さて,今週も折り返し水曜日に突入しようとしている…のか?

 

毎日がクレイジーの極みだから,なんだか,もう水曜日って感覚に陥る。

日付感覚がないのか,毎日を楽しくやっている証拠なのか…いずれにしろ,くだらんだのつまらんだの,そういう感情でなくて良かったと考えるべきか。

 

本格的に普通に仕事してた方が待ってる退屈さもなくて楽で良い。

 

 

今日は結構HOTだったが,退屈しなくていい。こっちもこっちでお怒れる内容だったから,「そうっすよね!酷いっすよね!」のテンションで会話できるのが楽しい。そうすると自分に対してご指名が来たり,全体を悪くされる中自分だけ良い評価になるのでうまうま。イッヒッヒッヒ。

 

そろそろHolidayが近付いてくるから,嵐の前の静けさかしら。

祝日もあるし,明日はそこそこ大変かな?

忙しい方が余計な思考を巡らせなくて良いので本当に楽しい。

 

自分がITの四皇に名前を連ねていることを何度も実感するし,その度にExcitingが止まらない。

Founderを間近に感じる。マジか。なんちて。

 

 

そんな期待も,自分のための期待なら,いくらでも返ってくるのだが,人頼みの期待はどうにも上手くいかない星の下に生まれてしまったようだ。

 

全然,全く,万に一つも上手くいった例しがない。

攻めることで得られるのは自分にナイフが突き刺さる,いわばハニートラップ,ブービートラップの類だ。

失敗を通じて成功へ近付くと人は言うが,この先何億回失敗すれば成功するのか教えて欲しい。

人を信じられなくなったこの疑心暗鬼の塊には,人頼みの期待は,どうにも失敗前提にしか思えない。実際失敗しかしていないのがその証拠である。

 

成功体験は,そういう意味では貴重だし,実証できていることになるのだが,私の場合は逆だ。失敗しかしていないから,成功することは万に一つも期待できず,イメージもできず,信じることが到底できない。

 

 

そしてそれは,努力に比例してチャージされ,大きなしっぺ返しとして刺さってくる。まるで自分に向けられたパチンコを,努力するに比例してゴムが引っ張られるようなものだ。努力する量が増えるほど,威力が上がり,強烈な一撃が刺さる。

やり方が悪いというのなら,じゃあどうだったら良いのだろうか。当たって砕ける前に,砕けすぎてもう原子レベルまで微細化してしまったものをどこにどう当てろと言うのだろうか。

 

 

そしてそこまで追い込んだのは,紛れもない,この社会全体だ。

理不尽な人間どもだ。

 

 

そのような煩悩蠢く世界に,私の居場所はどこにもない。

 

 

 

 

やはり青いバラは,早急に退場するべきなのであろうか。

さて、週末が終わる。

明日からまた一週間が始まる。
祝日がどのような扱いになるのかは不明だが、それでも2日間はある。

明日は朝に各所へ連絡も入れないといけない。
大事なことを忘れていてしもうたので、取りあえずリカバリーを講じないと。

新たなUPDATEもあったので、明日がまた楽しみだ。仕事に溺れる生活を期待している。



折角捨てていた感情が少しだけ揺り動かされたのか、それとも自尊心を満たしたいだけなのか、またいけない流れに流されようとしている。
自分の運の悪さはギネス級であり、この人生の流れはどうあがいても変えることがが出来ないのに。無駄な期待が蠢いている。
絶対、何がどう転んでも、売約済みか、予約済みになっているのは明白。

それ見たことか!という大佐の言葉が目に浮かぶようだ。
そうそう、それでよい。毎日念じながら仕事している。期待をしてはいけない。自分は異端であり、独りで生きる義務のある、見捨てられし者。

地べたを這い蹲るグールのような存在には、何もかもが高嶺の花、一生かかっても無理な領域。
人間にとっての当たり前は、下等な人種、いや、グールのようなアボミネーションには到底無縁な代物。


誰にとっても、見られず買われないゴミ同然の商材であり、商材にすることすら失礼に値する程度のゴミである。


フェンスから降りなくて結構。
誰からも愛されなくて結構。
この先もずっとそんな人生なんだから。

I walk alone forever.

今日は昨日のこともあり,疲労感が強かったため,休止中。

 

期待を持ってはいけないのだが,それでも少しだけキャッキャウフフしてしまうのが自分の悪いクセ。ダメだというのに。最近は自分の理論を英語で話せるように己との会話形式で言葉を探りながらシンプルな組み立て方を模索している。

 

I think...It's rude doing courtship.

'cause I can't feel romantic feelings.

If I were woman,don't choose that man.

 

割と適当に並べたので,文法云々はむちゃくちゃだと思うが,話し言葉だから,伝われば良いのである。ここで口出すような人は,ReadingやWritingのやり過ぎ。言語はSpeakingなんだから,まずは伝わるかどうかに主眼を置かないと,日本人が他言語を敬遠する人が多いのもそのため。歪んだ学校教育は,大きなツケとなって返ってきている。怠けるなら勝手に怠けていればいい。私は早急に離脱したいのだ。

 

明日までかけて,ひとまずパーフェクトプラチナトロフィーを獲得し,一本大作タイトルを片付けたい。中身はパーフェクトとは言いづらいが,まずはトロフィー上でのパーフェクトを目指し,次の積みゲーを片付けないと。Skyrimの前に別のSkyrimを片付けたい。待ってろWitcher!

 

 

 

今日は,「幸せ」について。

自分には永遠に縁遠いものであるが,とかく周りの人は,「好きな男性と結ばれて幸せに」「結婚して幸せに」と,そこにあるものだと信じて疑わないようだ。まるで人生のゴールである。ゴールインなんて言葉もあるくらいだから,そのようにメディア操作されているのも頷ける。

 

しかしながら,よく考えて欲しい。

そこで終わりか?

 

その先を見据えた考えではないように思う。悪い所に目を瞑り,良い所や美点にだけフォーカスを当て,臭いものにはなんとやらである。

しかも,「幸せになりたい」とほざく始末。なりたい,というのは,誰かにさせて貰うような言い方になっている。幸せというのは人それぞれに形が異なる。子どもを持つのが幸せな人もいれば,結婚で十分な人もいるし,それすらも無理な人は自分1人の空間に幸せを感じることだってあるだろう。私は…どれでもないが。毎日が不幸のどん底だと自負しているため,幸福なんて地球から見たアンドロメダくらいの距離にある,自分には関係のないコンテンツ程度の認識である。

 

 

それはさておき,幸せは人それぞれなのだから,誰かがならせてくれるものであるはずがない。自分にフィットするものは自分が生み出すしか無いのだ。

自分に降ってくるのを待つのでは無く,自分からその見えない物体を捕まえに行く気概がなければ,恐らく永遠に「幸せ」という何かを得ることは難しいだろう。

 

 

掴みに行こうとして永遠に失敗し続けている私のようなタイプは,そこには無かったと思い諦めるしかないこともある。

しかし,そこ以外のどこかにはあるだろう。

 

 

皆にあるということは,逆に言うと私には無いのだ。

これまでの経験上から得た結論である。

 

 

 

せめて,私の目が黒いうちに,幸せとやらを掴んでおくれ。