今日の主人公は、金貨や銀貨や純金のランプに夢が叶うといわれている壺を肌身離さず大事にしていた旅人のその後を語りましょう。
宿屋の主人に見送られ宿を後にした男は、いつまでも深々と頭をさげている宿屋の主人を見て、思った。
なんでいつまでも深々と頭を下げているのだろう。ほんの数メートルでも良いから、この重い荷物を運ぶのを手伝ってくれた方がよほど嬉しいのにと。
やがて、男は峠を越えようと、坂道を登り始めた所だった。既に、宿場町の宿は豆粒のようであった。
この坂もこの荷物がなかったら、もっと楽に登る事ができるのに。
と男は思った。
その時、男は小石につまずき転んでしまった。
宿場町を見ていたために、足元の小石に気がつかなかったのだ。
そして、大切な、願いが叶うと言われている壺が割れてしまった。
男は、割れてしまったものはしょうがない。
次の宿場町で買う事にしよう。
そう考えて、坂を上り続けた。
男は峠の山頂で一服し、次の宿場町に向かい峠を下り始めた。
峠を下っている最中である。
男は、あろうことか、不意に山賊に襲われた。
持っていた金貨や銀貨、純金のランプも全てを取られた。
只、袋だけは残された。
この国では、
「人の袋だけは獲ってもならず、裂いてもいけない。その袋は持ち主だけが使う事が許されている袋であり、他人が手を出せば、袋の中から魑魅魍魎が現れ、手を出したものを食ってしまう。」
と古くから言い伝えられたきたからだ。
男は空っぽになった袋を見て思った。
小石にはつまずく、山賊に襲われる。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。
旅はもういい。
早く、家に帰ろう。
そして、数日のうちに男は自分の家に帰る事ができた。
男が家の玄関を開けると不思議な事に、鍵が開いていた。
たしかに戸締りは確認したんだが・・・
そう考えながら扉を開けると、家の中のものは一切が泥棒に盗まれなくなってた。
男はさすがに途方にくれ、座り込んだ。
これだから、人は信用できないのだ。
小石や山賊や泥棒への恨みの気持ちがむくむくとわいてきた。
そこへ、一匹の子猫がやってきた。
心穏やかでない男は、その子猫を追い払おうとした。
不思議な事に、その子猫は、男が一歩近づけば、近づいた距離だけ、下がる。男と子猫の距離は常に一定だった。
子猫を追うのも疲れた男は、横になった。
子猫も丸くなり休み始めた。
やがて、子猫は、自分の体の毛づくろいをはじめ、床を転がったり、小さな小石にじゃれたり遊び始めた。
男はその子猫を見て思った。
こいつは、なにを考えて生きているのだろう。なにが楽しいのだろう。少なくとも、全てを失った自分よりは、幸せものなのか。
でも、財産もなにも持っていないじゃないか。食べ物だって、毎日保障されているわけでもないのに。
しかし、その愛くるしい子猫の動きを見ているうちに、何故か自分の心が癒されていたことに気がついた。
男は、は!っとした。
そうか、少なくとも今までの私は、この子猫以下だった。人を信じる事無く、財産を大切にし、自分の事しか考えていなかった。
それに比べ、この子猫は私に癒しを与えてくれている。何も求める事無く。
男は涙が止まらなくなった。
自分は、この子猫に比べれば、もっと自由だ。そして、これまで財産を築いてきた経験という宝がある。
これは、けして目には見えないものだが、この経験を活かせば、人の役に立つ事もできる。
子猫にできて、自分にできないわけがない。
男がそう思った瞬間、袋が膨らんだ。
男は不思議に思い、袋を覗いてみたが、中身はなにもない。
「目には見えない大切なものが入っているということか・・・」
先ず、猫に感謝しなければと思い、袋から子猫がいた場所へ視線を移すと不思議な事に子猫の姿はなくなっていた。
男は、大切な事に気がつかせてくれた子猫に感謝の気持ちを持った。
すると、また袋が少し膨らんだ。
男は、その袋の意味と袋の言い伝えを理解した。
その後の男の生活は、これまでの生活と一変し、先ず自分から人を信じ、そして、人の幸せを願い真面目に仕事をするようになった。
袋はどんどん大きくなってくのが楽しくてしょうがない。
しかし不思議な事に、その袋は他人が見ると、ペタンコの何も入っていない袋のように見えるらしい。
あの宿屋の主人が深々と頭を下げていたのは、このことに気がついていて、感謝の気持ちを行動で示していたのだと男は気がついた。
あの宿屋の主人に礼を言わねば・・・
そう思い、宿屋の宿場町を訪ねた。
多くの人が沿道にでている。
尋ねると、今日この町に新しい王様のパレードがやってくるとのこと。
男は、宿屋の主人に今日は会えないかもしれないと思い、王様のパレードを見ることにした。
やがて、王様がやってきた。
すると、王様はその男に声をかけた。
「あなたも本当に大切なものに気がつかれたのですね。袋の意味が皆が理解できるように毎日を大切にお過ごしください。」
そういうと、王様は深々とその男に頭を下げて、パレードに戻っていった。
現代にも、この袋は存在するといわれています。
でも、心の綺麗な人にしか見えないそうです。