2026年春アニメのうち、4月24日深夜に録画して4月25日に視聴した作品は以下の6タイトルでした。
灰原くんの強くて青春ニューゲーム

第4話を観ました。
今回は竜也が拗ねて仲間から外れてしまってからみんなバラバラになってしまい夏希の青春は急につまらなくなった。そこで幼馴染の美織が相談に乗ってくれて、夏希に「自分の弱味を見せた方がいい」と助言してくれる。そこで夏希は竜也を屋上に呼び出して、自分が中学時代は陰キャであって高校デビューだと打ち明ける。それで仲直りして、心配して2人の会話を聞いていた仲間達の前で竜也が詩への想いを口にしたため、一旦は詩にフラれるが今後も諦めず頑張るということになった。そういう感じでしたが、今回で視聴は切らせていただきます。
スノウボールアース

第4話を観ました。
今回は鉄男とユキオが氷漬けの地球で生き残っていた人々が暮らしているモールに案内してもらうことになります。その途中で鉄男は乃木蒼という女性から10年前に何が起きたのかについて教えてもらう。10年前、鉄男たちが銀河怪獣の根拠に攻めていった後、その留守の地球に1匹の奇妙な怪獣が現れたのだという。それはこれまでの銀河怪獣とは異なり人間を模した姿をしており、空からではなく海から現れた。そして多数の白い球を伴っており、その白い球が地球のあらゆる場所に出現して増殖し、絶対零度の暴風を起こして全てを凍り付かせたのだという。それ以後は地球が凍てついたままだという。鉄男たちと共に戦っていた「エルデ」という対怪獣戦線の組織も大損害を受けて、そこに銀河怪獣も襲ってきたので壊滅状態だという。ただ残党は残っていてそれなりに活動はしているらしい。
そうしてモールに着いて200人ほどの村人に歓迎されますが、鉄男は温泉に入れてもらい、どうしてこのモールのある場所は温かいのだろうかと不思議に思う。すると滝村がその理由を説明してくれる。実はこのモールの地下には怪獣が埋まっているのだという。10年前大凍結が起きてから生き残った滝村たちは生き延びるために集団であちこちに移動を繰り返していたが、食い物が無くて怪獣の死肉を食ったところ大勢が死んだらしい。そうして怪獣の肉を食って適応して生き残った者だけが更に移動を繰り返していたところ、2体の怪獣の襲撃に遭い絶体絶命の危機となった。その時、まだ幼女だった蒼に何者かの声が話しかけて、過酷な状況でも人を愛おしく思うという蒼の言葉を聞いて、その声の主は面白いと思ったようです。すると2体の怪獣のうちの鳥型の怪獣がもう1体の怪獣を倒して、炎に包まれた姿となり「大地を温めよう」と言い、そのまま地下に眠りにつき、この場所を温めてくれたのだという。蒼は怪獣の肉を食った時からその声が聴こえていたのだそうで、どうやら蒼は「怪獣使い」になったらしい。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。
また殺されてしまったのですね、探偵様

第4話を観ました。
今回は事務所の雨漏りで朔也とリリテアがクーロンズホテルに泊ることになり、そこには映画の撮影に来ていたゆうりも居て、刑事の漫呂木も来ていた。監督宛てに「狗頭のベルボーイ」という者からの脅迫状が届いており、朔也が見回りをしていると犬のかぶりものをした人物が生首をカウンターに置いているのを見かけ、朔也も殺されてしまう。そうして朔也が生き返ったところで今回は終わりとなりましたが、今回で視聴は切らせていただきます。
上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花

第3話を観ました。
今回はなんかすごく独特な作画でしたね。1話と2話もだいぶ作画の感じは違っていたんですが、今回はまた際立って違っていました。紙芝居に近い感じで、顔とかもかなりデフォルメしてあって、アニメファンの間では「シャフト風味」とか言って喜ばれるやつなんですが、私は別にあまり興味はありませんので、話の内容だけ述べます。ただまぁ、何というか、私はこの作品は作画が気に入って見てるので、あんまり作画が変わってしまうと、個人的にはちょっと残念ですね。
まずはゴールデンウィークで他の寮生が帰省していない中、夜に雷が鳴って、ぼたんが怖がっていぶきの部屋にいって一緒に居てほしいと頼む。いぶきの部屋はゴキブリが出てバルサンを焚いていたので食堂で2人でアブサンを呑みます。その後、ぼたんの部屋で同じベッドで2人で寝ますが、いぶきはぼたんがもう寝たと思って「上伊那さんと居るとすごく楽しいの」「また一緒にお酒飲もうね」と言いますが、ぼたんは起きていて、その言葉を聞いていた。
翌日、あかねが寮に戻ってきたので駅まで迎えに行くと、いぶきがいつも1人で温泉に行くという話を聞き、ぼたんはいぶきが他人とお酒を呑めないから1人でないと温泉に行けないのだと思い、自分と一緒ならいぶきが温泉でお酒を呑めると思い、日帰り温泉旅行のプランを立て始める。寮に戻ると、あかねが実家でもらってきたレコードを聴くことになり、IPAというスコットランドの苦いビールをあかねが取り出して、あかねとぼたんが呑みます。あかねがレコードプレイヤーを誕生日にプレゼントしてくれたやえかに礼を言うために席を外したのでいぶきも呑み、その機会にぼたんはいぶきを温泉に誘い、いぶきも応じます。
そうして2人は温泉地に行き、貸し切り露天風呂に入って一緒に湯に浸かりながらお酒を呑みます。ぼたんは「お酒が入ると開放的になる」ということを最近自覚したと言い、「お酒の力を借りてお願いしたいことがある」と言う。一体何かと身構えるいぶきであったが、ぼたんは「名前で呼びたい」という。そこでいぶきも「ぼたん」と呼ぶと返し、「最近は1人で呑んでもつまらない」「ぼたんと2人で呑みたい」と気持ちを伝えるのでした。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。
淡島百景

第3話を観ました。
今回はまず田畑若菜と伊吹桂子の場面から始まる。前回のエピソードの最後の方にあった「伊吹桂子と田畑若菜」のエピソードの続きです。時代はガラケーは主流だった2000年代と思われる。若菜は淡島歌劇学校の予科生(1年生)であり、桂子は淡島歌劇学校の教官であり、桂子は若菜の親の世代である。前回のメインエピソード「岡部恵美と小野田幸恵」では桂子が淡島歌劇学校に生徒として通っていた1980年代の出来事が描かれていたが、そのストーリーの中で桂子は同級生である岡部恵美や小野田幸恵をイジメる悪役として登場していた。
その桂子が20年後、岡部恵美も小野田幸恵も死んだ後、淡島歌劇学校で教官をしており「鬼教官」と呼ばれている。「厳しいから」というのもあるが、淡島歌劇学校は母親や祖母が通っていたなんていう生徒も多いので、生徒時代の桂子の行状について卒業生である母親から聞いている生徒もいて「昔イジメとかやってたらしい」「怖くて悪い人」という噂も流れている。また淡島OGの女優や関係者などもメディアに露出して学生時代の話をしたりすると「伊吹教官は特に怖い人」「いわくつきの人」なんて言ったりもして、桂子の評判はどうも芳しくはない。しかし若菜は桂子がそんなに悪い人には思えない。厳しい人だとは思うが「怖い」とは思えない。それはきっと根は悪い人ではないからなのだと思う。
