前回10月11日は「コンビニ銀行の強み」ということで日経新聞に掲載された記事を前半と後半に分けて紹介・引用しましたが、その中で印象に残ったのは「コンビニは社会からという取り残されそうなところに光を当てビジネスへと昇華させる歴史がある。」というところが私には特にイノベーションとは、を考える上で参考になりました。

 

先端技術を使って新たな価値を生み出すのもイノベーションなら、先端技術の利用などはなくても物事の捉え方や考え方(顧客を含む)で従来とは全く違った価値を生み出すのもイノベーションと言えるように思います。

では、新たに生み出される価値は誰のために何ためなのでしょうか?

 

企業が生産した製品やサービスに価値があるのではなく、それを顧客が使用することによって価値が生まれる使用価値)もあれば企業と顧客がともに価値を創り出す価値共創に焦点が当てられます。

 

それは「コンビニ銀行の強み」の中でも触れられていますが、次の一節は、当に価値共創と言えるようです。

 

セブン銀は当局との約束である開業3年の黒字化を期限を待たずに達成。24時間営業と拠点数の多さと近さが意外なニーズも掘り当てた。多額の現金を持ちたくない深夜タクシーの運転手がこまめにATMに入金。夜間金庫代わりだ。最近では飲食店など法人向けに売上金入金サービスを開始。拠点減の夜間金庫の穴を埋める。「(プレーヤーが減ることは大きなビジネスチャンス」(山下雅史ローソン銀行社長)

当初は想定していなかったコンビニ側も顧客の利用法によって新たな価値に気付いたということではないでしょうか。

イノベーションとサービスという観点からすると、イノベーションとはサービス価値の創造とするならサービス・イノベーションという発想が必要になり、製品かサービスか、という思考から離れ価値提供としてビジネス全体をサービスとして位置づけることが求められるように思います。

 

 

先週の水曜日にも書きましたが、私の買った株は買値の半値ぐらいのところをウロチョロしていましたが、昨日あたりから下げ止まった感じで今日はほんの少しですが前日比+1円で引けました。

 

たった前日比+1円でも今まで下げ続け底値に届いたのではと思ったら、また続落という繰り返しで-▼▼ばかり見ていましたので漸くプラス記号で表示されたので、これからは上向いて来るだろうと思っています。

とは言え今までが余りにも頼りない動きだったので期待はしていますが以前のように下げることもあるかもしれません。

 

株式投資と言うのは、株価の上がり下がりを利益確定、投資機会とするものだけに、株価が下がったからと言って誰にも文句は言えないもので売り時を逃した自分自身を後悔するだけです。

 

その後悔が後の株式投資に役に立つか立たないか、が株式投資で成功する秘訣と言えるのかもしれません、それにしても私の株式投資体験は苦い経験をしたことで、これからの投資に役立つように思っています、と言うよりも、これからの投資に何としても役立てなければ、このテーマ自体が終わってしまいます。

 

何も無理やり大腸癌(ステージ4)と株式投資と結びつけるつもりはありませんが、抗がん剤治療も薬を変えてみて効果を確かめながらの治療ですが、抗がん剤によっては副作用や副作用によるアレルギー症状が出る場合があり、先日も病院で点滴を受けて終わり頃になって左手が急に痒くなり手のひらが赤く腫れあがった状態になって腫瘍内科の先生によるとアレルギー症状だと言うことでアレルギー症状の点滴をしてもらって漸く手の痒みが治まりました。

 

株式投資でも抗がん剤治療でも、いろいろな問題が出てくることがあると思いますが、要は己自身が如何に処するかではないでしょうか。

 

 

ハルハ河を渡河してのソ蒙軍領内への進攻作戦は、苦戦を強いられました。

作戦を指導した参謀の無責任さを示すためにもノモンハン事件の状況を、もう少し半藤一利氏の『ノモンハンの夏』より引用いたします。

戦場の状況は最悪である。しかもハルハ河に架けた命の綱の軍橋も、しばしばソ連空軍機の爆撃をうけている。

日本戦闘機の防戦も間に合わない。

この状況下で午後三時すぎ、小松原のいる師団司令部に、関東軍の参謀副長矢野少将と、服部、辻の両参謀が参集した。今後の作戦をいかにすべきかについて、小松原をかこんで三人の参謀が忌憚のない意見を交換するためである。

 

矢野が小松原に「閣下のお考えはいかがですか」とたずねると、「軍の御指示のとおりやりたいと思います。このまま攻撃を続行せよとのお示しならば、万難を排してコマツ台地を攻撃しましょう。また、西岸から撤退して、東岸攻撃に重点を向けよとならば、今夜主力をもって転進しましょう」と小松原は関東軍にゲタをあずけるように答えたという。

 

そう辻の手記には書かれている。これが真実であるとすると、ずいぶん小松原は弱きになっている。

一カ月ほど前に「防衛司令官のやり方に軍が掣肘すべきにあらず」と豪気の言を吐いていた人とは思えない。

関東軍の仰せのままに、というのではロボットでしかない。しかも「転進」という語をおっかない参謀たちの前で、容易に口だすことができるものであろうか。

 

ただ、小松原が弱気になったわけを思わせる事件がそれ以前にあることはあった。

それはハルハ河を渡った小松原を乗せた自動車が、対戦車戦闘の修羅場にまきこまれてしまい、危うく敵戦車の好餌になろうとした事件である。運よく、師団野砲兵の草場栄大尉指揮の砲が直接照準で、この戦車を攻撃して、小松原は命を拾った。しかもそのしばらくあとで、敵の砲弾が自動車に命中し、運転士など三名が戦死している。

 

それはともかく、「転進」の語は、この会議における関東軍参謀の意見一致の決定を正当化するため、早めに小松原の言としてもちだされれているような気がする。

 

辻の手記には「次の理由で主力を東岸に転進させる意見に一致した」と、小松原の言をうけてあっさりとっ枯れている。その理由とは――

一、日本軍の補給はただ一本の橋に頼っている。その橋は、明朝以後、航空爆撃と戦車に集中攻撃されて破壊されるおそれがある。しかも補修する渡河材料は皆無である。

二、今日の戦いで敵戦車の半分を撃破したが弾薬も残り少なく、明日の戦果を期待しえない。

 

たしかに状況からすれば、転進するほうに合理性はある。しかし、この期に及んでの感をどうしてもぬぐうことはできない。一言でいえば、戦争指導をした三人の参謀は、無責任をそのままさらけだしている。

かれらが作成した作戦は、万事に行き当たりばったりで、寸毫も計画的らしきところがない。

戦闘半日にして「転進」というのでは、渡河して作戦することが最初から無理であったことを証する以外のなにものでもない。

作戦計画そのものが杜撰であったことを物語るものではないでしょうか。相手の戦力を過小評価し日本軍が出ていけば相手は退却するという意識にとらわれていたようで、この後のノモンハン事件は関東軍が想像していたよりも大規模なソ蒙軍の総攻撃が始まります。