本日は3連休初日。外は少し混雑しているようだ。

 

仕事のため外出したが,明日はどうしようか悩み中。

 

激しい人間嫌いなため一人を好むのに,仕方なく外出しているから尚更人間の多い空間に嫌気がさしてくる。

 

それでも少しは空間に満足を求めたいので本日もドヤァしてきた。

かなり効率よく進めることができた。まずは満足。

 

明日明後日は少し動きがあるようだ。未だ来ていない書類には何が書かれているのだろうか。それもまた準備が必要だろう。明日は唯一役場が日曜日にやっているそうな。青天の霹靂とはまさにこのこと。私は運がいい。と思うのも束の間。「こういう時だけ運がいい」のだ。肝心な場面では運が悪いので,どっちでもいい場面ではだいたい良い方向に働いてバランスを取っているつもりなのだろうか。

 

神も仏もふざけるのもいい加減にしてほしいものだ。死後は両方ともにドロップキックかますからそのつもりで。

 

 

 

数日前より話題になっているのだが,改めて。

電通,という言葉で何を想像するだろうか。

すでにGoogleの予測候補では1番に「過労死」が挙がっている。

 

1日20時間勤務,睡眠2時間の状態は想像を絶するが,分からなくもない。私も数ヶ月前はそういう場所にいた。それも大手じゃない中小のクズ企業だったから,そのうち12時間は無給だったが。いわゆるサービス残業やりたい放題のブラック企業である。

 

女性には優しく振る舞うことでプレイボーイぶりを発揮していた代表の下,男性陣は捨て駒のようにこき使われ,まるでおもちゃだった。

 

個性を否定され,自分の考えをトレースするように指導して来た。おもちゃになるように指導された。

まるでブラック企業,いや,ブラック企業そのものの言動に一致した。これが掘り出せただけでもジオン十字勲章ものだ。

 

社員は朝6時から24時まで仕事のような何かをやり続けていた。そこまでするほど必要なものなのかと思えば,中身を見ればそうでもない。むしろそこまで時間をかけるのは残業代泥棒くらいなものなのだが,支払わないのだからどっちが泥棒なのか分かったものじゃない。会社側が社員の自由を奪う「時間泥棒」だと言える。

 

社員と言えど人数も少なく,そこは中小以下の事業所程度の規模だった。

一人一人のデスクがあるわけでもなく,ワークスペースもなく,プライバシーもない。何の権利も守っている様子はないのに,

私たちは法律をちゃんと理解して守っているんです!

なんてほざく始末。

 

 

残業は時給0円なのだろうか。

面白い法律だ。

 

 

 

聞けば,事前承認じゃなければ認めないというのだ。それもしばらく経ってから。就業規則も見せないし,コピーもさせない徹底ぶり。労働時間も就業規則も杜撰な管理体制を取っておきながらどういう法律を守っているのだろうか。「黙示の承認」という言葉も当然知るはずがないだろう。知っていれば何かしらの手段を講じるはず。

 

それでよく法律を守っていると豪語できたものだ。

人の上に立つ者が人を食い物にするようでは,関わる人が無念でならない。

 

 

どんな業種であれ,労働はボランティアじゃない。

拘束した分の対価は支払うべきだし,拘束したくないのならその旨を伝えなければならない。伝えない=拘束する意思があると捉えるのが現在の法律だ。

 

 

もう一度。

 

この程度でどういう法律を守っているのだろうか。

本当に面白い法律だ。

 

それでいて,自分のために働くことは独りよがりだと言う。

以前のエントリーにそれは記した。

 

これはコンプライアンスのコの字もない。

自分勝手な拡大解釈と杓子定規で人を雇うなど言語道断。

 

人を馬鹿にするのも大概にしてほしいものだ。

 

 

その時間泥棒曰く,「朝から晩までこちらが指示もしてないのに頑張ってくれている」と,責任転嫁である。進んでボランティアしているように捉えているその思考回路は,呆れるを通り越している。

頑張っているのを見て,何かしているのだろうか。何もしている様子はない。

もちろん,その対価はびた一文出していないだろう。当然だ。自分がそうだったんだから。

そこにいる人が不憫でならないが,それに気付いたのがここにいるだけでもまだ良い。方々には伝わった。国にも伝わった。逮捕される日が楽しみだ。

 

