気づかなかった指導 | 好文舎日乗

好文舎日乗

本と学び、そして人をこよなく愛する好文舎主人が「心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつ」けた徒然日録。

全国レベルの学会で、初めて口頭発表をした時のこと。不安でたまらなかった僕は、発表資料と原稿とを最も尊敬し、信頼していた後藤先生にお送りしてご指導をお願いした。しかし、1月経っても先生からは何の音沙汰もない。いつもならすぐに電話か書翰を下さるはずの先生がである。まんじりともせぬ夜を幾夜も過ごして迎えた発表前夜、ようやく先生から電話があった。

「資料と原稿、拝読しました」

「如何でしょうか?」

「どのような質問が予想されますか?」

僕は予想される質問を7つほど並べた。

「それについてどのようにお答えになられますか」

僕は自ら想定した7つの質問に逐一答えていった。最後の答えを聞き終わると、

「結構です。では、今夜はゆっくりお休み下さい」

そう仰って、先生は一方的に電話を切ってしまわれた。指導と呼べるようなものは何もなかった。不安のどん底に突き落とされた僕は、ひどく先生を恨んだ。

翌日の質問は、僕が前夜に想定したものか、それ以下のものばかりであった。「運が良かった」と思った。しかし、その後、勉強を続けるうちに、発表者は、その一方で、最も手強い質問者でなければならないことに気がづいた。そうであれば、後藤先生は最も適切で有効な指導を僕になされたことになる。先生の真意に気づかなかった当時の不明と先生のような指導が出来ない現在の怠惰とを、ただただ忸じるばかりである。