切腹 |  ◆ R I N G O * H A N

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歌うパステル画家5*SEASON鈴御はんの蒼いブログショー

二畳

His space.


浪人に与えられた舞台は、
わずかに 畳二枚分。
そこには真白布が敷かれており、
目前には刀が奉られている、やがてその刃で、
自らの腹を切り裂く。
極限状態で一世一代の策士になる。

小林正樹監督の『切腹』は
『七人の侍』と同等レベルで賞賛すべき作品であり、
私にとっても記念塔的一本。

10年前、東京から故郷へと舞い戻った友人が、
私への「大人祝い」として送りつけてきたビデオが
この『切腹』だった。
まず、タイトルに絶句⋯。 切腹って、切腹って、
イタイ映画がまったくダメな私に、
何を送るかね???? と驚き千万だったが、
侍を称する友人いわく、
カメコさん(私)も、いいかげん オトナなんだし、
逃げてばっかりでは いかんぞ、
恐る恐るビデオを回したら・・・らら 絶句。

【あらすじ】寛永七年、戦国の世に終止符が打ったれ、江戸には大勢の浪人が溢れていた。ある日、食い詰めた浪人(仲代達矢)が 井伊家の玄関を拝借して切腹したいと申し出た。切腹とは狂言で、不況ゆえ昨今流行りの“たかり”だと考えた家老(三國連太郎)は、つい先日も若い浪人が“たかり”に来たが、見せしめのために金を払って追い払わず「申し立て通りに切腹させた」事を告げる。しかし男は“たかり”ではなく、あくまでも切腹を希望すると言い張り、身の上話を語り始める。男は かつて伊井家の非情な処置のため、娘婿を無残に殺されていた・・・。

一度目は友人がくれたビデオで観賞、そして
あれから10年、
先日 二度目の観賞をした。『砂の女』と同じく
開催中の『武満徹展』が企画する
「タケミツ・ゴールデン・シネマ・ウィーク」にて。
音楽家の展覧会という場ということもあって、
今回は まず武満徹の音に、
ビデオでは感じられなかった緊張を得る。
ジャン ジャン  ジャン !!!
琵琶の音が、刹那ゆえに張り詰めた空気を震わす。
そして、あの「切腹の場面」がきた ⋯ごくり。

家で友人からの贈り物の『切腹』を観た日のこと、
強烈な切腹シーンに私は顔面蒼白になり、
思わず、テレビのスイッチをバーンと消した。
勢い余ってのことだったので、
テレビが前後にユ~ラユ~ラと揺れた。
見てられない、痛すぎる、こわいっっ、
汗ばんで、肩で息をしていた私。
「どうしよ⋯」
せっかくのビデオを観るべきか、中断すべきか悩んだが、
これも経験、所詮は作り物なんだし・・・と、
自分自身を言いきかせて、ふたたびテレビをつけ、
平常心のつもりでビデオを回したが・・・
やっぱ 痛いっ、目を反らしてしまう、
そこで場面が変わるまでギューッと目を閉じ、
どうにか、長い長い切腹の場面は終わった。
切腹したのは若い侍で、納得ずくの儀ではなく、
はめられたような哀れなものだったから、
あまりに むごく、残虐に写ったのだが
あの時の自分の行動を後で振りかえったとき、
そのまんま短いドキュメントにすれば、
傑作コメディーが完成するだろうと思ったものだ。

こんなわけで『切腹』の“切腹シーン”が
恐ろしくてたまらないという極めて単純な理由で、
友人がくれたビデオは 一度で封印してしまったが、
『切腹』という作品そのものには
「すごいすごい」と感嘆しまくり、そこに、
気高い志と 愚劣な志、極端な2つを学んだのだった。

あれから10年の今こそ、私も大人だ、
問題の「切腹シーン」を今度こそ、
しっかり観られるだろうと思いきや、
やはり駄目⋯、また直視できず、
目を閉じてしまった。しかも大きなスクリーンだ、
刃もドーン、儀を演じる 石浜朗さんの
モノクロに栄える細い身体が、
あまりに哀れで哀れで、観ていられない。
んでまた、介錯役の若き日の丹波哲朗さんが憎らしく、
「介錯を⋯!!!」と求める瀕死の石浜さんに
「まだまだっ!
 もっと充分に(刀を)引き回されよ」とは、
どういうことかね? あんた、鬼かーっ!
結局、若き石浜さんは耐え切れず
舌を噛み切って自害⋯。
刀を渋々下ろし、介錯を すます丹波哲朗はん⋯。
ああ、むごいかなしい、いたい、つらい、こんなの や、
こんな残酷な場面を江戸時代のお侍は
顔色ひとつ、変えずに直視してたなんて、
お前ら人や ない、アホじゃーーーーーーッ!

ふぅ。今回もやはり切腹シーンで
蓄えていた体力の半分は使ってしまった、
とはいえ、『切腹』の偉いところは、ここ。
ここで しっかり痛みを客に伝えているからこそ
後半の どんでん返しが活きてくるわけで、
見せかけの武士道がいかに虚しいか共感できるのだ。

ともかく、この映画、
腹立つほど実に巧く出来ていて、
無駄なところなど 何一つない、
一分たりともない、まさに単純化された和の表現。
であるが、そこはミーハーな私ですから
重厚な演技をされている仲代達矢さんを観るにつけ
「さて、いったいこの時は何歳だろう、
 今は何歳におなりなのか」と散々思っていたら
上映後に仲代達矢さんのトークショーが!
お話によると なんとなんとなんと当時29歳、
しぶっ! あの貫禄と威圧感が20代で出るっ?
ご本人も「20代で孫のある役をやったので、
60歳まで俳優として安泰だと思ったものです(笑)」
とお話されてましたが、まったく早熟な俳優さんだ、
今の20代に あんな威厳のある演技ができる人なんて、
到底いないでしょう。 となると今は仲代さん、
72歳!! 若い!

『切腹』から教えられものは多い。
ひとつ、武士道というもの、権力にすがる者や
財力を保持したい者からは消え失せ、
やがて彼らは自らの地位を保つための道具として
都合よく利用してしまう。
同じようなことが宗教にもいえる、
権力者の都合の良いように宗教を利用したとき、
信じるための宗教ではなくなってしまう。

『切腹』では、没落ゆえに
質素な暮しをしている武士の方が、
虚栄心やら、身分やら、
やたらと荷物が多い人間よりも、
本当に必要なものが見えている。
ただ物語の主人公は気付くのが遅かった。

どこか今の世も 見せかけだけ、
うわべだけの裕福さに惑わされていやしないか。


★★★★★★★ 文句なし7点満点!!!!
私が生まれた年に創られた作品。
何年経っても、時代が変わっても、
根太く日本人の心に付き立ってほしい金字塔。

練りに練られた橋本忍脚本はいうまでもなく、
仲代達矢さんと三國連太郎さんの駆け引き、
監督がふたりいると言われているカメラ、
どれをとっても完璧パーフェクト。
チッ*と舌打ちしてしまうほど、
憎々しい丹波哲朗さんもええわー。
仲代達矢さんとの果たし合いの場面は
緊迫のあまり息をのむ。戦いの場へ行く前に、
墓場を通り抜けるシーンがあって、それもいい。
最後の乱闘場面は、唯一の派手な見せ場、
『完』の一文字を目にするまでは
まったく気が抜けないったらありゃしない。





●オペラシティー アートギャラリー『武満徹 展』


 松竹 DVD『切腹』

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