どうでもいいことをダラダラと書いていたい、そんな夜。

秋も深まる、という感慨をひとあし飛びに冬の寒さ。冷たい雨に凍える夜。

 

夏のバカンス画像が季節はずれですが投下。

長野旅行のあとなんか書こうと思ってたんだけど4コマでだいたい消化しちゃったしな。

 

 

旦那様のスーパー激務期間は継続中。っていうかフィーバーしてない期間がほぼないな。

今回はしかも人のケツ持ち案件ってことでストレスも半端ない様子。

激しく少ない睡眠にさえ寝言とうなされがひどくて見ちゃいられない。

 

 

仕事、特になにかを大勢があつまって作るってことを、巨大なジグソーパズルを組むみたいにたとえてみる。

そもそものでっかい完成図面を作って、それをバラバラに切り分けて、ピースごとに担当業者が絵付け色付けをして、それを嵌め込んでいく。

 

 

当たり前だが切り分ける前の段階から担当者同士の情報の共有がものすごく重要で。

なんだかわからないまま勝手に切り分けて好きに絵付けして、それを持ち寄っていざ嵌めようとして嵌まりませんじゃお話にもならない。

 

 

人の仕事を中途半端な状態で引き継ぐと、この情報の共有やら整理がどこまで進んでいるのかの把握から入らねばならない。

それでも状況がわかるようになっていればいいが、なにがなんだか当事者すらわからない状態だと、ゼロからやるよりはるかに大変になる。しかも相手のあることだったりするといちいち確認やらすり合わせもせねばならず、むしろ余計な作業が増える分マイナスからのスタート。

 

 

最初っからひとつずつやってりゃなんてことないんだろうけど…

それでもどんどん「いままでやったことがない人」にやらせていかないと人なんて育たない。

出来る人がやればいい、では出来ない人は永久に出来ないまま。

とはいってもやればできる人とやってもなかなかできない人と、やってもやっても結局できない人もいるからなあ。

 

 

そう書きつつ、やっても結局できない人にはなりたくないと改めて自分を鼓舞する感じ。

できませんって投げちゃうのは簡単だけど、それを積み重ねていったらロクなオトナにならないのは確定だもんね…っていうかわたしはもうじゅうぶんすぎるほどオトナなんだけどね今さら何言ってるの。

 

 

つい「めんどくさい」「あとでいい」「明日やる」の山をもっさり築いてしまう悪癖に我ながらげんなり。

気づいたことからやろう。今やろう。それがどんなささいなことであっても。

 

 

***

 

 

毎年我が家の秋の風物詩となりつつあるのだが、某食品の詰め合わせが我が家に届いた。

メーカー名とかを書くと先方のご迷惑になるといけないので詳しくは割愛するが、かれこれ6年近くココロの交流に端を発したお付き合いは続いている。

今年も愛をたっぷり込めたお礼状を送った。いつか現地へ遊びに行きたい。

 

 

***

 

文章を書きたい!衝動を抑えて毎日4コマ更新中。

1年達成したら1コマ+文章って体裁にすれば書きたい欲求も大いに軽減されるな。

 

っていうかそうしよう。早くそうしたい。

でも1年間は我慢!早く1年経って…!

 

 

謎なほどの自分への縛りですが、ここで目標を変えてラクなほうに逃げるのはイカンと。

この程度の目標すら投げちゃうまたはすり替えちゃうようだと、この先もなにひとつ達成できない気がして。

 

ほんとうに急激に寒くなりました。皆様もご自愛くださいませね。

 

 

きょうは別館も更新。書きたい衝動がまだまだおさまらんぜよ↓

 

 

 

 

気が付けば秋も深まる10月!暦早いよ早すぎる!

夏にアップしようと用意してた夏祭りの画像が季節外れになってしまいましたがせっかくなので投下…

 

 

 

先日古い友人と話していて面白かった(=興味深かった)ことがあったのでちょっと記録。

そのうち4コマネタとしても使う予定だけど、まずは整頓まで。たぶんすげえ長いです。

 

 

いちおうお断りしておきますが、これから書く内容は特定の誰か何かをディスる目的ではまったくございません。

 

ただ、バカにしているか否かと言われればたぶん「主観的に見て」バカにしてはいると思います。

 

ので、特定の宗教や信念、固く信じる何かをお持ちで、かつそれについて他人の否定を受け入れられない方はここでお帰り下さい。

読んで不快になられても責任は負いかねます。

 

