「素敵ですわ~!!!!」
ビデオカメラを構える知世と、撮られるさくらと小狼。
先日の花火大会と同じ光景の様だった。浴衣は同じ物を着ているが、知世の方で別の帯を用意してくれた。帯が違うだけで、浴衣もまた違って見えた。そんな二人を知世が撮影する…恒例行事となった?お決まり事を一通り済ませると、小狼とさくらはお祭りへと出かけるのだった。
友枝町の端にあるお寺。そんなに大きくはないが友枝町が《友枝町》と名乗るずっと前からこの地を静かに見守ってきた、歴史のあるお寺だ。寺の隣には大きな池があり水がコンコンと湧き出ている。そこから流れる小さな川は隣町とを境にした大きな川に続く。毎年このお盆になると《灯籠流し》をしていて、それも兼ねてのお祭りなのだ。
今回はこの《灯籠流し》が目的だった。前からやっていることは知っていたが、幼少の頃から「お母さんのためにやりたい」というさくらの願いも虚しく実現しなかった。
何せこの行事、お盆の供養にも当たる儀式でもある。小さなさくらを連れて行くとなれば、忙しい父藤隆の代わりに、兄桃矢が連れて行くことになるのだが、いろんなモノが見えてしまう桃矢にとってあまり気持ちの良いものでもなく 、目に見えないと言ってもいろんなものが飛び交うそんなところに、怖がりのさくらを連れて行く気にはなれなかった。というのが正直なところだろう。
日はすっかり沈み、辺りは暗くなっている。お寺に続く道は普段は厳かな雰囲気が立ち込めているのだろうが、今日は祭のために建てられた灯籠に火が灯り行き交う人もいた。神社の祭の提灯とはまた違う不思議な空気がそこにはあった。涼しい風が吹き抜けると秋の虫の鳴き声が聞こえてきた。
「一度やってみたかったんだぁ。お母さん喜んでくれるかな?」
さくらは念願の《灯籠流し》が出来るとあって上機嫌だ。そんなさくらを横目に小狼は優しく微笑む。が、
(こういう日にこういうところに来ると、俺にも感じとれるいろんなモノが飛び交っていけど…。さくらには言わない方がいいだろうな、やっぱり。)
そんな事を考えていた。
進むに連れて、祭屋台が増えて来た。さくらは瞳を輝かせて「あ、綿菓子!」「りんご飴もいいなぁ」などとはしゃいでいる。
「今日の目的、忘れていないよな?」小狼が可笑しそうに笑いながら言う。
「も、もちろんだよっ!!…でも、お祭りなんだし…ね?」さくらは首を傾げてみせた。
そんな可愛らしく見上げられては、「駄目だ」なんて答えが言えるわけがない。もともと言うつもりもないのだが。小狼は薄っすら頬を染め「好きにしろ」と素っ気なく答える。それでもさくらは嬉しそうに「ありがと」と言うのである。
「あ、風鈴だ…。この金魚の柄、可愛い…。」
さくらは足を止め、幾つもぶら下がるガラス製の風鈴を見つめた。小狼もそんなさくらと並んで風鈴を見る。
風が吹きチリンチリンと音が鳴る。どれ一つとして同じ音を持たないそれは、互いを邪魔するわけでもなく綺麗に重なり合う。
「音もとっても素敵だよ…。」
さくらが指差すその金魚の柄の風鈴は、控えなのに心地よくチリンと鳴った。
「風鈴は、もともと中国の占いに使われていたものが魔除けとして日本に伝わり、夏の風物詩になったんだ。」
「へぇ。さすが小狼くん。よく知ってるね。」
「『夏の風物詩』と言うだけあって…今買うのは遅すぎないか?」
「確かにそうだけど。」さくらはうーん。と悩みつつもどうしてもこの金魚の柄の風鈴が気に入ってしまった。
「小狼くんちのベランダに付けたかったんだけど…。」風鈴を見たまま呟くさくら。
「えっ?俺のうち?」
「うん、だって小狼くんっていつも窓開けてるでしょ?風が入ってくる時音が聞こえたら素敵だなぁって。」
