水曜日は“大腸癌(ステージ4)と株式投資”というテーマで書いていますが、時々書いていて、こんな難しいというか支離滅裂なテーマを設定しなければよかったと思わないでもありません。

 

私自身は大腸癌それもステージ4という状態で普通なら株式投資などをする気持にもなりませんが、株式投資をすることで気分転換を図るとともに病気のことばかりに関心が向きがちなのを少しでも株式投資に向けることによって新たな気持ちで癌と向き合えるのでは、そして僅かでも儲かればという欲どしい気持ちもあって“大腸癌(ステージ4)と株式投資”というテーマを今年から設けました。

 

ところが、コチラの気持ちと言うよりも思惑通りには行かないもので23万ほどで買った株は私が買った時点より170円ほど値上がりしていたので一旦は売ろうかなと思いましたが、そこは欲深い私のこと、もう少し上値が望めるだろうと手放さなかったら見てる間にドンドン値下がりして遂には株価100円というところまで来てしまいました。

 

この間、売ろうかなと何度も思いましたが値下がりが急で売るタイミングを逃してしまいました。

そして、とうとう70円台まで突っ込んで漸く81円で値下がりは止まりましたが、その後は100円台を回復して、サァーこれからと思っていたら90円台でウロチョロしている現状です。

 

今日は日経平均がー116.72円で21919.33円という全体の地合いの中で前日比+3円もの95円で引けました。

まぁー、株の値上がり、値下がりに一喜一憂してみたところで所詮は「相場は相場に聞け」という格言があるように、謙虚になって相場の動きに耳を傾けるべき、ということですが癌治療は癌に聞くことにも通じるものがあると思います。

 

癌治療をしている自分の体調を充分に把握して担当の先生に報告するとともに、今後の癌治療はどのようにすべきか、体調や副作用、血液検査や尿兼検査それに腫瘍マーカーなどを常に見ておく必要があり、検査結果に異常な値がないか先生に確認しておく必要があるのではないでしょうか。

 

何とか癌も株も良い方向に向かってくれないだろうか、少なくとも癌は良い方向に向かって欲しいものです。

 

 

参謀本部は石油をはじめとして軍需物資をアメリカからの輸入に頼っていましたが日米通商航海条約の廃棄をワシントンは日本政府にちらつかせはじめ条約廃棄でこれらの貿易を中止するかは、アメリカの手の内にありました。

 

それに三国同盟をどうするのか、といった重大問題参謀本部が取り組まねばならない問題が山積している中でソ連との国境問題まで抱えたなかった参謀本部はノモンハン事件を外交交渉に移したい意向をもっていました。

 

半藤一利氏の『ノモンハンの夏』より、この辺りの様子を見ていきます。

海軍の高木惣吉日記に面白い記載がある。

「七月十八日(火)晴 閣議に続いて五相会議で、陸相が、ノモンハン国境問題を外交交渉に移したい意向を洩らし、急速に交渉を開始してほしいといいだした。それと同時に、国境問題解決のためにも、三国協定の強化が必要だから促進してもらいたいと提言した」

 

こうして〝八方塞がり〟の陸軍中央は、外交筋をとおして戦闘終結の意図をはじめて明らかにした。そしてこのとき板垣は「日ソ全面戦争への発展は極力防止するの方針を堅持する」とはっきりいい、五相会議はその方針をうけいれて国策決定している。

(中略)

高木日記はさりげなく書いている。

「詳しいことは解らないが、ノモンハン事件で陸相が外交交渉を急いで要求しているのは、相当ひどい痛手を負ったためだとの満州からの情報である」

ノモンハンでの陸軍の敗北は、ようやく東京の上層部の耳に入りはじめたようである。

陸軍中央はその面目にかけても事件の解決を図らなければならない。

 

モスクワの駐ソ大使東郷茂徳は翌十九日に有田外相からの訓電をうけとった。ノモンハン事件についてはすでにモロトフと何度かやりあっている。こんどは適切な時期をえらんで交渉し、時局を収拾せよという内容である。

