ようやく1週間が終わった。

 

いつもの通り、毎日がDive Deep

その日の内容を噛み砕くのがやっとといった具合。

 

その日の内容なら覚えてる。

次の日には分からないよう、なことにも・・・

 

いずれ覚えることにはなる、が、毎日がDive Deepな分、Return Backできない。

あー大変だ。

 

 

今日のタイトル、これはトヨタ自動車の言葉だ。

工場において、前工程は自分の前に作業をしている内容や人のことを指し、後工程は自分の後に作業をする内容や人を指す。

 

つまり、前の人がトラブルを起こすと自分にも影響が出るし、自分がトラブルを起こすと後の人に影響が出る。

だから、前工程が完璧だから自分に回ってきたと考えると、前工程は自分に仕事をくれた神様になる。

そして、後工程の人にその「伝統」をきっちりバトンタッチするのだから、後工程は仲間であり、提供先、つまりお客様ということになる。

カスタマーと面と対することがない工場の場合、自分の作っている車がカスタマーに渡る場面を見ることがないから、どうしてもイメージが沸かない。だから、一番目の前にいる後工程の人が、前工程の人にとっての身近かつ一番のお客様なのだ。提供先は全てお客様なのだ。

 

この精神があるから、連携が成り立つ。

逆に言うと、この精神がなければ、どんな工程もガタガタになる。

 

なし崩し的にミスが許されたり、簡単にトラブルが起こったり、意識の足りない輩が発生する。

同僚も仲間も、「あいつならいいだろう」では許されない。工場の中だけで収まるものではないからだ。

 

これはどんな仕事にも言えること。

自分がよければ、ではダメなのだ。

 

 

 

もう一言。

「見られているという意識を持て」

 

これは、部下からも上司は見られているということですが?

ブラック企業だなということをしっかり見られているということですが?

カッコつければそれでいいと思ってるんでしょうか?

 

ふざけんな。

Get Out!

今日は3日目。
内容としては2日目。

大分ディープ。あそこにいればどんどんホンワカパッパしてくる。
後々から少しずつ噛み砕いていけば何となくぼやっとイメージが掴めてくる。
今回の内容はいきなりDive  Deepしたので、Think Bigする事がとても難しかった。

それでもOwnershipを忘れず、Customer Obsessionしていきたいと思う。
どこの大柴さんだろうか。


このobsessionという言葉について考える。
obsessionというのは、意味としては"執着する"といった具合の意味である。
ネガティヴな表現として日本語は捉えるが、本来の意味はそうではない。
OLPのCustomer Obsessionでは、熱狂的なくらい顧客のことを考えることをこう呼称しているのだ。寝ても覚めても顧客のことを考えている、と。この「顧客」にあたるのは誰だろうか。小売で言えば購入者だろうか。店舗を利用する販売事業者だろうか。どれも正しい。が、それだけじゃない。ManagerやAdviserは何のためにいるのか。なぜそのポジションが必要なのか。それは、AssociateやOperatorがいるからだ。つまり、立場によって顧客の立ち位置も内容も変化するのである。

これは教育業にも言える。
教育業にとっての顧客は、生徒と保護者だけではない。納入する業者、それもだが、同時に、同じく働く講師や教室長もそれに当たる。顧客の為に、というのは、何も生徒や保護者のためだけに講師以下が死にものぐるいでサービス残業に明け暮れて訳も分からない非効率的な無駄の積み重ねで自己満足を残すことではないのだ。

この思考を履き違えると、封建制度をぶっ壊した唯我独尊のブラック企業の出来上がり。

別のエントリーでも言及するが、自分にとってのお客様は、自分に関わる人ほぼ全員だ。もてなせでもなく、かしづけ、でもない。ここも履き違えるのがブラック企業。
Obsessionの名の通り、熱狂的に考えることで、何をしてあげたら嬉しいと思うのか、何をしたら悲しいと思うのか、お互いに考えることがObsessionであり、その結果生まれることを長期的な視野で見ることがThink Bigである。

うんうん、OLP、染まってきた。
本日は2日目。
TrainingのDay Oneである。
内容はとてもディープ。これが毎日続くのかしら。
久し振りに複雑怪奇な内容をまとめてファイル化する作業を行い、少し疲労感。

もっとも、帰りの坂道を登り切るのが疲労の最大の原因だが、その前に体力を使いすぎた。
今日の内容を噛み砕いて、また一つ理解できたと思う。

しかし、経験上これは実戦で応用しなければ役に立たないので、シンプルに理解し、知ることを心がけて進めておる。今までの理解方法がここまで活かせるとは…

明日は明日のDay Oneに向けて進むべし。



さて、タイトルの内容を見て普通は卑屈に思うなだの、ネガティヴな発言がどうこう言う輩もいると思うが、決してそのつもりはない。悲観してもいないし、絶望して…はいる。が、その点でリカバリーする気もないし、失せた。二度と還ってこない。

自分という存在を客観的に見れば見るほど、そして周りの反応を伺い知れば知るほど、事実や経験としての根拠を強く持ち、定めを受け入れ、真実味を持たせた結論を得ることができる。その結果至ったのだ。

底辺中の底辺、田沢湖よりも深い底辺だから相手にされないわけだし、その底辺で満足するということは、少なくともこの世に生を受けたこと自体が不幸だった人に他ならない。
ということは、この世から受けた生を返却する方が、幾分かマシ、どころか、幸せかもしれないのではと言う思いに達するのだ。


卑下したつもりはない。紛れもない事実。
この事実をねじ曲げることは何人にもできない。これは真理にも匹敵する事実なのだ。

あの人でもできたんだから、というのは何のフォローにもなっていない。最底辺にはそれより下がないのだから、ほぼ全人類ができておかしくはないのである。

紆余曲折を経て見つけたのがこれというのもなんだか虚しい話だが、真理なのだから揺るがせようがない。権利はなく、そこにあるのは、ただ義務のみ。


分かりやすくて、よいではないか。