茨城の偉人4 | 歴史嫌いがつくる歴史ブログ

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小中高と社会のテストは赤点・・・そんな私が歴史にはまりなんとなく歴史についてつづってるブログです☆水戸周辺情報もちょいちょいご紹介してます。水戸藩仲間募集です♪

木村謙次さんに続きこの方も蝦夷地探検に行った方です


水戸藩はなぜにそんなに蝦夷地探検にいったのかというと



幕末日本にはたくさんの外国の脅威が迫っていました。


北にはロシアがあったわけで日本の形すら分かってなければ


ロシアに攻められたって防ぎようがなかったからです。



昔の日本地図、見たことありますか??



本州は直角に曲がり、北海道は縦長でロシアとつながっているんです。



前回ご紹介した「長久保赤水さん、木村謙次さん」そして今回の



間宮林蔵さんが蝦夷地を開拓してくれていなければ日本に北海道はなかったかもしれませんね



「2010年11月19日」の日記です



*  *  *  *  *  *  *  *


4・・・・だっけ?



今日は「間宮林蔵」についてです。



ありゃ?この名前は聞いたことあるぞ!


と思いませんでした??




そう!この間宮林蔵とは


あの北海道とロシアの間にある?「間宮海峡」の


名前にもなっている人物なんです!!


この間宮林蔵も実は茨城出身!


伊奈町の生まれです。



幼い頃から賢く





林蔵少年にはこんな逸話も残っています。



「近所の川沿いであそんでいた林蔵



その川には水を引くための工事がはいっていました。


たくさんの人たちが川を塞き止めるために動いていましたが


川の流れが強すぎてどうしてもうまくいきません。


それをみていた林蔵少年はお役人さんに

自分の考えた案を話しました。


すると工事はスムーズにうまくいった」のだとか。




その才能が認められ、江戸で勉強をすることになった林蔵


あの伊能忠敬にも測量の技術を学びました。



伊能忠敬の地図にも林蔵の調査資料が生かされたそうです。