あなたは誰ですか | kobacabana 3.0

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音楽、食、酒、街、男と女・・・・
日々に感じる雑感を
懸命にまとめています。

亡き父は難病ALSで6年の闘病を経て69歳で亡くなった。私自身、6年にも及ぶ介護地獄を経験した。母は文字通り365日通院し面倒をみた。
祖父が享年63、父の発病が63。私が人生、時間に拘るのは読者にはお判り頂けるだろう。

渋滞を憎み、段取りを徹底する。リモートだから楽だと断じたい批判分子も身近に居るのは百も承知だが、ビジネスの遂行は本当に大変だ。かと言って、もう組織や上役に気を使う歳でもない。好き勝手やらせて頂き、嫌ならクビにしてもらって構わない。その代わり、組織には大きな代償を覚悟してもらう、と言う位の割り切りである。


20年通ったKONAMIの地元店が潰れるのを予感したのは他でもない、店長らの人材レベルが年々低下していることだった。長らく組織で働いていればわかる。岸田が総裁になれるように、小者が最大派閥の5人衆と呼ばれてしまうように、日本の政界レベルが急低下している証左である。

あの店長が配属になると言うことは、この店への人材投資の優先順位が後回しになった、と読んだのである。


受付には4人のパートが並びペチャクチャ話している。4人も!だ。20年通っても個人的な会話は一度もしたことがない。ご隠居さんや、学生時代遊んで来なかったお受験ロボットOBは、何かにつけて声をかけていた。が、私はスタジオに行けば、

銀座、赤坂、青葉台

と呼ばれる程の美マダムが勢揃いなので、出会い頭に女性にハーイ、アミーゴ、ワッツアップルEカップ、などと意味不明な言語化で言い寄る必要もなかった。

石像も麺好き。


スタジオがひとつしかない
コロナ禍で最大収容12名
そもそも狭い
鏡が歪んでも治さない
風呂の底が抜ける
事あるごとに休館する
そして
働く者を優先するべき週末に
7時半には日傘がずらり並ぶ



ありえない、と思った。
時間の無駄だ。
あの美マダムたちと逢えなくなるのは辛かったが、
私の死生観、人世は短い、
が頭を過ぎり、巨大アリーナ100名、特殊証明ホットヨガ仕様のスタジオ50名、の新興ジムに移籍した。



私が、憧れの街、たまプラーザの居酒屋Wでいち早く勘定を払うのを見て「kovaさんは、次の店がメイン」と言った阿呆が居るのは知っている。筒抜けだ。が、遠く奥地青葉台からグルメ小旅行に来ているのであって、一晩に二軒は行きたいだけだ。メインがどこ、等と言ってる方が、小さすぎる。メインはあくまで、俺。
好きな小旅行の行程を好きなように泳ぐのが、余暇、というものだ。



心掛けているのは、お客はお店のもの、と言う事。そもそも私は嫌いな人物が極端に少なく、

無礼だったり、
周囲に迷惑だったり、
馬鹿が付くほどミーハーだったり、
面だけ整え中身が醜かったり、

そう言う人物は笑顔で駆除してきて、ほぼコックローチ処分が完遂できている。それでもその店にとっては、もしくはそのコミュニティにとって大切な人物であれば、一言も悪く言わない。目も逸らさず普通に挨拶すれば良い。場をシラケさせず、当事者に自戒を促すだけ。

が、先日とある飲食店で泥酔した醜い若い女性から絡まれたので、店主に伝えた。「大切なお客さんだったらすみませんが、仮に次に来たら、よろしくです」

阿吽の呼吸だ。


私の仲間は大人なので、愉快に飲んだり踊ったりできれば良いと思っている。が、中には、

その場が人生
取り入りたい

と言う低い次元は、見ていて不憫でならない。我々大人のメインステージは仕事、生業、家業、ライフワーク、家事である。その場を日々の最も重い位置づけにしているのを見ると、可哀想でならない。輪の中心に居る存在を教祖ばりに崇めているのと見かけるが、それは、自分が無い、からに他ならない。自分がブランド、自分がスター、自分がサポーターと思えば良いのに、自分という存在価値の無さを露呈してしまっている。


ここで何度も書いたが、
夫自慢、夫経歴自慢も、正直世間は「また、ほざいてる」と腹の中で舌を出して軽蔑しているのだ。嫁さん自慢なら大歓迎だ。


うちのは働き者で
うちのは優しい女で
嫁さんは夜も最高で
嫁は教養があって助かる
字が綺麗で美人で


ね?夫自慢なんて所詮、経歴程度しか自慢できる要素無いでしょ?



健康で
朗らかで
気っ風が良くて
働き者で
賢いひとで
人望があって
友人に恵まれてて
夜は迫って来なくて
稼ぎはまあまあ


程度で良いのでは無いか。

墓掃除も雑巾がけにもやって来ない姉がLINEしてきた。

「定年になり、いよいよあちらの実家で同居します。テニスクラブの移籍先は見つけたけど、しばらく週に2回位になりそうでストレスマックスです」


馬鹿か、と言いたい。長男として何一つ姉には苦労をさせずにここまで来た。海外駐在が長く結局帰国して出世レースから外れて愚痴った姉を叱りつけたことがある。


「介護地獄の最中に送りつけてきた、マッターホルンでの家族旅行の絵葉書、



直ぐに棄てたよ」

墓磨きしながら長男ひとり、どんな心模様だったか、ここに記録しておきたく今朝は書いてみた。