それで若菜は群馬に帰省した後はお土産を持って桂子のもとへ行き、サインをせがんだりします。帰省した際、若菜の淡島入学以来すっかり淡島歌劇マニアになってしまった母親と一緒に淡島歌劇の過去の公演映像などを見たりして、そこには桂子の祖母の昔の大女優「日柳夏子」の舞台は古すぎたので無かったが、桂子の母親の「朝比奈ルリ」などの主演している舞台の映像はあった。しかしそれはモノクロの映像であったので若菜にはあまりピンとこなかった。そんな中で桂子の出演している「雪の女王」の映像があり、それが若菜の心に強い印象を残した。それで若菜は桂子のサインが欲しくなり、わざわざ群馬土産を持って職員室に行って「雪の女王」の話をしたりして、サインを貰うことは出来た。
ここから「伊吹桂子と日柳夏子」というエピソードとなり、語り部は桂子となる。桂子と祖母であり往年の淡島の大女優「日柳夏子」の物語である。桂子から見た祖母の夏子は酷い人間だった。若い頃は「絶世の美女」と呼ばれ、実際に過去の写真を見ても確かにとんでもなく美人であった。年をとっても綺麗なお婆さんであった。しかし性格は歪んでおり、とても意地悪で、特に「美しくないもの」を嫌っており、桂子の母親のルリ子(芸名は朝比奈ルリ)などはあまり母親似ではなくて田舎臭い愛嬌のある風貌であったが母である夏子に毛嫌いされており「出来損ない」と詰られていた。
桂子は母をそんなふうに侮辱する祖母のことが大嫌いであったが、桂子自身も吊り目のキツネ顔の父親に似て、祖母のようには美しい風貌ではなかったので「アンタは少しお直しが必要だね」などと言われて深く傷ついたこともあった。そうして祖母のことを憎んでいるうちに自分の性格も歪んでいくのが感じられ、それもまた「あのクソババアのせいだ」と腹立たしく思えて、ますます祖母を憎んでいった。
そうして淡島歌劇学校に合格したことで「これでようやく祖母や母と対等になった」と思った桂子は、いざ淡島に入学して歌劇に触れてみたところ、自分のような性格の歪んだ人間が持ち上げられるような淡島の世界を「大したものではない」と思い、そんな世界で持ち上げられていたというだけであそこまで増長していた祖母が心底下らない人間に思えた。そんな折、桂子が予科生だった頃に祖母が死の病に冒され、桂子は祖母を見舞った際に、2人きりになったタイミングで「そんな大層な人間でもないでしょうに」「とっとと苦しみながら死ね」と祖母の耳元で囁いた。その時に驚いたように目を見開いた祖母の顔を見て、桂子は「報復をしてやった」と痛快に思った。あれだけ周囲に対して憎まれるような言動を繰り返しておいて、こんな報復を受けることすら予想もしていなかったのかと、祖母がなんとも間抜けに思えた。その後ほどなくして祖母は亡くなったが、桂子は何の感慨も湧かなかった。
しかし本科生に上がって少し経った頃、桂子は同じ本科生の岡部恵美に顔に唾を吐きかけられ、睨みつけられた。恵美は予科生の頃から桂子がイジメていた相手であった。もともとは同じ予科生の小野田幸恵が冴えない風貌でありながら自分よりも評価を受けていたのが腹が立ち軽くイジメていたのだが、その幸恵を恵美が庇ったために、いつしか桂子は恵美を執拗にイジメるようになっていた。
その恵美から予想もしていなかった形で報復を受けたのだが、その時、桂子は驚いて目を見開いた。その目を見開いた自分の顔が、あの病床で自分に報復を受けた際の祖母の顔と同じだということに桂子は気付いた。そして自分を睨みつける恵美の顔を見て、桂子はあの時の自分と同じだと感じた。自分がずっと祖母の仕打ちに苦しめれていたのと同じように、恵美もずっと自分の仕打ちに苦しめられていたのだと、ようやく桂子は気付いた。よく考えれば、あれだけの嫌がらせを1年も受けていれば苦しんで当然のことだった。しかし桂子は恵美の苦しみを分かっていなかった。何とも間抜けな話であり、そういうところも自分は祖母にそっくりだと桂子は思った。
その後、岡部恵美は本科を終えて淡島歌劇学校を卒業した後、淡島を去った。小野田幸恵も去っていった。2人とも確かな才能の持ち主であり、特に恵美は圧倒的な才能を有していた。その人生を自分が壊してしまったのだと桂子は思った。実際は前回の「岡部恵美と小野田幸恵」のエピソードで見たように、恵美が淡島を辞める決め手となったのは幸恵の言葉であり、最終的に決断したのは恵美本人であったのであり、桂子のイジメはきっかけに過ぎなかったのだが、桂子はそんなことは知らないので、自分が恵美の人生を壊したと思ったのであった。
桂子はそもそもそんなふうに自分の性格が歪んだのは祖母のせいであり「自分は祖母に人生を壊された」と思っていた。だから祖母がそんなふうに自分の人生を壊しておきながら世間からは「大女優」などとチヤホヤされていたのが腹立たしくてたまらなかった。「あんな人間は幸せになるべきではない」と思った。だから報復して嫌な気分のまま惨めに死なせてやったのだ。桂子だけは祖母が嫌な気持ちで死んでいったのを知っており、そんな惨めで不幸な人生こそが祖母には相応しいと思っていた。その信念は全く揺らいでいない。
だが、そうなると自分自身はどうなのかと桂子は自問自答する。自分も岡部恵美の人生を壊した。ならば、そんな自分がこのまま女優として成功して幸せな人生を送って良いわけがない。自分にそれを許してしまうと、祖母の人生を肯定することになってしまう。桂子は「自分が不幸になること」よりも「祖母の人生を肯定してしまうこと」の方が嫌だった。自分の人生を壊した祖母が不幸になったように、岡部恵美の人生を壊した自分もまた不幸にならねばいけないと桂子は考えるようになった。
といっても、すぐにそんなふうに決意が固まったわけではない。卒業して淡島歌劇団に入り、そういうモヤモヤを抱えながら女優を続けた。その間、死の前の祖母の目を見開いた顔、自分を睨みつける岡部恵美の顔が脳裏に何度も去来した。恵美や幸恵の退団以降は一緒に彼女らをイジメていた取り巻き達も桂子の傍から去っていき、桂子は孤独になった。そうした中で桂子の演じた「雪の女王」が高く評価された。
「雪の女王」はもともとアンデルセン童話だが、ロシアで映画化されて人気となり、淡島歌劇でも舞台化された。そこに登場する悪役が「雪の女王」なのだが、そのキャラクターは「冷酷で孤独な悪の女王」であり「自分に逆らった者に呪いをかけて冷酷な性格に変えてしまう」というものであった。桂子はその「雪の女王」を「まるで祖母のようだ」と思って演じ、それを完璧に演じ切ることの出来た自分もまた祖母とそっくりな人間なのだと痛感した。
その舞台は卒業後あまりパッとしなかった桂子にしては珍しく賞賛された。そのまま女優業を続けることも可能であった。だが桂子はこの「雪の女王」の舞台の成功によって、自分はやはり祖母と同じように「幸せになってはいけない人間なのだ」と結論を出した。そして自分のやるべきことは「雪の女王」によって人生を壊された自分や恵美のような人間がもう生まれてこないようにすることだと考え、淡島歌劇学校に戻って教官を務めることにした。
そうして桂子は今でも淡島で教官として若菜たち生徒たちを見守っている。それはある種の「罪滅ぼし」なのかもしれない。桂子は明確に自分の「罪」は自覚している。だが、自分は罪を償い続けるべきなのであり、決して罪が許されてはいけないと思っている。桂子自身が祖母の罪を最後まで赦さなかったからである。また、数年前に亡くなったという岡部恵美も最後まで自分の罪を赦さなかった。だから自分は決して最後まで赦されるべきではないと桂子は思っている。自分はずっと「私のような人間をもう見たくない」「岡部恵美のような人間をもう見たくない」と思い、そのために何をすべきか考え続けなければならないと思っている。そういうわけで桂子は自分を怖がりつつも慕ってくる若菜のような一部の奇特な生徒に対しても、常に一定の距離は保ち、決して仲良くなって甘えさせてもらおうとはしない。毅然とした「鬼教官」という態度を崩そうとはしないのであった。
