2024年夏アニメのうち、9月3日深夜に録画して9月4日に視聴した作品は以下の2タイトルでした。
かつて魔法少女と悪は敵対していた。
第9話を観ました。
今回はクリスマス回でした。前回、白夜はクリスマスの日はアルバイトでサンタコスをして街頭でケーキを売っていて、それが早く終わればミラと一緒に自宅で夕食を食べようという約束をしていました。それでクリスマス当日、ミラが白夜のバイト場所に行ってみると、街頭で白夜がケーキを売っていたが、ケーキは大量に山積みになって残っていた。売れ残ると白夜が買い取らねばならないらしい。またサラッと、何ともブラックなバイトですね。
そこでミラがいつものブラックカードでその場にあったケーキを全部買い取って悪の組織に送り付け、組織の皆にそのケーキで
クリスマスパーティーという人間の行事をやってみるようにと言いつける。そうしてバイトが終わった白夜と連れ立って白夜のアパートに向かうこととなったミラでしたが、途中で白夜が八百屋に寄り道してニンジンを買っているのを見て、まるで新婚みたいだと妄想してメガネが割れてしまう。
その後、八百屋で買い物したことによって貰えたクリスマスの商店街の福引券で白夜は一等賞の米10㎏を狙って福引のガラガラを回そうとする。白夜が米を欲しがっていると気付いたミラは今すぐに米を1年分手配しようとしますが、どうやら福引というものを知らないようです。白夜は自分の手で米を手に入れたいと言ってミラからの米の支援を断ってガラガラを回しますが、参加賞の白い玉が出てきてクリスマス仕様のティッシュを貰えただけでした。ミラは福引券をブラックカードで大量に買おうとしますが商店街で買い物しないと貰えないらしい。それに白夜はティッシュで満足そうにしているので福引はこれで終わりとなり、2人で白夜の部屋に向かいます。白夜はいつでも持っていられるからと言ってティッシュで喜んでいるようですが、ミラと一緒に買い物した記念とでも思っているのかもしれません。
そうして部屋に着いて白夜は台所に向かいますが、エプロン姿の白夜に料理が出来るまで座って待っていてほしいと言われたミラは再びまるで新婚みたいだと妄想しそうになる。それでも気を取り直して自分も何か手伝いたいと申し出ると、ニンジンのグラッセを作るので皮むきをしてほしいと頼まれます。メインの料理はハンバークなのだそうで、しかも豆腐ハンバーグなのが切ないが、今晩は半分はお肉だそうで、白夜にしては奮発しているのだそうです。
そのハンバーグのタネは既に仕込んであって白夜は冷蔵庫から取り出しますが、そのタネの形が星型とハート型の2つがあり、ミラはどうしてハート型なのだろうかと気になってしまう。もしや特別な意味が込められているのではないかと妄想してしまいそうになるが、女子がSNSなどでハートマークを使うことには深い意味は無いというネット記事などを思い出して気を鎮めようとして、ミラは葛藤してしまいニンジンの皮むきに没頭するあまり、ニンジンが無くなりそうになってしまう。
白夜の方はハンバーグを焼く作業は順調に進み、ちょっと可笑しそうに笑う。白夜がそんなふうに笑うのは珍しいと思ったミラがどうして笑うのかと尋ねたところ、白夜は敵同士であるはずの自分たち2人が一緒に晩御飯の買い出しに行ってこんなふうに並んで料理しているのが何か不思議な感じなので笑ってしまったのだと答える。それを聞いて、ミラも確かに不思議だと思う。自分たちは敵同士であるはずなのに、こんなに穏やかな時間を過ごすのは不思議だった。これではまるでやっぱり新婚さんみたいだと妄想してしまい、それでまたミラのメガネが割れてしまう。
そうして料理が出来上がり、白夜が自分の分と、ミラの分と、2枚の皿を食卓に運んでくる。ミラはハート型のハンバーグが自分の分の皿に盛りつけられているのかどうかが気になって仕方なく、ものすごくドキドキしてしまう。そうして運ばれてきた自分の皿に入っていたのはハート型の方であり、深い意味など無いと思いながらもミラは有頂天になってしまう。まぁ実際はしっかり深い意味はあって、白夜のミラへの恋心の表現なんですが、白夜の方も自分の想いがミラに受け入れてもらえるとも思っていないので、いちいち口にしないのです。
