【結論】→判例ベースで書く
【判例】
最高裁平成元年判決:被告人の引揚行為は、刑法242条{(他人の占有等に係る自己の財物)→自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の
命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす}にいう「他人の占有」に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構
成するというべきであり、かつ、その行為は社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものというほかない(違法阻却される場合があり得る)。
→基本的に占有説を採りつつも、場合によっては違法阻却を認める(一つの要素と解している)
最高裁昭和24年判決:窃取した物を、被害者ではなく、第三者が喝取した場合に奪取罪の成立を認めた。
→被告人に権利がある訳ではなく、被害者に義務がある訳ではないので、本来、本権説・占有説の問題の場合とは本来異なるが、判例は一般的に占有説を採用するかのような判示した。
→相手の財産に対して権利を持つ者が、持たない相手、すなわち本権の裏付けが無く占有する者に対して権利を行使するような場合についても、奪取罪
の成立を認めた{最高裁昭和34年判決―詐欺罪(刑法246条1項は事実上の物の所有自体を独立の保護法益としている)、最高裁昭和35年判決―窃盗罪
(正当な権利を有しない者の所持であっても所持自体法律上の保護を受け得る)}。
【窃盗罪の保護法益の論点】
刑法235条1項(他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役に処する)の「他人の財物」を「他人の所有物」の意味に解する本権説と、旧刑法366条が「人の所有物」と規定していたこととの対比において、「他人の占有物」と解する占有説とが対立している。
本権説:所有権その他の本権(占有を正当づける実質的権利)
占有説:所有と占有の分離という現象が顕著な現代社会では、所持された財物の財産的秩序の保護に重点が置かれなければならず、民法による保護の問題とは、独立に物に対する事実上の支配を意味する占有それ自体が刑法上の保護法益である。
→財産権処罰の基礎として、個々の財産権の侵害を要求するか(本権説)、それとも財産的秩序の侵害で足りると解するか(占有説)
刑法242条の「他人の占有等に係る自己の財物」について「他人の財物とみなす」の解釈
本権説:242条は自己所有物の特例を定めた例外規定であって、そこにいう他人の「占有」とは、権限による占有、すなわち適法な原因に基づいてその物を占有する権利(本権)のある者の占有だけを意味している。
占有説:242条は他人の占有それ自体の保護を示す注意規定であり、ここにいう「占有」は占有一般を意味し、占有が適法か否かは客体の要保護性と関係が無い。
○修正本権説
小野清一郎先生(元東京大学名誉教授、故人)
→刑法242条の「占有」は、一応理由のある占有、その意味で適法な占有であることを必要とするが、必ずしも実体的な権利(本権)に基づく占有であることを要しない
団藤重光先生(元東京大学名誉教授、元最高裁判事、行為無価値論の巨頭)
→窃盗罪の保護法益を「所有権のほかに、占有の基礎となっている本権及び占有の裏付けとなっている法律的―経済的見地における財産的利益」
平野龍一先生(元東京大学名誉教授、元総長、結果無価値論の巨頭)
→一応平穏と思われる占有のみを保護(平穏占有説)
*近時の判例の事案は、本権説の側からも理解が全く不可能とは言えないこと、また、すべての占有を刑法的保護の対象とするのは妥当ではないから、平穏占有説が有力である。
【行為者が窃盗犯人から盗品を取り戻す行為】
(修正)本権説:被害者の占有は最初から行為者の意思に反した無権原・不適法な占有であって、およそ正当な権利者である行為者の所有権に対抗することはできず、仮に窃盗罪の構成要件該当性を認めるとしても、その行為は自救行為を援用するまでも無く適法と解せられる。
→なお、平穏占有説では、窃盗犯人の占有が行為者との関係では平穏でないとして窃盗罪の成立を否定する。
占有説:それが自救行為(権利を侵害された者がその回復について国家機関による法的救済に待つときは回復が不可能又は困難となる場合に、自力でその権利の救済を図ること)の要件を満たさない限り、窃盗罪を構成する。