ここで「伊吹桂子と日柳夏子」の話は終わり、続いて「山路ルリ子と日柳夏子」というエピソードが始まる。語り部は「山路ルリ子」つまり桂子の母親である。淡島歌劇団での芸名は「朝比奈ルリ」であるが、本名は「山路ルリ子」となる。といってもこれは旧姓であり、結婚後は「伊吹ルリ子」となり、伊吹桂子の母親となる女性である。つまりルリ子の母親である日柳夏子も、これは淡島歌劇団の芸名であり、本名は「山路よし子」という。これは人気俳優の「佐野浩二」、本名「山路寛一」と結婚して山路姓になってからの名であり、旧姓は描写が無いので不明です。ただ「よし子」というのは一貫して本名ということになる。
このエピソードはルリ子の幼少期から晩年までが描かれ、ルリ子の晩年は娘の桂子が淡島の教官を務めている時代、つまり若菜が淡島の生徒である2000年代のガラケー時代に相当し、ルリ子の幼少期はおそらく戦後まもなく、1950年前後ぐらいと思われますが、そうなるとルリ子が淡島歌劇学校に生徒として通っていたのは1960年代と思われます。
その「山路ルリ子と日柳夏子」のエピソードは娘であるルリ子の語りで紡がれていきますが、ルリ子の母親である日柳夏子は確かに娘であるルリ子に対して愛情が薄かった。ただ当初は桂子が記憶しているような「意地悪な女」というほどではなく、ルリ子の幼少時にはそれなりにルリ子に対して優しかった。ただ女優の仕事が忙しいので周囲からは薄情に見えるだけなのだとルリ子は思っていた。
しかし、夏子はやはり確かにルリ子に対して愛情は薄かった。それが夫の寛一が亡くなってからは次第に顕著になり、ルリ子に対してキツい態度をとるようになった。それでも淡島歌劇学校には夏子の口利きで入学することになり、ルリ子は淡島の生徒となったが、学校では「母親の口利きで入学した人」として見られて、バカにする人や、取り入って利用しようとする人ばかりであった。みんなルリ自身ではなく大女優である母親の日柳夏子を見ていた。そんな中で親友となった山本雅子はルリ子には親切であったが、彼女もまた「日柳夏子に憧れて淡島に入った」と公言する美女であり、どこまでいってもルリ子は「日柳夏子の娘」でしかなかった。
だがルリ子はいつも輝いている雅子を見ていると、雅子こそが母親の夏子の娘に相応しいように思えた。それは「きっと母も雅子のような娘が欲しかったはずだ」と思えるからであった。ルリ子は自分が母や亡き父のような美形ではなく、父の母親である祖母によく似て田舎臭い容姿であることは自覚していた。そして幼少時から母親がそんな自分の容姿を嫌っていたということも感じていた。母は夫の母である祖母のことも好いていない様子であり、それはきっと容姿が美しくないからだとルリ子は勘づいていました。一方で亡くなった父親のことは深く愛していたが、それも父が美形であったからなのだと思えた。
おそらく母親から見れば自分は「どうして私と寛一さんのような美形からこんな容姿の子が生まれたのだろう?」と思ってしまうような娘だったのだと考え、ルリ子は「私は母にとって本当の家族じゃないんだ」と思えた。雅子のような美形ならば本当の家族だと思ってもらえたのだろう。不細工な容姿で、口利きしなければ淡島に通わせることも出来ない不肖の娘で、母はさぞかし自分のことを鬱陶しく思っているのだろうと考えると、ルリ子は胸が苦しくなった。いっそ母親と本当の親子でなければこんな苦しい想いはしなくて済むのだが、しかし実際には血の繋がった本当の親子なのだから、ルリ子にとってはこれは非常に苦しい状況であった。
そうしてルリ子は淡島歌劇学校を卒業して淡島歌劇団に入り、「朝比奈ルリ」という芸名で女優となった。「英雅」という芸名でトップスターとなった雅子とは違い、あまりパッとはしなかったが、それなりに役は貰えた。それもおそらくは母親の口利きによるものも多かったのだろうと思えた。そんな中、淡島関連の取材をよくしている記者の伊吹吉彦という記者の取材を受けることとなった。母の日にちなんでの「母と娘」というテーマの記事で、そんな企画で自分に取材をしてくるということは「大女優の日柳夏子との想い出」を聞きたいのであろうと容易に想像ができた。
しかしルリ子は母との想い出がほとんど無く、そのことを正直に打ち明けると、伊吹は意外にも落胆した様子はなく「それならそれで良いと思います」「少女時代に本当は母とこうしたかったという話でも構いません」と、あくまで日柳夏子ではなくルリ子の話を聞こうとしてくれた。ルリ子の人生でそういう経験は初めてであったので嬉しかった。伊吹はこれまでルリ子が出会った人々のように「美形の大女優の冴えない娘」としてルリ子を見ることはなかった。そしてルリ子は伊吹と親しくなり、女優の仕事はあまりやらなくなり、伊吹と何度も会っているうちにルリ子は「この人とならば本当の家族になれるんじゃないか」と考えるようになり、2人は結婚を約束した。
しかし母の夏子は2人の結婚に反対した。その理由というのがルリ子をガッカリさせるものであった。母は淡島関連の取材で伊吹とは面識があったのだが、伊吹の顔が「キツネ顔」だから気に入らないというのだ。ルリ子は幼少時から感じていた母の「美形至上主義」を確信し、これが自分と母が「本当の家族」になれなかった元凶なのだと思った。だからこそルリ子は今回は一歩も引く気は無かった。ようやく自分が「本当の家族」を手に入れようとしているのに、また母の「美形至上主義」に邪魔をされるわけにはいかないという強固な意志でルリ子は「結婚するのは私です」と生まれて初めて母親に逆らい、伊吹との結婚を強行したのであった。
ここから語り部がチェンジして、日柳夏子が語り部となります。そして時代が遡り、終戦後まだ間もない頃、まだ若き夏子が俳優の佐野浩二と結婚する前からストーリーが紡がれます。といってもこの時点で既に夏子は淡島のトップスターであり、佐野は人気俳優であった。そんな2人がたまたま会うことになったのだが、2人はすっかり意気投合した。
夏子は本名は「よし子」というのだが、亡き母親は本当は「美子」なのだと言っていた。母親はたいそうな美人であったが気の優しく弱い人で、自分に似て美人になるであろう娘が他人から妬まれることがないようにと、本当は「美子」という名であるのをあえて「美」という字を隠して目立たないようにしたのだと言っていた。おそらく母も美人ゆえに妬まれて嫌な目にあったことがあるのだろう。よし子には父がおらず、私生児のようであった。おそらく母は美人でありながら、いや美人ゆえに不幸な人生を送ったのであろうとよし子は思った。
その母もまさに「美人薄命」を象徴するように早くに亡くなり、よし子は空虚な人生を送った。ただ、よし子は母親のことが好きだったし、母親との想い出だけが心の支えであった。美人な母親が好きであったし、母親が「美人の私の娘だから美人になる」と言ってくれていたのがよし子にとって「母が私に与えてくれた唯一の誇り」だと思えた。それゆえ、よし子は空っぽな人間ではあったが「美しいもの」に対する執着だけは異常に強かった。
