大切に思えて、切なくなって、大好きだと言えることにまぶたが震える。

もう塗り固めなくてもいいんだ。

いくつもいくども石膏を塗り重ねてもう身動きが取れなくなって、

形を整えているつもりが、もう凹凸もない固まりになってた。


空気穴もなくなった。

このまま粉々に砕けるのかと思ってた。


嫌だと思ったよ。

もがいて壁に体を打ち付けてこすってもたれてなぐってひっかいて、

そこから出ようとしてたんだ。


立ち止まってくれた人がいた。


がたがた動く白くて固いぶさいくな石膏像がいること気付いた人、

ひとりふたりさんにん……。


あばれて叫んで奮い立たせて、

外には見えないけれど、中にある私を出したくてその空間ひとりいた日々。

ついに石膏像はぐらぐらぐらんぐらん揺れて倒れて砕けるところだったのです。

あまりの衝撃に内側の自分も壊れそうだったその時。


だけどその場にいてくれた人がいた。

砕ける前に一緒になって倒れてくれた人がいた。

ひとり。


愛してます。


今はもう、あったかいその思いを抱いて、私は外に立っている。

時々じゅくじゅくと足元から湧いて立ち上ってくる嫌な壁、

あなたを見てると気付ける、取り囲まれる前に蹴り壊せる。

頑張れる。


一緒に立っていられるように、

自分のやな壁に色を塗る。なりたい自分になっていくよ。

手をつないでくれてありがとう。


あの頃の石膏の欠片。

今も持ってる。

時々見つめて自分を奮い立たせる。


欠片の裏は傷だらけ。

私のもがいた無数の軌跡。

自分を誇れるから、見る度今日明日明後日大丈夫と胸を張る。


何度も迎える重い人生。

まだ、生きるよ。


まだまだ、生きるよ。

生きるよ。

「道化師」


冷たくなる前に
ふんわりとした手のひらに包まれた
じんわりとした私の心
あなたには届かない
のどが苦しくなって泣き伏したくなる
ぎゅっと心を押し戻し
心を届けてしまうことのないようにと
こぶしを作って私は耐えた

ねぇどうしてだろう
自分は道化師
表で笑って ごまかして
決して見せない伝えない
切なくなるだけの恋心?
「楽」のない気持ちの存在
不安定な玉乗りのように危なげだと
人に言われた
だけどね
私は道化師 本物の
玉乗りなんて コツをつかめば簡単で
笑う余裕のあるぐらい

仮面を外した道化師は
今日も満足するのかな
笑って ごまかし 心を見せず
今日も無事にやり過ごせたと
仮面を外したその瞬間にだけ
押し戻した心を呼び戻し
ころりころりとこぼすもの
そして再び仮面をつけて
伝えない分からないと笑って過ごす
自分の役目だと仮面をつける


____________________


数年前に書いた詩です。

今の私にあまりにぴたりとくる。

これを見せたいと思う人がいますが、

それも出来ません。

違っているのは「恋心」ではないこと。

いっぱいいっぱいになってどうにもなりません。

このブログも再開を表明した途端、

途絶えてしまうのなら、いっそ閉鎖しようとも考えました。

でも、残していても誰の迷惑にもなりませんよね?

いいえ、私のしがみつきです。

ここに書かれているのはどれも私の心。

がんばろう。

がんばらなきゃ。

少しだけ、弱い自分を。

文字の世界に私の部屋に残して今日は眠ろう。

短い話を書きたいと思うのです。

その理由が「早く読んでもらえるから」と言うとどう思われるのでしょう。

それは読み始めて読み終わるまでの早さというものではなく、

単に、友達に早く渡せるからというものなのです。

今すぐ自分の書いたものを読んでほしい。

一言でもいいからずばっと感想を今すぐほしい。

そんなわがままです。


でも、もの(作品)あってのわがままですよね。




近頃、ずっと静かだった自分の周りがあわただしくなってきました。

いいえ、自分の心が騒がしくなってきたのですねきっと。


新しい友達と新しい環境とが、私に忙しく色々な思いを巡らせてくれます。

それは私がずっとほしかった思いの重なりでした。


それから、ふと目を向けなかった分野に目を向けた時、

そこに自分が小説に描いていなかった足りないものがあったりしました。


それまではある程度の満足を得ていた文章もずっとずっと力の足りないものなのだと気付いたり。


やはり、小説は人の思いです。

あらゆるものをつなげてひとつに成すには心模様が大切。

そしてそれを何かひとつでも、

自分の納得できる思いでつなげられたなら、

ずっとずっと伝えたいことのある文章になるんですね。きっと。

 冬の静かなコテージにやってきた。
 初めてこのコテージの前に立ったのは四年前。
 かわいい丸太小屋って貴方と笑ったのを覚えてる。


落ち着かなさを、寒さと共になだめる為に腕をさする。
 手先はしびれたままで、吸いこむ空気は氷の結晶のようで、冷たく口の中もその奥も凍えさす。
 淋しさと寒さはどうしてこんなにもそれぞれを高め合ってくれるのだろう。
 震えて広がる白い息をしばらく見つめていた。
 暖炉の火が部屋を温めるのはまだ先のこと。