そうして食事が始まり、ミラは白夜の作ったハンバーグを世界一美味しいと感動し、白夜はそこまで美味しいのかと驚く。また、ミラと白夜が一緒に作ったニンジンのグラッセも美味しかった。そうして食べ終わり、洗い物もして2人で食卓で食後の飲み物を呑んで一息つきますが、ミラはせっかくのクリスマスなのに本当にこれだけで良いのだろうかと考える。普通に家でハンバーグを食べるだけで全くクリスマスっぽさが無い。もっと豪華なディナーの方が良かったのではないかとも思えてくる。せめて何か豪華なプレゼントでもすべきなのではないかと考えて、ミラは白夜に「食事の礼がしたい」と言い、何か欲しいものは無いかと質問する。白夜は気を遣わないでほしいと言うが、ミラはこのままでは気が済まないのだと言う。
それならば1つだけお願いがあると言い、白夜はミラに「白夜」と呼んでほしいと伝える。それを聞いてミラのメガネがまた割れてしまう。ここでミラが気を取り直してメガネを交換して「もう一度」と白夜に何と言ったのかもう一度確認させてほしいと頼み、白夜は戸惑い「名前で呼んでください」と、より明確に意図を伝えると、またミラのメガネが割れてしまう。ミラは白夜が自分の戦意を挫き理性を破壊しようと精神攻撃を仕掛けるつもりなのかと警戒するが、この状況で自分の理性を破壊しても危険な目に遭うのは白夜の方であるのにどうしてこんな攻撃を仕掛けてくるのか意図が読めず、何か高度な作戦があるのだろうかと混乱するが、とにかく白夜が可愛いというしょうもない結論しか出てこず、新たにかけ直そうとするスペアのメガネは手にした状態で割れてしまう。
そんな感じでミラが混乱していると、白夜は今日は自分たちは「敵同士」として会っているわけではないので、自分のことは「魔法少女」ではなく名前の「白夜」と呼んでほしいのだと説明する。そう言われるとミラも確かにその通りだと納得する。いつもは敵同士が対決するという形で待ち合わせしているのだから名前で呼んだりするのは不自然だと思えたが、今日だけは「クリスマスだから会おう」という趣旨で会っている。別に敵同士だから会っているのではない。ならば名前で呼んだ方がむしろ自然であろうと思い、ミラは「白夜さん」と呼んでみる。すると白夜は嬉しそうに「はい、参謀さん」と返してくれる。
だが、ミラは「君だけか?」と問い返す。今日だけは敵同士として会っていないのというのなら、自分だって今日は「悪の参謀」ではないはずだというミラの指摘を受けて、白夜も照れながら「ミラさん」とミラに向かって呼びかけてくれる。それに対して一瞬息を呑んだミラは微笑んで「白夜さん」と返し、その後2人で「白夜さん」「ミラさん」と呼びかけ合う流れとなる。ここでいつもなら「ミラさん」と呼ばれた時点でミラのメガネが割れるところなんですが、今回はミラのメガネは割れなかった。
そういうところを見ると、どうやらミラのメガネが割れる理由は「白夜に対する恋心が昂ったから」とか「白夜についてエッチな妄想が膨れ上がったから」とか、そういう青少年の何かが暴発するような現象とは違うようです。この時ミラのメガネが割れなかった理由は、おそらくこの時のミラが事前に白夜に「今日だけは敵同士ではない」という保証を貰っていたからなのでしょう。つまり、ミラのメガネがいつも割れている原因は「敵同士なので戦わなければいけないはずの相手を愛しく思ってしまうという葛藤が極限に達すること」なのだと推測されます。それが今回、白夜に「今日は敵同士ではない」と言われた後はミラはいつものように葛藤に苦しむ必要が無くなり、穏やかな心で白夜を慈しむ自分の気持ちを受け入れることが出来て、その結果メガネは割れなかったのでしょう。
