アニメ視聴日記 -3ページ目

アニメ視聴日記

日々視聴しているアニメについてあれこれ

2026年春アニメのうち、4月25日深夜に録画して4月26日に視聴した作品は以下の9タイトルでした。

 

 

本好きの下剋上 領主の養女

第4話を観ました。

今回はハッセの新たに作った神殿で工房を動かすための資金集めのために寄付を募るお茶会が開かれ、そこそこ寄付は集まりますが今後も継続して寄付を集めていくために何かアイディアを考えることとなり、ローゼマインは貴族の婦女子たちに大人気のフェルディナンドのチャリティーコンサートを開くことを思いつく。しかしフェルディナンドは乗り気にならない。しかしリヒャルダがフェルディナンドを叱って、フェルディナンドは協力する羽目となる。

しかし、それで腹を立てたフェルディナンドは魔術訓練でローゼマインに仕返しをして、魔術の本を見せておきながら読ませないという意地悪をするのであった。魔術訓練の方では魔石から騎獣を作る訓練でローゼマインは失敗してしまうが、それはまた今後頑張るということで、まずローゼマインはフェルディナンドの意地悪に仕返ししようと、コンサートのチラシをフェルディナンドのセクシーポーズにしてやろうと考え、ガリ版印刷を成功させようと張り切る。それで、ギルベルタ商会が寄付金を受け取るためにやってきたのでベンノに交渉してルッツを貸してもらい、一緒にガリ版印刷のために必要な蝋原紙を作る作業を開始する。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

よわよわ先生

第3話を観ました。

今回はまず阿比倉が隣の部屋に引っ越してきたよわよわ先生の部屋で紛失したプリントを探す手伝いをして、ラッキースケベでよわよわ先生が強引に買わされて仕方なく履いているエッチな下着のラッキースケベを被る話から始まる。その後、クラスの不登校生徒の雪下祐樹の家に阿比倉がよわよわ先生と一緒に家庭訪問します。雪下はよわよわ先生のオッパイをモミモミする不届きな奴で性格も悪く、阿比倉は説教しようとしますが、実は雪下はミニミニサイズの女子だったことが分かり、オッパイを触ってしまった阿比倉は焦る。しかし雪下がヨワヨワ先生のザコっぷりが面白くて好きだと思っていることを知った阿比倉は「学校に来ればもっと先生のエロエロな面が見れる」と言って雪下を口説き落として登校させることに成功した。そして雪下は家庭訪問してきたよわよわ先生に最後に思いっ切りオッパイを揉ませてもらい、ノーブラのオッパイを揉みまくる。

そうして雪下は登校してくるが、登校後もよわよわ先生のラッキースケベを満喫しようとして下らないイタズラを繰り返すが失敗を繰り返す。それでよわよわ先生に嫌われてしまったと勘違いして雪下は落ち込むが、阿比倉がよわよわ先生に雪下が元気が無いと伝えると、よわよわ先生はバニーガールのコスプレで雪下に会いに行き仲直りします。そんな中、阿比倉は皆のよわよわ先生への誤解を解くために椋林と雪下と3人で会議をしますが、林間学校で先生の優しさを皆に知ってもらおうという方針が決まる。そういうところで今回のお話は終わり次回に続きます。

 

 

キルアオ

第3話を観ました。

今回は十三が学校で数学の勉強についていけなくなり、クラスメイトで秀才の白石遼が勉強を教えてくれて十三は小テストで100点をとり、遼を「師匠」と呼ぶようになり仲良くなる。お祖母ちゃん子の遼が医者を目指しているという話を聞いて十三は感動するが、嫌味な大人が絡んできて十三のことをバカにしますが、遼は毅然と反論し、あとでその男が仕返しに来るが、十三は遼にバレないようにその男を懲らしめる。

その後、学校では部活選びの時期となり、十三は遼の姉が部長をやっている家庭科部に勧誘される。遼の姉の千里に家事とは「自分のケツは自分で拭くこと」だと諭され、目からウロコが落ちる。そして体験入部で料理勝負を挑まれて、もし十三が勝てば千里が十三の家事をやってくれるが、もし十三が負ければ家庭科部に入部するということになる。ただし「調理をしてつまらなければ十三の勝ち」という条件での勝負です。その結果、入部するほどの感動ではなかったので「普通」という感想であったのでドローでいいと十三は言いますが、千里は「まだ勝負は終わってない」と言って十三が調理したおにぎりと味噌汁を持って帰って大事な人に食べさせるようにと言う。

千里の言うには家事は確かに自分のケツを自分で拭くものだが、料理は別物であり、自分のためより他人のために作る方が百倍楽しいのだという。十三は自分の作ったおにぎりと味噌汁を妻と娘が「美味しい」と言ってくれたことで深く感動し、千里との勝負に負けたと感じ、家庭科部に入部したのでした。するとノレンもラーメン屋を目指しているので家庭科部に入部しており、ミツオカ製薬の社長でノレンの父親が「ノレンの婚約者に会社を継がせる」と発表したので、十三を元の姿に戻すために十三がノレンの婚約者になるべきだと組織は言い出す。しかし十三は中学生と結婚できるわけがないと断ります。ただノレンを口説こうとする男子生徒が激増して困り果てたノレンは十三と交際しているフリをする。そういうところで今回のお話は終わり次回に続きます。

 

 

あかね噺

第4話を観ました。

今回は居酒屋「海」での「気働き」の習得のための修業バイトを経た朱音が兄弟子の享二の営業に同行して修業の成果を見せるという話になります。今回の営業先は老人ホームでした。老人ホームに入居しているお年寄りの方々のレクリエーションとして落語を披露するという仕事であった。落語家はそういう仕事もやっているのだ。寄席で落語を披露するだけではない。ただ落語家になったばかりの朱音はそういう仕事があることは知らない様子であったので、享二は朱音が戸惑っているのではないかと思った。それで「慣れない環境で不安かもしれないが」と心得を教えてやろうとしたところ、朱音は「不安?」と享二が意外なことを言うので驚いたような反応をする。その朱音の反応が意外であったので享二も少し驚く。

朱音は老人ホームでの高座に不安は感じていないようです。もちろん慣れているわけではない。こんな場所で高座をすること自体初めて知った。それでも不安を感じていないのは、朱音がむしろそういう状況を「むしろラッキーだな」と肯定的に捉えることが出来たからでした。それは、ちょうど朱音がこの1週間「海」で模索していた「気働き」の答えを得やすい環境であるように思えたからでした。

朱音は落語というものは「寄席の会場に来ているお客さんの前で落語を披露するもの」と思っていた。落語家がお客さんの前に出る時点ではもうお客さんは「会場で椅子に座ってるだけの人」であり、普段どんな生活を送っている人なのか分かりづらい。しかし享二が朱音に出した課題である「気働き」というのは、お客さんを理解して、お客さんに楽しんでもらえるように工夫するということですから、まず「お客さんがどういう人なのか」を読み取らなければならない。

享二のような二つ目や、志ぐま師匠みたいな真打の落語家ならば会場でお客さんの顔を一瞥しただけでそうした「気働き」が出来るのであろうし、それぐらい出来なければ話にならないのであろう。しかし朱音はまだ「気働き」というものを理解できたばかりなので、むしろこういう老人ホームのような会場は「ラッキーだった」と思える。何故なら「どういう生活をしている人たち」なのかが分かりやすいからです。老人ホームに到着した時も入居しているお年寄りたちがロビーで集まって談笑している姿なども見ることが出来た。壁に貼ってある展示物やポスターなどを見て、どういう催しものを皆さんが楽しんでいるのか想像もついた。そうなると、どういう「気働き」をしたらいいのか、とてもイメージがしやすい。

そして何より、そうした普段の生活の時間を割いて笑顔で自分たちを迎えてくれた入所者の皆さんに「楽しんでもらいたい」と心から思えていたからでした。もちろん寄席の会場にチケットを買って見に来てくれている通常のお客さんにも「楽しんでもらいたい」と同じように思えてこそプロの落語家です。ただ朱音はまだその状況では「ちゃんとやらないといけない」と気負ってしまい、ついつい純粋に「楽しんでもらいたい」というお客さん本位にはなりきれない。だが、こういう老人ホームの入所者のようなお客さんの場合は余計な気負いが消えて、ただ純粋に「この人たちに楽しんでもらいたいな」と思えた。そういう意味でも朱音にとってこの会場は「気働き」の初めての実践の場として、これ以上ないくらい「ラッキー」であった。

そうして朱音は享二の落語の前に前座を務めることになり、持ち時間は15分で「好きにやっていい」と享二に言ってもらえた。朱音がやる予定の演目は「子ほめ」という古典落語の代表的な前座噺。前回のエピソードでの享二の出た二人会で朱音が前座で披露して上手くしかなかったのと同じ演目でのリベンジを目指すこととなりますが、その「枕」、つまり導入のお喋りの時点から前回の失敗時とは違いを見せてきました。前回はただ単に「子ほめ」に繋げるための定番の「枕」の喋りをただ機械的に喋っただけでしたが、今回はそうではなかった。

「海」の店長が言っていた「人にウケたきゃ、まずは相手を受け入れろ」という教えを胸に、まず自分を知ってもらうために朱音は自己紹介から入る。17歳の女子高生だということを伝えると、20人ほど座っているお客さんの中から「孫と同い年だわ」なんて隣の席の人に囁く人の声が聴こえる。すると朱音はすかさずその声に反応し「ええ?お孫さんと同い年ですか?」と驚いて見せて興味津々な顔を向ける。まず自分を知ってもらい、それに反応してもらい、その反応に興味を示すことで「相手を受け入れてみせた」のです。更にそこから朱音は自分の祖母との年齢を比べるかのように自然な形で「失礼ですが、お母さん、お幾つで?」と年齢を尋ねる。

それに対して相手が「88歳」と答えると、朱音は「お若いですねぇ、どう見ても87にしか見えない」と軽口で応じる。これはしっかり「子ほめ」への導入となっている。「子ほめ」は相手にお世辞を言ってもてなしてもらおうと考えた男が相手の年齢を聞いてその年齢よりも若く見えたと言えば相手が喜ぶと教えられて、話をロクに聞いていなかったために間抜けな失敗をする笑い話なのだが、ここで朱音が相手の年齢よりも若く見えたという話をするというのが「子ほめ」のオチへの導入となっているのだ。

ただ、その後も朱音がお客さんに色々と話しかけている様子を見て、享二は感心する。前回の時とは違って、朱音がちゃんとお客さんと対話をしようとしているのが見て取れたからでした。落語家は「枕」を単に演目に入る前の導入として喋っているわけではない。「枕」でお客さんと対話しながら会場の空気がどういう感じか探るのだ。そうして探った上で、それを演目に入った時に良い反応が返ってくるように温めていく。温めるために対話を駆使していくのだが、その対話とは言葉の応酬だけではない。目線や表情、雰囲気などから情報は得られるし、情報を発信して場の空気を変えていくことも出来る。それらの基本はとにかく「お客さんと対話をする」という姿勢だ。「枕」は単に「巧く喋る」ものではなく、あくまで基本は「対話をすること」なのです。そして、それは「枕」だけではない。本編に入って落語の演目を演じる時でも基本はあくまで「お客さんとの対話」なのだ。むしろ「枕」からその対話が始まって、本編の演目にその流れのまま入っていき、最後まで対話を続けなければならない。そういう意味で朱音の「枕」はよく出来ていた。

そうして場がしっかり温まったところで、朱音は「子ほめ」の演目に入っていく。ここで享二が感心したのが、今回は朱音がゆったりとしたテンポで話していることだった。前回の二人会の時は朱音は「上手にやろう」とばかり考えてしまい、お客さんの受け取り方を考えない独りよがりな落語になってしまっていた。しかし今回はちゃんと相手がお年寄りばかりだと考えて、理解しやすいようにゆったりした速さで話していた。「今回は安心して見ていられそうだな」と享二は思った。

だが途中で享二は違和感に気付く。朱音の噺のテンポが徐々に上がってきているのだ。そのことに気付いたのは享二だけであり、お客さんはみんな噺のテンポが上がったことに気付かず、最初からの流れに乗って、噺のテンポが上がっても普通にウケている。そこで享二は「朱音は自分の噺のテンポで聞いてもらうためにお客さんを慣れさせていったのだ」ということに気付く。実はこれもまた朱音が居酒屋「海」で学んだことであった。「海」の店長は接客はお客様本位であったが同時に料理への自分なりのこだわりは強かった。そのことについて「お客さんが喜ぶのは大前提」「その上で自分が誇れる料理を提供しないといけない」と店長は言っていた。朱音は落語でそれを実践したのだ。

「お客さんを楽しませる」のは大前提として、あくまでそれだけで満足はしないのだ。上を目指すためには「あくまで自分のベストの落語をやる」というのは忘れてはならない。「お客さんに合わせる」というのを「レベルを下げるための免罪符」にしてはいけないのです。「お客さんに合わせながら、なおかつベストの落語を常にやる」というのが朱音が辿り着いた「真打を目指す道」だったのです。

享二は朱音のことを「気働きを学ぶので精一杯」ぐらいのレベルと思っていたので、こういう上を目指すための高い意識にまで現時点で到達するとは思っていなかった。だから驚いたのだが、師匠の志ぐまは朱音が「気働き」を学ぶために「海」でバイトすると聞いた時「朱音なら大丈夫だろう」と意外に大きく構えていたのを享二は思い出す。志ぐま師匠の言うには朱音は本来はちゃんと「人を思い考え学ぶことが出来る子」なのだという。魁生の落語を見て「芸こそ全て」と一時的に感化されて焦ってしまい本来の自分を見失っていただけだったのです。ただ魁生と出会って刺激を受けたからこそ、単に気働きが出来るだけで満足せず、更に上を目指そうと思えたのかもしれません。

朱音自身も「子ほめ」を今の自分が上手く演じられているのは「人の話をちゃんと聞かずに分かった気になって失敗する噺」が最近の焦って空回りしていた自分と重なるからだということに気付いた。そうして朱音はだいぶ前に志ぐま師匠が教えてくれた言葉が脳裏に甦る。師匠は「落語に出てくる人たちは普通の人たち」「だからお前もいつかその人たちの気持ちが分かるようになる」「いっぱい悩んで傷つけば、それが糧となって人の気持ちが分かるようになる」と教えてくれた。今回も朱音が失敗して苦しんだからこそ「子ほめ」の登場人物の気持ちが分かるようになった。それで朱音は「落語が上手くなる」というのは単に芸を磨くのではなく、人生の経験を積むことなのだと理解した。

そうして朱音は「子ほめ」を見事に演じ切り、落語がいっそう面白く感じられ、好きになった。そうした朱音の気持ちを聞き、享二の心は動いた。そんな妹弟子が目指したいと思えるような兄弟子の姿を見せなければいけないと自分を奮い立たせた。そうして享二は朱音の前座を引き継いで「三方一両損」の演目を見事に演じる。二人会の時は雑用で忙しくてしっかり見れなかったので朱音にとって初めて見る享二の高座であったが、それは全てが丁寧で真面目な落語であった。

「真面目な落語」というのも語感として奇妙な感じではあったが、朱音は享二の落語を見ているうちに、それが「真面目な落語」ではなく「真面目すぎる落語」であることに気付いた。バカに真面目すぎて逆に笑えるのだ。もともとバカみたいな話なのに、それを大袈裟に真面目に演じるものだから余計に間抜けで可笑しい。そういう笑いもあるのだと朱音は感心し、享二のクソ真面目な性格にピッタリの笑いなのだと思えた。そして「三方一両損」という江戸っ子のクソ真面目で頑固な一途さが衝突することで笑いは生じる噺に享二のそうした落語がピッタリだとも思えた。

そのように享二に「真面目にやれ」と教えたのは志ぐま師匠であった。もともと器用なタイプではなかった享二には小粋な芸で客を笑わせることは出来ない。それよりも真面目な性格を極めて「真面目すぎる」ように演じれば面白くなるのだと志ぐま師匠は教えてくれた。「突き抜ければ個性」「愚直にやれ」「それがお前の武器になる」という志ぐま師匠の言葉を享二は自分の落語の指針としている。

享二はそんなふうに何の見返りもなく親身に自分たち弟子を導いてくれた師匠に深く感謝しており、だからこそ自分も師匠のように親身に妹弟子である朱音を導きたいと思っている。そして師匠がそうであったように、自分も朱音が教わりたいと思えるような立派な人でありたいと思っている。そういうところも愚直に真面目な享二らしいといえる。そして営業が終わり「海」で2人で打ち上げをした際、享二は朱音に対して「弟子入りは師匠と親子の関係を結ぶようなもの」「師匠は親、弟子はみんな親の子だ」と言い、自分のことは今後は「享二兄さん」と呼ぶようにと言い、朱音のことをこれまでのように「君」と呼ぶのではなく、初めて「朱音」と呼んでくれた。朱音も嬉しくて「ご教授ありがとうございます!享二兄さん!」と笑顔で返す。そうして最後はアユ音が中間テストの試験勉強が疎かになっていると知って享二に大目玉を喰らうというオチで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

黄泉のツガイ

第4話を観ました。

今回はまずユルはハナの用意した下界の住まいであるマンションの一室に到着し、デラとハナの偽装夫婦の息子としての生活をスタートさせる。苗字もハナの「段野」を使うこととなり、ハナの犬と猫の形のツガイにも挨拶します。一方で影森家に身を寄せているアサはしばらく屋敷の外に出ないようにと言われる。双子の兄妹が下界に揃っているという情報が出回れば、2人を揃って手に入れようと考える者も出て来る危険があるのだそうです。だからアサにも危険が及ぶ可能性があるので影森屋敷に居た方が安全なのだということです。そういうわけでユル探しはジンに一任されることとなった。

その一方でユルの方はデラやハナには黙って左右様と一緒に行動を開始する。左右様が「他のツガイの気配が分かる」「アサの血の匂いも嗅ぎ分けられる」という特性を持っていることに着目したユルは、左右様に「ツガイが集まっていて、なおかつ俺と同じ血の匂いがする場所」を特定することが出来れば、そこが影森家であり、アサの居る場所だと言う。それで左右様がその条件で探知してみた結果、そういう場所を特定し、ユルを連れてそこに飛んでいく。

