▼△月と星と香る江(2)〔ふらいんぐの彼方に〕△▼ | チョロ助を追いかけろ

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子育て奮闘記とHQとCCさくらな日々


すっかり暗くなった香港の空。それでも風は生温く肌にまとわりついてくる。ここはやっぱり日本ではない、自分は香港に来たんだなぁ。とさくらは思いながら外を見ていた。
幾つもの棟を渡りやっとたどり着いた建物に入ると、そこは来客の宿泊様の建物だった。ここへ辿り着くまでに、たくさんの使用人が小狼とその客人であるさくらに姿勢を正して頭を下げてきた。慣れないさくらはその度に立ち止まって、挨拶したが「そんなにかしこまる必要ないから」と言う小狼に対して、やっぱりすごいお家のおぼっちゃまなんだ。とさくらは思うのだった。
そして小狼は小狼で、姉達はさくらにどんな写真を見せたのか気になって仕方がなかった。それとなく聞くと「どれも可愛かったよ」とさくらはにっこり笑って答えるだけだった。

建物の廊下一番奥までやって来た。小狼は持っていた鍵を扉に差し込み扉を開く。
「滞在中好きに使っていいから」
小狼に案内され部屋に入ると、ちょっとした応接セットが配置されリビングルームのようになっていた。
「えっと…ここ泊まるお部屋?」さくらは部屋をキョロキョロと見回した。
「ああ。こっちが、ベッドルームで奥に浴室と洗面がある」
そう言いながら、小狼はさくらの荷物を持ち奥の扉を開けて入って行く。さくらもその後をついて部屋に入るとキングサイズのベッドがあり、大きなガラス窓からは中庭とその先にヴィクトリア・ハーバーの夜景が見て取れた。更に扉が幾つかあった。その一つはウォークインクローゼットになっていて、小狼はそこにさくらの荷物を置いた。

一人で使うには申し訳ないくらいに、大きくて立派なゲストルーム。ちょっとしたホテルのスイートルームの様だ。……だって、今廊下から入ってすぐのところにも洗面あって、こっちにも。
さくらは呟く。
「いいのかな…私なんかが使っちゃって……」
「どうして?」さくらの言葉に真顔で答える小狼。
「どうしてって…こんなに大きなお部屋。それに大きなベッドに一人で…なんか淋しいというか心細い……」
部屋を見渡し言いながら視線が小狼と重なった。
「……………。」
無言で見つめてくる小狼の視線にさくらは耳まで真っ赤に染めた。
「ち、違うのっ!!!!!いつももっと狭~いお部屋に小さ~いベッドで寝てるでしょ!!?」
(私ったら、絶対に凄いこと口走ったのっ!!!恥ずかしいよぅ………)
恥ずかしさのあまり、真っ赤な頬を両手で抑え俯いた。

「じゃあ、一緒に寝る?」
耳に飛び込んで来た小狼の声に手はそのままに顔を上げるさくら。そこには悪戯っぽい笑みを浮かべさくらを見る小狼の顔。
「え、えっと……///」
「冗談。この部屋は隣と繋がっていて、普段は鍵がかかているんだけど…」と扉に鍵を差し込む小狼。「今日はここの鍵も持って来た。俺はこっちの部屋を使うから、何かあったら呼んで」
そんな可愛いこと言うから…冗談じゃ済ませなくなってしまう。苦笑しなら鍵を使って扉を開けた。
その言葉にさくらが扉の向こうをチラッと覗くとベッドルームが見えた。
「そ、そうなんだ…。小狼くんもゲストルーム使うの?」
「自分の部屋は母屋だし、ここから遠いだろ?何かあった時、この部屋ならこうして直ぐ来ることができる。…それに、せっかく一緒に香港に来たのに……」
うっすら頬を染めた小狼がフッと視線を逸らす。危うく変なこと口走りそうになった。小狼はそっと息を呑む。

小狼は何を言おうとしたのだろう?さくらは首を傾げた。しかしその疑問が吹き飛ぶ。
「あっ!いけない!!!」さくらはあることを思い出し慌てて荷物に駆け寄った。
何事かとドアノブから手を離し、小狼はさくらの後に着いて行く。さくらはクローゼットから荷物を引っ張り出すとしゃがみ込んで鞄を開けていた。
「ごめんね~。窮屈だったでしょ」さくらは鞄から《二人》をとても大事に抱き上げベッドサイドのチェストの上に座らせた。「シャオランくんは初めてだね、香港」そう言いながらさくらは緑色のくまさん《シャオラン》の頭をポンと撫でた。その隣に座るピンクのくまさん《サクラ》の頭に小狼の手が乗る。
あの、くまのぬいぐるみだ。
「サクラは久しぶりだな」
「そうだね、二人で連れて来てあげたかったんだ…」

