昨年末に入線した列車なんですが、“ウチの客車急行”としてまとめてませんでした…。


入線時にご紹介したのは山線にアタックする重連でしたが、本日は3号機の単騎にてご案内します。


紫合中央にて重連を解放したのち…


「出発。」


実車の3号機も好調機として知られたそうですが、ウチの3号機も同じくです。

確か東海道線を追われたあと、最初に津軽海峡を渡ったのが3号機だったと記憶しております。


空撮っぽくしたかったんですが、郵便車しか写ってません…。


有名な動画配信サイトでこっそりアップロードされているC62の動画ってありますやん。

アレのですね。

山線でいかにも戦ってますーってなシーンもエエんですが、長万部にて重連から単騎になって、優雅に平坦区間を走ってゆく3号機の映像が見られたりするわけです。


そう、函館までの平坦区間をスピードに任せて疾走するC62の姿も好きなんですよね。


こう、煙が立ち込める時代の陸の王者って佇まいが良きです。


間も無く終点。


C62関連の編成ってのも随分集めましたが、SLブームの頂点の一つとして語り継がれる急行「ニセコ」の勇姿は別格っすね〜と話される方も多いのではないでしょうか。

「つばめ」「はと」「かもめ」「ゆうづる」「みちのく」に次いでやって来てくれた「ニセコ。」


“ワタシが死んでも処分しないで”リストの上位に入る名列車です。


〈急行「ニセコ」ひとくちメモ〉

急行「ニセコ」は俗にヨンサントウと呼ばれる昭和43年10月のダイヤ改正にて誕生した列車である。


函館本線の函館〜札幌間を、小樽ー長万部間の急勾配区間である“山線”を経由して結んでいた。


この山線を速度を落とさずに攻略するために国内最大の旅客用蒸気機関車であるC62を重連にして運行された。


非電化区間のC62による牽引は昭和46年9月15日まで行われ、その後はDD51の重連へと改められた。


のちに「ニセコ」は14系化されながら運行されたものの、国鉄民営化直前の1986年に定期運行から退いた。

〜Swallowtailまとめ〜(KATOホームページならびにGoogle AI参照)


Swallowtail