封建制度に代表されるように,お互いに返報性を以って成り立つのが現代のB to BやB to Cだ。それを怠って許されているのは,まだそれに気付かれていないだけ。周りにはしっかり知れ渡っている。あともう少し。早く滅亡することを願う。

こういった労働の概念を途方もなく間違って解釈しているクズには,その死を以って償ってほしい。

 

 

努力は美しくない。

少し変に捉われてしまうかもしれないが,努力すること自体に美しさを求めてはいけない。その前提や得られた結果,全てを総合するべきなのだ。

中身の伴わない努力は,無駄にしかならない。

 

 

持ちつ持たれつの関係には,必ず返報性で以ってその謝意を示さなければならない。これが大きな規模になればなるほど,言葉では説得力がなくなる。利益を生み出したのなら,その利益にきちんと報酬で返すべきなのである。

 

それを怠るのなら,容赦しない。

絶対に逮捕してやる。

今日は最後の貴重な平日の休み。これからしばらくないであろう1日であった。

 

とは言いつつ外出して仕事に明け暮れているのだが。しっかりMacでドヤァしてきたので満足。そこ以外行く場所が思い当たらないので,まずは良いことにしよう。

 

あっ,リセッシュ買ってない…

いい加減最後の整理も追い込みかけねばならないが,エンジンが切れてしまうと再始動に時間がかかるのが玉に瑕なのだ。と自分で言ってみる。

 

キャップが思いっきり破損していたため,仕方なく買い直す羽目に。

やっぱり人に任せるとダメだというのはこういう時に強く感じる。

 

これが高価なものでなくてよかったと思うことにしよう。

 

 

 

さて,周りにはどんな人がいるだろうか。地味な人もいれば派手な人もいるだろう。

図々しい人もいればおしとやかな人もいるだろう。その中に,妙にカッコつける人はいるだろうか。見た目重視で「かっこよく」「美しく」といった外見に関する言葉を常々に言っているような,ほぼナルシストと同類のような阿呆はいないだろうか。

 

一言。

 

 

てめぇのかっこつけには全銀河中の生物が興味ねぇ。一人でやってろ凡愚が。

 

 

そういう輩に限って中身の伴わない,いわばハリボテの一夜城だったりする。以前のエントリーでも大きくなくても一夜城ではなく石垣の城が良いという話をしたと思う。見た目だけにこだわり,あまつさえ自分がかっこよく映るように考えることは中学生辺りで卒業する項目である。この手の阿呆には「協調性」という言葉が辞書にない。自分がかっこよく映ればそれで良いのだから。自分勝手なのだ。

 

そのくせ,自分の言うことを聞かない輩には聞かせようとする。自分が優秀かのように見せる術だけはあるから,見せかけのオーラで人々を騙し,扇動し,イエスマンを増やす。実に最低な行為である。人類の恥である。

 

私にはこれに該当する人物を知っている。殺したいほどに憎悪の湧く人物だ。

 

 

もう二度と会うことはないが,確実に不幸のどん底に落ちて欲しいと強く願う。

私は路傍の石には目をくれたくもないが,一度邪魔をした石は細胞一片も残さずこの世から抹消したいのだ。半沢直樹的に言えば,「倍返し」だろうか。

 

 

かっこよく映りたいのなら,先ずは名実が伴うようになってからにしてもらおう。それでも見た目を気にするようであれば,それはその程度の人間だということが知れ渡る。底が知れた人間というのは,堕ちるのも早い。

 

人当たりの良い言葉で自分を彩り,どこにあるか分からない自分のカメラ映りをいつまでも考えること自体無駄なのだ。

クズであり込みであり人類の恥。なんと言えばいいのか分からないくらい最低の何かだ。

 

 

せめてもの情けで名前だけは載せないでやる。せめてもの情けだ。

 

 

しかし,周りにはしっかり伝わっている。評判も悪いと聞く。そうかそうか。むしろそれで良い。このままABCD包囲網が狭まっていけば首も絞まる。労働基準監督署ものであるのを,国に通報しただけで済ませているのだから,少しはありがたく思われなければやってられない。逮捕打ち首死刑でもまだ足りないくらいの罪人なのに。

