明日は実戦。お試し程度だが、それでもやはり実戦は実戦。
数日以内に迎えるOne Dayに備え、今日も英気を養うのであった・・・
運が悪いのはやはり相変わらず。せっかく20時に合わせてセッティングしたのに、全てが無駄になった。こんなときに限って電車遅延。前述の通り、運の悪さはしっかりとステータスに刻まれた指折りの強さを持っているようだ。望むものは一生手に入らない運の悪さというのは、自分がどこまでもどこまでもどこまでも妥協しないといけないくらい、レベルもラインも下げたい放題する、いわば人生のクオリティを底辺まで下げることにもなりかねないようだ。
その程度の存在なら不要。1人の方が楽だ。
孫子の兵法を見たことがあるだろうか。
現代にも通じる内容がいくつも書かれている。
その中にあったのは、「負けと分かっている戦は、しない」だった。この通り書かれているわけではないが、要約するとそういうことになる。
押しても引いてもダメ、攻めても受けてもダメなら、どうやってもダメということだ。
運を天に任せても、指折りの運の悪さがそれを閉ざし、未来を永遠に不幸のどん底へ陥れる。
そこまでして妨害したいのは、私を殺したいからなのかと思うのだが、それならいっそのこと車に轢かれるなり通り魔に刺されるなりして殺してほしいものだ。
ブラック企業と人をコケにしたヤツら全員に、精神的に殺されたのだから、肉体的にも殺してほしいと何度も言っているのだが、未だに来ない。来ないなら、正直逝きたいんだが。
攻める先は売約済みという難易度の高さ、守ればステルス迷彩のごとく存在が消え、押せば拒絶引いても拒絶。
どんなアクションを起こす前から負け戦だと分かっているものには、そもそも戦以前に見向きもしないというのが一番安全であり、賢明な判断。
何度もこうやって唱えることが、一種の修行のようなものだし、思考を根付かせるために必要なこと。煩悩を滅し、自宅で孤独死の未来へ向けて、残り少ない老後、この年になるともう人の門出は人生の門出を送ることしかなくなるから、どんどん少なくなる。やがては自分も、この数年か、その辺りに。老衰になるのが夢だったりする。5年以内に。
そして誰にも知らせず、無縁墓地に葬られ、誰もその存在を知ること無いまま、抹消されることを密かに望む。
血脈を残してはいけないということは、存在も残してはいけないということ。
そんな人間なのだから、せめて最期くらいは、誰にも看取られずに逝きたいものだ。
毎日が独りだから、最期まで独り。墓も独り。
独りは、楽だよ。