ただ、決して攻撃的な人間ではなく、基本的にいつも儚く大人しい人間であった。ただ生まれついての美形と、美に対する強いこだわり、そしてたまたま天賦の才として演技の才能を持ち合わせていたために淡島歌劇団のトップスターに昇りつめることが出来た。だが基本的にはエネルギッシュな人間ではないので、芸能界の華やかな人達との交流は苦手であった。しかし、たまたま会った人気俳優の佐野浩二は本名は「山路寛一」と言ったが、自身を空虚な人間だと言った。小さい頃から身体が弱く無気力で、心配した父親が習い事をさせたのが縁で俳優になったが、今でも1人で静かに読書をするのが好きで、空っぽな人間なのだという。それを聞き、よし子は寛一とならば気が合うと思った。そして何より寛一はたいそう美形であった。
そうして2人は結婚することになったのだが、寛一との間に生まれた娘のルリ子の顔が自分や寛一のような美形ではないこと、寛一の母の田舎臭い風貌に似ていることによし子は少し落胆した。これは子供の頃からの性分だから仕方ない。ただ、それでも忙しい仕事の合間を縫って出来る限りはルリ子にも愛情は注いだつもりだった。もともと美しさと演技以外は粗忽な人間なので、何かと失敗や取りこぼしはあったが、決して娘を愛していないわけではなかった。ただ、それでもよし子の中には確かに1つの「差別」は存在していた。基本的にルリ子のことは愛している。でも、それでも「私が生涯本当に愛した家族は美しい寛一さんだけ」という想いはあった。それはよし子が亡き母から与えられた「美しい母から生まれた美しい娘」というアイデンティティの根幹をなすものであったからです。
だが、その根幹を揺るがす出来事が起こる。もともと身体の弱かった寛一が、娘のルリ子がまだ幼い頃に病気で亡くなってしまったのです。よし子はもともと弱々しい女性であったので、寛一の余命がいくばくもないと知って絶望の淵に沈んだ。まるでよし子自身もこのまま死んでしまいそうであった。「美人薄命」という言葉が呪いのようによし子の心を浸食した。「母も寛一も、美しいものはみんな儚く死んでいく」「きっと自分もそうなのだ」とよし子は思った。
だが寛一はまだ幼いルリ子を深く愛していたので、よし子に「僕が死んだ後、ルリ子を頼む」と言い残した。生涯でただ1人だけ本当に愛した相手である寛一の遺言をルリ子は守るしかなかった。だが自分はこんなにも弱くて、寛一がいなくなったらきっと長くは生きていけないだろうと思ったよし子は、ルリ子を1人残して死ぬことがないように「美人薄命」の宿命から逃れなければならないと思った。それは自分が「美人」でなくなればいい。ただ、容姿は変えるわけにはいかないので性格を変えることにした。これまでのように母や寛一に似た「儚く頼りなさげな性格」であることをやめなければいけない。あれはまさに「美人薄命」そのものだ。もっと嫌な性格になって「憎まれっ子世に憚る」というような「性格ブス」になるぐらいが「美人薄命」の宿命から逃れるにはちょうどいいと、よし子は考えた。
そういうわけでよし子は夫の寛一の死後、キツい性格となり、娘のルリ子にも容姿を侮辱するような憎まれ口を叩くようになった。娘の結婚相手にも、孫娘にも憎まれ口を叩いた。性格ブスを演じ続けた。そうしていると「美人薄命」の宿命から逃れて、亡き夫の遺言を守ってルリ子をちゃんと養うことが出来ると心強く思えた。だから決してルリ子を憎かったわけではない。ルリ子が淡島歌劇学校に入れるように手も回したし、娘が女優になってからも仕事を手配してやったりもした。だが、もともと不器用な人間なので加減というものが上手くいかず、いつしか娘にも孫娘にも憎まれてしまった。
確かに娘のルリ子もいつしか母のよし子を憎んでいると思うようになっていた。いや、ずっと憎んでいたのだと自覚するようになった。ルリ子の娘の桂子が「顔のお直しが必要ね」とよし子に悪態をつかれたのを見てルリ子は桂子を宥めようとしたが、逆に桂子に「あんな人が母親なんて同情するわ」と言われて、ルリ子は自分の心の中に母への憎しみがあるのだと思った。桂子が病床のよし子に「早く死ねクソバアア」と罵倒したと聞いた時も、よし子に「あんたも私を憎んでいるでしょう」と問われて「違う」と答えつつ「言われて当然だ」とも思えた。だからルリ子は「私は母を憎んでいたのだ」と思うようになった。
実際、母のよし子が亡くなった時、ルリ子は涙が全く出なかった。「私は母のために泣くことも出来なくなったのだ」と思ったルリ子は自分が母を憎んでいると思った。その後、夫の吉彦が亡くなった時も、親友の雅子が亡くなった時も涙はいくらでも溢れ出てきた。だから自分はやはり母のことを憎んでいたのだとルリ子は思っていた。
だが母の葬儀の時に夫の吉彦が亡くなる前の母を見舞った時に母の本音を聞いていたという話をしてくれた。母は「美人薄命の宿命を逃れるためにワザと憎まれ口を叩いていた」のだという。ルリ子は驚いたが、本当にそんなことがあるのかという懐疑心と同時に「今さらそんな話を聞いても遅い」とも言った。もうとっくに自分は母のことで泣くことも出来なくなっている。きっと母を憎んでしまっているのだと。だが吉彦はよし子もルリ子も似た者同士でどちらも不器用なのだと言った。
よし子は吉彦に自分の真意を打ち明けた時、吉彦に「どうしてルリ子ではなく僕に言うんですか?」と問われて、吉彦が他人だから言ったのだという。つまり、よし子は「本当は愛している」ということをルリ子に伝えてしまうと憎まれ口を叩いている意味が無くなってしまうと拘っていたのです。吉彦はどうでもいい相手だから言えたわけです。吉彦から見れば意味不明の拘りであり、それを聞いて吉彦はよし子のことを「なんて不器用な人だ」と思い「本当はルリ子のことも桂子のことも愛していたのだな」と思えた。同じようにルリ子も「もう母からの愛情は諦めよう」と自分で母との関係を断ち切ったので「もう自分には母を愛する資格は無い」と拘って、遂には母のために泣くことすら出来なくなってしまっただけであり、本当は母のことを愛していたはずだと吉彦は言った。
その吉彦も亡くなり、老人ホームに入所しているルリ子のもとに淡島歌劇学校の教官をやっている娘の桂子がよく訪ねてくるが、最近になってルリ子は桂子の姿を見ていると母のよし子の生き方が少し理解できるような気がするようになった。桂子がずいぶん前に自分の犯した罪を悔いて、あえて誰も愛することもない人生を選んでいるのを見て、ルリ子は決してそれに賛同しているわけではないが、そういう頑なな生き方というのはあるのだと思えるようになった。そして、それは母も同じだったのだろうと思えた。自覚的に憎まれる生き方を選んだ以上、最期まで母は不器用にその罪を背負ったのだと思えた。そしてルリ子は自分も同じように不器用ではあったが、亡き夫の言葉のおかげで「本当は母を愛していた」という事実を最近ようやく信じられるようになり、少なくとも母や娘よりは「人を愛すること」を学べた人生であったと思うことが出来たのでした。そういう感じで今回もまさに大河ドラマという感じの神回で、次回も楽しみになります。
彼女、お借りします(第5期)

第51話を観ました。
今回はハワイアンズのプールサイドで麻美がスマホを落して、それを和が拾おうとしたところ、そのスマホの画面にはレンタル彼女事務所のサイトの千鶴のプロフィールページが開いていて、それを見て一同が凍り付いたという場面から始まります。千鶴はレンタル彼女であり、和也はその客でした。しかし和也の祖母の和と千鶴の祖母の小百合が親友であったことから、行きがかり上、和也と千鶴は互いの家族の前で本物の恋人同士のフリをすることになり、その後も嘘をつき続けることになってしまった。途中で千鶴の祖母の小百合が病気で亡くなり、和也と千鶴は小百合に最期に真実を打ち明けようかと迷いますが、結局打ち明けることは出来ずに小百合は他界してしまった。