 

さらには,イエスマンで囲っているということは,大海に拒まれているという事実から目を背けている,ということでもある。いわば臭いものには何とやらである。自分の敵が多いのは当然だ。ヒトラーしかり,最近話題のNorth Korean然り,独裁政治は民主主義の敵であり,その指導者如何では排除すべき対象にもなる。

 

 

せいぜいお山の大将を続けていればいい。

最後に笑うのはどっちだろうか。

 

 

周りになんとなくそういう輩がいる人は気をつけて欲しい。そいつは自分では何もできない木偶の坊だ。騙されてはいけない。すぐに打ち首獄門だ。

今日は少し落ち着いた一日。

 

昼下がりに新たな指令が飛んだことによりかなり忙しかったが,それはそれで充実していたような気がする。

あとはこのまま週明けまで一直線ではないだろうか。そうすると新たな一歩が幕を開けることになる。

 

夢がひろがりんぐ。詳しい内容も少しずつ明らかとなり,来月末までは耐える生活だが,なんとかできそうな気がしたり,そうでもなかったり。

 

 

まずは目の前に広がる問題を一つずつ片付けるのが先決。そのためには,来週の金曜日をどうするか…悩ましい。また考えよう。

 

 

 

さて,みんなは何のために仕事をしているだろうか。

自分のため?誰かのため?家族のため?仲間のため?

 

どれであろうと一向に構わない。基本的にそれは各個人が思うレベルであれば,モチベーションにも繋がるわけで,どうであっても構わない。言い方は変だが,良い方で捉えればそれで仕事に対する意識やベクトルが定義付けられるのであればどれでも良い。

 

これに関して,やってはいけないことがある。それは「価値観の押し付け」である。

例としては

・自分のために仕事をするのは独りよがりな考え方

・誰かのために仕事をすることは美しい

このようなものを他人に対しても同じように思うよう押し付けることだ。

 

自分のためのモチベーションであれば何でも構わないのだが,それを相手のモチベーションにマインドセットするのはいただけない。

 

自分が同じようなことをされたらどう思うだろうか。

自分の仲間を作るのではなく,それは自分のコピーではないか。

 

公な仕事,会社という公共の団体において,それは許されることではないだろう。

 

現代の民主主義に反する,旧ナチスドイツのファシズムを思わせる行為。もっと言葉をはっきり分かりやすくするなれば,「独裁」だ。

 

それに,他人のために仕事をするというのは,もっと突き詰めると,「他人のために仕事をしているという自分の欲求を満たすために」仕事をしていると言える。つまりは,他人のため,誰かのために仕事をすることは,自分のためにやっていることに相違ないのだ。どう転ぼうが,ただの自己満足に変わりないのである。

 

この事実に背けば背くほど滑稽に見えるし,それに陶酔している姿は見ていられない。

 

自分の言葉でものを語れず,自分の偏見なものの見方を他人に押し付け,あまつさえ事実から目を背ける。子供か。

 

口先だけ良いことを並べ,名実伴わず,何も実現できないホラ吹き。

 

ホラを実現するヤツが,英傑と呼ばれるのさ。これは晋助様の言葉である。実現しなければ,ただのホラ吹きであり,嘘つきであり,私から言わせれば,クズ極まりない。世間を賑わす川谷何某以上のゲスの極みである。

 

 

人生で初めて,この先持たないであろう殺意を感じるほどの怒り。

こんなゲスが生きているという世の中に絶望しつつも,もう二度と会うことはないと思うと気が楽になり,もう二度と,どこで何をしているか話すことはないと思うと,ただの雑草以下としか見えなくなった。

 

少なくとも,自分はこれ以上の人間ではあることは自負しているつもり。

マイナス100000と比べても何の自慢にもならないが,そういう意味では異端ではあっても非常識ではないことが確認できただけ,捨てたものじゃないと感じている。

 

 

反面教師の中のトップクラスを知ったからこそ,来週からの新たなスタートには,とても役に立ったと思うことにする。失ったものも大きいしリカバリーも時間がかかるが,それでもリカバリーができるだけ良いと思わなければやってられない。

 

 

全ては,これからだ。