にっこり笑って見上げて来るさくら。小狼の心臓がトクンと跳ねる。いつもこの笑顔にやられてしまう。止まってしまっていた息をそっと吐き「まいったな」と呟く。その声はさくらには届かず首を傾げている。
「8月はまだ残っているしな…。よし、うちのベランダに付けよう。」小狼は微笑んだ。
「うん、ありがとう、小狼くんっ!」
一目惚れの金魚の柄の風鈴を小さな箱に入れてもらいそれを小狼が持つ。さくらはその先にあったりんご飴を購入して持って歩いていた。
「あ、さくらちゃんっ!李くんっ!!」
「やぁ!」
その声に振り向くと、浴衣姿の千春と山崎が手を振っていた。
「あ、千春ちゃんに山崎くんも!」
可愛らしいキャンディボイスが、友人に会えた喜びに弾む。その横で小狼も手を上げて挨拶していた。
「二人もマジックショー見に来たの?」山崎が細い目をさらに細くして笑って言う。
「「マジックショー?」」小狼とさくらの声が重なった。
「山崎くんたらね、マジックショーが見たいからって、今日このお祭りに来ることになったんだよ。」
と言いつつもどこか楽しげに話す千春。
「まだ、売れないマジシャンなんだ。それに今日だって前座なんだよ、だけど話題急上昇なんだぁ、そのマジシャン。気になるじゃない?どんなマジックするのか。あ、マジックと言えばね、その昔…。」
「はい、はい。タネも仕掛けもない、くだらない嘘は今はいりませんよっ!!で、二人は?」
と千春の言葉で山崎の話はそこで区切られ話題が変わって行く。
「灯籠流しをやろうと思って。」とさくら。
「あ、そっかぁ…そのためのお祭りだもんねっ!」と千春がちょっと強調したようにも感じた。
「小さい頃やったことあるよ。すごく綺麗だったのを覚えてるなぁ。その頃はね、今と違って石で作られた灯籠も流したんだよ。石なのに凄いよね、あれは確か…。」
山崎が人差し指を立てて話し始めた。ん?怪しいと千春が反応する。
「石が流せるわけないでしょ!!もうっ!!さ、マジック見るんでしょ?マジックの会場に行きますよ~。じゃあね、さくらちゃん、李くん。」
千春は山崎の腕を掴みずんずん歩き始める。「またね~。」と山崎は引っ張られるように千春に着いて行った。
「……確かに…石は浮かないよね…。」さくらは呟いた。
夜道を歩く人の流れの先に、無数の光が見えてきた。人が持つ灯籠や川に流れる灯籠が水面にユラユラと映し出している。それらは蛍光灯の様な冷たさを感じるものではなく、オレンジ色の柔らかく暖かなもので、なんとも言えない幻想的な光景だった。
「わぁ…。」さくらは無意識に声を出していた。小狼がそっとさくらを見ると、視線の先はその光を見つめ、大きな瞳も光を映し出し輝いている。そんなさくらを見て小狼はそっと微笑んだ。
「私たちも行こっ!」
今にも駆け出しそうなさくらの手を取る小狼。さくらはこの状態に一瞬びっくりしてその手を見た。
「ここから先は足場も悪い。ゆっくり歩いて行った方がいい。」
小狼の言葉にさくらは足元を見た。今日は浴衣で下駄を履いて、しかもここは河原特有の大きめの砂利の上だった。
「そうだね…転んじゃうところだったよ。」
「こうしててやるから…しっかり掴まっていろ。」
「……ありがとう…////。」
小狼の手は走り出しそうな自分と引き止めるためだけのものではなかったのだと気が付き、さくらは頬を染め小狼の手をしっかりと握った。小狼はそれを確認すると、握り返してさくらの手を引き歩き出す。さくらは自分の前を歩く小狼の背中を見つめた。
ーーーこんなに大きかったかな?小狼くんの背中って…。
小学生の頃、二人でカードを追い求めていた頃。こうして何度もこの背中を見た。いつも自分の前に立ち、守ってくれたよく知る背中。大好きな背中…。そうだ好きなんだ。あの頃からずっと。とっても安心できて、前に立つその時感じた気配はいつも自分を思っていてくれた。
ーーー私って…。