そうして「ミラさん」「白夜さん」などと呼び合っていると、猫の御使いがアパートに帰ってきて2人の頭をハリセンでしばいて、さんざん愚痴って「お互いの立場をわきまえろ」と説教をかましてくる。凄いお邪魔無視なんですが、ミラは御使いのおかげで我に返り、危うく流されてしまい自分の立場を完全に忘れるところだったと反省する。そこに火花が白夜にアップルパイを届けにやって来て、鳥の御使いもついてくる。火花はお約束で白夜にコブラツイストをかけ、そのまま白夜の部屋で皆で宴会となる。悪の組織の本部でもミラの送ってきたクリスマスケーキで、皆でクリスマスパーティーをする。そうしてクリスマスの夜は更けていき、ミラは白夜と別れて帰ることとなり、別れ際「メリークリスマス、白夜さん」と挨拶し、それを承けて白夜も「はい、メリークリスマスです、ミラさん」と返して、そうして2人のクリスマスは終わったのでした。そういう感じで次回に続きます。
異世界失格
第9話を観ました。
今回もまた前回に引き続いて文句なしの神回でした。センセー達の旅は前回のドンナスターク地方の世界樹のある地から更に南下して海峡を越えてザムスターク地方に移っています。ここは砂漠の多い土地でありドワーフ達の多数の部族に分かれて暮らしているらしいが、まだそういう人のまとまって住む地に到着する前の、ほぼ無人の砂漠地帯をセンセー達は旅している。当面の目的地はドリッテン聖堂であり、そこに行ってセンセーの探す「さっちゃん」という女性の手掛かりを探るというのが当面の目標なのですが、そこに至る最短距離を行くと砂漠を突っ切る旅となってしまったようです。旅の方針を決めているアネットもザムスターク地方の地理には詳しくないようで、しかも砂漠の旅も未経験であり、こんなふうに灼熱で無人の砂漠を突っ切る長い旅になってしまったことで慌てています。タマも砂漠の旅は未経験のようで、あまりの暑さに戸惑っている。そんな中、センセーはいっそこの暑さで死んでしまえたらどんなに良いだろうかとテンションが高い。前回、世界樹での経験で少しは改心したかとも思ったんですが、全くこのヒトは相変わらずみたいですね。だが、そんな連中の中でニアだけは余裕の態度です。なんでもニアはこの地方の出身だそうで砂漠にも詳しいのだという。今回はこのニアに焦点の当たったエピソードということになります。
ニアとセンセー達が出会ったのはこのザムスターク地方に隣接するドンナスターク地方でしたが、ニアの言うには他にも色んな地方を転々としていたとのこと。ドンナスターク地方でセンセー達と出会った村でもニアは何処かから流れ着いて住み着いて「転移者と知り合いだから紹介してやる」などとホラばかり吹いていました。その挙句、自分のことを「勇敢な戦士」などと売り込んできてセンセー達の旅に同行するようになった。あの時の描写から、ニアは本当は「勇者」に憧れており、センセーのことを「勇者」だと認めて、それでついてくる決断をしたというのは分かりました。もちろんセンセーが「勇者」などではないことはニアもすぐに分かったはずなのですが、それでもニアがセンセーと一緒に旅をし続けている理由は、センセー達と一緒に旅をすることで自分が「勇敢な戦士」になれるのではないかと思っているからみたいです。
ニアの初登場時のエピソードでもニアが彼にはあまり相応しくなさそうな立派な剣を持っていて、センセー達を騙したりしていた当初はその剣を身に着けてはおらず隠れ家のようなところにしまっていたのですが、センセー達と一緒に旅をすると決めて「勇敢な戦士」を自称し始めた時からニアはその剣をずっと身に着けており、どうやらこの剣がニアにとっての「勇者」や「勇敢な戦士」への憧れの象徴のようなものとして描かれているようです。ただ、ニアはこれまで一度もこの剣を抜いていません。グリューンの王都などではそれなりに危機もあったので剣を抜いてもよさそうな場面もあったのですが、それでもニアがこの剣を抜く描写はありませんでした。「勇敢な戦士」などと自称はしているものの、ニアがこれまで役に立ってきたことは牢屋の鍵を開錠したりとかセコい働きばかりでした。
そんなニアがこの砂漠では自分の知識が役に立ちそうだと思って張り切っており、砂漠の旅の心得について講釈を垂れ始めます。それによると、砂漠はあまりに暑いので盗賊も魔物も夜間に活動するのだそうで、今のような昼間はむしろ旅人には安全なのだという。だから昼に進んで夜は何処かに隠れていた方が良いということなのですが、ところがそんなことを言っているそばから、いきなり盗賊みたいな連中が砂の中から飛び出してきて襲ってきて、通行料を寄越せとか要求してくる。