その付近に影森家の拠点があると思われ、更に左右様がツガイの気配を細かく追っていき、ユルと左右様は地下駐車場に入っていき、そこでジンとその部下たちを発見する。左右様の言うには、ジン達からはツガイとアサの匂いがプンプンするらしい。向こうのツガイも気配には気付いているはずだが、ツガイの姿は見当たらなかった。すると、そこにアサも現れたので、ユルは頭に血が昇って飛び出してアサに襲い掛かろうとするが、そこにジンのツガイが現れてユルは捕らわれてしまう。

実はこれはジンの罠であった。左右様が他のツガイの気配だけでなくアサの血の匂いも嗅ぎ分けられると聞いたジンはアサの血を採血して持ち歩いていたのだ。そうしてその匂いに釣られてユルが左右様と共にやってくるよう誘導し、偽物のアサを使ってユルを誘き出して捕らえたのでした。

しかし左右様はユルに構わずジン達に向かって突き進み、ジン達は火器などで応戦するが左右様には全く効果が無く、続いてジンの部下たちのツガイが応戦して、これには左右様も手こずる。そんな状況を見てユルは持ってきていたデラの鉈で敵のツガイを攻撃して隙を作り、左右様によってユルは救出される。そしてユルの合図で左右様が地下駐車場の灯りを破壊して暗闇を作り出し、その隙にユルと左右様は姿を消す。

敵のツガイは左右様の気配が遠ざかっていくのを探知したのでジン達は「ユルも一緒に逃げた」と考える。しかし、それはユルの策略であり、左右様だけをわざと遠くに移動させてユルだけは暗闇の中に身を潜めてその場に残っていた。そしてジン達が油断した隙を突き、ユルはジンを鉈で斬りつけて足を負傷させて、ジンの首元に鉈を突きつけて人質にする。そこに左右様も戻ってきて形勢逆転し、ユルはジン達に「アサをここに呼び出せ」と要求する。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

MAO

第4話を観ました。

今回は鐘臨教事件の続きです。魔緒は呪われて死んだという男の家の玄関前に埋まっていた人形から鬼神を取り出して使役します。鬼神が出たということは呪いは真似事などではなく陰陽師の使う正式な呪詛の術のようであり、おそらく鐘臨教側が死んだ男を呪詛していたようですが、そうなると術の出所が気になるところです。ただ、摩緒がその鬼神に尋ねてみたところ、被害者の男性を呪い殺したりはしていないとのこと。つまり術が不完全で効かなかったようです。しかし男は死んでおり、どうやら呪詛で殺したわけではないようです。事情を探るため摩緒は教団の本部に行き、そこで被害者の娘である依子に接触しますが、宗玄たちが現れて邪魔をしてくるので依子を連れて脱出する。

また調べたところ、鐘臨教ではこういう「信者の親が寿命を宣告されて死ぬ」というケースは以前から何度もあったらしい。そして、そのたびに親が亡くなった信者は相続した土地や財産を教団に寄進していたという。どうもキナくさい話です。そのことを菜花に伝えに来た乙弥と一緒に菜花は教団の本部の地下に隠し部屋があるのを発見し、そこで呪詛の術について書かれた写本を発見する。ただ教祖の鐘呼は「人の寿命を自在に操る」と言っていたが、そんな呪法はその写本には書かれていなかった。人形を使って呪詛するという方法しか書かれていなかった。

ところが菜花たちは地下室に閉じこめられてしまい、更に床下への扉があったのでそこを降りていくと、床下には複数の人間の死体が埋まっていた。なんとか脱出した菜花たちのもとに魔緒がやってきて、乙弥は魔緒に写本を渡す。そこに宗玄が現れたので摩緒が写本をどこで手に入れたのかと問い質すと、宗玄は昔密教の修業をしていた時に手に入れたものだと答える。そこに鐘呼も現れたので摩緒が「猫鬼に会ったことがあるか?」と問うと、鐘呼は猫鬼のことは知らないようであった。

鐘呼は子供の頃は本当に神通力があって様々なものや他人の未来などが見えていたらしい。それで信仰する者が現れて、最初は小さな教団だったが次第に信者も増えていった。だが成長するにつれて鐘呼の神通力は失われていき、今ではただ1つ「この世の終わり」しかハッキリとは見えないようです。ただ信者がいるので神通力があるフリを続けていただけであり、被害者の男の寿命も適当に言っていただけであった。だが実際に男が死んだのは宗玄が鐘呼の予言を現実にするために呪い殺していたからなのであろうと鐘呼は指摘する。

宗玄は開き直って魔緒たちも呪い殺すと言い放つが、摩緒は宗玄の嘘を見破っていた。魔緒が呪い返しの術を宗玄にかけると、宗玄は自分が殺して地下室に埋めた信者やその家族たちの怨霊に呪われて苦しみ始める。魔緒は依子から話を聞いて宗玄の手口を把握していた。どうも依子は教団に逆らった父親が呪われて死ぬことを恐れて、宗玄から「父の心の邪気を払う薬」というものを渡されて、それを飲み物に混ぜて呑ませたらしい。それを飲めば父親は呪いから逃れることが出来ると言われたのだが、実際には父親は死んだ。それで依子は「自分は父に毒を飲ませたのだろうか」と苦悩していたようです。

つまり宗玄の呪法は不完全であり効かなかったので、宗玄は信者を騙して親を毒殺させていたのです。そうして土地や財産も手に入れ、依子のように不信感を抱いた信者本人も口封じのために殺して、まとめて床下に死体を埋めていたのです。呪い返しによってそれらの怨霊に襲われた宗玄は錯乱して鐘呼と共に警察に自首することとなった。なお依子が父に呑ませた薬は毒ではなく眠り薬であったそうです。毒を呑ませるとその場で親が苦しみ、以前のケースではそれで信者が不審に思ったという失敗を犯したので宗玄は今回の事件では眠らせてから自身の手で毒針で殺していたらしい。

こうして事件は解決したが、鐘呼は最後に「この世の終わり」についての予言を残した。それは「間もなく大地は裂け、炎の竜巻が帝都を襲う」というものであった。それを聞いた菜花は思い当たるところがあり、現代にも戻ってから調べてみたところ、それが関東大震災のことを指していることに気付く。菜花が迷い込んでいる大正時代は「大正12年」であり、現時点では魔緒たちが居る時期は5月ぐらいであった。関東大震災は大正12年9月1日に起きるので、つまりあの大正時代の数か月後に関東大震災が起きるのだということに菜花が気付いたところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

春夏秋冬代行者 春の舞

第5話を観ました。

今回は春の里の雛菊への扱いが悪いのは雛菊の出生に原因があることが分かりました。雛菊の父親は花葉春月という春の里の名家の当主であり、母親は先代の春の代行者の雪柳紅梅であり、春月と紅梅はもともと婚約していたのだが、春の里の名門である白藤家の娘が春月を見初めて、家同士の利害で春月とその娘が結婚することになり、春月と紅梅は破談となったのだが、春月と白藤家の娘との結婚生活は上手くいかず、春月と紅梅との間で不義の子として雛菊が生まれたのだそうだ。しかし紅梅が病が重くなり、雛菊は春月に引き取られることとなったが、紅梅が亡くなって次の代行者として雛菊が選ばれたので、春の里では雛菊は不吉な子として忌み嫌われることとなったのだそうだ。そして同じく春の里で両親の失態によって除け者にされていたさくらと出会い、2人は固い絆で結ばれたという話が描かれました。まぁそういう感じなんですが、結局ずっとこんな感じでエモと感動の押し売りのようなのが続いていて、話がよく分からないまま気が付けば5話となっている。もうこれぐらいでいいだろうと思えたので今回で視聴を切らせていただきます。

 

 

カナン様はあくまでチョロい

第4話を観ました。

今回はカナンのメイドのアミがカナンと羊司の関係を進展させようとして画策します。そんな中でカナンが羊司を避けている様子なのでアミは驚くが、カナンは単に体操服が汗臭いので近寄ってほしくないだけでした。しかし羊司は「好きな人の匂いは大好きに決まってます」と言って嗅ぎたがる。カナンも流されてしまいカナンの着ている体操服の裾の匂いを羊司に嗅がせますが、冷静に考えると酷い辱めを受けていることに気付く。それで興奮して汗が噴き出してしまうが、自分のタオルを落としてしまい、羊司がタオルを貸してくれる。それでカナンは思わず羊司のタオルの匂いを嗅ぎウットリしますが、まるで自分が変態になったようだと気付いて羊司に逆ギレします。

続いてカナンが耳の調子がどうも悪いということで、アミが「膝枕、耳かき」という暗示をしたところ羊司がその暗示にかかってしまい、カナンに膝枕をして耳かきをしたいと言い出す。カナンも憧れのシチュエーションだったので了承しますが、カナンの耳は学校中の音を拾えるぐらい超敏感なデビルイヤーなので耳かきなんかされたら感じまくってしまう。それでカナンは羊司に耳かきされて悶えまくってしまう。いちいち描写がエロすぎてヤバいです。ヘブン状態になりながら何とか耐え抜いたカナンは「大したことなかった」と虚勢を張るが、純粋にカナンのために良い耳かきをしようと頑張っていた羊司は愕然として、もう片方の耳は本気でやると気合を入れるのであった。そうして風紀委員室からカナンの悶えまくる嬌声が聴こえてきて、部屋から飛び出してきたカナンが「供儀くんのテクニシャン!」と怒鳴って逃げ去っていくのを見て、廊下を歩いていた撫子は驚いて腰を抜かしてしまうのであった。

あと一歩のところで失敗してしまったアミは風紀委員室にプールを持ち込んで水着姿で浸かり、羊司を呼んで撮影会を開始する。するとカナンも対抗意識を燃やしてスクール水着になり、プールで遊ぶ姿を羊司に眺めさせる。だが、そうしていると見られていることでカナンは恥ずかしくなってきて羊司を部屋から追い出そうとする。仕方なく出ていこうとする羊司であったが足を滑らせてプールに落ちてカナンとラッキースケベ展開となり、今度はカナンが出ていこうとするが足を滑らせてやはりラッキースケベ展開となる。アミはこのままキスしてしまおうと煽るが、そこまではいかなかった。

その後もアミは無理矢理に2人を密着させようと様々なイタズラを仕掛けてくるがことごとく失敗してしまう。それでアミは落ち込み「お嬢に魅力が無いんじゃないですかね?」と愚痴る。どれだけ密着させても羊司の方からカナンに触れようとしてこなかったからです。カナンは「私に隙が無いからよ」と言い返し、そこでカナンがワザと隙を見せてみようということになり、風紀委員室でカナンがソファで寝たフリをして羊司の反応を見ることにした。しかし羊司は性欲に負けないように筋トレをして発散させる。そんな羊司の様子を見てカナンは自分に魅力が無いのかと落ち込むが、遂に限界に達した羊司がカナンの寝顔に指でツンツンしてしまい、慌てて走って逃げていく。そのことでカナンは嬉しくなってしまうのであった。そういう感じで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

一畳間まんきつ暮らし!

第3話を観ました。

今回はパソコンの挙動チェックのために芽衣子と音緒がコンビでゾンビシューティングゲームをすることになり、ノリノリになりすぎて他のお客さんが怖がったりしますが、2人の仲は深まります。その後、万理花の実家が華道家元の名家だと分かり、華道の活動の成果が無いなら実家に連れ戻されるということになる。そこで華道をやっている動画を加工して上げることにして好評を博するが、万理花の過去のパンツ晒した動画も拡散されてしまい、そのパンツに実家の家紋が入っていたので家族会議となってしまうというオチとなった。続いては下の階の猫カフェの店員の成海みちかがヘッジホッグの店舗拡張で自分の店が狭くなったので抗議にやってきて、皆で猫カフェに行くことになった。数日後、みちかもヘッジホッグに猫漫画を読みに来たりしました。そういう感じで今回のお話は終わり次回に続きます。

2026年春アニメのうち、4月24日深夜に録画して4月25日に視聴した作品は以下の6タイトルでした。

 

 

灰原くんの強くて青春ニューゲーム

第4話を観ました。

今回は竜也が拗ねて仲間から外れてしまってからみんなバラバラになってしまい夏希の青春は急につまらなくなった。そこで幼馴染の美織が相談に乗ってくれて、夏希に「自分の弱味を見せた方がいい」と助言してくれる。そこで夏希は竜也を屋上に呼び出して、自分が中学時代は陰キャであって高校デビューだと打ち明ける。それで仲直りして、心配して2人の会話を聞いていた仲間達の前で竜也が詩への想いを口にしたため、一旦は詩にフラれるが今後も諦めず頑張るということになった。そういう感じでしたが、今回で視聴は切らせていただきます。

 

 

スノウボールアース

第4話を観ました。

今回は鉄男とユキオが氷漬けの地球で生き残っていた人々が暮らしているモールに案内してもらうことになります。その途中で鉄男は乃木蒼という女性から10年前に何が起きたのかについて教えてもらう。10年前、鉄男たちが銀河怪獣の根拠に攻めていった後、その留守の地球に1匹の奇妙な怪獣が現れたのだという。それはこれまでの銀河怪獣とは異なり人間を模した姿をしており、空からではなく海から現れた。そして多数の白い球を伴っており、その白い球が地球のあらゆる場所に出現して増殖し、絶対零度の暴風を起こして全てを凍り付かせたのだという。それ以後は地球が凍てついたままだという。鉄男たちと共に戦っていた「エルデ」という対怪獣戦線の組織も大損害を受けて、そこに銀河怪獣も襲ってきたので壊滅状態だという。ただ残党は残っていてそれなりに活動はしているらしい。

そうしてモールに着いて200人ほどの村人に歓迎されますが、鉄男は温泉に入れてもらい、どうしてこのモールのある場所は温かいのだろうかと不思議に思う。すると滝村がその理由を説明してくれる。実はこのモールの地下には怪獣が埋まっているのだという。10年前大凍結が起きてから生き残った滝村たちは生き延びるために集団であちこちに移動を繰り返していたが、食い物が無くて怪獣の死肉を食ったところ大勢が死んだらしい。そうして怪獣の肉を食って適応して生き残った者だけが更に移動を繰り返していたところ、2体の怪獣の襲撃に遭い絶体絶命の危機となった。その時、まだ幼女だった蒼に何者かの声が話しかけて、過酷な状況でも人を愛おしく思うという蒼の言葉を聞いて、その声の主は面白いと思ったようです。すると2体の怪獣のうちの鳥型の怪獣がもう1体の怪獣を倒して、炎に包まれた姿となり「大地を温めよう」と言い、そのまま地下に眠りにつき、この場所を温めてくれたのだという。蒼は怪獣の肉を食った時からその声が聴こえていたのだそうで、どうやら蒼は「怪獣使い」になったらしい。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

また殺されてしまったのですね、探偵様

第4話を観ました。

今回は事務所の雨漏りで朔也とリリテアがクーロンズホテルに泊ることになり、そこには映画の撮影に来ていたゆうりも居て、刑事の漫呂木も来ていた。監督宛てに「狗頭のベルボーイ」という者からの脅迫状が届いており、朔也が見回りをしていると犬のかぶりものをした人物が生首をカウンターに置いているのを見かけ、朔也も殺されてしまう。そうして朔也が生き返ったところで今回は終わりとなりましたが、今回で視聴は切らせていただきます。

 

 

上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花

第3話を観ました。

今回はなんかすごく独特な作画でしたね。1話と2話もだいぶ作画の感じは違っていたんですが、今回はまた際立って違っていました。紙芝居に近い感じで、顔とかもかなりデフォルメしてあって、アニメファンの間では「シャフト風味」とか言って喜ばれるやつなんですが、私は別にあまり興味はありませんので、話の内容だけ述べます。ただまぁ、何というか、私はこの作品は作画が気に入って見てるので、あんまり作画が変わってしまうと、個人的にはちょっと残念ですね。

まずはゴールデンウィークで他の寮生が帰省していない中、夜に雷が鳴って、ぼたんが怖がっていぶきの部屋にいって一緒に居てほしいと頼む。いぶきの部屋はゴキブリが出てバルサンを焚いていたので食堂で2人でアブサンを呑みます。その後、ぼたんの部屋で同じベッドで2人で寝ますが、いぶきはぼたんがもう寝たと思って「上伊那さんと居るとすごく楽しいの」「また一緒にお酒飲もうね」と言いますが、ぼたんは起きていて、その言葉を聞いていた。

翌日、あかねが寮に戻ってきたので駅まで迎えに行くと、いぶきがいつも1人で温泉に行くという話を聞き、ぼたんはいぶきが他人とお酒を呑めないから1人でないと温泉に行けないのだと思い、自分と一緒ならいぶきが温泉でお酒を呑めると思い、日帰り温泉旅行のプランを立て始める。寮に戻ると、あかねが実家でもらってきたレコードを聴くことになり、IPAというスコットランドの苦いビールをあかねが取り出して、あかねとぼたんが呑みます。あかねがレコードプレイヤーを誕生日にプレゼントしてくれたやえかに礼を言うために席を外したのでいぶきも呑み、その機会にぼたんはいぶきを温泉に誘い、いぶきも応じます。

そうして2人は温泉地に行き、貸し切り露天風呂に入って一緒に湯に浸かりながらお酒を呑みます。ぼたんは「お酒が入ると開放的になる」ということを最近自覚したと言い、「お酒の力を借りてお願いしたいことがある」と言う。一体何かと身構えるいぶきであったが、ぼたんは「名前で呼びたい」という。そこでいぶきも「ぼたん」と呼ぶと返し、「最近は1人で呑んでもつまらない」「ぼたんと2人で呑みたい」と気持ちを伝えるのでした。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

淡島百景

第3話を観ました。

今回はまず田畑若菜と伊吹桂子の場面から始まる。前回のエピソードの最後の方にあった「伊吹桂子と田畑若菜」のエピソードの続きです。時代はガラケーは主流だった2000年代と思われる。若菜は淡島歌劇学校の予科生(1年生)であり、桂子は淡島歌劇学校の教官であり、桂子は若菜の親の世代である。前回のメインエピソード「岡部恵美と小野田幸恵」では桂子が淡島歌劇学校に生徒として通っていた1980年代の出来事が描かれていたが、そのストーリーの中で桂子は同級生である岡部恵美や小野田幸恵をイジメる悪役として登場していた。