 窓へと歩み寄って外を見る。
 空の灰色、雪の白、突き出す木の茶……変わらない。
 毎年の冬に来ては眺めたけれど、懐かしさを変わらないとしていいだろう。


 一年前。
 ここでの景色が一緒に見る最後の景色になるんだね。
 泣きながら呟いたのを覚えてる。
 彼はそれにこう付け加えた。
 最後にはしない。
 全てが済んだ時。同じ景色を始まりの風景に変えよう……。


 ガラスはその身に耐え切れない冬の冷たさをまとっている。
 ガラスに触れるまでもなく、外と中との境界は冷たかった。
 ここに立ったあの時以上に。横に貴方がいないだけで。
 

 時間が経つほどに私の心は震えていく。

 抑え込んでいた気持ちが叫びだそうともがいてる。
 ずっと外を見つめて、何度もガラスの表面を拭いていた。
 そして何度目か。
 きゅっと窓の上を滑らせた右手が止まる。
 その向こうに見えた人影が、私の両手を窓ガラスに吸い寄せた。
 遠くで顔を上げ、それでも私に気付く彼。
 ゆっくりと笑顔が広がったのが分かった。
 そこにいる。
 喜びのにじむ口元。
 思わず出た安堵の吐息は冷たいガラスにはね返ってなお、温かかった。
 窓の向こうにあるのは、貴方がいて初めて完成される始まりの風景。

 新しい呼吸が始まる。

 その一呼吸目にきた喉の震えはやがて瞳を揺らして、私は笑いたいのに泣くのだろう。
 

そこらにあるもの全てワンシーンに変えられる。

友達とおしゃべりするファミレスの窓際で、そこから見える街路樹の枝の曲線ひとつにもネタを作れる。

そう言ったら友達は「普通しない」と笑った。

うん、そうだね。

これを見て物語を作りなさいと言われたり、よしネタを作るかと意識しないと見ないものを、

私はふと見ただけで連想を開始する。

病だね。

でも私の周りにいないだけでそういう人はきっと大勢いると思うな。


でもちょっと特技かなと思った。


課題はそこに人の思いを乗せること。

>街路樹の枝の曲線ひとつにもネタを作れる

そのネタを物語といえるようになったら素晴らしいのにな。

 やれるとこまでやってから。

この言葉を受け止めます。


 長期間に渡り、ごあいさつもなく更新を止めてしまい、

 読みに来て下さっていた皆様、本当に申し訳ありません。

 本来、「小酉の気持ち部屋」としているからには出し入れ自由といってしまえばそこまで。

 でもやっぱり、こんな気持ち部屋に足を運んで、さらに応援の声をかけて下さっていた皆様には、

 とても申し訳なく思うのです。


 またゆるりと更新を再開したいと考えております。

 一行目に記した言葉。

 ゆっくりと自分に染み込ませています。

 がんばれ自分。

 今やそういうブログです。

 ちっぽけな私が少しずつ自分を押し広げる様を見守って下さる方に感謝の気持ちを忘れずに、

 また始めてゆきたいと思います。

 浮き沈みの激しい私ですが手ごたえは感じられています。

 よろしくお願いしますと申しますのもおこがましいのですが、

 また訪れていただけた方、もちろん初めての方にも、深々と頭を下げての始まりとさせていただきます。

全てを投げ出した時、それは訪れた。



想像することを忘れて長く、そうしていたことを思い出してから一ヶ月と少し。

それはふいに訪れました。


いつも何かに覆われて塞がれていたような気がしています。

それは現実で、仕事や人間関係ややらなければならないことであったり、

しなければと自分で自分を追い込むものであったり。

常に何かが追い立てました。

だけどその時はそんなものがひとつもなくなっていたんです。

久しぶりにとった連休四日間。

その間の仕事も完全に人に任せることが出来、仕事という日常を家に置いてきました。

行く先は南の方。気を遣わない人との旅行です。

ばたばたとしていた準備も、電車に乗ってしまえば何があろうと強制完了。

空港に行くためにまずは電車に一時間半揺られます。

予定の時間に乗り込めた。

荷物も大丈夫。

後は移動するだけ、なんにもしなくていい。

ふぅっと座席に身を沈めて、訪れたぼーっとしたひととき。

気が付けばひとつの大きな駅に停車中。

窓の向こうに見える駅のホームを眺めていたら、

突然浮かんだワンシーン。



ガラス張りの待合室に二人の少年がうつむいて、それぞれの椅子でみじろぎもしない。

入り口に女が一人立って彼らを眺めて苦笑をもらす。

「ほんと無防備なのね。不便だこと」


その後、信じられないくらい次々と場面が展開されて、ひとつの物語の基盤が出来上がっていました。

設定はまったくの新しいものというわけではありません。でも自分のものに出来る可能性があります。

ほんと王道ジャンルなのでどんなものを売りにするのか、

今、その基盤に色をつける作業がとても楽しいです。

まだまだストーリーは綴られずにいるものですが、その世界の中に人物をひとりひとり思い浮かべてゆくのがとても楽しいんです。


ところがそんな中何故か、突然、全く違うお話も思いついたり、

むかーしの書きかけの小説が無性に書きたくなったりと、

刺激を受けて創作意欲が高まってしまいました。

そんなにいっぺんに出来るかいなという(笑)

