三月十一日の震災から、一ヶ月以上たった。

1995年に学生だった自分は徳島にいて、阪神、淡路の震災をほんの少し、体験した。
人ごとではなく感じ、仕事の忙しさも手伝って、パソコンに触ることが少し重荷になっていたようだ。

また、書き始めようと思えたのは、ほんの数日前の、九州でのワークショップで出会ったり、再会したりした人たちのおかげだと思う。

そこで、いろんな人の考えに触れて、まだまだ、自分に出来る事、するべき事があるように感じられた

元々、あまり文章を書くのが、得意ではないので、リハビリとして見て戴ければ、と思う。

さて、最近のヨガのプラクティスについてですが、

仕事や食事の影響もあって、かなり太ったようだ。

体を浮かすようなポーズが、全く出来なくなった時期もあった。
 
わかる人にしか、判らなくて誠に申し訳ないが、個人的に「カランダヴァアサナ病」と呼んでいる。

ただ、体の重さを感じられる事にも、メリットはあった。

それは、動きの原動力を筋肉の収縮にたよるのではなく、体の重さがエンジンであって、筋肉の役割は
動きのきっかけを作るのに少しはたらくだけという事と、動きの方向の微調整に使う、という

いわゆる、ハンドル的な役割ではないか、と思うようになった。

おかげで、日常生活の体の動かし方が、かなり変わってきて、次の日に疲れが残りにくくなってきた。

まだまだ開発が必要で、時間が経てば、また別の感じ方が出てくるかもしれないけれど、、、

また、いろんな人に出会って、元気をもらっていきながら、時々、更新していきたいと思います。
これからもご指導のほど、よろしくお願いします

重いは想ひ。
ぼくたちの故郷は地球の中心にある、みんな、同じ一点でつながっている。

ありがたいことです。

ではまた。
まもなく、ここインドでの生活も終わりになろうとしている。
次までの準備段階のような気もするけれど、、、

ここにきてなにが変わったのだろう、すぐには言葉に出来ない。
おそらく日本に帰ったときに徐々に、浮かんでくるんだろうな、とは思う。

ヨガをしていて自分にとって一番よかったことは、色んな人と友人になれることだと思った。
それによって、今までに自分が何も知らなかったことが、突然、気づくことが多々あった。

アサナが出来るとか、出来ないとかではなく、日常生活の中で勘を養うことが出来たことも大きかった。

普通に道を歩くだけで、危険な目に会うことも、たびたびあった。
大事なこと、優先順位のつけかた、体調の悪くなったときどうするべきか、、など本当にたくさんのことを、実践を通じて学べた。

99%プラクティスの言葉の意味をかみしめられる

ここにくると、「有り難い」、という言葉の意味の再認識が出来る。

前回の帰国後も
周りの人に、「インドはどうだった?」 と聞かれることが多かったが、実際行ってもらうのが一番だと思う。

言葉にするとすでに、真実から遠ざかっている気がする。

最初はインドって遠い国だと思っていたが、実際来ると、意外と近いと感じられる。
勇気を持って、始めの一歩を踏み出してみてはどうだろうか?

なかなか、仕事があると、難しい現実もあるけれど、、、
毎日、ヨガのプラクティスをする事が、当たり前の生活になって感じるのは、
調子がいいときは、体が重く感じる時が多い。

普通は、体が軽く感じる方が調子が良い時の様に思えるのだが、、、
少し、考えてみた、、、

結果、筋肉の余分な緊張がほどけていると、筋肉やからだのおもみを上手く感じることが出来るのかも、、、という
考えに今のところは落ち着いた。

それで、最近は、体をリラックスさせたまま、アサナのプラクティスをするように意識を持っていく様にしている
すると、背骨や肋骨の動きが、体の中を移動していくような感覚が生まれてくる。

どうもこれは、体の中を骨が触っている感覚がはっきりしてきている結果、生じているようだ。
最近の感覚では五感のうち、触覚がほかの感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚)の親で、ほかの感覚は触覚から
生まれたのかもしれないと思うようになっている。(視力が悪すぎるせいだけかも、しれないけど、、、)

現代に生きる、ほとんどの人は、視覚から得られる情報が多すぎて、いま自分に出来ることとのずれに気づくことが
出来ないような環境で、仕事やその他の生活に追われているかもしれない。

体の声を聴く、という時間を一日10分で良いから、もって欲しいと思う、またそういう環境になることを、許してくれる
社会になってくれれば良いと、個人的に思う。

そうすれば、もしかしたらヨガのアサナや、毎日の仕事に何か、ラディカルな変化が訪れるかもしれない。