いやもちろん抗議や罵倒は甘んじて受け入れますけど、っていうかそういう覚悟がないと基本発信しちゃいけないと思うし。

でも相手をするかどうかはこっちの気分で勝手にやらせていただきます。

そういう場所なので。

 

 

 

古い友人は、ものすごい根が真面目。

歴代の数多の友人の中でも抜群に美人で、群を抜いて物事への理解度と探究心が高い。

 

だがクソマジメに誰の話にも耳を傾け、しかも理解しよう寄り添おうとするため影響を受けやすく、ために不安定になることがある。

 

 

彼女の話によると、近い知人が唐突に目覚めたそうな。

かいつまんで言うとそれは決して宗教ではなく、天使が降りてきていろいろ指示をしてくるみたいな話で。

前世は宇宙人で、実際目覚めていない気づいていないそういう人はいっぱいいて、総じてみんな現世では「変わり者」で、なにがしかの使命を持って遣わされている、そうな。

聞いた限り感覚的には、かのジャンヌダルクに近い話だ。いやジャンヌダルクが宇宙人だったってわけではもちろんないが。

 

 

彼女は開口一番「わたし地球人だよね?」

 

 

え、えっと、気が変になっちゃったかと思ったよ正直。

地球人さね。どっからどう見たってビタ一文まからんよ。

 

 

そりゃまあ、前世までは知らんよ。

ていうか前世が宇宙人だろうがなんだろうがどのみち知りようがないさね。

そもそも前世来世って感覚さえきわめてあいまいなもんなんだから。

実際あるのかないのかなんて死んでみなきゃわからんし、わかったところでそれを伝える術なんざない。

要は生きてるいまこの一生だけがかろうじて確たるもので、それ以外に確たるものなんてなにもない。

 

 

ちなみにわたし自身、18くらいまでとある宗教にドップリで生きてきたという経緯がある。

その頃のわたしは宗教が発信しているすべてのことを何の疑いもなく享受してきたし、胸を張って他人の問いにも答えることができ、1ミリのてらいもない純度でその正しさを他人に説くことができた。

 

 

今思えばなぜそこまで信じていられたのか逆に本当に不思議なほどに。

 

 

信じるという行為は本来努力や忍耐の積み重ねという「確かな足場」があってこそ意味を為すもので、根拠もなくやみくもに「正しいから正しいの!」と言い切ってしまえるのはある意味宗教の特徴と言えるかもしれない。

 

 

さて件の彼女のご友人は、目覚めて天使のお声が聴けて、彼女も仲間だから早く目覚めて!と言ってくるそうな。

それを聞いていた彼女の発言が先の「わたしって地球人だよね?」につながるわけだが。

 

 

なるほど聞くとご友人のお話はなかなかよくできている。

どんなお話に影響を受けたか知らないが、あるいは本当に彼女の脳内には神の啓示が聞こえているのかもしれないが、それなりにもっともらしいことを話している。

 

仮に彼女の受けている啓示が本物だったとしよう(絶対ありえないけど)。

だとしても、単純にそれが真実であることを他人に伝えることはかなり難しい。

人というものの多くはわたしを筆頭に目に見える耳に聞こえるものしか信じないようにできているからだ。

 

それでもたまたま奇跡が起きて、その奇跡を目の当たりにしたり体感したりした人たちが「体験」でもってその奇跡を起こした神様(あるいは対象物)にのめり込んでいく。

それがおおざっぱに言うと宗教の形だ。

 

 

この「奇跡」は、神によって起こされるものではない。

言い方悪いが奇跡なんてのはこの世にゃゴロゴロしている。そもそも人が人として生まれて生きている、想像を絶する規模のコミュニティを築いて生きているこの世それ自体がすでに奇跡。地球の存在自体が奇跡みたいな確率の話。

そういうものを拾い集めてたまたま当たったときにさも神様のおかげみたく言うのも宗教の特徴のひとつだ。

 

実際、私自身が宗教に理不尽さを感じたきっかけとしてそれは大きかった。

 

高校生の頃親しくしていた別地域の同志(=同じ宗教に邁進している仲間)の女の子がある日突然交通事故で亡くなった。

彼女の死が受け容れられず納得もできなかったわたしは、組織のエライ人に会いに行ってなぜ彼女が死なねばならなかったのか訊ねた。

 

