黒岩重吾著『飛田残月』(ちくま文庫)
解説を書かせて頂きました。

本日より書店に並んでいるようです。

この解説のご依頼を頂いたのは、
緊急事態宣言が出て、街が静かだった四月の終わりでした。
楽しみにしていたドラマの撮影も延期になり、
先の見えない中で、
この作品と、黒岩重吾の人生と向き合った一ヶ月でした。

『飛田残月』は、大阪の飛田という色街に生きる男と女を描いた短編集です。(飛田が舞台になっていないお話もあります)

最初の一編を読んだ時に、
ああ、出逢えた、と。
こういう物語を今、私は読みたかったのだと思いました。
たとえ明るい未来が見えなくても、
今を淡々と、しぶとく、したたかに生きる女の魂に触れたかったのだと。

時間がたっぷりあったので、黒岩作品を貪るように読み、彼のエッセイや評伝を読み、
さあ、いざ書こうと思い、机に向かったのですが、全く書けず…。
感銘は受けているのに言葉にならず。
書こうとすると、飛田という色街が手強く。
読んで知った気になったものを嘲笑うかの如く。

じりじりと、時間だけが過ぎていきました。

もう、いっそのこと、飛田新地まで行ってみないとダメなんじゃないかと。

ただ、五月中旬はまだ、
県をまたぐ移動はしにくい状況で行くわけにもいかず。

どうしよう、と大阪に住む友人に話したら、
じゃあ、代わりに行ってきてあげる、と。
飛田新地まで行って、駅や街の様子を写真で撮って、その場で送ってくれました。

LINEにポンポンと届くその写真は、
なんというか、わりと普通で。
叙情的だったり、物語が生まれそうな気配がなく、とにかく今ここを通過中!ということを知らせてくれる感じだったのですが。

それがかえって、リアルに私自身も飛田界隈を歩いているような気分になって。
その時するりと、あとがきの冒頭の言葉が浮かびました。


「黒岩重吾は、かつて飛田に住んでいたころ、ひとり、残月を何度も見上げていた。
その残月に、出会った男と女の魂を重ねていた。そんな姿が目に浮かんだ。」

と。
そこに生きる人と足並みが揃ったというか、
不思議な感覚でした。

そこからも難儀でしたが、全く進まないということはなく。
物語の解釈をし、そして黒岩重吾の人生にも触れたいと思い、最後に彼の人生に想いを馳せていた夜中2時ごろ…

部屋が、パキッ、ミシッと。
家鳴りという自然現象だとは思うのですが、
あまりに急に大きな音がしだしたので怖くなってトイレに駆け込み。
一旦落ち着こうとトイレの水を流したら、ドドドっと、かつてないほどの勢いを持って水が流れたので、トイレにいるのも怖くなり、部屋に戻って。

もう、これは、あれだ、黒岩重吾がちゃんとオレを書け!って見張ってるんだと。
(締め切り間近で精神がギリギリでした)
ちゃんと書き切りますので、どうか静かに見守ってください、とお願いし。
そしたら、ぴたっと止んだので、
そこから一気に最後まで書き上げました。
書き終えたら、夜が明けました。

そんな状態で…おねがい

編集者のKさんに原稿を送ったので。


とても良かったです、という感想とともに、
「好きな箇所に花まるをつけてしまいました!」と、戻りの原稿に花が咲いているのを見て、
私の心の緊急事態宣言は解除されました。


あれから、家は鳴りません。
安心してくださっているといいのですが…。

長々と解説のあとがきを書いてしまいましたが。
どうかこの本を手に取って読んで頂けますように。
切に願っています。