
漁港の夜は早い。
外はもう真っ暗で、

凪いだ水面に映る船の灯りだけがあちこちに光っている。
海の匂いが漂う。
それも漁港の匂いは、海藻の絡んだ網の匂い。
少し肌に冷たく感じる風が その匂いを運んでくる。
港内は波は無く、でも海の音が聞こえる。
音というには語弊すらあるような、静かな深い所に響く音。
初めての場所なのに、なぜか懐かしい匂いや音だと思えるのは、私がこの場所に溶け込んでいるからだろうか。
湾内には、明朝の出漁を待つ漁船がたたずんでいるだけ。
ゆったりと、気持の落ち着く時が流れた。
宿は民宿。

漁港から道1本隔てただけの真正面。
娘の大学の指導教官がこの街の健康ウォークに携わってみえて
ここを定宿にしてみえるという。
お伴の娘たちがここに泊まった時に次男が差し入れを届け、
そこが次男の担当クラブの生徒の家と分かった。
娘も尾鷲の宿ならここがお奨めと 次男に手配を頼んでの宿泊、
夕食は次男たちと一緒に4人、いろいろな話をしながら舌鼓を打った。
娘のゼミには長男の教え子もいて 宿のご家族はもう我が家の子どもたちのことを既にご存知。
その親である私たちにも、まるで何年も前からの知り合いのように話しかけてくれる。
後ろの一団体は、馬越峠ですれ違い挨拶を交わした方々。
釣り客かと思う人も箸を進めている。
それまで会ったことのない者同士が 同じ場所で同じ時に食事を共にするという偶然。
その偶然をすべて飲み込む大らかな雰囲気は、民宿ならではのもの。
宿の名前「風帆(ふうはん)」は、「順風満帆」からのものとのこと。
名前が如く、その風をすべて受け止める懐の大きさを感じさせてもらった。
「帆」。
「凡」は、支柱の間に張った帆を描いた象形文字で「帆」の原字。
「帆」は「巾:布」+「凡」で、「凡」が おおよその意に転用されたため その原義を表すために作られました。