この連中は「狩男(カリーマン)」とか「異世界麗心愚(イセカイレーシング)」などと書かれた旗を掲げていて、田舎の暴走族みたいな恰好をしており、バイクではなく巨大サソリに跨って砂漠を駆け回っているようで、マッドマックスの悪役みたいな奴らです。そのリーダーは「初代総長」という肩書の「トオル」という男で、明らかに転移者たちでした。日本の田舎の暴走族みたいな連中がこの世界に転移してきてチートスキルとして魔物を乗り物として使役する能力でも得たのでしょう。そしてその能力を使って悪事を働いている。全く転移者はロクでもない連中が多い。そもそも「元の世界で不幸だった者が召喚される」というこの世界の召喚システムに根本的に問題があるように思えてならない。そんなの、どう考えてもクセの強い人間ばかり転移してくるに決まってます。センセーみたいなのを筆頭に。これまでの例も自殺志願者、イジメ被害者、性格異常者、ヤクザ、そして今回の暴走族とか、ロクなのが居ません。
このカリーマン達は砂除けの仮面みたいなのを装着しており、乗り物としているサソリと共に砂の中を潜って移動しているみたいで、それで直射日光を受けずに昼間でも活発に動き回れているようです。そうして昼間なら安全だと思って砂漠を進む旅人を捕らえて「通行料」という名目で金品を巻き上げているようです。それでアネットとタマはこのカリーマン達と戦闘開始となり、ザコ共を蹴散らしますが、総長のトオルは棺桶のところに居るセンセーを狙って突っ込んでくる。センセーの傍にはニアが居て、ニアは背中の剣を抜いてトオルに立ち向かおうとしますが、手足が震えて剣が抜けない。
その様子を見てトオルがニアの腰抜けっぷりを嘲笑し、自分は「勇敢な戦士」だと言い返すニアに向かって、自分の乗るサソリの猛毒で死ぬ覚悟があるのかと問い質し、そんな覚悟も無い臆病者には剣を抜くことは出来ないのだと言ってニアを見下す。ところが、そのトオルの話を聞いてセンセーが急に元気になって「自分にはその覚悟がある」と言ってトオルに迫っていく。もちろんセンセーは強気を示しているのでも何でもなく、本当にサソリの毒針で刺して殺してもらいたくてトオルに迫っていってるのだが、
トオルはセンセーがそんな変態だとは知らないので、センセーが虚勢を張っているのだと勘違いして、センセーをサソリの毒針で刺します。しかしセンセーの猛毒によって逆にサソリの方が即死してしまい、センセーはまた死に損なってしまった。結果としてトオルは愛車のようにして乗っていたサソリを失ってしまい、激怒してセンセーに襲い掛かってくる。センセーは戦う気は無いのでニアがトオルを迎え撃つために剣を抜こうとするが、毒サソリという武器を失い金属バットを持っているだけのトオルに対してすらニアは震えてしまい剣を抜くことが出来ない。
するとその瞬間、獣の咆哮のような大きな声が響き渡り、カリーマンの連中は急に慌てて「狼のヤツだ」とか言って砂の中に撤退して去っていった。どうやらカリーマンにはこの砂漠において狼のような敵がいて、彼らはその敵を恐れているようです。おかげで助かったセンセー達であったが、その狼のような存在はセンセー達にも危害を加える恐れも考えられ、どうもこの砂漠は昼間でも物騒みたいでした。どうやらのんびりしてもいられないようで、早く安全な地点まで移動したいところであり、この地に詳しいというニアの案内が頼みとなるが、そのニアは先ほど剣を抜くことも出来ず何の役にも立てなかったことを気にして元気が無くなってしまった。
センセーを危険な目に遭わせてしまったことを謝り「俺が臆病だったせいだ」と落ち込むニアに対して、センセーは「最初から英雄だった者などいない」「笑われて笑われて強くなる」と、そういうものだと言って励ましてくれる。アネットもタマもニアを非難もしないし嘲笑ったりもせず、頼りにしてくれる。ニアはこれまで3人に対して必死で虚勢を張っているつもりだったので、3人が自分のことを強いと思っているのではないかと思っていたようだが、3人とも出会った時からニアが臆病であることぐらい分かっていた。だがニアはまだ子供なのだから、今は確かに即戦力ではないけれども、これから本当に「勇敢な戦士」になれる可能性もあると思って期待してくれているのです。だからニアを否定する気など3人には全く無い。そんな3人の温かい心に触れてニアも元気を取り戻して、近くに宿のアテがあると言って皆を道案内する。
