知らないとこで知らない人の言葉に心を動かされる時がある。
それが、旅の醍醐味の一つだと思う。
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ホテルから会場まではタクシーで30分。
行のタクシードライバーは高齢の運転手で40キロ以上のスピードは出さず、耳も遠いようで補聴器をしており、大声出さなければ行き先も伝わらなかった。
挙句、道に迷い、車を停めて道行く人に目的地を聞いていた………
ナックルは怒らない。
タクシードライバーには世界一優しい男だからだ。
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帰りのタクシー
『なぁ、運転手さん聞いてくれよ。行のタクシーは道に迷ってその辺の人に聞いてたんだぜ?参ったよ!』
『へぇ。どこのタクシーだ?どんな人でした?まさか、おじいちゃんで目がギョロッとしてて、補聴器してなかった?』
『そうそう!多分その人!』
『あー。あの人病み上がりなんだよな。俺もちょっと前に胃を摘出したばっかりじゃんねぇ!』
『マジか!元気だな運転手さん!ところで、この辺で飯を食うならオススメある?』
『いやいやいやいや!ないじゃんねぇ!この辺は景気が悪いからボラれるよお客さん!やっぱり一見さんからはお金もらうじゃんねぇ!街中!街中で飲むといいよ。』
『えー!そうなの?ボるのか……』
『でも、水は美味い!水は美味いから水飲みゃええじゃん!』
『お!水が美味いってコトは酒が旨そうだな!』
『いやいやいやいや!酒はまずい!何でか言うと米がマズイじゃんねぇ!もともと、この辺は昔沼地だったじゃんか、だから米がまずいんだよお客さん。長野まで行くと米が美味いじゃんねぇ!』
『あっ、そうなの?よくわかんないけど………じゃ、何飲み食いすればいいんだよ!?』
『好きなもの食えばいいじゃんか!甲府は今景気が悪い。アーケードのシャッターは閉まっとるとこが多くてかなわん!ところでお客さん、出張?仕事なにしてるの?』
『あ、あぁ。物売る仕事をしてる。』
『へぇ。たくさん売れるとええね!甲府の人は転んでもただで起きない性格の人が多いから、何かおまけつけると売れるよ!それと……満月に向かって財布を広げるといいじゃんよ!そしたら大金が転がり込んでくるじゃんか!やってみなよお客さん!』
帰りのタクシードライバーは行とは対象的によく喋った。
タクシーは時速80キロで甲府駅に向かった。
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アーケード街はドライバーはの言うとおりシャッター閉まっているところが多く、飲み屋もあるが、点在している感じ。
飲み屋に反比例して風俗店が多い。
何じゃこりゃ?
酒飲む気にもなれず中華屋で晩飯。
中国人カップルが経営している店で客はナックル一人。
2人はタバコを空いながらずっと中国語で口論していた。
口論の合間合間に調理と配膳をあっという間に終わらせる。
熱く!辛く!劇的に美味かった!
店を出てふと、
タクシードライバーの言葉を思い出した。
『満月に向かって財布を広げるといいじゃんよ。そしたら大金が転がり込んでくるじゃんか!』
ナックルは財布を取り出し、朝の雨でホコリが落ち、澄み渡った夜空に向かって財布を広げた。
夜空を見上げると……
月は半月だった………
な、なぜ?
なぜあのドライバーは満月の話を俺にしたのだ!?
甲府の夜は山に囲まれ深く静かに沈んでゆくのであった……