『サクラを連れて来てね』と言われ、空港で《サクラ》をさくらに手渡すと「ちょっと狭いけど我慢してて。シャオランくんもいるから」と呟き鞄に《サクラ》を仕舞った。予想は着いていたけれど、さくらの優しさに幸せな気持ちが溢れ出す。微笑むさくらの頭をポンポンと小狼は撫でて微笑み返したのだった。






李家の当主で小狼の母でもある夜蘭(イェラン)は夕食時には帰宅するはずだったが、大幅に仕事が長引き、いつ帰れるか解らないと連絡があった。
それでも四人の姉達がさくらは勿論、最近は家で見かけてもゆっくり話も出来ない忙しい弟小狼を盛大にもてなしてくれた。円卓に並ぶ色とりどりに盛り付けられた豪華な食事と、たくさんの蒸籠にさくらは驚いた。

そんな豪華な食事を堪能して、部屋までの帰りの道のり。

「あーすごく美味しかった~。今まで食べたどの点心よりも美味しかったかも」
さくらは風になびく髪をそっと抑えて遠くの空を見た。
夜はすっかり深いはずなのに、眠ることさえ忘れてしまったかのように街のネオンが夜空を照らしているのが見える。涼しくなった夜風がたくさん食べて火照った身体に気持ちが良い。このゲストルームまでの長い道のりがちょうど良い腹ごなしに感じる。
「確かに。うちの点心師は腕がいいと思う。俺もこんなに食べたのは久しぶりだ」
さくらの視線をたどるようにして小狼も空を見た。本当に、香港でこんなにゆっくり食事をしたのは何時ぶりだろう。
「点心師?」さくらは隣を歩く小狼を見上げた。
「ああ。国家資格なんだけど、階級が上がるに連れて難しい試験をクリアする必要があるんだ」
「ほえ…」そんな資格を持つ人がいるって、やっぱり凄いお家だ。
さくらは先ほど食べた点心を思い浮かべて、美味しかったし形も味も様々でその種類の多さに再び感心した。そしてふと思い出す。

「そう言えば、桃饅…。前に小狼くんが作ってくれたのと同じ味がした…」
ほんのりピンク色が着いていて、中には甘さ控えめの白餡が入った物。食べた瞬間あの懐かしい味を思い出した。
「ああ…。点心を作るのに一時期ハマったことがあって、桃饅もその時教えてもらったんだ。特級点心師と同じ味なんて言ってもらえて嬉しいよ」
小狼は少し照れ臭そうにして言った。

ーーーあの頃はまさかこうして一緒に香港に来るなんて思ってもみなかった。

さくらを見下ろす小狼と、小狼を見上げるさくらの視線が重なる。二人は微笑みあった。この時、二人同時に同じことを思っていた事なんて気付かなくとも、想いがシンクロすることさえ、きっとこの二人には当たり前なのかもしれない。






「さくら?もう寝た?」
小さめに扉の向こうに声を掛ける小狼。さくらはもう寝てしまっただろうか。
部屋に戻った時間が遅かったため「今日はゆっくり休めよ」と部屋の前で別れたのは一時間前。既に日付も31日に変わっていた。
「ううん、まだ起きてるよ」扉の直ぐそばで聞こえたさくらの声。
廊下に面した扉とは違い、粗雑なつくりの扉。と言っても一般的に見れば十分立派な扉なのだが。その先にさくらがいると思うと、なんだかとてももどかしい。小狼はドアノブに手をかけ暫し考える。
「…小狼くん?」
さくらに呼ばれる。扉に向かって首を傾げている姿が目に浮かんだ。
「話があるんだが……。ここを開けても良いか?」
わざわざこんな事聞く方が何か疾しかったのか?それさえ解らなくなる。
「う、うん…。良いよ?」
さくらの返事も何処かぎこちなかった。

扉を開けると直ぐ目の前にパジャマ姿のさくらが立っていて気恥ずかしくなる。薄っすら頬を染めたさくらが微笑んだ。
小狼もラフなチャイナ服に着替えていて、さくらには新鮮だった。
「さっき、母上から戻るのは年が明けた朝方になりそうだ。と、連絡があった。せっかく来てくれているのに申し訳ないと伝えてくれって」
「ううん。いつもお忙しそうだもの…。明日は無理でも明後日にお会い出来るんだし」
さくらは前に一度会った時の夜蘭を思い浮かべた。とても高貴に満ちて凛とした姿は今でもはっきり思い出せた。大きな魔力を持ちとても優しい人。