そうして辿り着いたのは砂漠の真ん中にポツンと建つ小さな平屋の建物で、そこはどうやら孤児院のようだった。実はニアはこの孤児院で育ったのだという。院長のキャシーおばさんやそこで養育されている孤児たちがニアの顔を見て驚き歓迎してくれて、センセー達は孤児院で歓待されることとなった。しかし、せっかく出された料理にセンセーは「薄味でかなわん」「化学調味料は無いかね」などと失礼なことを言う。ただ「化学調味料」などと言われてもこの世界の人間には何のことか分からないのでキョトンとされてしまいセンセーも苦笑するしかなかったが、このセンセーが言っている「化学調味料」とは「味の素」のことです。太宰治は生前、やたらと味の素が好きで、あらゆる料理に味の素をふりかけて食う癖があったのだそうで、この場面はそうした太宰治の実話を基にしたパロディシーンということになる。
ただセンセー以外のアネットやタマにもキャシーおばさんの作ってくれた料理は好評で、ニアも自分が居た頃よりもずいぶん料理が美味しくなっていることに気付いた。聞いてみると、最近はこの孤児院に食材を寄付してくれる親切な人がいるのだという。ただ、その人に礼を言いたいのだが、いつも姿を現さず食材だけ置いていってしまうようなのだとキャシーおばさんは言う。ずいぶん立派な人もいるものだとニアが感心していると、孤児院の弟分や妹分みたいな子供たちがニアに「勇敢な戦士になれたのか?」と興味津々に聞いてくる。どうやらニアは「勇敢な戦士になるまで孤児院には戻らない」と宣言して孤児院から旅立ったようなのです。そのニアが戻ってきたということは、きっと「勇敢な戦士」というものになって帰ってきたのだろうと思って孤児たちは目を輝かせている。
しかし、さっきも暴走族相手に剣を抜くことも出来なかったニアは自分が「勇敢な戦士」になどなれていないことは痛感していますが、そんなことはカッコ悪くて言えない。いや、孤児たちはニアに憧れの目を向けて質問してきているのであり、本当のことを言って彼らを失望させたくないニアは必死で誤魔化して、自分は勇者パーティーの一員になったのだから、そりゃ「勇敢な戦士」に決まっているだろうとか言って孤児たちを言いくるめようとします。
すると「勇者パーティー」と聞いて孤児たちは目を輝かせて「勇者」は誰なのかと問うてくるので、ニアはセンセーを指さして「あの人が勇者だ」と言う。孤児たちはあんまり「勇者」というイメージではないセンセーを見てちょっと困惑し、センセーも「私は勇者などではない」とミもフタも無いことを言う。だが「私は作家だ」というセンセーの言葉に興味を持った孤児たちは「作家」とは何なのかと問い、アネットが「お話を作る人ですよ」と教えてくれたので、センセーに「お話」を聞かせてほしいとせがんでくる。それに対してセンセーは「派手に散財した挙句、その借金を友人に押し付けて逃亡した男の話」を聞かせようとするのだがキャシーおばさんに「子供にそんな話をするのは止めてくれ」とダメ出しされてしまう。
この「派手に散財した挙句、その借金を友人に押し付けて逃亡した男の話」というのは太宰治の代表作「走れメロス」の元ネタとなった実話であり、その実話の主は太宰治本人です。熱海の旅館で執筆活動中に友人を呼びつけて遊興に耽り金が無くなってしまい金策に行くと言ってその友人を旅館に人質として置いていき、そのまま太宰が一向に帰ってこないのでその友人が探しに東京に戻ったところ、太宰は東京で遊興に耽っていたという。酷い話であり「走れメロス」とは真逆の話です。自分の身代わりに処刑になる友人のために必死で走って戻ったメロスの話「走れメロス」は学校の教科書の定番の教材となっており「子供に教える話」のド定番ですが、その作者である太宰治のこのサイテーな実話は確かに子供に聞かせるべき話じゃないですね。センセーはなんて酷い話を孤児たちにしようとしてんだよ。せめて「走れメロス」の話にすべきだろうに。