嬉しい悲鳴は笑い声でした。

笑い出したいくらいの気持ちでした。


この一年が勝負だと思います。


こんばんは。

みなさまいかがお過ごしでしょうか。

わたくしはと申しますと、暑さ冷え込み熱ごもり、外気にエアコンその谷間、あとは素敵と頭に響く低気圧、

それらに体力を翻弄されっぱなしな毎日を過ごしております。


すっかりごぶさたしておりました。

このブログは発展進展がなければ書いてはいけないなどという規律はまったくございません。


しかし、近頃この身をがくぶる震わせブログに向かわせぬ思いがひとつ。


えらそうなことを書いている割に小説自体のレベルはどうよ。


一種の自己否定でございます。もしくは事実であるレベルから目をそらし続け思わず首をぐるりと360度回しかけて結局現実を再び見てしまいそうになるようなまぬけな現実逃避でございますれば、

友人にある日ある時の別な事態にて頂いた言葉を引用できるのであります。

それすなわち、


「自己否定はやめとけ。疲れるだけで非生産的」


という言葉にございます。

非生産的、作り出す人間に痛い言葉ですね。


ここでため息をひとつ、失礼致します。

こんなことをいくら書いたって、現物示さなきゃどうにもならぬよと疲れた声が申しておりますよ。

きっと幾人かの訪問者様も同じ思いをよぎらせたことでしょう。


皆様、大変消化によろしくない文章ばかりの当ブログ。

申し訳ありません。

もっと素敵にきらめく文面で訪問してくれた方の瞳を輝かせたいのですけれども、

今のわたしにはこれが精一杯。


どうぞそれぞれの地にてあなただけの星を手に入れて、その光がその周りの人の瞳をも輝かせられますように……。

こっそりと祈らせていただく今夜の小酉でありました。



P.S.まるでブログ終了のご挨拶のようですが、違うのです……。

   小酉の葛藤、まだまだ続きます。こうご期待。

人の脳は笑顔であれば作り笑いであってもそれを本当の笑顔にしようとするらしい。

逆に長く無表情だったり不機嫌そうな表情であれば、本当に怒ろうとする。

出来ないと思えば出来ない、それはそういうことなのでしょうか。

出来ると思って書くと書ける。

実際に今までなら諦めていたような状況でも、なんのもう一歩を繰り返すことで進んでいるんです。

なんのもう一歩。

それは時にはとても難しく、でも無意識にやっていることもあるのですよね。

 

なんだか最近、自分がなんの為に小説を書くのかわからないでいます。


小説はいつまでだって書ける。

十年後だって二十年後だって、紙とえんぴつさえあれば書ける。

あれほど気楽に普通のことだと思えていた自分がどこにいってしまったのだろう。

書けない事に不安など覚えず、書けないなら書けないでいいさーいつか書ける。

自分が小説を書くという行為を失うなんてことはありえないのだからと思っていました。


それはあくまでも小説を書くことが自分の一部だったからです。

全てではなかった。

でも今はどうだろう。


苦しいです。

書けないのが苦しいです。

でもそれは他に出来ることに目を向けないでいるからじゃないのかと。


今日、親に文章とか書くの好きやろと言われて、別に好きじゃないよと言ってしまいました。

私は、そんなことを言う為にこれまでの時間を費やしてきたんやろか。

ごめん、私。

私は文章を書くのが好きで好きで夢中になったことがあった。

では今は? 好きじゃないの?

好きじゃないと答えたときの私の思いを見つけました。

結局、自信がないんです。

親との会話はなにげないもので、文章を書く仕事(小説家ではありませんが)を薦められたというもの。

とっさに仕事にするような文章書きは苦手だものと思った。

そのままに答えてしまった。


でもね、自信云々をとっぱらったときには、結局私は文章を書くのが好きなんです。

それはとても限定された「書く」ことなのですが、ひとつの思いを表現するのに試行錯誤する、

そんな「書く」が好きで、それは確かで。


仕事にするような文章書きは苦手だもの。

そんなことを言うとこのブログタイトル下に書かれてあるブログ紹介を一掃せねばなりませんね(苦笑)

ただこの場合は小説とはまた異なった分野であったことということで許してくださいませ。

作家さんの中でもどんな文章でも書ける方とそうでない方がいて、私はそうでない方ということで。

ただ……ここで冒頭の話に戻るのですが、

出来ないと思っていると本当に出来ないと脳が判断してしまうということがそうならば、

私は小説以外の文章表現にチャレンジしてみるのもいいのかもしれません。

そうすれば何かを広げることになるかもしれない。

……どうなんでしょうね。