その桂子が20年後、岡部恵美も小野田幸恵も死んだ後、淡島歌劇学校で教官をしており「鬼教官」と呼ばれている。「厳しいから」というのもあるが、淡島歌劇学校は母親や祖母が通っていたなんていう生徒も多いので、生徒時代の桂子の行状について卒業生である母親から聞いている生徒もいて「昔イジメとかやってたらしい」「怖くて悪い人」という噂も流れている。また淡島OGの女優や関係者などもメディアに露出して学生時代の話をしたりすると「伊吹教官は特に怖い人」「いわくつきの人」なんて言ったりもして、桂子の評判はどうも芳しくはない。しかし若菜は桂子がそんなに悪い人には思えない。厳しい人だとは思うが「怖い」とは思えない。それはきっと根は悪い人ではないからなのだと思う。

それで若菜は群馬に帰省した後はお土産を持って桂子のもとへ行き、サインをせがんだりします。帰省した際、若菜の淡島入学以来すっかり淡島歌劇マニアになってしまった母親と一緒に淡島歌劇の過去の公演映像などを見たりして、そこには桂子の祖母の昔の大女優「日柳夏子」の舞台は古すぎたので無かったが、桂子の母親の「朝比奈ルリ」などの主演している舞台の映像はあった。しかしそれはモノクロの映像であったので若菜にはあまりピンとこなかった。そんな中で桂子の出演している「雪の女王」の映像があり、それが若菜の心に強い印象を残した。それで若菜は桂子のサインが欲しくなり、わざわざ群馬土産を持って職員室に行って「雪の女王」の話をしたりして、サインを貰うことは出来た。

ここから「伊吹桂子と日柳夏子」というエピソードとなり、語り部は桂子となる。桂子と祖母であり往年の淡島の大女優「日柳夏子」の物語である。桂子から見た祖母の夏子は酷い人間だった。若い頃は「絶世の美女」と呼ばれ、実際に過去の写真を見ても確かにとんでもなく美人であった。年をとっても綺麗なお婆さんであった。しかし性格は歪んでおり、とても意地悪で、特に「美しくないもの」を嫌っており、桂子の母親のルリ子(芸名は朝比奈ルリ)などはあまり母親似ではなくて田舎臭い愛嬌のある風貌であったが母である夏子に毛嫌いされており「出来損ない」と詰られていた。

桂子は母をそんなふうに侮辱する祖母のことが大嫌いであったが、桂子自身も吊り目のキツネ顔の父親に似て、祖母のようには美しい風貌ではなかったので「アンタは少しお直しが必要だね」などと言われて深く傷ついたこともあった。そうして祖母のことを憎んでいるうちに自分の性格も歪んでいくのが感じられ、それもまた「あのクソババアのせいだ」と腹立たしく思えて、ますます祖母を憎んでいった。

そうして淡島歌劇学校に合格したことで「これでようやく祖母や母と対等になった」と思った桂子は、いざ淡島に入学して歌劇に触れてみたところ、自分のような性格の歪んだ人間が持ち上げられるような淡島の世界を「大したものではない」と思い、そんな世界で持ち上げられていたというだけであそこまで増長していた祖母が心底下らない人間に思えた。そんな折、桂子が予科生だった頃に祖母が死の病に冒され、桂子は祖母を見舞った際に、2人きりになったタイミングで「そんな大層な人間でもないでしょうに」「とっとと苦しみながら死ね」と祖母の耳元で囁いた。その時に驚いたように目を見開いた祖母の顔を見て、桂子は「報復をしてやった」と痛快に思った。あれだけ周囲に対して憎まれるような言動を繰り返しておいて、こんな報復を受けることすら予想もしていなかったのかと、祖母がなんとも間抜けに思えた。その後ほどなくして祖母は亡くなったが、桂子は何の感慨も湧かなかった。

しかし本科生に上がって少し経った頃、桂子は同じ本科生の岡部恵美に顔に唾を吐きかけられ、睨みつけられた。恵美は予科生の頃から桂子がイジメていた相手であった。もともとは同じ予科生の小野田幸恵が冴えない風貌でありながら自分よりも評価を受けていたのが腹が立ち軽くイジメていたのだが、その幸恵を恵美が庇ったために、いつしか桂子は恵美を執拗にイジメるようになっていた。

その恵美から予想もしていなかった形で報復を受けたのだが、その時、桂子は驚いて目を見開いた。その目を見開いた自分の顔が、あの病床で自分に報復を受けた際の祖母の顔と同じだということに桂子は気付いた。そして自分を睨みつける恵美の顔を見て、桂子はあの時の自分と同じだと感じた。自分がずっと祖母の仕打ちに苦しめれていたのと同じように、恵美もずっと自分の仕打ちに苦しめられていたのだと、ようやく桂子は気付いた。よく考えれば、あれだけの嫌がらせを1年も受けていれば苦しんで当然のことだった。しかし桂子は恵美の苦しみを分かっていなかった。何とも間抜けな話であり、そういうところも自分は祖母にそっくりだと桂子は思った。

その後、岡部恵美は本科を終えて淡島歌劇学校を卒業した後、淡島を去った。小野田幸恵も去っていった。2人とも確かな才能の持ち主であり、特に恵美は圧倒的な才能を有していた。その人生を自分が壊してしまったのだと桂子は思った。実際は前回の「岡部恵美と小野田幸恵」のエピソードで見たように、恵美が淡島を辞める決め手となったのは幸恵の言葉であり、最終的に決断したのは恵美本人であったのであり、桂子のイジメはきっかけに過ぎなかったのだが、桂子はそんなことは知らないので、自分が恵美の人生を壊したと思ったのであった。

桂子はそもそもそんなふうに自分の性格が歪んだのは祖母のせいであり「自分は祖母に人生を壊された」と思っていた。だから祖母がそんなふうに自分の人生を壊しておきながら世間からは「大女優」などとチヤホヤされていたのが腹立たしくてたまらなかった。「あんな人間は幸せになるべきではない」と思った。だから報復して嫌な気分のまま惨めに死なせてやったのだ。桂子だけは祖母が嫌な気持ちで死んでいったのを知っており、そんな惨めで不幸な人生こそが祖母には相応しいと思っていた。その信念は全く揺らいでいない。

だが、そうなると自分自身はどうなのかと桂子は自問自答する。自分も岡部恵美の人生を壊した。ならば、そんな自分がこのまま女優として成功して幸せな人生を送って良いわけがない。自分にそれを許してしまうと、祖母の人生を肯定することになってしまう。桂子は「自分が不幸になること」よりも「祖母の人生を肯定してしまうこと」の方が嫌だった。自分の人生を壊した祖母が不幸になったように、岡部恵美の人生を壊した自分もまた不幸にならねばいけないと桂子は考えるようになった。

といっても、すぐにそんなふうに決意が固まったわけではない。卒業して淡島歌劇団に入り、そういうモヤモヤを抱えながら女優を続けた。その間、死の前の祖母の目を見開いた顔、自分を睨みつける岡部恵美の顔が脳裏に何度も去来した。恵美や幸恵の退団以降は一緒に彼女らをイジメていた取り巻き達も桂子の傍から去っていき、桂子は孤独になった。そうした中で桂子の演じた「雪の女王」が高く評価された。

「雪の女王」はもともとアンデルセン童話だが、ロシアで映画化されて人気となり、淡島歌劇でも舞台化された。そこに登場する悪役が「雪の女王」なのだが、そのキャラクターは「冷酷で孤独な悪の女王」であり「自分に逆らった者に呪いをかけて冷酷な性格に変えてしまう」というものであった。桂子はその「雪の女王」を「まるで祖母のようだ」と思って演じ、それを完璧に演じ切ることの出来た自分もまた祖母とそっくりな人間なのだと痛感した。

その舞台は卒業後あまりパッとしなかった桂子にしては珍しく賞賛された。そのまま女優業を続けることも可能であった。だが桂子はこの「雪の女王」の舞台の成功によって、自分はやはり祖母と同じように「幸せになってはいけない人間なのだ」と結論を出した。そして自分のやるべきことは「雪の女王」によって人生を壊された自分や恵美のような人間がもう生まれてこないようにすることだと考え、淡島歌劇学校に戻って教官を務めることにした。

そうして桂子は今でも淡島で教官として若菜たち生徒たちを見守っている。それはある種の「罪滅ぼし」なのかもしれない。桂子は明確に自分の「罪」は自覚している。だが、自分は罪を償い続けるべきなのであり、決して罪が許されてはいけないと思っている。桂子自身が祖母の罪を最後まで赦さなかったからである。また、数年前に亡くなったという岡部恵美も最後まで自分の罪を赦さなかった。だから自分は決して最後まで赦されるべきではないと桂子は思っている。自分はずっと「私のような人間をもう見たくない」「岡部恵美のような人間をもう見たくない」と思い、そのために何をすべきか考え続けなければならないと思っている。そういうわけで桂子は自分を怖がりつつも慕ってくる若菜のような一部の奇特な生徒に対しても、常に一定の距離は保ち、決して仲良くなって甘えさせてもらおうとはしない。毅然とした「鬼教官」という態度を崩そうとはしないのであった。

ここで「伊吹桂子と日柳夏子」の話は終わり、続いて「山路ルリ子と日柳夏子」というエピソードが始まる。語り部は「山路ルリ子」つまり桂子の母親である。淡島歌劇団での芸名は「朝比奈ルリ」であるが、本名は「山路ルリ子」となる。といってもこれは旧姓であり、結婚後は「伊吹ルリ子」となり、伊吹桂子の母親となる女性である。つまりルリ子の母親である日柳夏子も、これは淡島歌劇団の芸名であり、本名は「山路よし子」という。これは人気俳優の「佐野浩二」、本名「山路寛一」と結婚して山路姓になってからの名であり、旧姓は描写が無いので不明です。ただ「よし子」というのは一貫して本名ということになる。

このエピソードはルリ子の幼少期から晩年までが描かれ、ルリ子の晩年は娘の桂子が淡島の教官を務めている時代、つまり若菜が淡島の生徒である2000年代のガラケー時代に相当し、ルリ子の幼少期はおそらく戦後まもなく、1950年前後ぐらいと思われますが、そうなるとルリ子が淡島歌劇学校に生徒として通っていたのは1960年代と思われます。

その「山路ルリ子と日柳夏子」のエピソードは娘であるルリ子の語りで紡がれていきますが、ルリ子の母親である日柳夏子は確かに娘であるルリ子に対して愛情が薄かった。ただ当初は桂子が記憶しているような「意地悪な女」というほどではなく、ルリ子の幼少時にはそれなりにルリ子に対して優しかった。ただ女優の仕事が忙しいので周囲からは薄情に見えるだけなのだとルリ子は思っていた。

しかし、夏子はやはり確かにルリ子に対して愛情は薄かった。それが夫の寛一が亡くなってからは次第に顕著になり、ルリ子に対してキツい態度をとるようになった。それでも淡島歌劇学校には夏子の口利きで入学することになり、ルリ子は淡島の生徒となったが、学校では「母親の口利きで入学した人」として見られて、バカにする人や、取り入って利用しようとする人ばかりであった。みんなルリ自身ではなく大女優である母親の日柳夏子を見ていた。そんな中で親友となった山本雅子はルリ子には親切であったが、彼女もまた「日柳夏子に憧れて淡島に入った」と公言する美女であり、どこまでいってもルリ子は「日柳夏子の娘」でしかなかった。

だがルリ子はいつも輝いている雅子を見ていると、雅子こそが母親の夏子の娘に相応しいように思えた。それは「きっと母も雅子のような娘が欲しかったはずだ」と思えるからであった。ルリ子は自分が母や亡き父のような美形ではなく、父の母親である祖母によく似て田舎臭い容姿であることは自覚していた。そして幼少時から母親がそんな自分の容姿を嫌っていたということも感じていた。母は夫の母である祖母のことも好いていない様子であり、それはきっと容姿が美しくないからだとルリ子は勘づいていました。一方で亡くなった父親のことは深く愛していたが、それも父が美形であったからなのだと思えた。

おそらく母親から見れば自分は「どうして私と寛一さんのような美形からこんな容姿の子が生まれたのだろう?」と思ってしまうような娘だったのだと考え、ルリ子は「私は母にとって本当の家族じゃないんだ」と思えた。雅子のような美形ならば本当の家族だと思ってもらえたのだろう。不細工な容姿で、口利きしなければ淡島に通わせることも出来ない不肖の娘で、母はさぞかし自分のことを鬱陶しく思っているのだろうと考えると、ルリ子は胸が苦しくなった。いっそ母親と本当の親子でなければこんな苦しい想いはしなくて済むのだが、しかし実際には血の繋がった本当の親子なのだから、ルリ子にとってはこれは非常に苦しい状況であった。

そうしてルリ子は淡島歌劇学校を卒業して淡島歌劇団に入り、「朝比奈ルリ」という芸名で女優となった。「英雅」という芸名でトップスターとなった雅子とは違い、あまりパッとはしなかったが、それなりに役は貰えた。それもおそらくは母親の口利きによるものも多かったのだろうと思えた。そんな中、淡島関連の取材をよくしている記者の伊吹吉彦という記者の取材を受けることとなった。母の日にちなんでの「母と娘」というテーマの記事で、そんな企画で自分に取材をしてくるということは「大女優の日柳夏子との想い出」を聞きたいのであろうと容易に想像ができた。

しかしルリ子は母との想い出がほとんど無く、そのことを正直に打ち明けると、伊吹は意外にも落胆した様子はなく「それならそれで良いと思います」「少女時代に本当は母とこうしたかったという話でも構いません」と、あくまで日柳夏子ではなくルリ子の話を聞こうとしてくれた。ルリ子の人生でそういう経験は初めてであったので嬉しかった。伊吹はこれまでルリ子が出会った人々のように「美形の大女優の冴えない娘」としてルリ子を見ることはなかった。そしてルリ子は伊吹と親しくなり、女優の仕事はあまりやらなくなり、伊吹と何度も会っているうちにルリ子は「この人とならば本当の家族になれるんじゃないか」と考えるようになり、2人は結婚を約束した。

しかし母の夏子は2人の結婚に反対した。その理由というのがルリ子をガッカリさせるものであった。母は淡島関連の取材で伊吹とは面識があったのだが、伊吹の顔が「キツネ顔」だから気に入らないというのだ。ルリ子は幼少時から感じていた母の「美形至上主義」を確信し、これが自分と母が「本当の家族」になれなかった元凶なのだと思った。だからこそルリ子は今回は一歩も引く気は無かった。ようやく自分が「本当の家族」を手に入れようとしているのに、また母の「美形至上主義」に邪魔をされるわけにはいかないという強固な意志でルリ子は「結婚するのは私です」と生まれて初めて母親に逆らい、伊吹との結婚を強行したのであった。

ここから語り部がチェンジして、日柳夏子が語り部となります。そして時代が遡り、終戦後まだ間もない頃、まだ若き夏子が俳優の佐野浩二と結婚する前からストーリーが紡がれます。といってもこの時点で既に夏子は淡島のトップスターであり、佐野は人気俳優であった。そんな2人がたまたま会うことになったのだが、2人はすっかり意気投合した。

夏子は本名は「よし子」というのだが、亡き母親は本当は「美子」なのだと言っていた。母親はたいそうな美人であったが気の優しく弱い人で、自分に似て美人になるであろう娘が他人から妬まれることがないようにと、本当は「美子」という名であるのをあえて「美」という字を隠して目立たないようにしたのだと言っていた。おそらく母も美人ゆえに妬まれて嫌な目にあったことがあるのだろう。よし子には父がおらず、私生児のようであった。おそらく母は美人でありながら、いや美人ゆえに不幸な人生を送ったのであろうとよし子は思った。

その母もまさに「美人薄命」を象徴するように早くに亡くなり、よし子は空虚な人生を送った。ただ、よし子は母親のことが好きだったし、母親との想い出だけが心の支えであった。美人な母親が好きであったし、母親が「美人の私の娘だから美人になる」と言ってくれていたのがよし子にとって「母が私に与えてくれた唯一の誇り」だと思えた。それゆえ、よし子は空っぽな人間ではあったが「美しいもの」に対する執着だけは異常に強かった。

ただ、決して攻撃的な人間ではなく、基本的にいつも儚く大人しい人間であった。ただ生まれついての美形と、美に対する強いこだわり、そしてたまたま天賦の才として演技の才能を持ち合わせていたために淡島歌劇団のトップスターに昇りつめることが出来た。だが基本的にはエネルギッシュな人間ではないので、芸能界の華やかな人達との交流は苦手であった。しかし、たまたま会った人気俳優の佐野浩二は本名は「山路寛一」と言ったが、自身を空虚な人間だと言った。小さい頃から身体が弱く無気力で、心配した父親が習い事をさせたのが縁で俳優になったが、今でも1人で静かに読書をするのが好きで、空っぽな人間なのだという。それを聞き、よし子は寛一とならば気が合うと思った。そして何より寛一はたいそう美形であった。

そうして2人は結婚することになったのだが、寛一との間に生まれた娘のルリ子の顔が自分や寛一のような美形ではないこと、寛一の母の田舎臭い風貌に似ていることによし子は少し落胆した。これは子供の頃からの性分だから仕方ない。ただ、それでも忙しい仕事の合間を縫って出来る限りはルリ子にも愛情は注いだつもりだった。もともと美しさと演技以外は粗忽な人間なので、何かと失敗や取りこぼしはあったが、決して娘を愛していないわけではなかった。ただ、それでもよし子の中には確かに1つの「差別」は存在していた。基本的にルリ子のことは愛している。でも、それでも「私が生涯本当に愛した家族は美しい寛一さんだけ」という想いはあった。それはよし子が亡き母から与えられた「美しい母から生まれた美しい娘」というアイデンティティの根幹をなすものであったからです。

だが、その根幹を揺るがす出来事が起こる。もともと身体の弱かった寛一が、娘のルリ子がまだ幼い頃に病気で亡くなってしまったのです。よし子はもともと弱々しい女性であったので、寛一の余命がいくばくもないと知って絶望の淵に沈んだ。まるでよし子自身もこのまま死んでしまいそうであった。「美人薄命」という言葉が呪いのようによし子の心を浸食した。「母も寛一も、美しいものはみんな儚く死んでいく」「きっと自分もそうなのだ」とよし子は思った。