そして傷心の千鶴を励まそうという和の提案で木ノ下家の恒例の福島ハワイアンズへの旅行に千鶴も招待し、そこに和也の友人たちも参加する展開となったが、その参加者の中には和也と千鶴が本物の恋人同士ではないという真実を知る瑠夏と栗林、それに和也の元カノである麻美も参加しており、その中でも特に麻美は千鶴に「和さんに真実を打ち明けよう」と執拗に迫り、それを千鶴が拒否した結果、プールサイドで千鶴の正体がバレるよう工作して、わざとスマホを落すという手段に及んだのでした。
この旅行の参加者一同は和也とそのレンタル彼女である千鶴(但し木ノ下家の人たちや和也の大学の友人は和也の恋人と認識)、和也の仮の彼女である瑠夏(但し木ノ下家の人たちは千鶴の友人と認識)、和也の元彼女である麻美(但し木ノ下家の人たちはただの大学の友人と認識)、和也の大学の友人の木部と栗林、そして木ノ下家の3人は和也の祖母の和、和也の父親の和男、和也の母親の晴美、こうした合計9人の前で麻美のスマホ画面の千鶴のレンタル彼女としてのプロフィール画面が晒されてしまったことになります。
なお「和也と千鶴が偽物の恋人同士であり家族に嘘をついている」ということを知っているのは和也と千鶴と瑠夏と栗林と麻美の5人。この中で麻美だけが「秘密をバラしてしまおう」と考えているのだが、麻美がそう考えていることを知っているのは麻美本人と千鶴の2人だけである。瑠夏も麻美の思惑に薄々勘づいているが、瑠夏は和也を好きなので、瑠夏にとっては和也と千鶴が嘘がバレて破局した方が都合が良い。しかし木ノ下家の人たち、特に和也の祖母の和を悲しませたくないので嘘がバレることは望んでおらず瑠夏は葛藤している。一方、栗林は基本的には秘密を守る方針である。また和也は麻美が秘密をバラそうとしているのではないかと警戒はしているが、麻美の動き自体は把握していない。
また、千鶴は麻美が秘密をバラそうとしていることは知っているが、麻美があくまで「千鶴さんを救うため」「木ノ下家の皆さんを傷つけたくないから」と善意の仮面を被っていたため、不審な点は感じつつも基本的には「話せば分かってくれる相手」と見なしている。しかし麻美自身は自身の暗い過去に起因する「恋愛なんて嘘ばかり」という信念を証明するために、いつしか互いに惹かれ合うようになった和也と千鶴を破局させようという悪意を抱いており、そのために千鶴を唆して秘密を打ち明けさせようとしていたのだが、それに失敗したために強行手段に出たということになる。
なお、瑠夏が和也の仮の彼女だということを知っているのは和也と千鶴と瑠夏の3人であり、麻美も瑠夏が「和也の彼女」を自称していることは知っているが、実質は瑠夏の片想いだと理解している。まぁ実際、瑠夏は和也が千鶴を好きなことを知っているので片想いという解釈で正解です。また瑠夏が元はレンタル彼女をやっていたことを知っているのは和也と千鶴と瑠夏の3人に加えて、栗林も元は瑠夏の客だったので知っている。但し栗林は瑠夏が今は和也の仮の彼女だということは知らない。木ノ下家の3人と木部は千鶴の正体も瑠夏の正体も知らず「和也の恋人は千鶴であり、瑠夏は千鶴の友人」と認識しているが、麻美に関しては木部と栗林は「和也の元彼女」と知っているが、木ノ下家の3人は「和也の大学の友人」と認識しており、木部たちも麻美が和也の元彼女だということは木ノ下家の3人には秘密にしている。
また、和也と千鶴に関して言うと、2人とも互いの家族を騙し続けることに心苦しさは感じ続けており、真実を打ち明ける機会を探ってはいた。しかし、なかなか機会を見いだせず打ち明けられていなかった。そして2人はいつしか互いに惹かれ合うようになっていたが、千鶴は和也の自分への想いは知っている。つまり千鶴は和也と両想いだと知っているのだが、千鶴自身が生い立ちなども関係して「他人を愛する」とか「家族を持つ」ということへの自信が持てず、和也との関係に結論を出すことを先送りしている。周囲に真実を打ち明けない真の理由も「和也との関係に結論を迫られるのを先送りしたいから」だといえます。
和也の方は千鶴の自分への気持ちは知らないし、そもそも自分のような冴えない男が千鶴に愛してもらえるとも思っていないので完全に自分の片想いだと思っている。それでも千鶴のことがどうしても好きなので何度か想いを告白しようとしていたが、千鶴は今の和也とのどっちつかずの関係を先延ばししようとしているので告白を邪魔して、なかなか和也を告白させないようにしていた。しかし「これ以上家族に嘘をついていられない」と思い詰めた和也が「自分が家族に真実を告げられないのは千鶴との関係を壊したくないから」という真実に気付いてしまい「まず千鶴に告白して2人の関係に決着をつけてから家族に真実を打ち明けよう」と考えて千鶴に愛の告白をしようとした。
だが麻美に急かされていたために千鶴が雑な対応をしてしまったため「千鶴が和也の愛の告白を拒絶した」という形になってしまい、和也は「千鶴と本当の恋人同士になることは諦めて、家族には千鶴と別れたと報告して、この嘘の日々を終わらせよう」と決意してしまった。祖母の和をはじめとして木ノ下家の3人は千鶴のことを心から信頼していたので、和也は今さら「千鶴が皆を騙していた」と正直に打ち明けて祖母たちを傷つけたくなかったのです。また千鶴本人も決して悪気は無かったことも和也は知っていたので、千鶴が悪者になるような形にはしたくなかった。だからこの旅行が終わって東京に戻ってから「千鶴とは別れた」と家族に報告して終わりにしようと和也は考えたのです。
千鶴の方も本当はもっと和也とのどっちつかずの関係を先延ばししたかったのだが、こうなってしまってはもう仕方ないので和也の提案を受け入れ、この旅行が終わるまでは恋人のフリを続けるということになった。そして「千鶴がレンタル彼女であり周囲を騙していた」という真実は闇に葬られて終わることになった。そうしてあと数時間でこの旅行も終わろうかという最後の最後の段階で、麻美の落としたスマホによってその闇に葬られるはずだった真実が一同の前に晒されてしまったのです。
その場面から今回は始まる。前回のラストでは和也と麻美以外の7人がスマホの画面を見て驚愕して固まったところで終わっていたが、今回の冒頭では和也もスマホ画面を見て驚き真っ青になっている。ただ各自の受け止め方は全員同じというわけではない。木ノ下家の3人と木部にとっては「千鶴のレンタル彼女のプロフィールページ」というのはあまりにも想定外であり、どういうことなのか理解が出来ないという様子であった。「これは一体何なのだ?」という困惑を頭の中で整理するために4人は沈黙して考え込むことになった。
一方で「千鶴が本当はレンタル彼女である」という真実を知る和也と千鶴と瑠夏と栗林にとっては「知られてはいけない秘密が木ノ下家の3人と木部にバレてしまった」という焦りが大部分を占めていた。そしてこの4人もまた沈黙した。「どう説明したらいいのだろうか?」と考える時間が必要だったのだ。そもそも「麻美のスマホに千鶴のプロフィール画像があった」というだけではまだ全ての嘘がバレたことにはならない。まだ何か上手い誤魔化し方があるのではないかとも思えた。逆に慌ててこのタイミングで下手なことを口走ると事態は悪化するかもしれない。だから和也たち「真実を知る側」の4人は「最適解」を探して黙って思考を巡らせた。といっても、かなり頭の中はパニックであったのであまり思考は進まなかったが。
