの遣り取りをする暇があるならさ、原発解体の安全な方法でも考えやがれよ。


 白痴どもがよ。


 まったく、ハンマーでも振り下ろされろよ。


 パソコンのモニターを幾ら覗いてもさ、あんたは独りぼっちのままだ。


 そんなふうにして、歳を取りたいのかよ。


 インターネットで誹謗中傷してさ、ときどき、真面目になって児童ポルノはいけませんとか環境問題に乗っかたりしてさ。そんな何面性もある人格を使い分けてさ。


 ほんとのあんたは何者なんだ?


 まあ、インターネットはさ、匿名じゃない。匿名性が強いっていうだけだ。僕は、必ずしも、匿名性を否定する訳じゃない。匿名性がつくる文化っていうのも、面白いからさ。実名や素性を明かしてじゃ、面白いこともなかなかいえないっていうこともわかってる。わかってるんだよ。


 氏名黙秘。


 名無しさん。


 面白いじゃないか。


 僕は、好きだ。


 最近じゃ、フェイスブックというのが世界中で流行ってるようだけど、あれはまず日本じゃ流行らないね。実名主義をモットーみたいな莫迦でかいお世話になんかこの国のうんこもらしどもはならないさ。


 Twitterで充分さ。必要充分さ。


 てめえらは、熱海のワニ園の微動だにしないプラスチック製のワニみたいだ。


 蝋よりは少しはましだ。


 隆志は、そんな微動だにしないワニに見とれてた。阿呆みたいにさ、手遅れの知的障害者みたいにさ。口をあんぐりと開けてね。完膚なきまでに閉まってるワニ園とは大違いさ。僕は、隆志の口を調べて、その中にワニがいやしないかどうかを確認してみたよ。


 「隆志、もういいだろ。温泉にでも入ってさ、野宿の場所を探そう」


 「もうちょっとだけ」


 「おい、何が面白いんだよ、こんなインチキがよ」


 「面白いとかそういうことじゃない」


 「じゃあ、何だよ」


 「遠足に来たみたいだから」


 「お前、ほんとにどうかしてるよな、何が遠足なんだよ。旅行だろ」


 「俺たち、遠足、行けなかった」


 「この僻み野郎が。人と比較するのはやめろ」


 「もうちょっとだけ」


 隆志は、幼稚園児みたいにワニを凝視し続けた。柵の外からさ、柵にしがみ付いてさ、僕らに足りなかった何かを補おうとしてるみたいにさ。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。


 

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第76話

 僕らは、走った。真っ直ぐ走った。海岸沿いを走った。ジャズとスーパーカブとで走った。「海は臭え!」と罵倒しながら走った。


 ところで、そろそろ、ガソリンの話をでもしようかと思う。まあ、ジャズもスーパーカブも満タンにして3ℓくらいしか入らなかった。でも、その3ℓが僕らのライフラインみたいなものだった。


 ファイナルアンサー?


 隆志のジャズは、燃費がそれほどよかった訳じゃないけど、それは僕のスーパーカブに比しての話だ。鎌倉まで僕らは一度も給油してない。小母さんのコンビニの駐車場で、僕は、スーパーカブの燃費さ加減を確認してみたけど、僕は愛人の浮気度を確認したような気分になったものだ。まだまだ給油には程遠っかたんだ。隆志のジャズもそうさ。


 ちなみに、ジャズとスーパーカブとは、暗喩みたいなものだ。


 でも、これは少しずつ解明されていくだろうから、いまは何も語らない。


 話が、飛躍したところで、僕はいまベッカリーアの研究をしてることを告白しておこう。『犯罪と刑罰』さ。新訳が出たんだ。ベッカリーアは、イタリア人でさ、僕はイタリアの言葉なんて知りたくもないからさ、翻訳で愉しんでる。愉快で仕方ないよ。ベッカリーアの奴はさ、内気な野郎でさ、チャンスを幾つも逃してるんだ。最高さ。犯罪論やら刑罰論やらの古典を書いたうんこもらしが、内気な野郎だなんて愉快だろ。


 まあ、ベッカリーアのことはそのうち詳しく書いてみるよ。


 てめえら、犯罪者のためにもね。


 そして、すべての犯罪者予備軍のためにさ。


 裁判員制度みたいな、ああいう莫迦制度がある現在、ベッカリーアを研究する必要は間違いなくある。


 隆志と僕は、熱海に入ったんだ。もう夕暮れだった。もうすぐ太陽が完璧に死にそうな時間だった。寝場所を確保しなくちゃならなかったのに、隆志のバカチョンは、熱海まで走らせやがった。


