春夏秋冬そして春 |  ◆ R I N G O * H A N

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歌うパステル画家5*SEASON鈴御はんの蒼いブログショー





タテタテ模様のカエルさんを描いた。
世界は広い、もしかしたら、こういうカエルさんがいるやもしれん。


『春夏秋冬~』を観て、
一番印象に残っていること、それは
「ええカエル使ってるなぁ」
ということ。
カエルを描くのを生涯の糧としている
この あたしがいうのだから、文句なしのカエル殿。
まず、小さな子どもの手で掴めて
なおかつ主張する程よき大きさ。
そして、全体の肉付きといい、色艶といい、
さらに皮膚の ぬめり具合、斑点模様の配置、
とにかく文句のつけようがないカエル中のカエル。
もしかしたら理想のカエルを探すべく、
カエルオーディションなるものでもあったのではなかろうか。
あたしは 映画の最初の方で
とっさのカエルの腹の白さを観たとき、あまりにエッチで
目がドキッと硬直した。あのヌメヌメしくも艶かしい色白さ、
あれをエロといわずしてなんといおう。

この映画は題名のとおり、
季節ごとの節目に分けて構成されていて、
それぞれの季節に相応しい動物が登場する。
理想のカエルは「春の章」に登場するのだけれど、
そこにはカエル以外の動物、犬、魚、蛇も現れる。なのに、
なぜか あたしはカエルのお腹の白さが放つ
色香のようなものが頭に焼き付いた。
たぶん、それは次の「夏の章」で訪れる夏のような
恋の前ぶれだったかもしれないと、今これを書きながら思う。
たとえば、少年を恋へとおとしめた少女が
あざとくも真っ白な洋服を着て佇んでいた様子と、
カエルの生々しい腹部の白さが結ばれるように思うのは、
カエル贔屓ゆえの深読みだろうか。

映画の少年のように あたしも子どもの頃は
カエルを素手で触れた。けれども、
知恵という名の邪念が付いてしまってからは、
アマガエルのような小さなモノしか触れなくなってしまった。
自称カエル贔屓がきいて呆れるわぁ、
「カエル描き」を糧といい切ってしまうのも、
映画に出てきた少女の白い洋服以上に あざといような気がする。
(その2へ つづく)

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年末に大掃除をしてるとき、なつかしいもんが出てきた。
ずーっと前、相方のでこが大阪で会ったときにくれた、
手作りの大阪案内帳「おもひで」や。そこには、
アルバムに手描きのイラストやら
切り抜きやらが貼ってあるねんけど、時を超えたアホくささ。
なぜか、通天閣や京都タワーと並んで
和田アキ子の下半身とか描いてあるし。変なのっ。
あ~あ。あの頃と全然 相方は変わってないわ、
新年早々、相方がブログに描いた曙も、
理科実験で使うフラスコが転けたようにしか見えへんねん。

あ~~さっぶー。ついに真冬やなぁ、そやのに、
コタツも綿入れハンテンもない、かなり日本人離れしている
あたしからのツッコミであった。

●相方・でこのブログ