最近、日常生活の中で、立つ事に対しての意識が変わってきた。
その感覚で、ヨガのプラクティスをしていると、
今まで、何もしないで立っていた時と、プラクティスをしている時の立つという感覚の間に、違和感を感じていたのが、無くなってきたというか、からだで、なるほど、こういう事か、、
と感じられるようになってきた。
具体的には、立つという事は、足の裏が地面についているときだけの事ではなくて、足の裏以外でも、地面についているところが、足の裏のようになるんだな、という事でしょうか。
そういう感覚でプラクティスをしていると、立つ事、とは次に動き出せる可能性を持っている状態ではないかな、と思う訳です。
で、ヴィニヤサ(呼吸と動作をあわせる事?)との関わりですが、最初は地面に着いているところから、動きが伝わってきて、新たな状態を造っていく、
その事を、動きながら、からだの中を感じていくと、別に地面に着いていないところ(例えば、背骨とか)
も、その下の部位(例えば、動いているところが、胸椎だとしたら、その下は腰椎になりますが)が、地面になって、そこから動きのきっかけをもらえて、そこに少しづつ、もう一つ上、もう一つ上、とエネルギーの足し算が出来てくる、その結果、僅かな力をいろんなところから、合わせて、大きなちからが出せそうな気がします。
あくまで気がする、だけですが、、、
もう少し、もう少し、からだの中を探検してみたいと思う。
なにが見つけられるか、まだまだ楽しみは、からだの中に、、、
その感覚で、ヨガのプラクティスをしていると、
今まで、何もしないで立っていた時と、プラクティスをしている時の立つという感覚の間に、違和感を感じていたのが、無くなってきたというか、からだで、なるほど、こういう事か、、
と感じられるようになってきた。
具体的には、立つという事は、足の裏が地面についているときだけの事ではなくて、足の裏以外でも、地面についているところが、足の裏のようになるんだな、という事でしょうか。
そういう感覚でプラクティスをしていると、立つ事、とは次に動き出せる可能性を持っている状態ではないかな、と思う訳です。
で、ヴィニヤサ(呼吸と動作をあわせる事?)との関わりですが、最初は地面に着いているところから、動きが伝わってきて、新たな状態を造っていく、
その事を、動きながら、からだの中を感じていくと、別に地面に着いていないところ(例えば、背骨とか)
も、その下の部位(例えば、動いているところが、胸椎だとしたら、その下は腰椎になりますが)が、地面になって、そこから動きのきっかけをもらえて、そこに少しづつ、もう一つ上、もう一つ上、とエネルギーの足し算が出来てくる、その結果、僅かな力をいろんなところから、合わせて、大きなちからが出せそうな気がします。
あくまで気がする、だけですが、、、
もう少し、もう少し、からだの中を探検してみたいと思う。
なにが見つけられるか、まだまだ楽しみは、からだの中に、、、