まぁそんな話はともかく、子供たちも寝入った深夜、あの昼間に砂漠で聞いた獣の咆哮がまた響き渡り、ニア達は不安になる。キャシーおばさんの言うのは最近このあたりを徘徊するようになった飢えた狂暴な狼の魔物だという。そんな魔物がウロウロしているので夜中は外出など出来ない状況らしい。だがセンセーは使い魔のメロスが何かを感じて砂漠に飛んでいくのを追っていき、興味深い光景を目撃する。それは、砂漠の中にあるオアシスのような場所で惨殺された魔物の群れと、その死体やその周囲にある樹の幹に残された大きな爪や牙の跡でした。どうやらその狼の魔物とやらの仕業のようです。キャシーおばさんは飢えた狼の魔物がそうやって他の魔物を食い殺しているのだろうと思っているようですが、しかしよく見ると殺された魔物の死体は食われた跡は無い。ただ殺されているだけでした。そこにセンセーは興味を惹かれた。
一方、深夜に孤児院で目覚めたニアは窓の外に何かの影が動いたのを見て、もしやキャシーおばさんの言っていた「飢えた狼」がやって来たのではないかと思ってビビる。だが孤児たちに「勇敢な戦士になる」と啖呵を切って出ていったことを思い出し、その孤児たちを守るために少しぐらい勇気を出さないでどうするのかと思い、必死で勇気を振り絞り、剣を握って建物の外に出て周囲を探ろうとする。すると見知らぬ中年のおじさんと遭遇して、ニアは相手のことを泥棒なのかと警戒しますが、そのおじさんはとても気弱な感じの人で、しかも松葉杖のようなものを用いて歩いており、どうやら脚が不自由のようだった。それにおじさんの持っていた荷物が野菜や果物ばかりであったので、ニアはこのおじさんがキャシーおばさんが言っていた「孤児院に食材をコッソリ置いていっている親切な人」なのだと気付く。こうやって夜中にこっそり忍んできて食材の入った袋を孤児院の玄関先に置いて帰っていたのでしょう。
ニアはどうして直接渡さずにコッソリ置いていくのかと質問するが、そのおじさんは「自分は影ながら支援するだけで十分だから」と答える。更に「私にはそんな資格は無い」というよく分からないことも言う。そんなおじさんに興味を抱いたニアは2人で建物の外で話し込み、自分の身の上話もします。そこでニアは、自分は両親が幼い頃に死んでしまったのでこの孤児院で育ったのだと言い、自分の持っている剣について「父親の形見の剣」なのだと言う。ニアは父親のことをよく知らないのだが、こんな立派な剣を持っていたのだからきっと勇敢な戦士だったに違いないと思った。そう思うことで自分に誇りを持ちたかったのだろう。そう思うことでニアは真っすぐ誇りをもって育つことが出来た。
それでニアは、孤児院で一緒に暮らしていた小さい子たちにも自分と同じように誇りを持って生きてほしいと思った。そのために一緒に暮らして兄貴分である自分がこの剣が似合うような、自分の父親に負けないような勇敢な戦士になりたいと思った。自分がそんな勇敢で立派な戦士になって有名になれば、きっとこの孤児院の子供たちも自分を孤児だなどと卑下することなく、ここの出身だということを誇りに思って真っすぐ育つことが出来る。ニアはそう思ったのです。それでニアはその剣を持って武者修行の旅に出て「勇敢な戦士になるまで帰らない」と孤児院の子たちに宣言したのです。
ニアがもともと「勇敢な戦士」に憧れを抱いていたのはそういう事情があったからでした。だが、ニアは大事な時に勇気が出ない臆病者であり「勇敢な戦士」になるのは難しいと感じた。そもそも戦うのが怖くて一度も剣を抜いたことも無い。それで「勇者」のパーティーに入れてもらえばそんな自分でも強くなれるんじゃないかとも考えたが、各地を回って探し当てた「勇者」を名乗る転移者たちはクズのような連中ばかりで話にならなかった。それで絶望してしまい詐欺みたいなことをして日銭を稼ぐ生活に身をやつしていたところでセンセー達に出会い、センセーこそが「勇者」だと見込んで一緒に旅をして今度こそ「勇敢な戦士」になろうと頑張ったのだが、センセーは全然「勇者」らしいことをしないし、自分は何の役にも立つことも出来ず、相変わらず肝心の時に剣を抜く勇気も出なかった。