 

エライ人の答えは詳細までは覚えていないがこういう意味のものだったと思う。

 

 

「死の時期は選べないので仕方ないが、苦しまずに死ねたことは宗教のおかげだった」

 

 

 

納得などできるはずもなく。

 

もし仮に植物状態でも生きながらえたとしたら、エライ人はきっと「命が残ったことは宗教のおかげ。奇跡だ」と答えたろう。

 

 

要はご都合主義なのだ。

ものごとはなんだってどうなふうにだってよく解釈しようとすれば可能だしその逆もまたしかり。

 

いいことはみんな神様のおかげ。

悪いことはみんな祈りが足りないせい。

 

 

宗教を否定はしない。

長くツライ人生、拠り所なしで歩んでいくのは大変だ。

めんどくさいこと、わからないこと、悲しいこと、苦しいこと、全部丸投げしてひたすら前だけ向いて歩いていけるというのはある意味メリットとも言える。

だから神様を信じることを悪いとは思っていない。

 

 

ただ、宗教ドップリだったわたしが宗教から離れて眺めて改めて毎度毎度思うことは、

 

都合がいいなあ

 

ってこと。

 

 

広く見れば占いやらスピリチュアルやらもみんな一緒。

自分で悩む考える選ぶ、作業を軽減してくれるのがそれらの役割で。

それが上手に処世術として活かされている分にはアリだと思うけど。

 

 

それに丸投げして思考を手放してしまっている人たちを見るとゾッとする。

 

 

この世には奇跡が溢れている。

この世にはわからないことが多すぎる。

そしてそのわからないことをとりあえず全部神様におしつけている。

 

のが、現在進行形の神様の形なのだろう。

 

 

いつか数千年経ってまだ地球に人類がいたら、その人類の中にもう神様の棲む余地はいないかもしれないとも思う。

地上が楽園になっているって意味ではなく、人類は丸投げしていたわからないことをひとつずつわかるようにしていくだろうからな。

 

大いなる自然の流れみたいなものは確かにある。

そこに作為があるのかないのかはわからないが、ただそれは神と崇めるようなものではないことだけはわかる。

 

いいことも悪いことも、大きなことも小さなことも「流れていく」だけ。

 

 

そこにねじ込む神様はたいてい、人が心の中におのおの勝手に飼っていて(韻を踏んだわけではない)。

だから神様は、都合がいいのさ。

 

 

***

 

 

そんな神様とは関係なく毎日どうでもいい4コマは元気に更新中↓

 

 

 

 

…ていうか、たまに長文書くと楽しいわー。

 

 

 

いやー暦の過ぎるのがゾッとするくらい早い。

ココはけっこうマメに更新してるつもりになってたけどもう前の記事1か月前じゃん…

マジか!?ってなってる。

 

 

まだ梅雨明けは遠そうですが今年は七夕晴れるかな。

 

 

いつも思うんだけどさ、織姫さんと彦星さんもどうせ年1回しか会えないなら10月10日とかにすりゃよかったのにな。

晴れて会える可能性高いし。

 

 

まあ毎年ちゃんと会えるんでしょうけどね。そもそも雲の下の話なはずがないからね。天気関係ない。

もっといえば日本雨でもどっかは晴れてるしたぶん。

 

そもそもおとぎ話だしなって言っちゃうと夢のないオトナって感じでちょっと切ないんだが。

中の人なんていません!←

 

 

 

旦那様は相変わらず鬼多忙。

夫婦の会話は電話が主。遠距離恋愛か。

 

織姫と彦星なんて知らん人の逢瀬より、わたしにとっちゃ彼と一緒に夕飯食えるかどうかのほうが興味値高い話です。

 

うん、どっちみち他人にとってはどうでもいい話やな。

 

 

そんなナルシス自己満足を詰め込んだめおとバンザイは毎日元気に更新中。

おかげさまで半年過ぎたよ!半周年だよ!(ナニソレ?)↓

 

 

↑実はまた引っ越したい衝動に駆られてるんだけど(とにかく飽きっぽい)、1年間は我慢しよう…そうしよう…

 

今回は別館更新はなし。あっちまた3か月くらい開いちゃいそう。

 

 

 

もうちょっとで梅雨明けかな。そのあとには厳しい夏が待っとります。

ご自愛なされよ(←なぜ上から

 

 

 

毎度多忙な旦那様。

特にここしばらくはけっこうハードで、なかなか心穏やかな休日を得られない様子。

 

 

というわけで先日はいただきものチケットでおひとりさま映画館へ。

最後に映画館で映画見たの何年前だ?いやもう十年どころか二十年くらいのレベルで行ってないぞ?

