さて、本日は、三人の旅人の中で食料を持ち歩いていた人のその後を語ってみよう。
何が起こるかわからないこの世の中、明日を憂い、なにがあっても一ヶ月は生きていけるように食料をたくさん袋に詰め込んだ三人目の旅人のお話である。
旅の再開の朝、くだんの宿屋の主人に礼を言われ、なんとなく心地よくなった男は重い荷物を背負い宿を後にした。
一か月分の食料は非常に重く、数十メートル歩くたびに休憩をしなければならないほどである。
一か月分の水や米や麦に野菜を背負っているのである。いわば、30人の1日に必要な食材を持っているのだから当然である。
その男も同じように峠を越えなければ、次の町に行く事はできない。
その男が峠の入り口に差し掛かったのはお昼であった。
当日のお昼は、宿屋の主人に頂いた、握り飯とたくあんであった。
その美味さはびっくりするほどであった。
美味しいお昼で腹を満たした男は意を決して峠を登りはじめた。
不思議な事に峠の途中から、体が軽くなり、休憩をとる必要がなくなった。
これなら、今日中に峠を越える事もできるかもしれないと男は思った。
よし、今日の目標は、この峠を越える事にしよう!
そう思い、ますますペースをあげて、峠の頂上を越え、下りにさしかかった。
今まで、重く感じていた荷物はやる気がそう感じさせるのか、すっかり重さを感じなくなり、夕方には峠を越す事ができた。
しかし、次の宿場町に行くまでには、1日の野宿が必要なところで、日が暮れた。
男は、予定より、自分の旅のペースがあがった事を喜んだ。
さて、夕食の準備をしようと、男は、背負っている袋をおろし、食材を選ぼうとした。
その時、男は、膝をがくっと落し、一言、言った。
「なんてことだ・・・・」
袋の角が、枝か何かに引っ掛けたようで小さな穴が空いていた。
そこから、米と麦が少しずつ落ちなくなってしまっていたのだ。
水を確認すると、暑い季節であったこともあり、水は腐っていた。
同様に野菜類も全てがいたんでいた。
男は、なにがあっても生きていけるようにと思って、重い荷物を頑張って背負ってきたのに、その全てを失ってしまった。
手元に残ったものは、調味料と、火を起す道具と、調理器具であった。
こんな食えないものばかりじゃ、夕飯にありつけないではないか!!と男は、困惑した。
そんな時、雀達が自分の落としてきた米や麦をついばんでいるのを見た。
「大事なものなのに!よせ!やめろ!」
男は叫んだが、雀達は久しぶりのご馳走に舌鼓をうち、男のことは目に入らない様子であった。
この調子では、米や麦を拾ってくるのも無理だなと男は悟った。
このまま寝てしまうかとも思ったが、手元には幸いな事に、火を起す道具や調理する器具や調味料がある。
これで、なにかできないかと真剣に考えた。
よくよく回りを見渡すと、食べる事のできる野草がたくさん生えている。そして、きのこ類もたくさんある。木の実もたくさんある。
清流には小魚がたくさんいる。
男は、野草ときのこと木の実を捕り、火をおこし、調味料で味を調え、食べた。
「これは、うまい!宿屋の食事と同じ味だ!」
男は、あの宿屋の主人は、疲れた旅人の為に、新鮮なものを毎日必要なだけ採り、旅人にふるまっていたのか・・・と気がついた。
これが、ご馳走であり、真のおもてなしの心なのか・・・・
そう思ったら、宿屋の主人に見送られた時に、ろくに挨拶もせずに旅立った事を恥、宿屋のご主人に心からありがとうの言葉を何回も言い続けた。
すると、男の持っていた袋が不思議なことに膨らんだ。
どうしたことかと思い、袋の中身を見たが、なにも入っていない。
不思議な事もあるものだと男は思った。
男は、これまでのことを省みてみた。
思えば、おこるかどうかわからない天変地異や災害ばかりを心配し、重い荷物を後生大事にしてきた。しかし、実際には、こうして、なんとかなった。
それよりも、なにより本当に美味しいものは何かを気づく事ができた。
大切な事は、将来を憂い、心配し、そのことだけに執着しては、今という大切な時間を忘れるという事だと男は気がついた。
男は、また袋が少し膨らんだ事に気がついた。
そうか、今を大切にするという事は、現在の自分と周りの環境の中で出来る事を精一杯することだ。
そして、できるなら、それで、あの宿屋のご主人のように人の為になることもできる。
そう考えたら、袋に穴をあけてしまった、小枝や米や麦をついばんでしまった雀たちにも感謝の気持ちがわいてきた。
すると袋は更に膨らんだ。
男は、もう袋の中身を見ることはしなかった。
本当に大切な事は目には見えない。しかし、確かに存在する。
この袋は、そういった、大切なものが入っていく袋なのだと悟ったからだ。
自分にできることは、なんだろう。男は自問自答した。
手元には、幸い調理器具と調味料、火を起こす道具はある。
あとは、小屋をつくれば、ここに旅人が休める茶屋を造る事ができると思いついた。
数日後、小屋は完成し、その土地で毎日、新鮮な食材でもてなしてくれる茶屋があるという噂はたちまち旅人の間で評判になった。
男は、自然に感謝し、また旅人に感謝し、袋がどんどん大きくなるのが楽しくてしょうがなくなった。
数年後、大人数の行列が、茶屋の前を通った。
男が世話になった宿屋の宿場町から次の町へと移動する王様のパレードの行列だった。
王様が近づくと、王様は馬を降り、男の茶屋に寄った。
「茶屋のご主人。あなたもその袋の意味を悟り、実践をしているかたですね。ありがとうございます。どうぞ、その真心を大切に旅人の疲れを癒してあげてください。」
そういうと、深々と頭を下げた。
男は王様に、声をかけられるなんて、光栄だが滅相もないと思った。
男は言った。
「王様、私は、当たり前のことをしているだけです。そんなに誉められるようにことはしておりません。」と言った。
王様は笑いながら答えた。
「茶屋の主人、その当たり前のことの積み重ねが大切なことのひとつなのです。どうぞ、ご自分の人生を信じて憂う事無く、癒しを旅人に与えてください。」
そして、また頭を深々と下げた。
男は、気がついた。なぜ憂いてばかりの頃の自分のことをしってるのか?
あの日、宿屋で一緒になった若者だ。あの頃から、既に袋の意味をこの方は知っていたのだと気がつき、深々と頭を下げた。
「私のすることが、誰かの癒しになり、それがまた、誰かに伝えられるのであれば、私は幸せです。未来を憂うのでなく、現在を一所懸命、旅人の為に生きていきます。」
王様は既に馬に乗っていたが、満面の笑みを返した。
この茶屋が、その後も繁盛したのは語るまでもない。
そして、その茶屋は、今でもあるといわれる。
心の綺麗な人が、疲れてしまった時に出会うことができるといわれている。
あなたは、その茶屋で一服したことがありますか?