だが寛一はまだ幼いルリ子を深く愛していたので、よし子に「僕が死んだ後、ルリ子を頼む」と言い残した。生涯でただ1人だけ本当に愛した相手である寛一の遺言をルリ子は守るしかなかった。だが自分はこんなにも弱くて、寛一がいなくなったらきっと長くは生きていけないだろうと思ったよし子は、ルリ子を1人残して死ぬことがないように「美人薄命」の宿命から逃れなければならないと思った。それは自分が「美人」でなくなればいい。ただ、容姿は変えるわけにはいかないので性格を変えることにした。これまでのように母や寛一に似た「儚く頼りなさげな性格」であることをやめなければいけない。あれはまさに「美人薄命」そのものだ。もっと嫌な性格になって「憎まれっ子世に憚る」というような「性格ブス」になるぐらいが「美人薄命」の宿命から逃れるにはちょうどいいと、よし子は考えた。

そういうわけでよし子は夫の寛一の死後、キツい性格となり、娘のルリ子にも容姿を侮辱するような憎まれ口を叩くようになった。娘の結婚相手にも、孫娘にも憎まれ口を叩いた。性格ブスを演じ続けた。そうしていると「美人薄命」の宿命から逃れて、亡き夫の遺言を守ってルリ子をちゃんと養うことが出来ると心強く思えた。だから決してルリ子を憎かったわけではない。ルリ子が淡島歌劇学校に入れるように手も回したし、娘が女優になってからも仕事を手配してやったりもした。だが、もともと不器用な人間なので加減というものが上手くいかず、いつしか娘にも孫娘にも憎まれてしまった。

確かに娘のルリ子もいつしか母のよし子を憎んでいると思うようになっていた。いや、ずっと憎んでいたのだと自覚するようになった。ルリ子の娘の桂子が「顔のお直しが必要ね」とよし子に悪態をつかれたのを見てルリ子は桂子を宥めようとしたが、逆に桂子に「あんな人が母親なんて同情するわ」と言われて、ルリ子は自分の心の中に母への憎しみがあるのだと思った。桂子が病床のよし子に「早く死ねクソバアア」と罵倒したと聞いた時も、よし子に「あんたも私を憎んでいるでしょう」と問われて「違う」と答えつつ「言われて当然だ」とも思えた。だからルリ子は「私は母を憎んでいたのだ」と思うようになった。

実際、母のよし子が亡くなった時、ルリ子は涙が全く出なかった。「私は母のために泣くことも出来なくなったのだ」と思ったルリ子は自分が母を憎んでいると思った。その後、夫の吉彦が亡くなった時も、親友の雅子が亡くなった時も涙はいくらでも溢れ出てきた。だから自分はやはり母のことを憎んでいたのだとルリ子は思っていた。

だが母の葬儀の時に夫の吉彦が亡くなる前の母を見舞った時に母の本音を聞いていたという話をしてくれた。母は「美人薄命の宿命を逃れるためにワザと憎まれ口を叩いていた」のだという。ルリ子は驚いたが、本当にそんなことがあるのかという懐疑心と同時に「今さらそんな話を聞いても遅い」とも言った。もうとっくに自分は母のことで泣くことも出来なくなっている。きっと母を憎んでしまっているのだと。だが吉彦はよし子もルリ子も似た者同士でどちらも不器用なのだと言った。

よし子は吉彦に自分の真意を打ち明けた時、吉彦に「どうしてルリ子ではなく僕に言うんですか?」と問われて、吉彦が他人だから言ったのだという。つまり、よし子は「本当は愛している」ということをルリ子に伝えてしまうと憎まれ口を叩いている意味が無くなってしまうと拘っていたのです。吉彦はどうでもいい相手だから言えたわけです。吉彦から見れば意味不明の拘りであり、それを聞いて吉彦はよし子のことを「なんて不器用な人だ」と思い「本当はルリ子のことも桂子のことも愛していたのだな」と思えた。同じようにルリ子も「もう母からの愛情は諦めよう」と自分で母との関係を断ち切ったので「もう自分には母を愛する資格は無い」と拘って、遂には母のために泣くことすら出来なくなってしまっただけであり、本当は母のことを愛していたはずだと吉彦は言った。

その吉彦も亡くなり、老人ホームに入所しているルリ子のもとに淡島歌劇学校の教官をやっている娘の桂子がよく訪ねてくるが、最近になってルリ子は桂子の姿を見ていると母のよし子の生き方が少し理解できるような気がするようになった。桂子がずいぶん前に自分の犯した罪を悔いて、あえて誰も愛することもない人生を選んでいるのを見て、ルリ子は決してそれに賛同しているわけではないが、そういう頑なな生き方というのはあるのだと思えるようになった。そして、それは母も同じだったのだろうと思えた。自覚的に憎まれる生き方を選んだ以上、最期まで母は不器用にその罪を背負ったのだと思えた。そしてルリ子は自分も同じように不器用ではあったが、亡き夫の言葉のおかげで「本当は母を愛していた」という事実を最近ようやく信じられるようになり、少なくとも母や娘よりは「人を愛すること」を学べた人生であったと思うことが出来たのでした。そういう感じで今回もまさに大河ドラマという感じの神回で、次回も楽しみになります。

 

 

彼女、お借りします(第5期)

第51話を観ました。

今回はハワイアンズのプールサイドで麻美がスマホを落して、それを和が拾おうとしたところ、そのスマホの画面にはレンタル彼女事務所のサイトの千鶴のプロフィールページが開いていて、それを見て一同が凍り付いたという場面から始まります。千鶴はレンタル彼女であり、和也はその客でした。しかし和也の祖母の和と千鶴の祖母の小百合が親友であったことから、行きがかり上、和也と千鶴は互いの家族の前で本物の恋人同士のフリをすることになり、その後も嘘をつき続けることになってしまった。途中で千鶴の祖母の小百合が病気で亡くなり、和也と千鶴は小百合に最期に真実を打ち明けようかと迷いますが、結局打ち明けることは出来ずに小百合は他界してしまった。

そして傷心の千鶴を励まそうという和の提案で木ノ下家の恒例の福島ハワイアンズへの旅行に千鶴も招待し、そこに和也の友人たちも参加する展開となったが、その参加者の中には和也と千鶴が本物の恋人同士ではないという真実を知る瑠夏と栗林、それに和也の元カノである麻美も参加しており、その中でも特に麻美は千鶴に「和さんに真実を打ち明けよう」と執拗に迫り、それを千鶴が拒否した結果、プールサイドで千鶴の正体がバレるよう工作して、わざとスマホを落すという手段に及んだのでした。

この旅行の参加者一同は和也とそのレンタル彼女である千鶴(但し木ノ下家の人たちや和也の大学の友人は和也の恋人と認識)、和也の仮の彼女である瑠夏(但し木ノ下家の人たちは千鶴の友人と認識)、和也の元彼女である麻美(但し木ノ下家の人たちはただの大学の友人と認識)、和也の大学の友人の木部と栗林、そして木ノ下家の3人は和也の祖母の和、和也の父親の和男、和也の母親の晴美、こうした合計9人の前で麻美のスマホ画面の千鶴のレンタル彼女としてのプロフィール画面が晒されてしまったことになります。

なお「和也と千鶴が偽物の恋人同士であり家族に嘘をついている」ということを知っているのは和也と千鶴と瑠夏と栗林と麻美の5人。この中で麻美だけが「秘密をバラしてしまおう」と考えているのだが、麻美がそう考えていることを知っているのは麻美本人と千鶴の2人だけである。瑠夏も麻美の思惑に薄々勘づいているが、瑠夏は和也を好きなので、瑠夏にとっては和也と千鶴が嘘がバレて破局した方が都合が良い。しかし木ノ下家の人たち、特に和也の祖母の和を悲しませたくないので嘘がバレることは望んでおらず瑠夏は葛藤している。一方、栗林は基本的には秘密を守る方針である。また和也は麻美が秘密をバラそうとしているのではないかと警戒はしているが、麻美の動き自体は把握していない。

また、千鶴は麻美が秘密をバラそうとしていることは知っているが、麻美があくまで「千鶴さんを救うため」「木ノ下家の皆さんを傷つけたくないから」と善意の仮面を被っていたため、不審な点は感じつつも基本的には「話せば分かってくれる相手」と見なしている。しかし麻美自身は自身の暗い過去に起因する「恋愛なんて嘘ばかり」という信念を証明するために、いつしか互いに惹かれ合うようになった和也と千鶴を破局させようという悪意を抱いており、そのために千鶴を唆して秘密を打ち明けさせようとしていたのだが、それに失敗したために強行手段に出たということになる。

なお、瑠夏が和也の仮の彼女だということを知っているのは和也と千鶴と瑠夏の3人であり、麻美も瑠夏が「和也の彼女」を自称していることは知っているが、実質は瑠夏の片想いだと理解している。まぁ実際、瑠夏は和也が千鶴を好きなことを知っているので片想いという解釈で正解です。また瑠夏が元はレンタル彼女をやっていたことを知っているのは和也と千鶴と瑠夏の3人に加えて、栗林も元は瑠夏の客だったので知っている。但し栗林は瑠夏が今は和也の仮の彼女だということは知らない。木ノ下家の3人と木部は千鶴の正体も瑠夏の正体も知らず「和也の恋人は千鶴であり、瑠夏は千鶴の友人」と認識しているが、麻美に関しては木部と栗林は「和也の元彼女」と知っているが、木ノ下家の3人は「和也の大学の友人」と認識しており、木部たちも麻美が和也の元彼女だということは木ノ下家の3人には秘密にしている。

また、和也と千鶴に関して言うと、2人とも互いの家族を騙し続けることに心苦しさは感じ続けており、真実を打ち明ける機会を探ってはいた。しかし、なかなか機会を見いだせず打ち明けられていなかった。そして2人はいつしか互いに惹かれ合うようになっていたが、千鶴は和也の自分への想いは知っている。つまり千鶴は和也と両想いだと知っているのだが、千鶴自身が生い立ちなども関係して「他人を愛する」とか「家族を持つ」ということへの自信が持てず、和也との関係に結論を出すことを先送りしている。周囲に真実を打ち明けない真の理由も「和也との関係に結論を迫られるのを先送りしたいから」だといえます。

和也の方は千鶴の自分への気持ちは知らないし、そもそも自分のような冴えない男が千鶴に愛してもらえるとも思っていないので完全に自分の片想いだと思っている。それでも千鶴のことがどうしても好きなので何度か想いを告白しようとしていたが、千鶴は今の和也とのどっちつかずの関係を先延ばししようとしているので告白を邪魔して、なかなか和也を告白させないようにしていた。しかし「これ以上家族に嘘をついていられない」と思い詰めた和也が「自分が家族に真実を告げられないのは千鶴との関係を壊したくないから」という真実に気付いてしまい「まず千鶴に告白して2人の関係に決着をつけてから家族に真実を打ち明けよう」と考えて千鶴に愛の告白をしようとした。

だが麻美に急かされていたために千鶴が雑な対応をしてしまったため「千鶴が和也の愛の告白を拒絶した」という形になってしまい、和也は「千鶴と本当の恋人同士になることは諦めて、家族には千鶴と別れたと報告して、この嘘の日々を終わらせよう」と決意してしまった。祖母の和をはじめとして木ノ下家の3人は千鶴のことを心から信頼していたので、和也は今さら「千鶴が皆を騙していた」と正直に打ち明けて祖母たちを傷つけたくなかったのです。また千鶴本人も決して悪気は無かったことも和也は知っていたので、千鶴が悪者になるような形にはしたくなかった。だからこの旅行が終わって東京に戻ってから「千鶴とは別れた」と家族に報告して終わりにしようと和也は考えたのです。

千鶴の方も本当はもっと和也とのどっちつかずの関係を先延ばししたかったのだが、こうなってしまってはもう仕方ないので和也の提案を受け入れ、この旅行が終わるまでは恋人のフリを続けるということになった。そして「千鶴がレンタル彼女であり周囲を騙していた」という真実は闇に葬られて終わることになった。そうしてあと数時間でこの旅行も終わろうかという最後の最後の段階で、麻美の落としたスマホによってその闇に葬られるはずだった真実が一同の前に晒されてしまったのです。

その場面から今回は始まる。前回のラストでは和也と麻美以外の7人がスマホの画面を見て驚愕して固まったところで終わっていたが、今回の冒頭では和也もスマホ画面を見て驚き真っ青になっている。ただ各自の受け止め方は全員同じというわけではない。木ノ下家の3人と木部にとっては「千鶴のレンタル彼女のプロフィールページ」というのはあまりにも想定外であり、どういうことなのか理解が出来ないという様子であった。「これは一体何なのだ?」という困惑を頭の中で整理するために4人は沈黙して考え込むことになった。

一方で「千鶴が本当はレンタル彼女である」という真実を知る和也と千鶴と瑠夏と栗林にとっては「知られてはいけない秘密が木ノ下家の3人と木部にバレてしまった」という焦りが大部分を占めていた。そしてこの4人もまた沈黙した。「どう説明したらいいのだろうか?」と考える時間が必要だったのだ。そもそも「麻美のスマホに千鶴のプロフィール画像があった」というだけではまだ全ての嘘がバレたことにはならない。まだ何か上手い誤魔化し方があるのではないかとも思えた。逆に慌ててこのタイミングで下手なことを口走ると事態は悪化するかもしれない。だから和也たち「真実を知る側」の4人は「最適解」を探して黙って思考を巡らせた。といっても、かなり頭の中はパニックであったのであまり思考は進まなかったが。

そうして8人が一斉に沈黙したタイミングを狙ったかのように、1人だけスマホに背を向けて歩いていた麻美が、スマホを落したことに気付いたフリをして、慌てて戻ってきて和がスマホの画面を凝視しているのに気付き、大慌てでスマホにとびついて画面を両手で覆って隠す。そして「前に皆でお遊びで作ったコラ画像」だと説明する。しかし、もし本当にお遊びのコラ画像ならば、そんなふうに大慌てで隠すのは「不自然」です。だから、この麻美の一連の行動は逆に木ノ下家の3人と木部に「コラ画像なんかじゃないんじゃないか?」という疑念を植え付けた。

もちろん麻美はそのように木ノ下家の3人と木部に強い疑念を生みつけるために意図的にそういう行動をとっている。人間というものは嫌な現実を直視しないように自己防衛する生き物ですから、放っておくと何でも自分に都合の良いように解釈して無難にまとめてしまうことが多い。このまま放置していたら8人で「何かの間違いだよな」「同姓同名で顔が似てる人っているんですね」とか言い合って終わってしまう可能性も十分あるのです。麻美はそうした逃げ道を塞ぐために、あえて「コラ画像」だと言い訳しながら大慌てした態度をとり「麻美がこんなに慌てて嘘をつくということは、よほど隠さねばならない不都合なことなのに違いない」という印象操作をしたのです。

それで「コラ画像というのは嘘だ」と直感した和が自分のスマホで「水原千鶴」「レンタル彼女」で検索すると、さっき麻美のスマホ画面に映し出されていたのと同じレンタル彼女事務所の千鶴のプロフィールページがヒットして開かれた。これで確かに現実に「水原千鶴」という名のレンタル彼女が実在していることが判明し、しかも麻美が慌てて隠そうとしたことから、この「水原千鶴」は間違いなくこの場にいる和也の恋人の「水原千鶴」本人と見なして間違いないということも分かった。

ただ、まだこれだけでは和也と千鶴の嘘が全部バレたわけではない。これは「和也の恋人の千鶴がレンタル彼女のアルバイトをやっていた」という事実が判明しただけに過ぎない。「レンタル彼女」というのは「彼氏でもない男と彼女のようにデートして報酬を貰う仕事」であり、一般常識的には水商売に近い「ちょっといかがわしい仕事」です。だから正直言って印象は悪い。自分の息子の彼女がそんなことをしているなんて良い気分ではない。

ただ、だからこそ「周囲に秘密にしておきたい」という心理も理解は出来る。だから黙っていたのだという解釈は出来る。「おそらく苦学生の千鶴さんが学費を稼ぐために高額報酬のレンタル彼女をやっていたのだ」「それを恥じて自分たちには隠していたのだ」と木ノ下家の3人は考えた。お人よしの彼らなら普段は完全にそう考える。しかし「麻美が嘘をついて必死に隠そうとした」という印象操作がここに効いてくる。「それだけのことならば、あんなに必死に隠そうとするだろうか?」という疑念がどうしても湧いてくる。

普段の木ノ下家と千鶴との空気感であれば、千鶴はもっと上手く切り抜けられたかもしれない。「どうしても学費を稼ぐために仕方なく」「でも恥ずかしくて言えなくて」と言いくるめられたでしょう。しかし麻美の仕掛けた印象操作のせいで「千鶴さんは麻美さんと組んで嘘をついているかもしれない」という空気になってしまっているので、千鶴も上手く言葉が出てこない。そんな重苦しい空気の中、木部が「和也は知ってたの?」と和也に問い質してくる。

これは現時点ではあくまで「千鶴に関する疑惑」である。「千鶴が皆に更に別の重大な嘘をついているかもしれない」と疑われている。誰も「和也もそんな重大な嘘の共犯かもしれない」とは思っていない。だから木部は「和也がどういう立場で千鶴の嘘に関わっていたのか」について知りたいと思ったのだ。千鶴が和也に「レンタル彼女をやっている」ということを打ち明けていたのだとすれば、それはそれ以上は重大な嘘ではないということになる。逆に千鶴が「レンタル彼女をやっている」ということを和也に打ち明けていなかったとすれば、何か疚しいことがあるのだということになり、更に重大な嘘を隠している疑いが濃厚となる。だからここで和也は「千鶴がレンタル彼女をやっていたことは自分は知っていた」と回答するのが正解ということになる。

但し、それは危険な賭けでもある。それは「真実」だからです。つまり「和也と千鶴が共謀して皆を騙していた」という「真実」に繋がる可能性を孕んでいるのだ。「真実」が疚しいものでない限りは出来るだけ「真実」を話した方がいい。しかし、もし「真実」が疚しいものであるならば、とことん「真実」から遠ざかった供述をした方がいい。和也は「俺も千鶴がレンタル彼女だなんて知らなかった」と言い張った方が「2人が共謀して皆を騙していた」という真実から皆を遠ざけることが出来る。その場合は千鶴だけが「何か疚しいことをしているんじゃないか」と徹底的に疑われることになるが「やってもいないことは結局証明できない」ので千鶴も「推定無罪」となって逃げきれる。

だが和也は「千鶴が皆に非難されるようなことだけはしたくない」と強く思っていたので「俺も千鶴に騙された被害者」みたいな形で逃げる道は選ばなかった。「千鶴がレンタル彼女をやっていたことは自分は知っていた」と回答して、千鶴と「共犯関係」であることは認めつつ「自分が皆に重大な嘘などつくはずがない」という自分に対する信用を利用して、「千鶴もそんなに重大な嘘を隠してなどいない」という体で逃げ切ろうとした。