そうして8人が一斉に沈黙したタイミングを狙ったかのように、1人だけスマホに背を向けて歩いていた麻美が、スマホを落したことに気付いたフリをして、慌てて戻ってきて和がスマホの画面を凝視しているのに気付き、大慌てでスマホにとびついて画面を両手で覆って隠す。そして「前に皆でお遊びで作ったコラ画像」だと説明する。しかし、もし本当にお遊びのコラ画像ならば、そんなふうに大慌てで隠すのは「不自然」です。だから、この麻美の一連の行動は逆に木ノ下家の3人と木部に「コラ画像なんかじゃないんじゃないか?」という疑念を植え付けた。
もちろん麻美はそのように木ノ下家の3人と木部に強い疑念を生みつけるために意図的にそういう行動をとっている。人間というものは嫌な現実を直視しないように自己防衛する生き物ですから、放っておくと何でも自分に都合の良いように解釈して無難にまとめてしまうことが多い。このまま放置していたら8人で「何かの間違いだよな」「同姓同名で顔が似てる人っているんですね」とか言い合って終わってしまう可能性も十分あるのです。麻美はそうした逃げ道を塞ぐために、あえて「コラ画像」だと言い訳しながら大慌てした態度をとり「麻美がこんなに慌てて嘘をつくということは、よほど隠さねばならない不都合なことなのに違いない」という印象操作をしたのです。
それで「コラ画像というのは嘘だ」と直感した和が自分のスマホで「水原千鶴」「レンタル彼女」で検索すると、さっき麻美のスマホ画面に映し出されていたのと同じレンタル彼女事務所の千鶴のプロフィールページがヒットして開かれた。これで確かに現実に「水原千鶴」という名のレンタル彼女が実在していることが判明し、しかも麻美が慌てて隠そうとしたことから、この「水原千鶴」は間違いなくこの場にいる和也の恋人の「水原千鶴」本人と見なして間違いないということも分かった。
ただ、まだこれだけでは和也と千鶴の嘘が全部バレたわけではない。これは「和也の恋人の千鶴がレンタル彼女のアルバイトをやっていた」という事実が判明しただけに過ぎない。「レンタル彼女」というのは「彼氏でもない男と彼女のようにデートして報酬を貰う仕事」であり、一般常識的には水商売に近い「ちょっといかがわしい仕事」です。だから正直言って印象は悪い。自分の息子の彼女がそんなことをしているなんて良い気分ではない。
ただ、だからこそ「周囲に秘密にしておきたい」という心理も理解は出来る。だから黙っていたのだという解釈は出来る。「おそらく苦学生の千鶴さんが学費を稼ぐために高額報酬のレンタル彼女をやっていたのだ」「それを恥じて自分たちには隠していたのだ」と木ノ下家の3人は考えた。お人よしの彼らなら普段は完全にそう考える。しかし「麻美が嘘をついて必死に隠そうとした」という印象操作がここに効いてくる。「それだけのことならば、あんなに必死に隠そうとするだろうか?」という疑念がどうしても湧いてくる。
普段の木ノ下家と千鶴との空気感であれば、千鶴はもっと上手く切り抜けられたかもしれない。「どうしても学費を稼ぐために仕方なく」「でも恥ずかしくて言えなくて」と言いくるめられたでしょう。しかし麻美の仕掛けた印象操作のせいで「千鶴さんは麻美さんと組んで嘘をついているかもしれない」という空気になってしまっているので、千鶴も上手く言葉が出てこない。そんな重苦しい空気の中、木部が「和也は知ってたの?」と和也に問い質してくる。
これは現時点ではあくまで「千鶴に関する疑惑」である。「千鶴が皆に更に別の重大な嘘をついているかもしれない」と疑われている。誰も「和也もそんな重大な嘘の共犯かもしれない」とは思っていない。だから木部は「和也がどういう立場で千鶴の嘘に関わっていたのか」について知りたいと思ったのだ。千鶴が和也に「レンタル彼女をやっている」ということを打ち明けていたのだとすれば、それはそれ以上は重大な嘘ではないということになる。逆に千鶴が「レンタル彼女をやっている」ということを和也に打ち明けていなかったとすれば、何か疚しいことがあるのだということになり、更に重大な嘘を隠している疑いが濃厚となる。だからここで和也は「千鶴がレンタル彼女をやっていたことは自分は知っていた」と回答するのが正解ということになる。
但し、それは危険な賭けでもある。それは「真実」だからです。つまり「和也と千鶴が共謀して皆を騙していた」という「真実」に繋がる可能性を孕んでいるのだ。「真実」が疚しいものでない限りは出来るだけ「真実」を話した方がいい。しかし、もし「真実」が疚しいものであるならば、とことん「真実」から遠ざかった供述をした方がいい。和也は「俺も千鶴がレンタル彼女だなんて知らなかった」と言い張った方が「2人が共謀して皆を騙していた」という真実から皆を遠ざけることが出来る。その場合は千鶴だけが「何か疚しいことをしているんじゃないか」と徹底的に疑われることになるが「やってもいないことは結局証明できない」ので千鶴も「推定無罪」となって逃げきれる。
だが和也は「千鶴が皆に非難されるようなことだけはしたくない」と強く思っていたので「俺も千鶴に騙された被害者」みたいな形で逃げる道は選ばなかった。「千鶴がレンタル彼女をやっていたことは自分は知っていた」と回答して、千鶴と「共犯関係」であることは認めつつ「自分が皆に重大な嘘などつくはずがない」という自分に対する信用を利用して、「千鶴もそんなに重大な嘘を隠してなどいない」という体で逃げ切ろうとした。
ところが、ここで和也の父親の和男が「千鶴がレンタル彼女であった」という事実を知ったことによって1つ重大なことを思い出してしまった。それは「以前に和也がアパートで千鶴に金を渡している現場を見てしまった」ということであった。そのことについて和男は「和也が千鶴さんに金でも借りていたのだろう」と考えて、和也に小遣いを渡して「今後はそんなことはするな」と叱った。その時、和也は憮然として何も事情を説明しなかったので和男は「和也もよほど決まりが悪いのだろう」と気遣い、妻にも母にも内緒にしておいた。
しかし和男はあの時に和也が詳しい事情を何も説明しなかったのは「説明しなかった」のではなく「説明できなかった」のではないかと今になって気付いた。それは「千鶴がレンタル彼女であり、そのことを和也も知っていた」ということが判明したからであった。「それならば、あの金は和也が千鶴さんをレンタルした料金だったからではないか」と和男は気付いたのだ。それならば和也があの金が何だったのか結局何ら説明しなかったのも辻褄が合う。
実際、和也はあの時千鶴にレンタル料金を渡していたのを父親にたまたま目撃されて、それを父親が勝手に「借金返済」と誤解してくれたのだから「うん、借金してたんだ」と調子を合わせて嘘の説明をしてしまえば良かったはずです。だが、父親に嘘をつくのが嫌で言葉を濁してしまっていた。そういう変な「誠実さ」が裏目に出てしまい、ここで和也は「本当はあれはレンタル料金を渡していたんじゃないのか?」と疑われる羽目になってしまった。