 僕は、ウィンカーで隆志に合図した。止まれという合図だ。隆志は、あの何も考えることのないバカチョン隆志は、車道脇にバイクを止めた。


 「もう熱海だろ。適当な場所でテントを張ろう」


 僕は、言った。


 「風呂、入りたい」


 「あ?」


 「だから、啓太、汗かいた、風呂、入りたい」


 片言だった。バカチョンガメラめ。


 「てめえ、片言の日本語やめろよ」


 「チョンらしいと思って」


 「バカチョンが」


 「ほら」


 隆志は、指差した。


 ワニ園の看板だった。僕は、隆志の無軌道振りにゴミクズ臭さを感じずにはいられなかったよ。


 「行ってみようぜ」


 「風呂の話はどこに行ったんだ?」


 「温泉、ある」


 「だから、片言よせよ」


 「ニオイ、ある」


 「おい、ふざけるのもいい加減にしろ」


 「まあ、行ってみようよ、啓太くん」


 「てめえ、朝鮮に帰れ」


 隆志は、鼻をくんくんさせて、ニヤニヤしやがった。それから、バイクを急発進させた。


 「ちょっと待てよ! ゴミクズが!」


 僕は、急発進を避けながらも、ゴミクズについて行った。


 ガソリンでもがぶ飲みしやがれよ、隆志。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。


17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第75話

 まあ、僕は昨日、話を端折りすぎた。ちょっと小母さんのコンビニの駐車場に戻ってみるよ。

 

 僕は、タイムトラベラーさ!


 「おい、ほら」


 僕は、駐車場で、小母さんからもらった時計を隆志に放り投げた。


 「うわっ!」


 隆志は、内心で借金を苦にしてるけどそれを隠している野球選手みたいに掴んだ。


 しかし、何なんだ、この表現は。


 野球選手やカネをもっていそうなスポーツ選手なんて実際にはさ、一握りだってことだ。みんな、いつもカネの呪縛から逃れられないのさ。


 「行くぞ、バカチョンガメラ」


 「何だよ、ガメラって。せめてカメラにしてくれ」


 「ああ」


 「啓太、もらったものは大切にしろよ」


 「ああ、でも行くぞ」


 「お前、どうしようもないな。偉い人はさ、絶対、もらったものは大切にする」


 「おい、真夏のキチガイ、いいからどこか寝場所へ案内してくれ」


 「熱海だ」


 「ここは鎌倉だろ。熱海までどのくらいだ?」


 「真っ直ぐだ」


 僕は、話しても無駄だという結論に達した。


 隆志は、やたらに慎重に時計をザックに入れた。とっても大事そうにさ。授かりものみたいにさ。僕は、セブンスターをザックに押し込んだ。


 アカエプロンの豚野郎は、ザックに満載しやがったんだ。嘔吐ドア御用達グッズをさ。てめえの胃袋に食い物を詰め込むみたいにさ。でも、几帳面にさ。


 僕ら、熱海まで走った。夏の夕方の海沿いは、僕にときどき鳥肌を立たせた。感傷的だった。重油みたいな海なのにさ、ゲロみたいなニオイのくせにさ。でも、それくらいが僕にはちょうどよかったんだろう。まだ僕らの夏は始まったばかりだというのに、もう僕らの夏は終わりみたいな感じでさ。感傷的になって、僕は、朝鮮人について考えながらバイクを走らせた。僕の前を走るのは、朝鮮人だったから。いや、それだけじゃない。もうそれだけじゃなかった。何かが僕の中で変化していた。僕は、文化変容を受けたみたいだった。


 朝鮮人。在日朝鮮人。人種とか民族とか。


 僕は、考えれば考えるほどわからなくなった。同じ人間なのに、同じ人間のことをなぜ考える必要がるんだろう。


 文化変容。


 でも、何が変わったというんだろう。


 僕が変わったからといって、それがどうなるんだろう。僕一人が変わったからといって社会や国家は変わるのか? もちろん、社会や国家を形成してるのは、個々人だ。だから、その個々人が変われば社会や国家も当然、変わる。でもさ、人なんてそうそう変わるものじゃない。変わったとしても、すぐに逆戻りだ。だいたい、善い方向へ変わるよりも、悪い方向へ変わるほうが簡単なんだからさ。


 人間は、簡単なことが好きなんだ。


 嫌なことがあったら、頭からシーツでも被って無理やり眠ろうとするような存在、それが人間の本質の一部さ。


 隆志だって、社会やら国家やらを形成してる個々人のひとりだ。そうさ、僕らふたりの責任さ。誰のせいにもできないよ。責任転嫁なんか意味がないよ。人なんかゴミクズなんだからさ。そんな奴らに期待なんかしちゃいけないんだ。


 でも、隆志は、こんなふうな考えはもっていなかった。


 あいつには、そもそも、考えというものがあるのかどうかさえ不明だった。


 いまでもそうさ。


 あいつは、考えたりしない。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。