前回掲載したこの写真

「武者」に目を奪われながらも
「yR」は何?と思われた方もいるのでは。
その正体はこれ

「童夢」で有名な由良拓也さんプロデュース

当時としては、かなり気合の入ったエアロが組まれています。写真ではわかりにくいですが、リアスポイラーはリアフェンダーと一体になっています。

そのスペシャルさにちょっとだけ心が揺れたのですが(笑)、結局は素の117に落ち着いた訳です。
買ってたら、それはそれで楽しいクルマ生活だったでしょうね。。
それから「武者」ではないのですが、
ピアッツアの企画もので「雅(みやび)」というモデルも見た記憶があるのですが、、、どこにも記録がありません。
ボンネットが輸出仕様のパワーバルジ付きで、リアハッチにデザイン文字の「雅」と漢字のロゴがあったことまで覚えているのですが。
リアスポイラーも、純正とはちょっと変わっていたかも。
謎です。
あと、オペルを扱うようになってからも担当者とは友達状態だったのでよく通っていたのですが、ある時「セネター」に試乗させてもらいました。
あまり知られていませんが、当時はオメガの上位に位置する車で、オペルのフラグシップ。

いやあ、これ、意外と良かったですねえ。ドイツ車なのにドイツっぽくないような、それでいてしっかりドイツ風味がしてて。
この写真のノーマルモデルだとグリル周りがちょっと…なのですが、これをRECARO製エアロバンパーに換装したモデルが実車で置いてあって、これが実に当時の(シングルフレームになる前の)AUDI風(笑)
ともに空力重視で攻めていたので、似るのは道理?
でもって、
近くを走る大和のバイパスを「すでに時効でしょうけどそれでもちょっと言えないような」速度でかっ飛びました。
(クラウン(当時の)とは、このあたりは別物。後輩のスーチャー付を東名で走らせて、背筋の凍る思いをしたので。。)
いえ、その担当者がですね、私を助手席に座らせて「こんな感じで踏んでくださいね」とこれまた言えない速度で走らせてみせるものですから、同じような速度になるのもまた道理じゃないですか。
担当者も十分に若かったし、私も(笑)
若気の至りということで。。
ちなみに。
その担当者とは今でも年賀状レベルの友達付き合いが続いています。
今度久しぶりに飲みに行って、当時の裏話でも仕入れてきましょうか(笑)