ただ、それはまだ「疑惑」でしかない。ここで確定していることは「千鶴がレンタル彼女をやっていたこと」と「和也もそれは知っていた」と「2人で共謀して周囲にそれを隠していたこと」です。これだけならば「和也は理解のある彼氏に過ぎない」とも十分に解釈できる。そして、あの金はそういう事情とは無関係な「借金のやりとり」であった可能性も十分にある。ただ「借金のやりとり」だと思ったのは和男の思い込みでしかなく、和也は「借金のやりとり」だったとは一言も言っていない。「どうして何のための金だったのか説明しないのか?」と考えると「レンタル料金だったから説明出来なかったのではないか?」という疑惑はどうしても消えない。もしそうだとすると話は全く違ってくる。「千鶴がレンタル彼女をやっていたこと」と「和也もそれは知っていた」と「2人で共謀して周囲にそれを隠していたこと」から導き出される解答は「和也が千鶴をレンタルして、本物の彼女だと偽って2人で皆を騙していた」ということになる。
但し、これはあくまで和男の抱いた「疑惑」であり、何の証拠も無い。あの金は単に「借金のやりとり」だったのであり、和也はただの「理解ある彼氏」だったという可能性だって十分にある。和男の話を聞いても、真っ青になった和也や千鶴を囲んだ皆はまだその結論を出すことが出来ずに黙って立ち尽くした。しかし、そうした「まだ真実が明らかでない状況」において、ただ1人、麻美だけが勝手に観念して「真実」を白状し始めてしまう。
まるで和男の突きつけた(不完全な)疑惑にもう言い逃れできなくなったかのように声を震わせて「ごめん、2人とも」「私、もう隠していられない」と口走る。まるで「和也と千鶴に口止めされていたけど、もうこれ以上嘘はつけなくなった」とでも言わんばかりであり、この麻美の言葉を聞いて和男も晴美も「やはり和也が千鶴さんをレンタルしていたのであり、2人は偽物の恋人同士だったのか」と思う。実際そうなのだから、こんなふうに疑念が強くなってしまっては、和也も千鶴ももう言い逃れのしようもない。和也ももうすっかり観念してしまった。
だが、ここでこれまでずっと黙っていた和が皆を制止して、和也に「千鶴さんはレンタル彼女なのか?」「おぬしの彼女ではないのか?」「おぬしの口から聞きたい」と、和也からの説明を求めた。和也はこんな展開になったら当然ながら和はヒステリックになると思って恐れていたのだが、和は意外なことにやけに冷静であった。さっきから「隠し事」について告白しているのは麻美だけであり、当の本人である和也と千鶴はほとんど何も説明していないことに和は気付いていた。和は和也本人から真実を説明すべきだと思ったのである。
しかし和也はその落ち着き払った和の態度に逆にビビってしまって何も言えなかった。実際のところ、何の弁解のしようもないほど明確に和也と千鶴が皆を騙していたのであり、そんな最悪の告白をそんな改まった形で求められても、まるで公開処刑ののようなものであり、あまりに怖くて喋れなくなってしまう。和也は黙って立ち尽くすしか出来なかった。そして、それが明確に「その通りです」と認めた証となってしまった。和も和也がそういうふうに「沈黙」という形で罪を認めるという結末も十分に予想はしていたので、それをそのまま受け止める。
和は大して怒りも湧いてはこなかった。もともと千鶴は和也には不釣り合いなほどのよく出来た女性だと思っていたので、何処か不自然さは感じていた。まさか「レンタル彼女」などというものだとは予想もしていなかったが、千鶴が本当に和也を愛しているのかどうかについては和も懐疑的であった。何か複雑な事情があるのではないかと疑ってはいた。そういう疑念が最近はさすがに薄らいではいたが、結局そこに戻っただけのこと。「自分の当初の直感の方が当たっていた」「それだけのことだ」と和は冷静に事態を受け入れた。
おそらく不肖の孫がレンタル彼女で千鶴さんと知り合い、見栄を張って「彼女だ」などと紹介し、たまたま千鶴さんが小百合さんの孫であったこともあって話がややこしくなり、真実を告白できなくなりズルズルと続いたのであろう。更に小百合さんが亡くなったりしたのでますます嘘だったと言いづらくなったのであろう。そういう事情が和にも察しはついた。それで和は「そうか」「そうか」と何度も呟き、和也と千鶴の過ちを受け入れてやろうと頭の中を整理していった。
しかし和也の方はそうした和のあまりに冷静な態度を見て、逆に不気味に思えた。怒りが頂点に達して逆に冷静になってしまっているように思えて、とんでもない罰が下されることに恐怖した。それでも、せめて千鶴だけは守らなければいけないと思い、まず土下座してひたすら謝って、それから「全て自分が悪かったのであって、千鶴は何も悪くない」と弁解しようと考えた。それは別に嘘を言うわけではない。実際に全ては自分が見栄を張ったことから始まったのであり、千鶴は巻き込まれただけなのだというのが和也の認識している真実だった。その真実を説明すればいいのだ。
だが、そうやって和也が土下座しようとする寸前、麻美がいきなり「ごめんなさい!千鶴さん!私の不注意で!」と泣き出し「黙ってろって言われてたのに!」ととんでもないことを言いだす。麻美は「千鶴との約束を破って秘密を喋ってしまった罪を千鶴に向かって懺悔する」という形をとって巧妙に千鶴を糾弾したのです。麻美の発言の趣旨は「千鶴に頼まれたから秘密は守りたかった」「でも罪の意識に負けてしまった」という感じです。だが麻美が本当に一同に伝えたかったのは、その「罪」の中身の方だ。その「罪」とは、麻美と千鶴の隠していた「罪」だが、麻美は自分がその「罪」を懺悔するという形で、実質的には千鶴の犯した「罪」を延々とあげつらった。
その「罪」とは、まず「千鶴が和也から金を搾取していたこと」「千鶴が結婚する気も無いのに木ノ下家の指輪まで奪っていたこと」「麻美がそういうことを止めるよう何度も説得しても千鶴は聞く耳を持たなかったこと」「千鶴はレンタル彼女はそういう仕事だからと正当化して何でも許されると思っていたこと」などであった。そして、そうした千鶴を止めることも出来ず、言いくるめられて秘密を木ノ下家の人たちに隠していた自分も共犯であったということを麻美は反省してみせるのだが、こんなものは実質的には千鶴を「悪女」だと糾弾しているのと同じことであった。
千鶴がそんな人間ではないと知っている和也も瑠夏も栗林もこの麻美の言葉を聞いて驚愕する。また千鶴もついさっきまで「全て和也が悪かったことにすればいい」「私は千鶴さんを救いたい」とか言っていた麻美がそんな正反対なことを言いだすとは予想もしていなかったので仰天する。一方で木ノ下家の3人も違った意味で驚愕する。「千鶴がレンタル彼女であり、和也が千鶴をレンタルして本物の彼女だと嘘をついていた」ということが分かった時点で3人とも何となく「ああ、和也が見栄を張って嘘をついていたんだな」「レンタル彼女の千鶴さんは巻き込まれたんだな」と察していた。ところがいきなり麻美が言い出したことは、そういう予想を大きく覆すものだったからです。これではまるで千鶴が悪意をもって木ノ下家をカモにしていたみたいです。
そもそも千鶴はこんな悪意のある話に対して「それは違います」と反論してもいい。和男も晴美もさすがに麻美の言葉をそのまま鵜呑みにするのは躊躇われるという様子であるし、さすがにここまでの悪意に反論すれば、瑠夏や栗林も助け舟は出してくれるでしょう。しかし千鶴は黙って何も反論しない。麻美の言っていることは多少極端ではあるが「当たらずとも遠からず」だったからです。実際に千鶴は和也からかなりの金額を貰っていたし、結婚する気も無いのに指輪も貰っていた。麻美に何度も「嘘を告白しよう」と言われても応じなかった。レンタル彼女の仕事についても正当化はしている。だから麻美の言っていることは決してデタラメではない。自分は確かに罪深い。そう千鶴は思ってしまう。それはもともと嘘の恋愛をしている自分を「どうせ本当の愛情を知らない人間」だと卑下してしまっているからです。そんな自分が木ノ下家の人たちに何を偉そうなことを言う資格があるだろうかと、千鶴は弱気になってしまっている。