ところが、ここで和也の父親の和男が「千鶴がレンタル彼女であった」という事実を知ったことによって1つ重大なことを思い出してしまった。それは「以前に和也がアパートで千鶴に金を渡している現場を見てしまった」ということであった。そのことについて和男は「和也が千鶴さんに金でも借りていたのだろう」と考えて、和也に小遣いを渡して「今後はそんなことはするな」と叱った。その時、和也は憮然として何も事情を説明しなかったので和男は「和也もよほど決まりが悪いのだろう」と気遣い、妻にも母にも内緒にしておいた。

しかし和男はあの時に和也が詳しい事情を何も説明しなかったのは「説明しなかった」のではなく「説明できなかった」のではないかと今になって気付いた。それは「千鶴がレンタル彼女であり、そのことを和也も知っていた」ということが判明したからであった。「それならば、あの金は和也が千鶴さんをレンタルした料金だったからではないか」と和男は気付いたのだ。それならば和也があの金が何だったのか結局何ら説明しなかったのも辻褄が合う。

実際、和也はあの時千鶴にレンタル料金を渡していたのを父親にたまたま目撃されて、それを父親が勝手に「借金返済」と誤解してくれたのだから「うん、借金してたんだ」と調子を合わせて嘘の説明をしてしまえば良かったはずです。だが、父親に嘘をつくのが嫌で言葉を濁してしまっていた。そういう変な「誠実さ」が裏目に出てしまい、ここで和也は「本当はあれはレンタル料金を渡していたんじゃないのか?」と疑われる羽目になってしまった。

ただ、それはまだ「疑惑」でしかない。ここで確定していることは「千鶴がレンタル彼女をやっていたこと」と「和也もそれは知っていた」と「2人で共謀して周囲にそれを隠していたこと」です。これだけならば「和也は理解のある彼氏に過ぎない」とも十分に解釈できる。そして、あの金はそういう事情とは無関係な「借金のやりとり」であった可能性も十分にある。ただ「借金のやりとり」だと思ったのは和男の思い込みでしかなく、和也は「借金のやりとり」だったとは一言も言っていない。「どうして何のための金だったのか説明しないのか?」と考えると「レンタル料金だったから説明出来なかったのではないか?」という疑惑はどうしても消えない。もしそうだとすると話は全く違ってくる。「千鶴がレンタル彼女をやっていたこと」と「和也もそれは知っていた」と「2人で共謀して周囲にそれを隠していたこと」から導き出される解答は「和也が千鶴をレンタルして、本物の彼女だと偽って2人で皆を騙していた」ということになる。

但し、これはあくまで和男の抱いた「疑惑」であり、何の証拠も無い。あの金は単に「借金のやりとり」だったのであり、和也はただの「理解ある彼氏」だったという可能性だって十分にある。和男の話を聞いても、真っ青になった和也や千鶴を囲んだ皆はまだその結論を出すことが出来ずに黙って立ち尽くした。しかし、そうした「まだ真実が明らかでない状況」において、ただ1人、麻美だけが勝手に観念して「真実」を白状し始めてしまう。

まるで和男の突きつけた(不完全な)疑惑にもう言い逃れできなくなったかのように声を震わせて「ごめん、2人とも」「私、もう隠していられない」と口走る。まるで「和也と千鶴に口止めされていたけど、もうこれ以上嘘はつけなくなった」とでも言わんばかりであり、この麻美の言葉を聞いて和男も晴美も「やはり和也が千鶴さんをレンタルしていたのであり、2人は偽物の恋人同士だったのか」と思う。実際そうなのだから、こんなふうに疑念が強くなってしまっては、和也も千鶴ももう言い逃れのしようもない。和也ももうすっかり観念してしまった。

だが、ここでこれまでずっと黙っていた和が皆を制止して、和也に「千鶴さんはレンタル彼女なのか?」「おぬしの彼女ではないのか?」「おぬしの口から聞きたい」と、和也からの説明を求めた。和也はこんな展開になったら当然ながら和はヒステリックになると思って恐れていたのだが、和は意外なことにやけに冷静であった。さっきから「隠し事」について告白しているのは麻美だけであり、当の本人である和也と千鶴はほとんど何も説明していないことに和は気付いていた。和は和也本人から真実を説明すべきだと思ったのである。

しかし和也はその落ち着き払った和の態度に逆にビビってしまって何も言えなかった。実際のところ、何の弁解のしようもないほど明確に和也と千鶴が皆を騙していたのであり、そんな最悪の告白をそんな改まった形で求められても、まるで公開処刑ののようなものであり、あまりに怖くて喋れなくなってしまう。和也は黙って立ち尽くすしか出来なかった。そして、それが明確に「その通りです」と認めた証となってしまった。和も和也がそういうふうに「沈黙」という形で罪を認めるという結末も十分に予想はしていたので、それをそのまま受け止める。

和は大して怒りも湧いてはこなかった。もともと千鶴は和也には不釣り合いなほどのよく出来た女性だと思っていたので、何処か不自然さは感じていた。まさか「レンタル彼女」などというものだとは予想もしていなかったが、千鶴が本当に和也を愛しているのかどうかについては和も懐疑的であった。何か複雑な事情があるのではないかと疑ってはいた。そういう疑念が最近はさすがに薄らいではいたが、結局そこに戻っただけのこと。「自分の当初の直感の方が当たっていた」「それだけのことだ」と和は冷静に事態を受け入れた。

おそらく不肖の孫がレンタル彼女で千鶴さんと知り合い、見栄を張って「彼女だ」などと紹介し、たまたま千鶴さんが小百合さんの孫であったこともあって話がややこしくなり、真実を告白できなくなりズルズルと続いたのであろう。更に小百合さんが亡くなったりしたのでますます嘘だったと言いづらくなったのであろう。そういう事情が和にも察しはついた。それで和は「そうか」「そうか」と何度も呟き、和也と千鶴の過ちを受け入れてやろうと頭の中を整理していった。

しかし和也の方はそうした和のあまりに冷静な態度を見て、逆に不気味に思えた。怒りが頂点に達して逆に冷静になってしまっているように思えて、とんでもない罰が下されることに恐怖した。それでも、せめて千鶴だけは守らなければいけないと思い、まず土下座してひたすら謝って、それから「全て自分が悪かったのであって、千鶴は何も悪くない」と弁解しようと考えた。それは別に嘘を言うわけではない。実際に全ては自分が見栄を張ったことから始まったのであり、千鶴は巻き込まれただけなのだというのが和也の認識している真実だった。その真実を説明すればいいのだ。

だが、そうやって和也が土下座しようとする寸前、麻美がいきなり「ごめんなさい!千鶴さん!私の不注意で!」と泣き出し「黙ってろって言われてたのに!」ととんでもないことを言いだす。麻美は「千鶴との約束を破って秘密を喋ってしまった罪を千鶴に向かって懺悔する」という形をとって巧妙に千鶴を糾弾したのです。麻美の発言の趣旨は「千鶴に頼まれたから秘密は守りたかった」「でも罪の意識に負けてしまった」という感じです。だが麻美が本当に一同に伝えたかったのは、その「罪」の中身の方だ。その「罪」とは、麻美と千鶴の隠していた「罪」だが、麻美は自分がその「罪」を懺悔するという形で、実質的には千鶴の犯した「罪」を延々とあげつらった。

その「罪」とは、まず「千鶴が和也から金を搾取していたこと」「千鶴が結婚する気も無いのに木ノ下家の指輪まで奪っていたこと」「麻美がそういうことを止めるよう何度も説得しても千鶴は聞く耳を持たなかったこと」「千鶴はレンタル彼女はそういう仕事だからと正当化して何でも許されると思っていたこと」などであった。そして、そうした千鶴を止めることも出来ず、言いくるめられて秘密を木ノ下家の人たちに隠していた自分も共犯であったということを麻美は反省してみせるのだが、こんなものは実質的には千鶴を「悪女」だと糾弾しているのと同じことであった。

千鶴がそんな人間ではないと知っている和也も瑠夏も栗林もこの麻美の言葉を聞いて驚愕する。また千鶴もついさっきまで「全て和也が悪かったことにすればいい」「私は千鶴さんを救いたい」とか言っていた麻美がそんな正反対なことを言いだすとは予想もしていなかったので仰天する。一方で木ノ下家の3人も違った意味で驚愕する。「千鶴がレンタル彼女であり、和也が千鶴をレンタルして本物の彼女だと嘘をついていた」ということが分かった時点で3人とも何となく「ああ、和也が見栄を張って嘘をついていたんだな」「レンタル彼女の千鶴さんは巻き込まれたんだな」と察していた。ところがいきなり麻美が言い出したことは、そういう予想を大きく覆すものだったからです。これではまるで千鶴が悪意をもって木ノ下家をカモにしていたみたいです。

そもそも千鶴はこんな悪意のある話に対して「それは違います」と反論してもいい。和男も晴美もさすがに麻美の言葉をそのまま鵜呑みにするのは躊躇われるという様子であるし、さすがにここまでの悪意に反論すれば、瑠夏や栗林も助け舟は出してくれるでしょう。しかし千鶴は黙って何も反論しない。麻美の言っていることは多少極端ではあるが「当たらずとも遠からず」だったからです。実際に千鶴は和也からかなりの金額を貰っていたし、結婚する気も無いのに指輪も貰っていた。麻美に何度も「嘘を告白しよう」と言われても応じなかった。レンタル彼女の仕事についても正当化はしている。だから麻美の言っていることは決してデタラメではない。自分は確かに罪深い。そう千鶴は思ってしまう。それはもともと嘘の恋愛をしている自分を「どうせ本当の愛情を知らない人間」だと卑下してしまっているからです。そんな自分が木ノ下家の人たちに何を偉そうなことを言う資格があるだろうかと、千鶴は弱気になってしまっている。

一方で麻美は一体どういうつもりでこんなことを言いだしたのかというと、これは千鶴に対する「意趣返し」であった。そもそも麻美は「愛し合っている者を見ると壊したくなる」「恋愛など空虚な嘘だと証明したい」という動機で動いており、そういう意味ではもう既に目的は達成している。和也と千鶴が偽物の恋人同士だとバレた時点でもうおしまいなのです。いや、そもそもこんなことをしなくても既に和也と千鶴はこの関係を終わらせることで合意していたので、麻美はむしろ無駄なことをしたともいえる。だが麻美は千鶴が自分の思惑通りに「自ら愛の虚構を証明するような行動をとらなかった」ということに腹を立てており、その報いを与えてやりたいと思っていた。だからこうして「悪女」として吊し上げに遭うように誘導したのです。これは麻美としてはちょっと欲張っているといえる。既に目的は達成されているのに、勝ちに乗じて勢いに乗っかり、感情に流されて追い打ちをかけている。えてしてこういう行為によって人は足元を掬われるものである。

とにかく、そうして千鶴は「悪女」だと糾弾され、千鶴はそれに対して反論しない。しかし、そういう状況の中で木部だけが他の者たちと異なった反応をする。木部以外はみんな(千鶴が悪女かどうかはともかく)「千鶴がレンタル彼女であり、和也と千鶴が皆を騙していた」という事実に関しては受け入れていたのだが、木部はその事実をまだ受け入れられない様子で、和也に「そんなことはない」と言わせようとする。しかし和也としても今さらそんなことを言える余地も無いので黙り込むしかなく、すると木部はいきなりブチ切れて和也をぶん殴る。

どうして木部がここまで感情的になっているのかというと、それは和との関係性が最も深いからであった。木部は和也の幼馴染であり、和也の祖母の和とは長い付き合いであり、現在でも仕事関係で和也の実家の酒店に出入りしていることから、孫である和也よりも和とは深い関係を築いている。そういうこともあって木部は和也に「和さんには嘘をつくな」と言っていた。だから和也が和にずっと嘘をついていたことが受け入れられないし、とても許せなかったのだ。

しかし、木部の抱えていた想いは単にそれだけではなかった。そもそも木部が和也に「和さんには嘘をつくな」と釘を刺していた背景には切実な想いがあったのだ。ここで木部は初めて「福島旅行の前に和が倒れて入院していた」という和也や千鶴には寝耳に水の事実を明かす。千鶴の祖母の小百合が亡くなってから和は「自分は傷心の千鶴さんに何もしてやれない」と気に病み、遂に体調を崩してしまったのだという。しかし千鶴に心配をかけてはいけないと言って、和は木部に「和也にも自分が倒れたことは秘密にしろ」と釘を刺したそうです。そうした事情を知っていたからこそ木部は和也が何か和に隠し事をしてウジウジ悩んでいるようだと知って「和さんには嘘をつくな」と釘を刺していたのです。ところが和也と千鶴がそんな和や自分の気持ちを踏みにじってずっと和を騙していたのだと知って、木部は到底受け入れられないと思い、腹が立って仕方が無かった。

和也と千鶴も、和がそこまで自分たちのことを大事に想ってくれていたこと、そんな和を裏切ってしまったということに大きなショックを受ける。だが和はなおも和也を殴ろうとする木部を制止し「ワシはいいんじゃ」と毅然とした態度で言う。和もこれまで社会の荒波に揉まれて数多くの修羅場を潜って生きてきた。だから他人に騙されたり裏切られたりすることでいちいち動じたりはしない。騙されたり裏切られたりするのは相手を心の底から信じるからこそです。だから他人を信じた時点で他人に騙されることも覚悟しなければならない。それが社会のルールであり、そうした失敗談を笑い話にして再び前に進む。そういうことを繰り返して和はこれまでの人生を生き抜いてきた。だから今回の件も自分は笑い話に出来る。だから、たとえ命を削って千鶴に尽くした末に裏切られて踏みにじられたとしても、自分は千鶴を恨まない。だが、それは千鶴と自分が所詮は「他人同士」だからなのであり、「家族」の場合は話は別なのだと和は思う。

そうして和は「ワシはいいんじゃ」と言いつつ、千鶴に「でもな千鶴さん、小百合さんは信じておったぞ、貴方を」と言う。和は千鶴の祖母の小百合が決して確信があるわけでもないのに「千鶴と和也が結ばれて幸せになる」と信じていたことを知っている。これは和が千鶴を信じていたケースの「信じる」とは意味合いが違う。和が千鶴を信じたのは所詮は「自分の幸せのため」「自分の孫の幸せのため」であり「千鶴の幸せのため」ではない。だから千鶴に裏切られても仕方ないと思える。しかし小百合が千鶴を信じたのはひとえに「孫である千鶴の幸せを願うから」であった。この「自分の幸せを願ってくれる肉親の愛情や信頼」を裏切るということはあってはならないし、それが裏切られるということは、小百合の親友として自分も看過は出来ないと、和は千鶴に言い放つ。その上で和は千鶴に「願わくば誤解であると信じたい」「釈明の道理はあるか?」と尋ねる。

千鶴が小百合の信頼を裏切っていたということだけは否定してほしい。そう願っての和の問いかけであった。小百合が亡くなる最期の時まで心から千鶴の幸せを願っていたことは千鶴は分かっていたはず。その上でなお麻美の言うように邪な目的で和也や木ノ下家から搾取していたのだとすれば、それは小百合の信頼に対する裏切りであり、それは看過できない。それだけは「違う」と言ってほしい。和はそう願っていたのだが、千鶴は違うことを思考していた。

千鶴も小百合が自分と和也が幸せに結ばれることを信じてくれていたことは知っていた。千鶴自身、和也のことを好きであった。でも千鶴は結局は小百合が期待するほどには和也への自分の想いを信じ切ることが出来なかった。信じ切ることが出来ていれば、それまでの全ての嘘を告白した上で「それでも彼が好き」「彼と幸せになる」「だから赦してほしい」と言えたはず。でも、その勇気が無くて結局はズルズルと嘘を引っ張ったまま小百合を逝かせてしまった。そんな自分が「私は祖母の信頼を裏切っていません」などと釈明できる道理があるわけがない。そう思って千鶴は黙り込み、涙ぐむしかなかった。

そして、それを見ていた和也もまた別のことを考えていた。千鶴が和の問いかけに答えることが出来ず黙り込んでしまったのは「結局は最期まで小百合祖母さんに嘘をついたまま逝かせてしまったという負い目があるからなのだ」と和也は考えたのだ。「嘘をついていたのは事実なのだから、裏切っていないと釈明など出来るはずがない」と和也は絶望した。だが、和也はその瞬間、千鶴が小百合の臨終の時の話をしていたのを思い出した。それは「臨終前に真実を言おうとしたら、どっちでもいいと言われてしまって、つい言いそびれてしまった」という話であった。そのことを思い出した和也は「確かに嘘をついたまま逝かせてしまったけど、千鶴は悩んで苦しんで、ほんのちょっとだけ言いそびれただけなんだ」と思い、そんな千鶴が悪女のように責められるべきではないと思えた。そうして和也は、千鶴が何も答えないので「千鶴さんは自分の肉親すら裏切っていたのか」と絶望して立ち去ろうとする和の背中に向かって「違うよ」「水原はそんな子じゃない」と喋り始める。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

2026年春アニメのうち、4月23日深夜に録画して4月24日に視聴した作品は以下の4タイトルでした。

 

 

氷の城壁

第4話を観ました。

今回は美姫が湊に「小雪のこと、どう思ってるの?」と尋ねたところから始まります。すると湊は「見かけるたびにずっと1人で、可哀想だと思ってた」と答える。それを聞いて美姫は「それは傲慢」だと指摘する。勝手に可哀想だと決めつけて、自分に依存させようとして近づくのは傲慢な考え方であり、そんな考えで小雪に近づかないでほしいと、美姫は湊に釘を刺す。美姫自身が中学の進学塾の時に湊にそんな理由で近づいてこられたと後で知ってショックだったからです。

しかし湊は「可哀想だと思ったのは最初だけ」だと言う。今は湊は小雪が1人ぼっちだとは思っていない。湊に依存しているとも思っていない。むしろ湊は距離を置かれており、小雪は独自に陽太と仲良くしている。だから湊はもう小雪に同情したり依存させたいと思ったりはしていない。「今は違う興味」だと湊は美姫に言う。それでも美姫は湊が小雪に変な接し方をしないようにと、まだ警戒を解かない。そして美姫は「私はもう小雪を傷つけたくない」と言う。「傷ついてほしくない」ではなく「傷つけたくない」というのがどうも引っかかる。それを聞いて湊は「もしかして氷川さんってあのバスケ部の子?」と美姫に尋ねて、美姫は過敏な反応を示します。どうも中学の頃にバスケ部で小雪の身に何かがあって、それに美姫も関わっていて、そのことを美姫は以前に小雪の名前は伏せて湊に話したことがあるみたいです。