『ぽややんなんだから!』と苺鈴の声が聞こえた気がした。なぜあの頃、気付かなかったのだろう。自分はあの頃からずっと、小狼(この人)を好きなのに…。今頃になってまた気付かされるなんて。
ーーー私は何回も恋に落ちるんだ…小狼くんに…。
ぼんやりとそんな事を思いながら後に続くと、小狼はさくらが歩きやすい様に道を選んで歩いてくれているということに気付いた。それが嬉しくてさくらはにっこりと微笑みながら大きな背中を見つめていた。
受付まで来ると、四角い灯籠に一面だけ文字を書ける様になっていて、さくらは悩んだ末『お母さん大好き』と書いた。次に灯籠に火を灯す。
「この炎は本堂の御灯を分けて頂いた物なんですよ」火を灯しながら係りの人が言う。「それに、今は良い物が出来ました…昔はこの灯籠は下流で回収していましたが、最近では無害で水に溶ける物で出来ているので、その手間もなくなりました」と教えてくれた。
ユラユラと幻想的に揺れる炎が二人を照らした。「自分で持つよ」と言うさくらの気持ちを小狼は直ぐに察して何も言わなかった。両手で大切そうに灯籠を持つさくらに寄り添う。二人はゆっくりと川岸へとやって来た。その川は流れが穏やかで、川というよりも池の様に静かだ。
すでにたくさんの灯籠が水面に浮き無数の光が揺れる、光の絨毯の様だった。
「不思議な景色だね…。」立ち止まりさくらは辺りを見渡した。
「ああ。」
さくらはその場にしゃがみ込むと、灯籠をゆっくりと水面に置く。
「お母さんも、この素敵な景色見てるかな?」
そう言ってにっこりと微笑んで、そっと灯籠を押すと灯籠は水面を滑る様にゆっくりと動き出した。ふわりと優しい風が吹き抜ける。さくらの流した灯籠は先に流れ始めていた灯籠を追いかける様に岸から離れていく。灯籠が川の流れに動き出すのを確認するとさくらは立ち上がった。
「こんなに、素敵だったなんて…もっと小さい頃から来たかったなぁ。これから毎年やりたいな…。」流れていく灯籠を見つめてさくらは言った。
「……そうだな。さくらも大丈夫そうだし…。」さくらを見下ろして小狼が呟く。
「……?なにが?」さくらは不思議そうに首を傾げながら小狼を見上げている。
「いや、なんでもない。」
今まさに、いろんな気配が飛び交っているだろ?とは言えるわけもなく、小狼は灯籠に視線を移す。
「ふ~ん…。よく解らないけど…。綺麗だと思わない?来年もお母さんに見せてあげたいもん。」
さくらも灯籠に視線を送った。その時ーーーー。
『ふふふ…そうね…さくらちゃんが来てくれるなら、来年も見ることができるわ…。』
「「えっ?」」
小狼とさくらは互いを見た。今何か聞こえなかった?と目が言っている。優しい風が吹き抜ける、はちみつ色とブラウンの髪が揺れた。
「お母…さん…?」さくらは辺りを見回した。そんなはずはない。だって自分にはそんなことを感じ取れる力はなくて…今は兄桃矢にも。
それでもキョロキョロとさくらはまだ見回していた。そんなさくらの隣で視線の様な物を感じた小狼は空を見上げ、息を呑む。
「さくらっ!」
空を指差した小狼の声にさくらも空を見上げた。たくさんの星が見える。そこに何かが舞っていてさくらが手をかざすと、そっと掌にそれは舞い降りた。
「羽根…。」ポツリとさくらが呟く。
小さな白い羽根が一つ掌に乗っていた。さくらは直ぐに空を見上げて、
「絶対に…絶対に来年もここへ来るから!またこの景色を一緒に見ようね、お母さんっ!!」
夜空に向かい、満面の笑みで言った。
END
◆◇◆◇後書き的な◇◆◇◆
御灯(みあかし)…神や仏に供える灯火。お灯明(とうみよう)。
ちょっと、お盆は過ぎてしまったんですが…一応季節ネタでした。
私は《灯籠流し》はやったことないんですけど…、やってみたいな。という願いも込めて。