昭和の祭り
自分が三役をやったのは30年も前
その頃は大祭の日程が衣装揃いが木曜で、本日(開催日)が金・土・日だったね。
その前は応接廻りが1日から前日まで毎日あって
本日が12・13・14・15日
これが本当の大祭日なんだけど、今じゃ観光化して・・・・・
観光化するなら応接廻りなんかも案内したらいいのにね
応接廻りは18か所くらい青年本部があってさ
どこでも湯のみ一杯酒を飲まされたから、毎日一升は飲んでたんだ。
今じゃ、そんなこと無いしビールやチューハイまででるからね
時代の流れだから仕方ないけどね。
神事は今でも15日にやっているとか聞いたけど、そこだけは守ってほしいね。
ちょっと付け加えだよ
さらに詳しく教えてもらいます。
俺らが青年の時は、交通規制がゆるかったのか、青年が無視したのかわからないけど、こんな事があった。
まだ応接係りだった頃の話しなんだけど
中日(なかび)位置付けの時にある街が鳴り物入りで来るからって、境界線や本部前に梃子棒持って並んでいたんだ。
しかも雨がどしゃ降りで夜中の2時半頃に位置付けが完了したと思った。
何があってそうなったのか、当時の私は平の応接係りだったので詳しくは分からないけどね。
今はどこの街も鳴り物なしで入って来るから、そこで揉める事も無くなったね。
そう考えると昔は祭典や中老に迷惑をすごく掛けていたんだね
一街の中日(なかび)の本部応接は昼過ぎから位置付けまで気が抜けないんだよ。
スケジュールを読める人なら解るけど…
やった事無い人には絶対わからない緊張感があるんだよ。
ねこさん、ありがとうございました。
たしかに応接廻りは見ごたえがありますね。中老の応接廻り中に偶然青年の応接廻りに出くわしたんで今度動画をアップしますね。
しかし(^~^)一升酒とはきついっすね
また、当時のエピソードを教えて下さい。