一方で麻美は一体どういうつもりでこんなことを言いだしたのかというと、これは千鶴に対する「意趣返し」であった。そもそも麻美は「愛し合っている者を見ると壊したくなる」「恋愛など空虚な嘘だと証明したい」という動機で動いており、そういう意味ではもう既に目的は達成している。和也と千鶴が偽物の恋人同士だとバレた時点でもうおしまいなのです。いや、そもそもこんなことをしなくても既に和也と千鶴はこの関係を終わらせることで合意していたので、麻美はむしろ無駄なことをしたともいえる。だが麻美は千鶴が自分の思惑通りに「自ら愛の虚構を証明するような行動をとらなかった」ということに腹を立てており、その報いを与えてやりたいと思っていた。だからこうして「悪女」として吊し上げに遭うように誘導したのです。これは麻美としてはちょっと欲張っているといえる。既に目的は達成されているのに、勝ちに乗じて勢いに乗っかり、感情に流されて追い打ちをかけている。えてしてこういう行為によって人は足元を掬われるものである。
とにかく、そうして千鶴は「悪女」だと糾弾され、千鶴はそれに対して反論しない。しかし、そういう状況の中で木部だけが他の者たちと異なった反応をする。木部以外はみんな(千鶴が悪女かどうかはともかく)「千鶴がレンタル彼女であり、和也と千鶴が皆を騙していた」という事実に関しては受け入れていたのだが、木部はその事実をまだ受け入れられない様子で、和也に「そんなことはない」と言わせようとする。しかし和也としても今さらそんなことを言える余地も無いので黙り込むしかなく、すると木部はいきなりブチ切れて和也をぶん殴る。
どうして木部がここまで感情的になっているのかというと、それは和との関係性が最も深いからであった。木部は和也の幼馴染であり、和也の祖母の和とは長い付き合いであり、現在でも仕事関係で和也の実家の酒店に出入りしていることから、孫である和也よりも和とは深い関係を築いている。そういうこともあって木部は和也に「和さんには嘘をつくな」と言っていた。だから和也が和にずっと嘘をついていたことが受け入れられないし、とても許せなかったのだ。
しかし、木部の抱えていた想いは単にそれだけではなかった。そもそも木部が和也に「和さんには嘘をつくな」と釘を刺していた背景には切実な想いがあったのだ。ここで木部は初めて「福島旅行の前に和が倒れて入院していた」という和也や千鶴には寝耳に水の事実を明かす。千鶴の祖母の小百合が亡くなってから和は「自分は傷心の千鶴さんに何もしてやれない」と気に病み、遂に体調を崩してしまったのだという。しかし千鶴に心配をかけてはいけないと言って、和は木部に「和也にも自分が倒れたことは秘密にしろ」と釘を刺したそうです。そうした事情を知っていたからこそ木部は和也が何か和に隠し事をしてウジウジ悩んでいるようだと知って「和さんには嘘をつくな」と釘を刺していたのです。ところが和也と千鶴がそんな和や自分の気持ちを踏みにじってずっと和を騙していたのだと知って、木部は到底受け入れられないと思い、腹が立って仕方が無かった。
和也と千鶴も、和がそこまで自分たちのことを大事に想ってくれていたこと、そんな和を裏切ってしまったということに大きなショックを受ける。だが和はなおも和也を殴ろうとする木部を制止し「ワシはいいんじゃ」と毅然とした態度で言う。和もこれまで社会の荒波に揉まれて数多くの修羅場を潜って生きてきた。だから他人に騙されたり裏切られたりすることでいちいち動じたりはしない。騙されたり裏切られたりするのは相手を心の底から信じるからこそです。だから他人を信じた時点で他人に騙されることも覚悟しなければならない。それが社会のルールであり、そうした失敗談を笑い話にして再び前に進む。そういうことを繰り返して和はこれまでの人生を生き抜いてきた。だから今回の件も自分は笑い話に出来る。だから、たとえ命を削って千鶴に尽くした末に裏切られて踏みにじられたとしても、自分は千鶴を恨まない。だが、それは千鶴と自分が所詮は「他人同士」だからなのであり、「家族」の場合は話は別なのだと和は思う。
そうして和は「ワシはいいんじゃ」と言いつつ、千鶴に「でもな千鶴さん、小百合さんは信じておったぞ、貴方を」と言う。和は千鶴の祖母の小百合が決して確信があるわけでもないのに「千鶴と和也が結ばれて幸せになる」と信じていたことを知っている。これは和が千鶴を信じていたケースの「信じる」とは意味合いが違う。和が千鶴を信じたのは所詮は「自分の幸せのため」「自分の孫の幸せのため」であり「千鶴の幸せのため」ではない。だから千鶴に裏切られても仕方ないと思える。しかし小百合が千鶴を信じたのはひとえに「孫である千鶴の幸せを願うから」であった。この「自分の幸せを願ってくれる肉親の愛情や信頼」を裏切るということはあってはならないし、それが裏切られるということは、小百合の親友として自分も看過は出来ないと、和は千鶴に言い放つ。その上で和は千鶴に「願わくば誤解であると信じたい」「釈明の道理はあるか?」と尋ねる。
千鶴が小百合の信頼を裏切っていたということだけは否定してほしい。そう願っての和の問いかけであった。小百合が亡くなる最期の時まで心から千鶴の幸せを願っていたことは千鶴は分かっていたはず。その上でなお麻美の言うように邪な目的で和也や木ノ下家から搾取していたのだとすれば、それは小百合の信頼に対する裏切りであり、それは看過できない。それだけは「違う」と言ってほしい。和はそう願っていたのだが、千鶴は違うことを思考していた。
千鶴も小百合が自分と和也が幸せに結ばれることを信じてくれていたことは知っていた。千鶴自身、和也のことを好きであった。でも千鶴は結局は小百合が期待するほどには和也への自分の想いを信じ切ることが出来なかった。信じ切ることが出来ていれば、それまでの全ての嘘を告白した上で「それでも彼が好き」「彼と幸せになる」「だから赦してほしい」と言えたはず。でも、その勇気が無くて結局はズルズルと嘘を引っ張ったまま小百合を逝かせてしまった。そんな自分が「私は祖母の信頼を裏切っていません」などと釈明できる道理があるわけがない。そう思って千鶴は黙り込み、涙ぐむしかなかった。
そして、それを見ていた和也もまた別のことを考えていた。千鶴が和の問いかけに答えることが出来ず黙り込んでしまったのは「結局は最期まで小百合祖母さんに嘘をついたまま逝かせてしまったという負い目があるからなのだ」と和也は考えたのだ。「嘘をついていたのは事実なのだから、裏切っていないと釈明など出来るはずがない」と和也は絶望した。だが、和也はその瞬間、千鶴が小百合の臨終の時の話をしていたのを思い出した。それは「臨終前に真実を言おうとしたら、どっちでもいいと言われてしまって、つい言いそびれてしまった」という話であった。そのことを思い出した和也は「確かに嘘をついたまま逝かせてしまったけど、千鶴は悩んで苦しんで、ほんのちょっとだけ言いそびれただけなんだ」と思い、そんな千鶴が悪女のように責められるべきではないと思えた。そうして和也は、千鶴が何も答えないので「千鶴さんは自分の肉親すら裏切っていたのか」と絶望して立ち去ろうとする和の背中に向かって「違うよ」「水原はそんな子じゃない」と喋り始める。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。