忠誠に敬意を…。 | 電気屋さんの日常 ~ 平々凡々日々修行 ~

電気屋さんの日常 ~ 平々凡々日々修行 ~

平凡に生きるほど難しい事はない。
日々を過ごせる事…それこそ修行です。

旧ブログ電気屋さんの日常と一緒になりました。



少しブログをサボっておりました。
HPリニューアルに伴い、このブログへのリンクを外していたために情報発信の使命感が薄れて日々に忙殺されておりました。

年取るとまぁまぁな言い訳をするもんだということで…。
先日、同級生と話す機会があって私たちの年代が旧定年に突入。
ようは還暦を過ぎて、役職定年どころか出勤日数も減少した再雇用期間に入っている友人が何人もいることが判りました。

自分がその立場にいないと気付かないもので、ある意味最後まで最初に入った会社でサラリーマン人生を終えることのできる友人たちが、誇らしく羨ましくもあるのです。
私が就職したのは昭和60年。
バブルの直前で日本は激動の時代へ突入寸前でした。
さほど就職環境も良いとは言えないけど、今ほど悪くもないような気がします。
ただ、物価は高かったなぁ…。給料もすぐにガンガン上がったけど、物価も高くてそんなに恩恵を得た感覚はありませんでした。

最初の3年は順風満帆。
バブルへと突入した背景を得て、結婚から子供ができて、家庭の充実や仕事も売り上げが堅調で昇給、賞与とも申し分なしの時代が少し続きました。
激変したのは入社6年目バブルの崩壊の足音と共にM&Aによる会社の譲渡でした。

社長、専務を身近に感じられるアットホームな会社だっただけに衝撃は大きく、迷いに迷った末に退社、転職という一大決心に辿りついたのですが…ここがターニングポイントだったのは事実です。
新卒入社した企業で定年を全うしていく友人たちを見て、私は最初の会社を辞めなくて済んだのかという問いかけを自分にすぐに行いました。

転職するなら35歳までという何かの基準を自分に持っていたため、転職に対する抵抗はさほどありませんでした。
自分の入った時の企業感は既にM&Aで違うものとなっているし、憧れた社長は退陣していない。
こうなると残る理由はなかったのかと考えます。
会社そのものの規模は大きくなって、逆にもっと偉くなれるチャンスはあったかと思います。
そこにたくさんの葛藤があって、自分なりの計算もずいぶんやりました。

外様、旧河内とかありがちな少数派民族として成り上がるか、転勤族で消える寸前になるかを経験したことかと思います。
悪いように見ればチャンスの放棄で、いいように見れば見切りをつけたってとこでしょう。
こればっかりは人生一度きりなんで結果はわかりません。

まずは30年以上にわたり、ひとつの企業で職務を全うしている同級生たちに敬意を表して、ゆっくりと後進の指導に当たってくださいという一言を送りたいと思います。

軌道を外れた私にはこの先も勉強と経験が待っています。
あと、4年したらその職務を全うする戦士たちに心よりエールを送りたいと思います。