「それで…明日、母上に来客の予定があって、俺が代わりに対応しなければならなくなった。すまない。今回の滞在中は仕事を入れるつもりはなかったのに…」
ーーーきっと今夜の仕事だって、俺に代わりを頼みたいのかもしれない。
夜蘭が仕事を大幅に長引かせるということは相当厄介な仕事…対ヒトでは無いということだ。現に四人の姉達の中でも魔力の強い雪花と、魔力と戦闘能力の両方をバランス良く持つ黄蓮が夜蘭の元へ出掛けて行ったのだ。
小狼はさくらには悟られないよう、思考を押し殺す。

「お仕事だもん、仕方が無いよ」
そう言ってさくらは笑ってくれる。けれどこんな事が当たり前になってしまうのが、小狼はイヤだった。
「香港に来てまだどこも連れて行ってやれてない…カウントダウンは絶対に一緒に行くから。それに行きたいところがあったら言って?どこにでも連れて行くし、なんでもするから…」
『なんでもするから』なんて小狼には珍しい言葉だ。そう思うとさくらの胸がキュンと鳴る。

「本当になんでも…してくれるの?」握った手を胸に当ててさくらが呟いた。
「……ああ。」そんなさくらを見て、小さく頷く小狼。
「じゃあ…一緒に…ううん、寝るまでで良いの。一緒にいてくれる?」
見上げたさくらが首を傾げて小狼に訊く。
「え?…寝るまで?」いや、ちょっと待て。今何か言いかけなかったか?
部屋がやけに静かに感じた。小狼はコクリと唾を飲み込む。
「うん。実はね、やっぱり大きなお部屋に、一人だと落ちつかなくて…」
「……本当に寝るまで?」何故か訊き直す小狼。
「……////え、えっと…あの…深い意味はなくって…////。傍にいてくれるだけで良いの…」
なんか凄く『深い意味はない』が強調されている…。そう、さくらの言いたいことは解ってる。

「解った、良いよ」
そう言ってさくらの肩と膝裏に腕を添えた小狼が、そのままさくらを抱き上げベッドに運ぶ。
「ちょ、ちょっとっ!!?小狼くん!!!」
そんな可愛いこと言って…凄いお預け喰らってる。それでも、今はさくらの望みを叶えたい。
ベッドの上に優しくさくらを下ろすと、そのまま一緒にベッドに潜り込む小狼。
「解ってる、何もしない。今日はこうして寝よう…」

小狼はさくらをギュッと抱きしめると、さくらに額にそっとキスを落とした。さくらは触れらてたところから一気に身体の熱が上昇するのが解った。さくらはドキドキとうるさく響く鼓動が小狼に伝わってしまうのではないか。と考える程鼓動が激しくなって、紅潮して行く顔を隠すように小狼の首筋に顔を埋めた。
そして小狼もさくらの頭に顔を埋め、大好きなさくらの匂いをゆっくり深く吸い込むと、ポンポンと優しくリズム良く撫でる。そのリズムが気持ち良くて、さくらはほうっと息を吐いた。激しかった鼓動も落ち着きを取り戻し、全身の力が一気に抜けて行くのを感じた。

「……疲れただろ?慣れない飛行機に乗って…姉上達の相手をして…」
呟くように話す小狼の声が、優しく頭に響く。
ーーーそっか…私、緊張してたのかも…。
小狼に言われて、自分がずっと緊張していたのだと自覚するさくら。微睡んで行く意識の中で返事の代わりにそっと微笑んだ。大好きな人の腕の中で、こうして眠りに付けるなんてなんて幸せなんだろう。そう思った時、頭に感じていたリズムが止まった。

さくらは少しだけ意識を現実に引っ張り上げてそっと顔を上げると、規則正しく上下する小狼の胸と呼吸の音。
「……小狼くん…?寝ちゃったの…?」
さくらが声にもならない吐息のように呟いて、見上げるとそこには小狼の優しい寝顔。

ふふっと小さく笑って、さくらは小狼の胸元に顔を埋め瞳を閉じた。
やっと互いを占領出来た。二人はこうして深い眠りに着いたーーー。










to be continued……








◆◇◆◇……
まだまだ年が明けません…。



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