花の木 |  ◆ R I N G O * H A N

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歌うパステル画家5*SEASON鈴御はんの蒼いブログショー


『新宿ゴールデン街』


「ビルマのバガンに行きなさい」。
80歳になる哲学者さんは
私の『愚者』という絵を使ったポストカードを見ながら
キッパリと言い放たれた。
とあるゴールデン街の店のカウンターで
私は哲学者さんの手でドッカと肩を握られていたので
重い、と私は、やや戸惑っていた。

バガン、世界遺産に指定されているという観光地。
その地が今在るのは“ビルマ”ではなく
ミャンマーと呼ばれている国。
「あの光景を見たら、もっと鋭利に この絵は…」
そう呟かれた後、
哲学者さんは しばらく押し黙って、
『愚者』を穴が空くほどマジマジとご覧になられ、
「もっと、もっと、そう、もっと、
 う~~~~~~~~~~ん、うん、うん」。
哲学者さんの言葉は途切れ、ただの唸りに変わり
その間合いが あまりに長かったので、
私は嬉しくなってしまった、なぜなら きっと、
私の描いた絵『愚者』が
哲学者さんの心根の何かを掻立てているのだから。
「でもミャンマーは今、
 女性がひとりで行くには危険ですよ」
カウンターの向こうから、
別のお客さんの失笑が聞こえた。
「じゃ一緒に行こう!」
哲学者さんの歯切れのいい応答の後、
「フフ。わかりやすいわねぇ先生は!」
すかさずカウンターの向こうからママさんが笑った。
哲学者さんはまた唸ってしまった。

新宿ゴールデン街の『花の木』で、
哲学者という職業の人と生まれて初めて話した。
壮大な理想を抱えた御人の言葉は
どれもが慎重で、どれもが断片的で、
総合すると、とてつもなく面白かった。
哲学者さんと逢った『花の木』は
ママさんがひとりで切り盛りしてる飲み屋さん。
カウンターの後ろの棚には
キープされたウィスキーのボトルがズラリ。
ママさんが文化臭…とりわけ
中央線文化臭を放っている御方なので
お客さんにも文化系の御方が多いのが特徴だ。

私が『花の木』に行ったのは実に5年ぶりぐらいで、
ゴールデン街の別の店に所用で出向いた後、
ママさんの顔が久しく見たくなって訪ねてみた。
ゴールデン街は新宿の歓楽街の中にあって、
なんとも妙竹林な飲み屋街だと思われている。
この街をひとりで歩くなんてことは
これまでも何度かあったけど、
いつもいつも異国を彷徨っているような
摩訶不思議な感覚を、ここの空気は与えてくれる。
ちょっとコワイのかもしれない、本音をいうと…。

だからなのか、
5年ぶりぐらいにポツンと『花の木』のドアの前に立ったとき、
私ったら…躊躇してた。ドアを開けてしまったら、
とんでもない異変が待っているんじゃないか…?
それはもしかしたら、毎朝のタロット占いが
その日は私に『悪魔』を告げたせいかもしれない。
タロットが示したものは
「誘惑 恐れ 倫理を無視 欲望 罪悪感・・・」。
甘い誘惑に流される自分を、
『花の木』のノブを握ったとき思い描いたのだけど、
負けてしまった、脳裏をかすった“山”が
一気に崩れてしまった。勝負あり、誘惑の勝ち。
崩れたのは自宅に中途で放ってある原稿の山、
「え~い、なんとかなる! 悪魔なんて何やねん!」
がちゃっ☆
『花の木』のドアを開けると
「あら~久しぶり! 会いたかった! やりたかった!」
ママさんのお決まりのご挨拶。
「お元気そうですね、ママさん!」
ご無沙汰していたカウンター席についた私。

こうして、『花の木』で摩訶不思議な飲みタイム。
バガンにいけという哲学者さんは愉快な人物で、
いったい私は悪魔に魅入られたのか?
ハナハダ難題ではあるけれど、
豊かな時間をしばし獲得したのは確か。
なんてことを、異空間・ゴールデン街を出た時、
琵琶みたいな形の月を空に捕らえて思ったのだった。
哲学者さんは私が描いた『節制』を見たら、
なんて仰るのかしらん、とか思いつつ、
ちょっと涼しかった夏の一夜の世迷い言。

もうすぐ夏の終わりの恒例行事の高円寺阿波踊り。
件の『花の木』は常連客とママさんで
「花の木連」として長年踊っておられたが、
残念なことに今年で引退されるとのこと・・・。
実は私も10年前に
「花の木連」の一員として
阿波踊りに参加させてもらったことがある。
なので、今年の高円寺阿波踊りは
ママさんの有終の美を拝ませてもらうべく、
デジカメ片手に出かける予定。
漫画家の滝田ゆうさんが描かれた浴衣が目印なので、
当日見物される方は、ぜひとも
「花の木連」に一目置いてくださいな。

あ! 一目といえば、
ビルマのバガンも一目したいぞー!
と思ってたら、本当に行くことになりそうでコワイ…!
なんて人生は摩訶不思議。


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●高円寺阿波踊り
 8/25(土) 26(日) 18:00~21:00

●開催中の『海洋展』のお知らせ
哲学者さんがご高覧いただいた「愚者」ではなく
「節制」などのタロットのための絵を展示しております。

●『海洋展』会場の「アートラッシュ」サイト
参加作家全員の出品作が写真で公開されています。
5*SEASONの展示作品全8点もありますよ。