また湊は自分が中学の進学塾で同情して美姫に声をかけたことで美姫を傷つけていたことにも気付き、美姫に謝ります。そして「友達になってからは同情なんてしてなかった」とも弁解します。湊は美姫や陽太と遊んで本当に楽しくて、だから美姫のそんな想いにも気付くことも出来なかった。そのことを湊は心から謝罪します。それを聞いて、美姫は涙が溢れてきて「私も楽しかった」「これからもよろしく」と湊と仲直りします。それで美姫は「湊と対等な友達になりたかった」という自分の本心に気付く。対等な友達でありたかったからこそ「同情されていた」というのがショックだったのであり、基本的には湊のことが好きだし、これからもずっと友達を続けたいのだ。

その後、教室に戻って美姫と湊は何事も無かったかのように振る舞うが、美姫の目元に泣いた痕があったので小雪も陽太も「美姫と湊の間に何かあったのではないか?」と思う。特に小雪は「美姫は湊を好き」と誤解しているため、帰りの電車で美姫と2人になった際に「雨宮君と何かあったの?」と尋ねる。美姫は関係ない話をしてはぐらかすが、泣く要素の無い話だったので小雪は不自然さを感じます。

そうして期末テストが始まり、途中で小雪と美姫と陽太でランチに行くことになりますが、美姫はまだ湊が小雪を傷つけることを警戒しているので湊を誘わないようにする。だがそのことに気付いて結局湊もついてきて4人でランチを食べることになり、小雪は美姫と湊が普通に仲良くしているように見えて、あれこれ心配していたのは自分の誤解だったのかと安堵する。一方で湊は小雪が寂しくないようにと気遣った積極的に話しかけ、小雪の内面に踏み込むような質問を連発するので美姫はハラハラします。小雪も別に湊のことが嫌なわけではないのだが、自分の内面を他人に話すことにはストレスを感じる。それは中学時代の嫌な思い出に起因するものであった。自分の内面を知られて自分を否定されることを小雪は恐れている。

そうして期末テストが終わり、小雪は身体がしんどくなって保健室で休んでいたが、サッカー部の西高との合同練習で小雪と中学時代のクラスメイトで因縁のある五十嵐が来て、湊と会話している場面を小雪は目撃し、湊が自分の話を五十嵐にするんじゃないかと心配になる。小雪は中学時代に五十嵐に内面に踏み込まれた上に否定されてしまい、更に人気者の五十嵐と距離が近かったために小雪はバスケ部でイジメにも遭っていたようだ。

翌朝、小雪が登校すると湊が声をかけてきて「同じ中学の五十嵐に会った」という話をするが、小雪が中学時代の話をされるのを嫌がってると気遣った湊が「中学の話はやめようか」と言うのを聞き、小雪は湊が五十嵐から中学の時の自分の話を聞いたのだと勘違いする。それで小雪は湊が五十嵐と組んで自分の気持ちを探ろうとしているのかと思い、「なんで人のこと探ったりすんの?」「理解できない」「気持ち悪い」と言ってしまう。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

Dr.STONE SCIENCE FUTURE 第3クール

第28話を観ました。

今回はまず冒頭では羽京や大樹たちのチームが南米のアラシャから北米のコーンシティまで行く様子が描かれます。ペルセウス号は千空たち「素材集めチーム」が乗っていってしまいましたから、コーンシティに行くチームはどうするのかと思っていたのですが、ゼノが新たに小型艇を作ってくれたみたいです。その名は多機能船「デメテル号」といいます。ゼノが以前に作り上げて千空たちが強奪して北米から南米に行くために利用した小型艇の後継機的な扱いですが、以前の小型艇は木炭を燃やしてタービンを回していました。しかしこのデメテル号はおそらくニューペルセウス号と同様にゼノが製作途上のジェットエンジンが使用されていると思われ、以前の小型艇よりも格段に速度は速いみたいです。

ちなみに「ペルセウス」がギリシャ神話の英雄の名前であり、様々な魔術具を駆使した英雄神の名を冠していることから、いかにも千空たちの資材集めやクラフトワークにピッタリの命名であるのと同じく、「デメテル」もギリシャ神話の豊穣神の名前を冠していますので、人類全てを復活させるために莫大なコーンの収穫を目指すコーンシティ復活の使者としての船の名に相応しい命名といえるでしょう。

そういうわけで早々にコーンシティに到着した羽京や大樹たちはコーンシティで石化していた仲間達を復活液で復活させます。この4期の第2クール終盤で千空たち科学王国とゼノ率いるアメリカチームとの最終決戦時、コーンシティでメデューサを起動させて一旦地球全体を石化光線で包むという大逆転の秘策で千空たちは勝利したわけですが、当然ながらコーンシティにいた科学王国の面々もアメリカチームの面々も全員が石化して8年が経過していた。

羽京たちはまず科学王国のメンバーを復活させ、続いてアメリカチームのメンバーも復活させた。もともとコーンシティは平和特区という形にしていて両陣営は共存していたのだが、南米での千空たちとスタンリーたちとの激突のあおりを食ってコーンシティでも衝突が勃発して戦闘の挙句に両陣営とも全員が石化するという結末となっていた。だからもともと憎しみ合っていたというわけではなく、復活後にアメリカチームのメンバーにはゼノからの指示書を見せ、「千空とゼノが手を組んだこと」「ホワイマンという敵が人類を再び石化する前にそれを止めるために月面を目指すことになった」という方針を伝えると、以前と同じくコーンシティでは人類総復活を見据えてイエローデントの栽培を進めることとなった。

更にコーンシティ組にはインドにいる千空たちからトンデモないクラフトワークの計画が持ちかけられる。それが前回のラストでぶち上げられた「ストーンワールドにコンピューターを作る」という計画です。ここから千空による「コンピューター」というものについての解説が始まりますが、そもそも「コンピューター」というものを網羅的に解説するとトンデモなく難しくなり、トンデモなく労力もかかるので、ごくごく端的にしか触れないことにします。

まずコンピューターの基本構造は「半加算器」の集合体ということになります。「半加算器」というのは「2つのビットを足し算するための論理回路」であり、「ビット」というのは「0」か「1」か、「ON」か「OFF」かという二択の世界となっており、要するに「半加算器」は「0+0」「0+1」「1+0」「1+1」のそれぞれの場合の結果を出力する回路なのですが、その出力される結果は2つあり、1つは「和」であり、これは「足し算の結果の1の位の数値」、もう1つが「桁上がり」であり、これは「足し算の結果繰り上がりが発生したかどうか」です。

これについて千空は「0+0=0」「0+1=1」「1+0=1」「1+1=2」というように簡略化して説明していたが、ここで千空が示している4つの「結果」のうち「0」は出力が無い状態であり、「1」が「和」であり、「2」が「桁上がり」ということになる。ここで千空は半加算器が1つだけの場合の話をしているので「桁上がり」という概念をあえて説明していないが、「半加算器」をたくさん繋げてより複雑な計算が出来るようにした場合には「桁上がり」という概念は必要となってくる。

まぁ要するに「半加算器」とは、2つのビットの入力信号から「和」と「桁上がり」という2つの結果を同時に出力する回路というわけです。そして、この「半加算器」を大量に繋げることによって高度な演算が可能となり、それが「コンピューター」というものになるわけです。ここで重要なのは、この「半加算器」というものは非常にシンプルな構造をしているため、どの「半加算器」も1つ1つに性能の差は無いということです。それならばコンピューターの優劣を分けるのは何なのかというと、それは「どれだけ多くの半加算器を繋げることが出来るか」という点と「それらの大量の半加算器をいかに迅速に動かすことが出来るか」にかかっているといえます。

まず迅速に動かすためには「電動」でなければならない。また、「半加算器」には「2つのビット」が不可欠なのだが、これはつまり「0か1か」「ONかOFFか」という2つの信号を両方発することが出来る物体が必要だということです。複雑な機械仕掛けでそんな品物を作り出すことはもちろん可能だが、コンピューターの基本単位として大量に常時稼働させる物体ですから、出来るだけシンプルな構造であり、なおかつ出来るだけ小型である必要がある。そして電動で操作、つまり「0と1」「ONとOFF」の切り替えが出来るものでなければならない。そこで注目されたのが「半導体」なのです。

半導体とは、電気を通す金属などの「導体」と、電気を通さないゴムなどの「絶縁体」の中間の性質を持つ物体であり、それゆえ「半導体」という。この特性を利用して「電気が通る=ON=1」「電気が通らない=OFF=0」というふうに「ビット」の役割を果たさせるのです。但し、その「0と1」「ONとOFF」の切り替えを完全にコントロール出来なければ実用には耐えないのであり、そのように「半導体をコントロールする技術」の開発にかなりの年数を要した。これが千空が「無理ゲー」と言っていた難技術であり、少なくともあと5年はかかるというやつです。

しかし今回のエピソードで千空は半導体の代替として「パラメトロン」というものを使うことを提案する。「パラメトロン」というのは戦後間もなくの日本で発明され実用化もされていたものであり、当時は既に半導体を使ったコンピューターは存在していたが、日本ではコンピューターの研究や開発に使える予算が少なかったため、高価な半導体の代わりに使えるものとしてこの「パラメトロン」が発明されたのだ。

銅と亜鉛を混ぜて焼いた金属製のドーナツ状円環に電線を巻き付けたものなのだが、これがどうして半導体のように「ビット」として使えるか、その科学的根拠はもちろんあるのだが、あまりに話が難しくなるので割愛します。とにかくこのパラメトロンは安価でシンプルな構造で、半導体のように高度な調整も必要ないのでストーンワールドでも大量に作れて、すぐに実用化することが出来るのです。

しかし20世紀の世界ではパラメトロンは日本国内限定のニッチな技術で終わってしまい、コンピュータの「ビット」は半導体は使われるようになった。それはどうしてなのかというと、半導体の方が性能が高いからです。「半加算器」1つ1つの性能に関して言えば、半導体をビットとして使っても、パラメトロンをビットとして使っても大差はありません。但し、パラメトロンは指先ほどの大きさで半導体よりも大きいので、どうしてもパラメトロンを使った半加算器は半導体を使った半加算器よりも大型になる。

言い換えると、同じスペースにコンピューターを作る場合、半導体タイプの方がより多くの半加算器を繋げることが出来るので、より高性能なコンピューターになるのです。だから20世紀の世界ではパラメトロンは主流になることはなく、半導体が主流になった。しかし、それは20世紀の消費社会においてコンピューターを商品として売るという前提での話です。このストーンワールドで単に月にロケットを飛ばすというだけの用途でコンピューターを使うのならば、膨大な土地にパラメトロン型の半加算器を大量に繋げて巨大なスーパーコンピューターを設置しても別にいいのです。

また、パラメトロンはごく単純な構造ではあるが一応は製造物であったので、物体そのものにビットとしての性能が備わっている半導体に比べれば故障リスクも高く、そういう点でも20世紀の商品としては欠点が多かったのだが、そうした故障リスクに関しても、月面にロケットを1回飛ばすだけという限定した用途なのだと考えれば、ほとんど無視してもいいリスクといえるでしょう。このように千空たちの考えている「月面に1回ロケットを飛ばす」という用途を考えると、十分にパラメトロンを使ったコンピューターでも差支えは無いのだといえます。

ただ、前回のエピソードでSAIがマシン語を使ってプログラムが出来るということを知るまでは、千空は「半導体が無理ゲーだからコンピューターは作れない」と決めつけていた。しかしSAIがマシン語を使ってプログラムが出来ると分かった途端に「コンピューターを作る」と言い出した。それはつまり「マシン語でプログラムが出来るのなら半導体ではなくパラメトロンでコンピューターを作れる」と千空が考えたということを意味する。言い換えると「高級言語でプログラムするのなら半導体は必須」ということになる。このあたりは詳しくないのでハッキリしたことは言えないが、おそらく高級言語をマシン語に翻訳するソフトを動かすためにはかなりの高性能が必要なので、パラメトロンでは無理ということなのでしょう。マシン語というのは要するに「各ビットが0か1のどちらの信号を発するかを直接指示する言語」なのであり、効率が良いのだと思われ、「プログラムをコンピューターが理解するための演算」というものを省略できるので、マシン語でプログラムすればパラメトロン型の低性能コンピューターでも半導体型の高性能コンピューターと遜色ないパフォーマンスが可能となるのでしょうね。

そういうわけで、まずは千空はコーンシティに指示して金属ドーナツの大量生産機械を作らせる。その上でパラメトロンの材料となる金属ドーナツを20万個製造する。そして、その20万個の金属ドーナツに電線をグルグル巻いていくという気の遠くなる手作業をコーンシティのメンバーに託したのであった。もちろん現在のメンバーだけでは圧倒的に人手が足りないのだから、コーンシティで復活液を作っていき、たくさんの人間を復活させ、それらの人たちにもパラメトロン作りを手伝ってもらうのだ。また、そうして出来上がる20万個のパラメトロンをどう繋ぐかの「回路図」はSAIが作る。

また、そうした複雑な回路図をインドにいるSAIからコーンシティまでどうやって届けるかだが、それについてはゼノが考案したファックスで送ることになった。以前に千空たちが簡易的にやっていたあの人力ドイヒーFAXではなく、今度のゼノ考案のやつは本当にちゃんとしたファックスであり、無線通信で写真も送れる代物であった。これでコンピューター作りに関してはひとまず全部コーンシティに作業を任せることが出来るようになり、千空たち素材調達チームはインドを出発して次の目的地に向かうということになった。

ところが龍水がSAIに一緒に来るようにと言うと、SAIは龍水とは一緒に行かないと言い出す。SAIとしてはコンピューターの回路図の作業に集中するためにインドに残るつもりだったようですが、龍水は今後の旅においても数学の知識も必要になるかもしれないと言い、SAIにも一緒に来るよう求めたのだ。しかし石化前もずっと七海家や龍水に振り回されてウンザリしていたSAIは龍水と一緒に行くと、また龍水の都合で振り回されてこき使われると警戒して拒否する。

しかしコーンシティからファックスの試験運用で送信してきた科学王国とアメリカチームが合同で撮った集合写真を見て、皆が歓声を挙げる中、龍水とSAIの七海兄弟だけが沈んだ表情をしていたのに気付いたゲンとチェルシーがSAIに事情を聞きに行ったところ、実は七海財閥の中で龍水とSAIだけが他の兄弟と母親が違っており、いつも集合写真からも除外されていたのだということをSAIは打ち明ける。

ただSAIは財閥で都合のいい道具になるべく育てられたのに対して、龍水は何でも欲しがり、誰の支配も受けず、むしろ他人を利用しまくるようになった。そうしてSAIも龍水にさんざん数学知識を利用されてこき使われるようになって、それで自分は龍水が嫌になってしまったのだとSAIは言う。しかしゲンとチェルシーは龍水という人間をよく理解していたので、そのSAIの話を聞いてしんみりしてしまう。

ゲンとチェルシーは「何でも欲しがり」の龍水がただ「本当の兄弟」も欲しくて、それで何でもSAIと一緒にやりたかっただけなのだと理解できたのです。自分と同じように財閥の除け者にされているたった2人の同じ立場の兄弟であるSAIだけを龍水は「本当の兄弟」だと思い、どうしても自分の兄弟として繋ぎとめるために、何をやる時でも「お前の数学知識が必要だ」などと言って無理に口実を作ってでもSAIと一緒にいたかったのだろうと。

「龍水はそんな人間じゃない」と反論するSAIに対してゲンは龍水がSAIに「何かやれ」って言っていたかと尋ねる。するとSAIは確かに子供の頃から龍水は一貫して「これをやれ」「あれをやれ」などと言ったことは一度も無かったということに気付く。いつも態度は偉そうではあったが、龍水は決してSAIに何かを命令して無理強いしようとはしていなかった。いつも「一緒にやるぞ」とばかり言っていた。それでSAIも龍水が本当はただ単に自分と一緒にいたかっただけなのだと気付く。そうした龍水の気持ちを知り、SAIも龍水と共にペルセウス号に乗ってインドを旅立ち次の目的地に向かうことにしたのでした。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

霧尾ファンクラブ

第4話を観ました。

今回はまず藍美の様子がおかしいのでどうしたのかと波が聞くと、霧尾と連絡先を交換したのが原因だという。霧尾が藍美の連絡先を知っている状態で霧尾からメッセージが送られてきていないのは「フラれた」ということなのだと藍美は言うのだ。しかし波が霧尾は連絡先を知ってもメッセを送ろうかどうしようか迷ってる今の藍美と同じ状態なのだと指摘すると、藍美は霧尾と「両想い」だと喜ぶ。そこで波が霧尾にメッセを送ると霧尾から返信があり、霧尾が大福野郎という変なスタンプを使っていたので藍美もそのスタンプを購入して送ったところ、そのスタンプは霧尾の従兄が作ったものだとのことで、藍美はストーカーだと思われてしまうと思い落ち込む。しかし霧尾の従兄のスタンプのページは8万人もフォロワーがいたので藍美は安堵する。

そこで藍美たちは次の段階に進むべきだと考えて化学室に行き、満田に「霧尾と両想いになる呪い」の方法を教えてもらうことにした。その方法とは消しゴムに自分の願いを書いて、その消しゴムを誰にも見られずに使い切れば願いが叶うというものであった。藍美も波もさっそく実践しますが、満田は藍美が席を外した時、波に「人を好きになれない自分のような人間のことを想像もせず、鈍感に人を無条件で信じて好きでいられるのが羨ましい」と藍美や波が無条件に霧尾を好きでいられることへの劣等感を伝える。

それに対して波は「好きな人が居るお蔭で幸せだとは思わない」と言う。霧尾のおかげではなく、自分たちが望んで生み出したから今のこの時間を大切に想えるのだと言う波が消しゴムに書いた文字は「今がずっと続きますように」というものであった。波は霧尾と両想いになりたいのではなく、藍美と一緒に霧尾を追いかけている今のこの時間を大切にしたいと思っているのであり、それを幸せだと思っているのだ。その波の言葉を聞いて満田の心は動かされる。満田が消しゴムに書いていた願いは「友達がほしい」であったのだ。満田は「友達がいないから自分は不幸だ」と考えるのをやめて「友達が欲しいと思えている今の自分を幸福だと思うことにしよう」と考え直すのであった。