五相会議の決定でもあるという。東郷は慎重であった。はたしてかなりの譲歩をしてまで収拾する覚悟が政府に、いや陸軍にあるのか。東郷は有田となんどか電報の交換をしたあと、この件にかんする一任をとりつけた。

ノモンハン事件は外交交渉に移ったかような動きのなかので参謀本部は、これ以上紛争をしないためにも関東軍の参謀長の上京を促します。

そこで話し合われた内容は次回にお伝えいたします。

 

 

日本の南進策によって日米関係は、より一層緊張感を増す中、近衛首相は日米諒解案に最後の望みを賭けます。

 

近衛の決意は固く、8月7日、木戸と近衛は再度会談。

米ソを相手に戦う両面作戦は困難で、石油が海軍の計算で2年、陸軍の敬さんで1年しか持たない現状では、所用の物質調達のためには、南進政策や国内産業の内需拡大の他、日米の国交調整による打開は必至であるとの見解を示しました。同日、近衛は豊田貞治郎外務大臣に、この件を野村吉三郎駐米日本大使に訓令する様に命じ、訓令を受けた野村は、8月17日の野村、ルーズベルト、コーデル=ハル国務長官の三者会談で、提案を致します。

 

野村は、近衛からの提案として、「首脳会談以外に問題解決道が無く、ハワイのホノルルの様な、太平洋上の中間地点で開催し、日米双方から数名ずつの随員を伴って行うべき。」とアメリカ側に述べます。

 

それに対しルーズベルトは、日米首脳会談開催の前提として、日本が態度を改める事が肝要と指摘し、日本の武力進出に改めて警告をします。また日本の態度の明確化を促し、日本に対し「「明瞭なるステートメント(声明)」を求め、対する野村もアメリカ側に対し「明瞭なる声明」を期待し、「これに報いる用意がある」と返答します。

 

野村は、近衛からの提案として、「首脳会談以外に問題解決道が無く、ハワイのホノルルの様な、太平洋上の中間地点で開催し、日米双方から数名ずつの随員を伴って行うべき。」とアメリカ側に述べます。

 

それに対しルーズベルトは、日米首脳会談開催の前提として、日本が態度を改める事が肝要と指摘し、日本の武力進出に改めて警告をします。また日本の態度の明確化を促し、日本に対し「「明瞭なるステートメント(声明)」を求め、対する野村もアメリカ側に対し「明瞭なる声明」を期待し、「これに報いる用意がある」と返答します。

 

ルーズベルトは、この野村の前向きな意見に対し、さらに付け加え、「ハワイでは遠いので、アラスカのジュノーあたりではどうか?」という一見賛意にもとれる発言をし、会議は和気藹々のうちに進みました。

 

しかし、同席していたハルは、この会談後、「大統領は先走った発言をしてしまった。もしこの首脳会談で、アメリカにとって良い結果を生まなかった場合、大統領は世論を背景としてどういう立場に立たされるのかは、目に見えている。」と、明らかに風向きが悪くなると云う、後悔の念ともとれるべき、回想をしております。

 

このハルの発言は、実務家らしいもっともな懸念でありました。外務省在ワシントン日本大使館顧問フレデリック=モアーは、今回の近衛の提案に対し、以下の様な分析をしております。

 

「日本からの、日米首脳気会談の提案に対するアメリカ側の本音は、『近衛公は、大統領宛に身勝手な電報よこした』という見解の方が強い。アメリカ側の高官(大統領や国務長官など)が、ちょっとした微笑みや、親しそうに握手をするだけで、野村大使の希望の息を吹き返らせるのには充分である。」と述べ、明らかに駆け引きとしてはアメリカ側が一枚上手だったと認めています。

 

さらにモアーは、既に結果はわかっていたと述べ、「双方譲歩するところなど一つもなく、事態は行き着くところまで来ていた。」

と日米首脳会談実現の頓挫を予見しました。

 

松岡外相がソ連訪問時に近衛首相が日米諒解案に素早く決断していれば、日米交渉で日本が後手に回ることもなかったのと、北部仏印進駐から南部仏印進駐へと南進策を執ったこと自体に近衛首相は、アメリカ側の反応を甘くみていたのではないでしょうか。