そんな自分をニアは自嘲したが、そのニアの話を聞いたおじさんは涙を流す。ニアはなんで初対面のおじさんが自分のこんな情けない話を聞いて涙まで流してくれるのかと驚くが、おじさんはニアに「君は立派だね」と言って褒めてくれる。そして「私も君のように優しい人でありたい」とも言ってくれる。おじさんはニアが決して勇敢ではなくても、孤児たちに対して優しい気持ちを持っているからこそ臆病でありながら戦おうとしているということを「立派だ」と褒めてくれているのです。ニアはそんなふうに褒めてもらえて嬉しくなり、そんなふうに自分を励ましてくれるおじさんこそ自分よりも何倍も優しい立派な人だと思えた。だから、そんなおじさんが「君のように優しくありたい」なんて言うのをちょっと不思議にも感じたが、きっと謙虚な人なのだろうと思い好感を抱いた。
実はそうしたニアとおじさんの会話を孤児院に戻ってきていたセンセーが物陰に隠れて聴いており、何やら熱心に手帳にメモをとっていた。センセーがこのようにメモをとる時というのは創作意欲が湧いた時なのであり、どうやらセンセーはニアかこのおじさんの何れかに対して興味を抱いて物語を書こうとしているようです。
そうして朝になり、おじさんは去っていこうとするが、ニアはおじさんの食材調達を手伝うと申し出て、おじさんと2人で夕方まで近くのオアシスを回って野菜や果物などを集めて回り、夕方に大量の食材をこっそり孤児院の玄関先に置いて、皆が驚いて喜ぶのをおじさんと一緒に物陰から見守って、おじさんの優しさや喜びがどういうものなのか身をもって実感した。
そうして何食わぬ顔で夜になって孤児院に戻ってきてニアは満足した気持ちで疲れて早めに眠りについたが、そこにキャシーおばさんが慌てて入ってきて、孤児の1人があの暴走族連中に攫われたのだと言う。そうしているとあのトオルに率いられた暴走族連中が孤児の1人を人質にして孤児院に押しかけてきて、ショバ代の上納金を払えなどと無茶なことを要求してきて、要求を聞かないのなら孤児を殺し孤児院も潰すなどと言って暴れ始める。それでアネットやタマも外に出てきて、トオルたちは昨日の恨みを晴らすと言って襲ってくる。
そんな中で孤児の弟分を救うためにニアは剣を抜いて戦おうとするのだが、やはり手足が震えてきて剣が抜けない。それで棒立ちになってしまっているところを、駆けつけたおじさんに促されてひとまず物陰に隠れることになった。そこでニアは、孤児たちを元気づけるために「勇敢な戦士」になろうとしているはずの自分なのに、その孤児の命を救うために剣を抜くことさえ出来ないことに絶望してしまう。そうして、何で自分はこんなに臆病なのだろうかと悔し涙を流すニアの姿を見て、おじさんは何やら激しく苦悩し葛藤した後、ニアに対して「あとは私に任せて、君はここに隠れていてください」と言う。
そしておじさんは自分は転移者であると打ち明ける。続けて「元の世界で私はこの足のせいで大切なものを失いました」と言い、松葉杖を捨てて、自分の脚で立つと「ですが今の自分には力がある」と言うと、巨大な狼男の姿に変身して「このような心優しい少年を悲しませる下劣な輩を葬り去る力があるのです!」と怒りを爆発させて獣の咆哮を上げて飛び出していき、暴走族集団に襲い掛かり蹴散らしていき、遂には総長のトオルが慌てて逃げていくのを追いかけて食い殺そうとする。
その姿をニアは唖然として見つめ、物陰ではセンセーがおじさんの変身した狼男を見て夢中で手帳にペンを走らせていました。つまり、センセーが創作意欲を掻き立てられたのはニアではなくおじさんの方だったのです。センセーはまず使い魔メロスと共に見つけた魔物の群れの惨殺現場を見て、それが「食べるための殺戮」ではなく「殺すための殺戮」であることに気付き、爪痕や牙の跡から例の狼の魔物が己の力に溺れて暴走しているだけなのだと見破った。そして、それはおそらく魔物の類ではなく、これまでに会ったスズキやカイバラのような「身の丈に合わない巨大な力に溺れて自分を見失い暴走した転移者」に違いないと判断した。そうして孤児院に戻ってきたらニアとおじさんが話しているのを見て、その会話を盗み聞きして、こんな夜中に危険な魔物が出る中で孤児院に忍んでくるおじさんが普通の人間であるはずがないということに気付き、おそらくこのおじさんこそが狼の正体なのだとセンセーは気付いたのでした。