後日、図書室で2人で勉強している時、消しゴムを落として拾おうとして机に頭をぶつけた藍美を見て波は「霧尾くんと同じだ」とウケる。藍美が言っていた「霧尾くんを好きになったきっかけ」の話と同じだったからです。しかし藍美は実はそのきっかけの話は嘘だったので焦ってしまう。ここで藍美は1人で下校し、その途中で自分の消しゴムを見つめながら霧尾を好きになった本当のきっかけを回想する。消しゴムに書かれた文字は「霧尾くんの笑顔とり戻したい」であった。

藍美は中学の卒業式の日にたまたま入院していた祖父の見舞いに行き、病院の他の病室で「のぞみ」という名の誰かの看病に来ていた霧尾をたまたま見かけて、そのずっと大笑いしている笑顔があまりに素敵だったので一目ぼれした。そして高校の入学式の時に霧尾の姿を発見して「霧尾くん」という名前も知り、病院で話しかけようとしたのだが、その「のぞみ」という人が死んでしまったみたいで、霧尾は泣き崩れていて藍美は声をかけられなかった。その日以降、学校で霧尾を見かけても以前のような笑顔は無くなっていた。それで藍美は霧尾の彼女になって自分が霧尾の笑顔を取り戻したいと心に決めたのでした。あの「涙なめなめソング」の「私だけは絶対、君をどんな時だって笑顔にできる」という歌詞もそういう想いが込められたものだった。そういう衝撃の事実が分かったところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

姫騎士は蛮族の嫁

第3話を観ました。

今回はセラフィーナが蛮族の族長たちと会うことになり、ヴェーオルとツェツィと共に蛮族の一番の大集落に出かけていく。しかし途中で蛮族の戦士たちが出迎えて戦うよう求められる。セラフィーナは戦場での遺恨ゆえの敵討ちを求めているのだろうと思うが、よくよく話を聞いてみると彼らは遺恨は無く、ただセラフィーナを強者と見込んで模擬戦を所望しているだけであった。そして彼らは戦場においてヴェーオルとの一騎打ちで魅せたセラフィーナの武勇を賞賛してくれた。

その後、ヴェーオルは湯を焚いている家を見つけて、セラフィーナを風呂に入れてくれるようにと頼み、ツェツィをお供につけて自分は族長たちに挨拶に行った。そうしてセラフィーナはその家の女や子供たちと風呂に入る前にお茶を飲んで少し話すが、どうやら未亡人たちが集まって暮らしていることが分かった。セラフィーナの率いていたイルドレン王国との戦争で命を落とした戦士たちの未亡人や戦争遺児のようであった。

セラフィーナはこれまで祖国のために必要な征伐と思ってきたが、そのために蛮族の人々に苦しみを与えていることに思い至り、未亡人たちに「自分を恨んでくれていい」と言う。だが未亡人たちは恨みに思うということは無いという。蛮族の地の過酷な環境下では男たちは戦争が無かったとしても竜を狩ったりする中でいずれは命を落とすことになる。そういう運命なのだからいちいち恨みに思ったりはせず日々の暮らしに感謝して生きるのだという。それを聞いてセラフィーナは蛮族には自分たちとは違う文化が存在することを知るのであった。

そこに突然に野生の竜が襲ってきて、セラフィーナは捕虜なので帯剣していなかったが蛮族の女たちを逃がすために囮となって戦い、侵略の罪滅ぼしをして騎士らしく死ねると覚悟を決める。だが最期の瞬間、ヴェーオルが飛び込んできて竜を倒し、セラフィーナに女たちを守ってくれた感謝を伝え、セラフィーナが無事であったことを喜んでくれて、セラフィーナは涙が溢れて止まらなくなる。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

2026年春アニメのうち、4月22日深夜に録画して4月23日に視聴した作品は以下の2タイトルでした。

 

 

逃がした魚は大きかったが釣りあげた魚が大きすぎた件

第4話を観ました。

今回はミミが王妃様とお茶会をしているといきなり矢が飛んできて大騒ぎになった場面の続きから始まりますが、結局犯人はよく分からない。王妃様を狙ったと思われるが不審な点もあるとか。ミミが狙われた可能性もある。ミミはお茶会の前から妙な視線を感じていた。ただ、その視線の主はイレネオ・マルケイかもしれない。マルケイ公爵家の令息でレナートの従兄にあたり、30代前半の女好きでミミに興味を示している。前回のラストで登場したが、今回もミミと絡んでおり、実は既にミミとは何度か会ってるみたいで、ミミに手を出そうとしてレナートに叱られたりもしてるらしい。

このあたりの描写が省略されていることから、どうも原作の物語を巻き気味にして爆速で話を進めているっぽい。おそらくクール後半でどうしても描きたい展開があるのでしょう。とにかくイレネオはミミにちょっかいをかけており、矢を撃ってきた犯人とは無関係に単にミミをストーキングしていたのかもしれない。ただイレネオがイタズラで矢を撃ってきた可能性もあるので、何とも言いようがない。この事件そのものが今回のエピソード内でスルーされてるようにも見えるので、このまま適当に流されるという可能性もゼロではなさそうです。

今回はとにかくミミが事件の後、イレネオを適当にあしらったり、事件があったので気をつけるようにと言われたり護衛が厳重になったりするが、予定通りにムーロ王国への里帰りの計画も進む。ミミは刺客が来ても返り討ち出来るように鍛錬も欠かさず、学園生活の中でも警戒もする。そんな中でロザリアやイレネオと絡んだりもする。忙しくて居眠りしてライモンドに説教されたりもする。レナートもミミを心配するが、ミミは大丈夫だと言い、子供の頃の話をします。ミミの生家であるアンノバッツィ家は武道の家柄でミミはその後継者として育てられ、今は後継者ではないのだが、子供の頃に教えられた「アンノヴァッツィ家の武術は大切な人を守るためにある」という教えは今でもミミの中で変わらないのだという。今はミミにとって大切な守るべきものはレナートやルビーニ王国の人々も含まれている。だから、そのためならいくらでも頑張ることは出来る。

ただ、ミミの父は弟のテオが産まれてミミを後継者から外して嫁入り修業させたことでミミに対して引け目を感じているらしくてちょっと関係がギクシャクしているようです。今回の里帰りでその関係修復もしたいところですが、ムーロ王国に行くルートの途中では山賊も出るらしい。そんな中、遂にミミが里帰りに出発するところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

オタクに優しいギャルはいない!?

第3話を観ました。

今回は卓也が伊地知と天音の両方から遊びに誘われて日時がバッティングしてしまい困ってしまうところから始まり、結局は同じ場所で待ち合わせすることにして現地で相談して3人で遊ぼうということにしようとするが、伊地知の提案で「1時間ずつ交替でデートする」ということになってしまう。まずは天音と卓也が一緒にアニメイトに行き、その後でお茶をしている時に天音のキラモン好きの妹の話題を卓也が出すと、なんと天音は「実は私、一人っ子なんだよね」と衝撃の告白。もしやオタクであることを隠すためのイマジナリー妹だったのかの思いきや、隣の家の小学生の女の子が天音を姉のように慕ってくるので「妹」と呼んでいるのだという。卓也がその子に会ってみたいと言うと、天音は「うちに来たいの?」とちょっと警戒した反応をするので卓也も焦って変な下心は無いと言い訳します。

続いては伊地知と卓也が2人で遊びますが、1時間しかないので予定していた映画は見ることが出来ず、代わりにスマホの画像アプリを使って伊地知が卓也を撮りまくったり、2人でカップルダンスを踊って動画を撮ったりする。その後、伊地知は卓也に「好みの女性のタイプ」を聞いたりして、自分も恋愛とか興味無かったけど卓也には興味があるみたいなことを言ったりして、卓也には伝わってなかったみたいですが、どうも伊地知は卓也を意識してるみたいで、それで卓也の画像ばかり撮ってたみたいです。だから今回も3人で遊ぶのではなく、1時間だけでも2人だけで遊びたかったんですね。

続いては中間テストが近づいてきたので3人で図書館で試験勉強することになります。卓也は成績は並み程度で、天音は成績が悪い。意外なことに伊地知は成績優秀で、伊地知が卓也と天音を教えます。しかし伊地知が家の用事で先に帰ったので卓也と天音はキラモンのお絵描きバトルで盛り上がってしまい、続きをやろうということで天音は卓也を自分の家に誘う。親が不在とのことなので卓也は2人きりだと思い意識します。

しかし天音の家に行くと、そこに例の「妹」が現れる。隣の家の子で雨宮紗優という小学3年生だが、紗優は雨音のキラモン好きに付き合っているのは自分の方だと暴露してしまう。どうも天音が卓也が「妹」に会うのを警戒していたのは自分がオタクだとバレるのを警戒していたからみたいです。もともと紗優が小学1年の時に当時中学生だった天音にキラモンを教えたのだそうだが、その後は天音の方がキラモンにハマってしまい、紗優はキラモンは卒業して今は将棋にハマっているらしい。また紗優は卓也を天音の彼氏候補だと思って気に入ってくれた模様。

その後、中間テストは伊地知のおかげで卓也は乗り切り、天音はやっぱり赤点をとった。「一緒にサボったのに」と悔しがる天音を見て、伊地知は天音と卓也が距離を縮まっていると感じてちょっと焦り、卓也に「放課後デートしてこの前見られなかった映画を見たい」と言ってくる。そうして2人で映画館に行くが、伊地知が見たいと思っていた映画の公開は終了しており、卓也の好きな映画でいいと言われたので「ゾンビVSサメ」というクソ映画を見ることになった。「次はウチの好みに付き合ってもらう」と言って伊地知はちゃっかり次の約束もとりつけて、クソ映画で感動もした。

その後ゲーセンに行ったりして楽しく遊び、卓也は伊地知がネイルを今日はし忘れていることに気付いたりして、今まではそんなふうに他人に興味を持つこともなかったのに最近は自分が変われたのは伊地知と天音のおかげだと感謝の気持ちを伝える。一方で伊地知はそんなふうに卓也が自分の些細な変化をちゃんと気付いてくれるのを嬉しく思う。そんな感じで今回のお話は終わり、次回に続きます。

2026年春アニメのうち、4月21日深夜に録画して4月22日に視聴した作品は以下の5タイトルでした。

 

 

左ききのエレン

第3話を観ました。

今回は光一が美大のデザイン学科を卒業して大手広告代理店のデザイナーとして入社してからの下積み時代の苦労話が描かれます。要するにブラック労働ですり減っていくという内容の話みたいです。仕事の中身が描かれないので、天才とか凡人とか関係ない話になってしまってるように見える。じゃあ例えばエレンが光一と同じ立場で同じ会社に入社してたら一気に頂点に昇りつめたりするわけなのかっていうと、そういうわけでもないだろう。そもそも「エレンの天才性」に関する描写自体がフワッとしててピンとこないんだが、百歩譲ってエレンが正真正銘の天才だとして、光一のやってるような大手広告代理店のデザインの案件自体がそうした「真の天才」の才能を受け止めきれるような仕事なのかも怪しいし、その是非すら描写がフワッとしててよく分からない。結局のところ見えてくるのは「ブラック労働の話だな」というだけの話。「クリエイター論」みたいな話には見えない。そもそも大手企業の大きな仕事になるほど多くの人間が関わるから個人の才能を発揮する余地は減っていくものだから、そんなものはクリエイティブではなくなってくる。しかしそういう環境にいる者ほど「クリエイティブ」というものに対するこだわりが変に強かったりする。そういう矛盾が問題の本質を見えにくくしている。こんなのは単なるブラック労働問題でしかない。それをクリエイター論にすり替えるからずっと問題が放置される。まぁそういうリアルな世界の問題はどうでもいいんだが、この作品の場合はそのように論点がすり替わってしまってるので話が見えにくくて、どうもつまらないんですよね。まぁ「リアル」を描いてるんでしょうけど、それが面白くなきゃダメだと思う。「これがリアルだ」と言われて「スゲー」と素直に感動してくれる子供相手なら通用するのかもしれんけど。そういう感じで次回に続きます。

 

 

レプリカだって、恋をする。

第3話を観ました。

今回は夏休みが終わって2学期が始まり、その後すぐにナオが久しぶりに素直によって呼び出されるところから話が始まります。前回のラストでは1学期の終業式の日に秋也と動物園デートをしたナオが帰宅後に素直に非難されて消されてしまい「もう二度と出て来るな」なんて言われてしまったので、もうナオが出てこないんじゃないかと心配もしましたが、それは杞憂だったようです。あれは素直が感情的になって叫んだだけのことであり、実際問題として素直にとってナオはまだ学校生活を送る上で必要であり、それに心底ナオのことが憎いというわけでもないようです。

それでも1ヶ月以上は呼び出されることはなかったわけですが、それは当たり前の話であり、あれから夏休みに入ったので素直はナオを呼び出して自分の代わりに学校に行かせる必要は無かったのです。そして夏休みが終わり2学期が始まったので、また素直はナオを呼び出したというだけのことです。また、前回のラストで素直がナオに対してキレていたのは「ナオが自分の代わりを務めるという本来の使命以外のことを勝手にやっている」ということに対する苛立ちによるものであり、素直の立場に立てば正当ともいえる苛立ちなのですが、それでも今回久しぶりにナオを呼び出した際に素直はナオが動物園に行った時に秋也と一緒に撮った写真を返してくれており、ナオ独自の人生についても一定の尊重は示してくれています。

これについては、やはり素直は自分の分身であるナオに対して一定の愛情や罪悪感は持っており、自分自身の抱える苦しみをぶつけてしまいたいという感情との葛藤があるとか、そういう複雑な感情を抱いているというふうに考えるべきなのでしょうけど、どうもそういう一般論的な解釈だけでもないようにも見えたりする。素直もどうも謎が多いのです。

とにかくそうして2学期が始まって早々、ナオは久しぶりに素直の代わりに学校に行きますが、久しぶりだったので髪をハーフアップにするのを忘れてしまう。ところが秋也が話しかけてきて、ナオは普通に会話に応じてしまい、秋也に髪型がハーフアップになってないことを指摘されてしまう。これはつまり秋也は髪型がハーフアップになっていなくても「話しかけても大丈夫な方の愛川素直である」ということが分かったということなのでしょう。

その理由はアイコンタクトの違いなのでしょう。秋也はいつも登校してくると素直に対して視線を向けるようにしており、目が合うまで視線を逸らさない。髪型がハーフアップになっていなくてもそれは一貫している。ハーフアップになっていない素直の場合は目が合うと不機嫌そうに無視するので、秋也も話しかけようとはしない。しかし最初は必ず視線は向ける。これがどうも謎なのです。「ハーフアップ」を目印にするという話が出る前から秋也は素直に視線を向けていた。以前は秋也の方から素直(ナオ)に話しかけてきたこともある。あれは文芸部に入る前だった。こういうことを考えると、どうも秋也は素直と接点があったようにも思えてくる。しかし素直の記憶を引き継ぐことが出来るナオは「素直は秋也と喋ったことはない」と理解している。このあたりもちょっとよく分からない。

まぁそいういう違和感はあるが、とにかく秋也は今回も登校してきてすぐに素直の方を見て、視線が合って好意的な反応だったので「話しかけて大丈夫な日」なのだと判断して話しかけてきた。その上で「ハーフアップになってない」ということを指摘すると、ナオはハーフアップにすることを忘れていたことに気付き「ごめん、まだ結んでなかった」と言って髪を結ぶ。すると秋也はナオに向かって「愛川じゃないのか?」と問いかける。

ここで秋也はナオが「愛川素直本人ではない」ということに気付いたのです。それは些細な違和感に気付いたからなのでしょう。これまで秋也が把握していたのは「愛川素直は気分が良好で他人に話しかけられても構わないと思った時は髪をハーフアップにしてくる」ということであった。つまり愛川素直は「機嫌が悪くて髪を下ろしたまま」というのが基本形態なのであり「機嫌が良い日だけ髪を結ぶ」ということになる。その愛川素直が「機嫌が良いのに髪を結んでいなかった」という状態の時に出てくる言葉は「結ぶのを忘れてた」であるはず。「まだ結んでなかった」というのはちょっとおかしい。何故なら「まだ結んでない」というのは「結んでいるのが基本形態」の人間が発する言葉だからです。

これは本当に些細な違和感です。この些細な違和感を感じた秋也は目の前にいるのは「髪を結んでないのが基本形態の愛川素直」ではなく「髪を結んでるのが基本形態の愛川素直ではない別人」だと直感した。しかし、これは本当にごく些細な違和感であり、これだけでは別人だと断定する根拠にはならないし、名探偵でもなければそうそう気付くような違和感ではない。そこに秋也が気付いたということは、もともと秋也は「ハーフアップの愛川素直とお下げの愛川素直は別人なのではないか?」という疑念は持っていたということなのでしょう。

それは深く接していれば気付く可能性はある。素直は学校で他人とあまり関わらないし、ナオも同様にしている。しかしナオは秋也とは深く接してしまっていた。だから秋也は疑念を持つようになっていた。そういう解釈は十分可能です。ただ、実際はそれだけではなかった。「お前は愛川素直じゃないのか?」と秋也に言われて驚いて教室を逃げ出してしまったナオを追いかけて中庭で追いついた秋也は「俺も同じなんだ」と打ち明けたのです。

つまり秋也も「レプリカ」だったのだ。厳密に言えば、この秋也は本物の真田秋也が作り出した分身体であり、ナオと同じ存在だったのだ。だからこの「秋也の分身体」は目の前にいる愛川素直が「愛川素直とそっくりの別人かもしれない」という突拍子もなく些細な違和感を「自分と同じ存在が他にも存在しているのかもしれない」と素直に受け入れることが出来たのです。

そしてまたナオもその突拍子もない話を素直に受け入れることが出来た。それはナオ自身が分身体であったからというのもあるが、ナオももともとこの「秋也」については違和感を感じていたからです。まず秋也はもともとバスケ部のエースであったはずなのに全くそんな印象は無かった。出来るだけ目立たずひっそりと生きているように見えた。ナオはそれは自分と似ていると感じていた。そして夏休み前に動物園に行った際に足の怪我について話した際に「傷つけられたのは俺じゃないから」と言っていた。また「試験勉強はやらなくていいと言われている」と奇妙なことも言っていたし、ドッペルゲンガーの人魚姫の物語に妙に興味を示していた。そういう些細な違和感があったので、ナオはこの秋也が「俺も同じなんだ」と言ったのを割と素直に受け入れることが出来た。

