府中市でのお試し暮らし体験記。


以前、府中市の芦田川沿いに広がる町並みには伝統的な風景も見られると書きましたが、府中市には「島根県の石見に至る山陽と山陰を結ぶ脇街道」があり、「中国山地からやっと平地に出たところ」ということから「石州街道出口通り」と名付けられた通りがあります(「」は観光パンフなどの引用となり、以下の建物などの話はそれらから得た情報となります)。

その街道は銀の道とも呼ばれており、うだつを持った建物や黒壁や土壁の建物、茶屋や番所の跡などが見られる風景からは、かつて流通で賑わった面影が感じられ、実際「江戸から明治にかけては牛市場などが置かれ、近郷から多くの人が集まった」ようです。



この写真のように石の橋などは確かに歴史を感じる気がして、ちょっとした別空間に想像が及ぶような感覚になりました。

 

この通り沿いには『恋しき』という施設があり、ここは「明治5年創業の料亭旅館をリニューアルした施設」となっていて、見学ができるようになっていました。



『恋しき』は「井伏鱒二をはじめ多くの文人墨客も訪れた、和風建築独特の潤いある」建物で、外観もとても趣がありますが、建物の中に入るとそれこそ違う時空間が流れているかのような不思議な感覚になります。

椅子に座ってきれいな庭を眺めていると、いくらでもぼーっとしていられそうな感じでした。










 

食事は取らなかったのですが(完全予約制のようです)日常と違った食事の雰囲気が味わえそうですし、特別なイベントなどで活用されていることが想像され、離れは一部交流スペースとしても活用されているとのことで、いわゆる地域創生のひとつの目玉なのだろうなと感じます。

外から訪れたものとしては積極的に活用されてほしいと思いつつも、観光色が強くなりすぎず、建物独自のよさや文化が大切にされていってほしいなとも感じました。

 

このあたり一帯は散策しているだけで気持ちいいのですが、『恋しき』のそばには金比羅神社があり、そこには日本で一番大きい石灯篭が見られ、名所となっています。




この石灯篭は府中市の指定文化財に登録されていて「1810年に発起し、約30年の年月をかけ、1841年に完成」されたようで、その大きさは「高さ8.4m、笠石の一辺は2.6m=笠石面積四畳半」と言われています。



長い時間をかけて設置されたことからは地域で大事なものとされていることが感じられ、近くに行くとその大きさも実感できるのですが、個人的には参拝した時にたまたまそこにいた地元の方が教えてくれた話からリアリティを感じられて、いい時間を過ごすことできました。その方のお話というのは、この石灯篭は実は

一メートルくらい埋まっている

そうで、もっと高かったのだと言うのです。

なんで埋めたのかというと、その理由は川の氾濫だそうで

昔、芦田川は雨が降るとよく氾濫した。川が高いところにあるから。だから嵩上げをしたんだ。

と教えてくれました。

 

このことは石灯篭に関する観光資料や看板などからは知り得ない情報でした(ありがたい)。

お試し暮らしといった「生活」を考えるうえでは、地域にどのような歴史があるのかという情報はとても重要なものであるように思い、特にこの地域ではどんな災害が起こってきたのかや、それに対して地域の人々はどのように向き合い、工夫を凝らし、営みを続けてきたのかという情報は、ここでの暮らしを豊かにしてくれるもの(となりうる)のように私は思います。

自分で少し調べればそういうことはわかるのかもしれませんが(実際、芦田川を見たときこれはよく氾濫してきただろうなと想像はできました)そうして得られる情報と、ここに暮らしてきた方から教わるそれとでは、重みというのか背景というのか、リアリティが全然異なることを改めて実感させられる体験でした。

この地域にはどんな素敵なもの・すごいものがあるか、どれほどここは暮らしやすい町かといったアピール?は大切なことだとは思いますが、地域の人から伺える「なんてことない」とされそうな何かに触れられることにこそ、大事なものがあるように思います。

それはお試し暮らしに限らず、観光の醍醐味でもあるように私としては思います。

町並みの中に、「伝統的」の中にどんな営みがあったのかというところに、私は惹かれるような気がするのでした。