日経新聞に連載されていた、「やさしい経済学」で「サービスイノベーションとは何か」を第1回から第5回まで紹介・引用してきましたが、今回の第6回で終了となります。

サービスイノベーションとは何かについて名古屋商科大学教授、澤谷百合子先生のコラム⑥の紹介・引用をさせていただきます。

S・バーゴらが2004年に提唱した「サービス・ドミナント・ロジック」では、製品はサービスの価値提供のためのツール・手段と考えます。企業が生産した製品自体に価値があるのではなく、それを顧客が使用することによって価値が生まれるのです(使用価値)。

 

企業と顧客がともに価値を創り出す価値共創に焦点を当てると、イノベーションの重点分野は、製品そのものから製品の利用に伴うサービス経験、サービスシステムに拡大します。

それとともにデザインの対象領域も、有形の製品から、無形の製品、顧客との相互作用の設計、サービスシステムを別々に扱うのではなく、全体をサービスシステムとして統合的に捉えることが重要なのです。

 

顧客経験の向上のためには、特定の企業だけでは実現が難しいことも多く、サービスシステムは複数の企業による「エコシステム」へ拡大しています。

 

前回までに紹介したQBハウスや英国政府の事例に共通するのは、顧客との価値共創という意識が浸透し、仮設を立てて検証するという手法を採用している点です。

そのためには顧客起点でサービスを考えるサービスデザイン、顧客に最適なサービスを提供するための組織改革、迅速な開発・検証を可能にするアジャイル型開発手法の導入などが必要になります。

 

欧州の公共サービスの問題解決から始まったサービスデザインは、人々の問題や切実な要望を見いだし、新しいサービスをデザインするための方法論です。

顧客の問題を発見し解決する新しいサービス概念を得るため、人間中心設計を取り入れることが有効だと考えられるようになりました。

 

ただ、顧客起点の重要性を理解しても、組織体制や開発手法が追いつかなければ対応できません。

社内に人材がいなければ、外部から獲得することも必要でしょう。そして、自社のサービスを再定義し、新たなサービスを可能にする組織変革や技術開発に取り組むことにより、サービスイノベーションを実現することが求められているのです。

第1回から第6回まで紹介・引用してきてサービスイノベーションとは何か、と言われればサービスとデジタル化が一体となったものということで理解していますが、サービスデザインについては、サービスの質とサービス提供者と顧客とのコミュニケーションでありサービスを構成し、全体としてまとめあげる活動と認識すれば価値共創という点で第1回から第6回までを通じてサービスイノベーションとは何か、が少しだけ分かったような気がしました。

 

 

前回11月21日は「なんでやねん」ということで、私の買った株価の値下がりが停まらない現状と抗がん剤を変えたことにより、体重の減少が止まり少しですが増えて来ていることを書きましたが、本来は水曜日のテーマ“大腸癌ステージ4と株式投資”というテーマは株式投資により元気を貰うという狙いで始めたテーマですが、抗がん剤治療で元気を貰うという現実から「なんでやねん」ということを書かせていただきました。

 

そうすると、翌日は前日比+1円となり今週の月曜日には+4円となり昨日の火曜日には一気に+18円と反転上昇の気配を見せましたが今日の終値はー6円の98円で引けました。

火曜日の勢いで今日も上げるか、と思っていたのですが、ここら辺で一応利益を確定しておこう、また今までの損失を少しでも取り戻しておこう、という思惑が今日の値下がりになったのではないだろうか、と思っています。

 

11月21日の終値は81円でしたので、それから見ると漸く反転上昇の気配が見えて来たのかな、という感じはありますが、今までがダラダラ坂を下っている様な状況でしたので油断は出来ません。

しかし、下がり続けてから初めての反騰ですので期待も膨らんできています。

 

それにしても長い下り坂だったなぁーと今更ながらに感じています、会社が倒産すれば株価も価値がなくなり0になってしまいますが赤字続きではあっても株価が0になることはありませんので、私もどこまで下がるのか見てみようという気持ちになって手放していませんでしたが、値下がり値上がりがあるのが逆に言えば株式投資の魅力というものかもしれません。

 

このような見方からすれば、癌の治療というのも、アレコレと自分にあった治療方法を探し続けていくことが手術後の癌治療というものと言えるのではないでしょうか。

癌治療担当の先生を信頼しないわけではなく、多彩な選択肢を求めてセカンドオピニオンを活用して自分自身が納得した上での治療を受けることが必要ではないでしょうか。

 

久方振りに反転上昇した私の買った株から癌治療ということにも言及してみました。

 

 

関東軍作戦課が参謀本部に1939年(昭和14年)7月16日に「軍は外蒙空軍をその根拠地(タムスク、サンベース、マタット)に急襲撃滅すること極めて緊要なりと信じ、謹みて意見具申す」という電報に対し、参謀本部は翌十七日午後、参謀本部は意見具申は採用しない旨の長文の電報を、関東軍に打ちこんできた。

 

この後は半藤一利氏の『ノモンハンの夏』より引用いたします。

「満州内に対する敵の爆撃は、(中略)本事件処理の方針たる局地解決の主義に照らし、隠忍すべく、隠忍し得るものと考えあり」午後二時三十分にこれをうけとり、まずこの一行を読んだとき、辻を急先鋒とする参謀たちの怒髪は字義どおり天をついた。

 

「本文中『隠忍すべく且隠忍し得るものなり』等の文句は大いに上下を刺激し『隠忍すべしとは誰が隠忍するのか』『これが大本営の書く電文か』等、作戦参謀一同憤慨おくところを知らず」

しかも参謀本部からの電報はそのあとにとんでもない考えをのべている。

「今や地上作戦においても、制空権の常時絶対保持を必要とせざる状況となり、もはや如何にして事件の自主的打ち切りを策すべきやを考慮すべき秋となれり」

 

これにも関東軍参謀たちは憤激する。

「満州国の防衛をやめるというのか。満州国を見捨てよというのか。満州国はいったいどうなるのか」

「制空権保持が不必要とは。それが参謀本部のいう言葉か」「満州国における日本帝国の地位はどうなるのか」

そうした参謀たちの興奮に水をさすかのように、参謀本部の電報はこう結んでいる。

 

「国境紛争に引きずられ、帝国が対ソ開戦の決心はなし得ざることをとくと御考慮になり、彼が紛争の範囲を拡大せば我もまた報復的に、これに応ずるの観念を是非三省せられ、事件の収拾に努力を加えられんことを切望してやまざるなり」

 

この文言は国際情勢下の参謀本部の苦悩をいかんなく伝えている。しかし関東軍はそうは読まなかった。なんたる腰抜けかとみた。無策な連中よと軽蔑した。

このように力みかえって戦うことのみを考えている参謀たちを、ピシリと抑えるためには、実は三宅坂上の秀才たちはもっと強くなければならなかったのである。

 

(中略)

 

参謀本部作戦課は、この時点で、確かに作戦終結の必要を考えている。七月初旬の井本参謀メモにあった「七月下旬」第七師団を動員しての渡河西岸攻撃、といった強気は三宅坂上からはすっかり失せている。関東軍よりの「ハルハ河東岸の敵を撃破するのは時間の問題なり」といった楽観的な報告など、だれも信じてはいない。

参謀本部には流動する国際情勢下において関東軍の国境紛争にいつまでも関わっておれない問題があり、早急にノモンハン事件を外交交渉による解決を望んでいました。

この辺りについては次回に紹介することにいたします。