 

映画館のさまざまないちいちがもうカルチャーショックで。

異国にやってきたみたいな挙動不審ぶりでしたわ。

 

ポップコーンとコーラを買い込んでしっかり泣いたり笑ったりして楽しみましたが、

やっぱり次回は一緒に来たいな。

 

 

…と思いつつ、ひとり映画もいいもんだなぁ。

懸賞でタダ券狙ってみようかしらなんてちょっと考えてしまった。

飲み物とお菓子も買い込んで行けば安上がりだし、コレはなかなかいい趣味になるかも。

 

 

っていうかそもそも映画自体があまり好きでなかった。

2時間完全受け身で拘束されるのがなんかね。

見ちゃうと面白いししっかり夢中になっちゃうのはわかってるんだけど、積極的に見たいとは思わなかったんだよ。

 

でもなんか、ひっさしぶりに観たら思いのほか楽しくて。

それまでストーリーとせいぜい役者さんくらいにしか意識が行ってなかったけど、脚本、映像のさまざまな効果、光や色、衣装、音楽、音響、ほんとにさまざまなものがそれぞれの情報量を持って押し寄せてきて。

 

 

ああ、映画ってこうして楽しむものなんだなって改めて思った。

おもしろいじゃん!

 

それでも自分からよし、この映画観に行こう!ってなかなかなりにくいので、

与えられるチケットなら行くかもなって。

だからアレだ、チケット代をケチってタダ券狙ってるわけじゃないんだよ!←

いやまあそれもあるけどさ(笑)

 

 

観た映画の感想とかつらつら書くのも楽しそうだし。

見た直後に書かないと忘れちゃうけどな。

 

 

落ち着いたら旦那様と映画館行きたいな。

 

 

映画館なんていわゆるデートの王道だけど、せいぜい1,2回しか行ったことないなあ。

水族館、遊園地はもちろん複数回行ったことあるけど、ディズニーは1回もないし!

いろんなところに遊びに行ってるけど、王道な場所はあんまり行かないんだなぁ。

 

 

ちなみに動物園はたぶん覚えてる限り1回もありません。

 

 

たまには行きたいと思うんだけど、旦那様が嫌いなんだよね。

キライな理由はいくつかあるしどれも納得できるけど、いちばんは匂いなんだそうな。

 

 

いつか一緒に動物園へ行く日は来るのでせうか。

 

 

梅雨入りしましたね。

気温の上下が激しいこの季節、皆様どうぞご自愛くださいまし。

 

 

毎日更新中

 

 

時々更新中

 

 

 

 

ここ最近は、相変わらず旦那様の多忙ぶりも手伝って比較的ヘルシーな食生活を営んでおります。

 

いやまぁ、今までと比べればって程度だけど。

 

 

旦那様は忙しくなると酒を飲んでる暇がないので健康になり、それはそれで喜ばしい。

言うまでもなく休息も少なくなるから痛し痒しなんだけどな。

 

 

朝は富豪のように

昼は貴族のように

夜は貧者のように

 

なんて食事の量について言いますが、ウチでは2人そろって食卓につくの夜だけだよ!

それが貧者のようになんてなかなかどうして厳しいお話です。

 

 

とはいえ、夜は納豆、キムチ、お漬物、タマゴ、味噌汁なんてラインナップで。

ささっと済ませて早めに床に就けば、お酒も飲まずなんて健康!

これなら寿命10年くらい伸びるかも!

 

 

でもそのあとさっさと寝ればいいのに、起きてダラダラゲームなんてしてると。

 

日付の変わるころに当然おなかがすいてくる。

 

 

「ラーメン…ラーメン…」

「スイーツ…スイーツ…」

 

 

お互いの甘い悪魔の囁きと戦う日々です。どないやねん。

 

 

 

 

実際この夕飯が続けばダイエットとまでいかずとも、健康な暮らしになることは間違いなく。

 

継続したいけど、やれ週末だー、やれ頂きものだー、あっお肉安い!とかラーフラは後を絶たず。

 

 

なかなか道のりはキビシイです!

 

 

 

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