しかし、この秋也もまたレプリカだったのだとすると、1つ奇妙なことがある。ナオが観察していた通り、確かにレプリカの秋也はひっそりと目立たず他人と関係を持たないように生きていた。しかし、そんなレプリカ秋也は愛川素直に対してだけは接点を持とうとしていたのだ。文芸部に入部したのは「たまたま」であるようにも見えるが、その前にレプリカ秋也は素直(ナオ)に教室で話しかけていたし、そう考えると文芸部に入部したのも「愛川素直が在籍しているから」であったように思えてくる。そうなると、レプリカ秋也は本物の秋也から記憶を受け継いでいるから、本物の秋也と本物の素直には接点があったということになる。ただ、ナオが引き継いでいる素直の記憶では「真田秋也とは喋ったことがない」ということになっているから、もしかしたら本物の秋也から本物の素直に向けた想いは一方通行なものなのかもしれない。あるいは後述のように「素直の記憶が必ずしも全てナオに引き継がれてはいない可能性がある」ということから、ナオが知らない「素直と秋也の過去の接点」が本当は存在するのかもしれません。

とにかくナオは秋也も自分と同じレプリカであるという事実を受け入れ、秋也に自分も本物の愛川素直ではなく「レプリカ」という存在だと打ち明ける。「レプリカ」という言い方は素直が勝手に命名したものなので秋也には初耳の概念であったが、「本体の意思で生み出される分身体」という意味だと教えて認識を共有した。そしてナオは自分は本物の素直と区別するために「ナオ」と呼ばれていると打ち明け、レプリカの秋也も本物の秋也と区別する意味でナオには「アキ」と呼んでもらうことにした。こうして「ナオ」と「アキ」は互いに秘密を共有するようになった。

アキは自分が生まれた経緯についても教えてくれた。本物の秋也がアキを生み出したのは今年の6月だそうだ。つまりアキは生まれて3ヶ月ぐらいということになる。秋也がバスケ部で先輩に足の骨を折られて治療のために学校を休んでいて、退院して初めて学校に行こうとした日の朝にアキが生み出されたらしい。つまり秋也は学校に行きたくなくて、自分の代わりに学校に行く存在としてアキを生み出したのでしょう。

足を骨折してから秋也は全く家から外に出ていないらしくて、6月以降学校に来ているのは常にアキの方らしい。秋也の方はずっと家に閉じこもっていてリハビリもしていないらしい。「リハビリをすれば日常生活には支障はない」と言われているらしいが、言い換えれば「リハビリをしなければ歩行も出来なくなる可能性がある」ということです。どうも秋也はかなり自暴自棄になっているみたいです。

そんな秋也をアキは心配しているようです。前回ドッペルゲンガーの人魚姫の話に興味を持った際もアキは「ドッペルゲンガーが消えた後、本体の方はその後どうなったんだ?」ということをやたら気にしていたが、それは自分の本体である秋也の将来を心配しているからなのでしょう。「幸せに暮らした」という結末を聞いても複雑な表情を浮かべていたのは、このままいくとどう見ても秋也の未来が明るいとは思えないからだと思われます。

アキは秋也について「可哀想な奴だと思う」と同情する。ずっとやってきたバスケが出来なくなって心に空洞が開いてしまったようなのだという。バスケ自体が秋也にとって人生そのものであり一番好きなものだったし、秋也は部活が好きだったから、部活の先輩によって足を潰されてバスケが出来なくなったことが凄くショックだったのでしょう。そういう秋也の心境を説明した上でアキは「だから、もうすぐ俺も」と意味深なことを呟く。だが、それについて詳しくは述べなかった。

ここで1つ気になることは、アキが夏目漱石の「こころ」の登場人物である「K」の遺書の話をしている点です。「もっと早く死ぬべきだのに、何故今まで生きていたのだろう」とアキが呟き、それを聞いてナオがそれがKの遺書の一節だと気付いて「Kの遺書?」と返し、アキが「漱石のこころ」の一節だと応える。この一連の遣り取りにはあまり深い意味は無く、要するに「アキがKに自分を重ね合わせている」ということを意味します。

アキはもともと何らかの目的があって秋也によって生み出された。文芸部に入って素直に接触したのも、もしかしたらそれに関係しているのかもしれない。ただ文芸部でナオに勧められて夏目漱石の「こころ」を読み始めたのは予定外のことだったようです。「こころ」を読むようになってアキの心境に何か変化が生じたみたいです。「どうしてKが死んだのか、ずっと引っかかってる」「答えが分からないことを考えるようになった」「自分だったらどうするか妄想した」とアキは言う。思うに、そうして「K」という登場人物について自分と重ね合わせて考え込むようになって、アキは「本来やるべきこと」を先延ばしにしてこの3ヶ月をズルズルと過ごしているようです。

では、アキが自分に重ね合わせている「K」とはどういう人物なのかというと、端的に言えば「本来やるべき道を放棄して色恋にうつつを抜かした自分に絶望して自殺した人」ということになる。Kはそういう理由で自殺した。だがアキはその死の意義がどうも理解できないみたいです。「自分だったらどうするだろう」と考えてしまうのだという。それはつまりアキもまた「本来やるべき道」と「恋愛などの楽しいこと」との間で葛藤しているということを意味しており、「本来やるべきことを優先すべき」という信念に殉じて死を選んだKの選択にはむしろ懐疑的であるように見える。

これはつまりレプリカとしての本来の「自分を生み出した本体の意思」と「レプリカである自分の人生」とで葛藤しているということなのでしょう。ナオの場合もそういう葛藤は抱えている。だからナオはアキの「自分だったらどうするか妄想した」という言葉を聞き「明日、動物園に行けるなら私は死にたくない」と応える。それはつまり「本来の使命に殉じて死ぬよりも、自分の人生を生きたい」という意味です。ただナオの場合はその「本来の使命」は「死」に直結するほどのものではない。素直の意思ひとつで消えてしまうような儚い存在ではあるが、「K」の自殺に喩えられるほど、そこまで切実ではない。しかしアキの場合はそれよりも切実なものがあるようです。また、このように「本来やるべきこと」に拘り過ぎて人生の他の可能性に目を向けようとしないKのような生き方は、バスケが出来なくなって自暴自棄になっている本体の秋也にも重なるものがある。

とにかく、こうしてナオとアキは秘密を共有する同志的な関係となり絆を深めていった。一方で素直は進路のことで何か悩んでいるようであったが、そのことをナオには隠しているみたいです。というか「隠せている」という時点で、素直は自分の記憶を全てナオに明かしているわけではないということが分かります。また、素直はナオと秋也の関係を気にしている。ナオは学校にいる秋也がレプリカのアキだということは素直には隠しているので、素直が気にしているのはあくまで「本体の秋也とナオの関係」です。これについては以前に素直がアキに話しかけられていたので気になっているという説明も出来ますが、素直は秋也が自分の進路のことを気にしていると思っているようです。そういうことを考えると、やはり素直と秋也には何らかの接点があったのではないかと思えてくる。

ナオは素直に「秋也がバスケを辞めることになった経緯」ついて尋ねます。これもいちいち尋ねないといけないという時点で、素直の記憶の全てがナオに引き継がれているわけではないということが分かる。以前の説明では「素直が重視していないことは記憶も曖昧」とナオは解釈していたが、本当はそうではなくて素直の方で任意に操作できる可能性もあると思う。ここでは素直は秋也の怪我の経緯についてはあまり詳しくないという感じで答えているが、ナオが「真田君の足に怪我をさせた人」について尋ねると、「早瀬光」という名を挙げ、元バスケ部のエースだとか、武勇伝を吹聴するようなヤツだとか、結構詳しい。

しかもナオが早瀬に接触してみると、早瀬はナオのことを素直だと思ってちょっかいをかけてくる。早瀬の話を聞いてみると、どうやら早瀬と素直には因縁があるみたいです。早瀬の顔を見ていると、これまでナオの知らなかった素直の記憶が浮かび上がってきて、1年前に素直がバスケ部にマネージャーで体験入部していて、その時に早瀬に強引に勧誘されて拒絶していたということが分かった。つまり、どうやら素直は1年前にバスケ部でトラブルを起こしており、その際に秋也とも接点があった可能性がある。もしかしたらその件と秋也が足を折られた件にも関連があるかもしれません。

その後、ナオとアキは文芸部の後輩の律子に近所の神社の秋祭りに誘われ、律子が気を利かせてくれて2人きりで秋祭りに行くことになった。そこで2人は浴衣を着てきたという体で秋祭りを満喫しますが、最後にアキは突然に「今日でお別れだ」と言い出す。そして「もうすぐ俺はレプリカの役目を終える」「俺は秋也の復讐を遂げるために生まれてきたんだ」と衝撃の告白をする。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

クラスで2番目に可愛い女の子と友だちになった

第3話を観ました。

今回は夕が真樹に対して教室でも親し気に接してきて、真樹はクラスメイトたちのやっかみを受けるようになってしまったところから始まります。昼のお弁当も2人で一緒に食べたいなどと夕が言い出したので、さすがにそれはクラスの男子たちの反感を買うだろうと危惧した海が制止しようとすると、夕は真樹が「大勢で居るのが苦手」と言っていたから2人だけの方がいいのかと思ったのだという。しかし真樹がさすがに2人きりは緊張すると言って切り抜けようとしたら、夕は海も一緒に3人で食べようと言い出し、仕方ないので真樹もそれを受け入れて校内の隠れスポットで3人で弁当を食べます。

そうして3人で楽しくお喋りしながら弁当を食べましたが、海は結局は普段他の子と接する時のように「夕のついで」みたいな感じで真樹に接することになっている状態にモヤモヤし、夕との会話で真樹の今まで知らなかった魅力を知ったりして、自分よりも夕の方が真樹の友達に相応しいような気がして、それもまたモヤモヤします。それで夕が席を外した時には真樹に夕のことをお勧めするようなことを言い、夕のことを「クラスで一番可愛い子」、自分のことを「二番目の子」と言ったりする。真樹はそんなことは一部の男子が言ってるだけであり自分はそんなことは思っていないと言いかけるが、夕が戻ってきたので海にそういう意見を伝えることは出来なかった。

夕は他の子達に真樹と仲良くしてることをツッコまれても、「良い人だから」「ちゃんと自分の意見を持ってる人だから」と皆に向かって堂々と真樹と友達であることや真樹が良い人であることをアピールした。そんな夕の姿を見て、海はコソコソ隠れて真樹と友達付き合いをしている自分は夕に負けているような気がする。海が真樹との関係を隠しているのは真樹を変な中傷から守るためでもあるのだが、それでもちゃんと自分の意見を言える夕を海は羨ましいと思った。

その日の放課後は夕が真樹の家に遊びに行きたいと言い出し、海も誘われたので2人で真樹の家に行き遊んだ。ゲームも海よりも夕の方が上手で、夕と真樹がゲームでも盛り上がっているのを見て、海はますます引け目を感じる。そうして帰り路で夕が真樹とまた遊びに行きたいと言い出したので、海は「次は私は行かないから」と言い、夕と真樹が2人で遊びに行けるようにしてあげようとする。だがその場で夕が真樹に電話して「金曜日遊びに行こう」と誘ったところ、真樹は「他の友達と約束があるから」と断る。それはいつもの金曜日の定例の海との遊びを優先したいという意思であった。

それを知った海は「夕よりも自分を優先してもらえた」という初めての経験で喜びが込み上がってきて、「スマホを忘れた」と夕には嘘を言って、1人で真樹の家に駆けて戻り、驚いて出迎えた真樹に対して胸がいっぱいになって何も言えず、思わず真樹の鼻をギュッとつねって、ビックリしている真樹に向かって真っ赤な顔で「また明日!」とだけ言って走り去っていった。

そうして金曜日、真樹の家で遊んでいた海は、真樹と一緒に夢中で漫画を読んでいるうちに真樹の部屋のベッドの上で寝てしまい、真樹もウトウトしてベッドの横で寝てしまう。そこに真樹の母親が仕事が早く終わったので帰宅してきて、息子の部屋のベッドで女の子が寝ているので驚き、2人を起こして事情を聞き、海の家に連絡して、もう夜が遅いので海は真樹の家に泊ることになった。真樹は母親に説教されたが、海は友達だと説明し、母親は真樹のことを信用してくれて、女の子なんだから海のことを大事にするようにと諭す。

真樹はさすがに海が自分の家の風呂に入ったり、自分の服を着て寝たりするので意識してしまうが、海と話をして、自分たちの関係を夕には打ち明けた方がいいんじゃないかという話はする。結局、機会を見て海が夕に説明するということになります。そして翌日、真樹は海を家まで送っていき、海の母親に挨拶して心配をかけたことを謝ります。すると海の母親は娘が初めて連れて来たボーイフレンドだと興味津々で「海のことをよろしく」と言ったりして、海は照れまくります。

そんな中、学校では文化祭の準備期間が近づき、クラスで文化祭の実行委員を男女1人ずつ決めようということになるが、誰も立候補しないのでクジで決めることになる。すると真樹が当たりクジを引いてしまい、男子の実行委員は真樹となる。すると夕ファンの男子たちが真樹のことを妬んで嫌っているので嫌がらせで「前原と組む女子が可哀想じゃん」とか言ってからかいだす。そうなると女子たちも「当たりクジを引きたくない」みたいな空気になり、真樹はいたたまれない感じになってしまう。海もそんなクラスの空気の中、何も言えない。ところが夕が腹を立て、教卓に立って皆に向かって「ねぇ?皆は前原くんのこと、嫌い?」と問いかける。そういうところで今回のお話は終わり次回に続きます。

 

 

ただいま、おじゃまされます

第3話を観ました。

今回はまず凛子たちと同じマンションに住む誉田と高峯と小木という3人組の新人漫画家の話が描かれます。凛子が作り過ぎて余ったパンケーキの差し入れを貰ったりします。誉田は以前に元気づけられて凛子を慕っているのですが左槻と凛子が一緒に歩いているのを目撃して同棲していると誤解したりする。それでせめて売れて恩返ししようとネームを描きますがボツを喰らってしまったりする。

一方、凛子は結局は左槻の仕事が何なのか教えてもらえず距離を感じてしまう。しかし右沙田が左槻の仕事が何なのか知りたくなって凛子に教えるよう迫り、凛子が左槻の仕事を知らないということを知ってしまう。右沙田は凛子と左槻が恋人同士だと思っているので凛子に同情して一緒に左槻の部屋に忍び込んで仕事を突き止めようと言い出し、2人は左槻の部屋へ行き、隠し部屋の中で左槻がサイコホラーやスプラッターが好きだということを知る。

そこに左槻が戻ってきて、凛子は謝りますが、右沙田が凛子が左槻に秘密を作られて寂しがっていたと言うと左槻は反省して、自分の好きなものを知られて親しい人に引かれてしまうのが怖かったのだと打ち明ける。それを聞いて凛子は自分もその気持ちを分かると言い、左槻と右沙田に「ヨルンの物語」のファンであることを打ち明けた。そして、これまで成長しても児童文学を好きであることを周囲に認めてもらえなかった辛い過去も打ち明け、それを聞いて心動かされた右沙田はオタクカップルの左槻と凛子を応援すると言い出し、2人にハグをさせて去っていく。そうして2人きりになると左槻は凛子を抱きしめてから去っていく。そういうところで今回のお話は終わり次回に続きます。

 

 

愛してるゲームを終わらせたい

第2話を観ました。

今回は入学早々クラスでぼっちになってしまった優希也に対してみくがさっそく「愛してるゲーム」を仕掛けてきて、2人は高校で名前呼びをするかしないかで相手をドキドキさせようとする。ところがクラスの他の女子が2人に話しかけてきて、優希也はこれまであまり女子と話したことがなくて四苦八苦しながらも何とか上手く会話して、更に女子たちが優希也のことを名前呼びしたいとか言い出して、優希也のことを名前呼びできるのは自分だけだと思っていたみくは焦る。それを見て優希也はみくが嫉妬しているのかと思う。またみくも優希也が女子たちの名前呼びを断ったりしてくれて自分に気を遣ってくれていたのかと考えたりして、笑顔で名前で呼び合う。

そうして入学して1週間経ち、食堂でぼっち飯をしていた優希也のところにみくが弁当を持ってやってきて一緒に食べようとしたが、みく狙いのクラスの男子たちが話しかけてきて2人きりになれなかった。そこで優希也は翌日は自分で弁当を作って学校に持っていき、みくに誘われたので昼休みに2人で弁当を食べようとした。しかし、みくは優希也の分の弁当も作ってきていて、気合の入った手作り弁当でドキドキさせて「愛してるゲーム」を勝とうとしてくる。しかし優希也も弁当を褒めまくり逆にみくをドキドキさせて反撃する。

そんなことをしているうちに、みくは優希也も弁当を持ってきていることに気付き、どうせなら交換しようと言い出して、みくが優希也の弁当を食べることになる。優希也はみくと一緒に弁当を食べるために慌てて適当に作った弁当だったので、そんなものをみくに食われてしまうのを焦る。しかしみくは「懐かしい」と言う。初めて優希也と会った時に、祖母が亡くなったばかりで母親も仕事で忙しくて優希也の家に預けられて寂しくて泣いていた時に優希也がみくを慰めるために作ってくれた卵焼きが入っていたからであった。そういうわけで2人は今後もたまにこうして一緒に弁当を食べようと約束する。

また、休日には2人はそれぞれの自宅でオンラインゲームをしますが、通話で優希也はみくに「愛してるゲーム」を仕掛けて、割と効いた手応えがあったのだがみくの顔が見えないので勝敗が曖昧になってしまい、優希也は「カメラで顔を見せてみろ」と要求する。だがみくは「風呂上りだから」と嫌がる。それでも強引にビデオ通話で顔を見ると、想像以上に湯上りのみくが可愛くて優希也はダメージを受ける。そしてみくが子供の頃に抱いていた熊のぬいぐるみを今も抱いているのを見て「変わってないな」と嬉しくなる。みくも優希也のオフの姿を見れて嬉しくて、結局「愛してるゲームに必要だからオンラインゲームする時はカメラをつけよう」ということになる。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。