そうしてセンセーはこのおじさんがどうやってこのような転落を遂げたのか知りたいと思っていたのだが、そこに暴走族集団の襲撃があり、そこにおじさんが現われてニアと共に物陰に行くのを見たセンセーはそれを尾行して2人の会話に聞き耳を立てていた。すると、おじさんが転移者だと打ち明け、元の世界で脚が不自由で大切なものを失ったが、今は悪者を倒す力があるのだと言って狼男に変身するのを見て、センセーはやはり自分の読み通りだったと確信した。このおじさんは元の世界で無力だったゆえにこの世界で力を得て、その力に溺れて暴走しているのだと確信したセンセーは、そうした設定のもと、変身したおじさんの暴走具合を克明に書き綴り、夢中で「愚かな転落者」の物語を書き進めていった。
実際のところ、センセーの見立てはそう間違ってはいなかった。狼男に変身したおじさんはトオルを追いかけながら、元の世界での不自由な身体と違って力強く走り回ることの出来る快感に酔いしれており、そんな自分を恐れて逃げ惑うトオルの姿を見て嗜虐の悦びに浸っていた。そして元の世界で自分から大切なものを奪った悪者たちとトオルを重ね合わせて、己の復讐を果たすために殺したいと思っていた。そうした歪んだ感情を叫び散らすおじさんの姿を見て、そうした歪んだ姿こそがやはり「人間性の本質」なのだと思ってセンセーは夢中でペンを走らせます。
しかしニアは全く違うことを考えていた。ニアはおじさんの醜く暴走した姿を見て、どうしておじさんが孤児院の子供たちに会う資格が無いと言っていたのか理由が分かった。自分の中のそうした醜い感情の存在を知っていたから、おじさんはそんな自分が子供たちに顔を合わせる資格など無いと恥じていたのだ。しかし、それでもおじさんは孤児院に食材を持ってきてくれていた。そして「君のように優しい人でありたい」と言ってくれていた。おじさんは自分の心の醜さを知りながら、それでも「優しい人でありたい」と懸命に願っていたのだ。
そうしたおじさんの気持ちがニアにはよく分かった。ニアも自分の臆病さを知りながら、それでも「勇敢でありたい」と願い続けている。それは願っているだけでいつも上手くいかず、結局は臆病に流されてしまって悔しくて苦しい想いをするばかりでした。おじさんもそれと同じで、自分の中の獣性を知りながら、それでも「優しい人でありたい」と願い続けて、それでもこうして獣性に負けてしまう。さぞ悔しいだろう。さぞ苦しいだろう。そう思うとニアはそうしたおじさんの「優しい人でありたい」という気持ちだけは何としても守ってあげたいという気持ちが湧き上がってきた。
おじさんは自分のことを褒めてくれたのだとニアは思った。自分のことを「たとえ臆病でも孤児たちへの優しい気持ちを貫くためにならば戦おうとする立派な人」だと褒めてくれた。自分はそのおじさんの優しさに励まされたのだと思ったニアは、それならば自分はおじさんが「優しい人でありたい」という気持ちを守るためならば臆病を乗り越えて戦わねばならないと思った。そして戦えるはずだとも思った。するとニアは臆病な気持ちを乗り越えて初めて剣を抜くことが出来た。「勇敢に悪と戦うため」には決して抜けなかった剣が、「優しさを守るため」ならば抜くことが出来たのです。
そうしてニアはトオルに襲い掛かろうとするおじさんの爪を剣を受け止め、「もうやめてくれ!これ以上やると元の優しいおっちゃんに戻れなくなると思うんだ!」と叫んでおじさんを説得しようとする。だが暴走したおじさんは止まることはなく、「邪魔をするな!」と叫んで今度はニアに襲い掛かる。ところがニアはその爪を剣で受け止めず、剣を捨てて丸腰となり、両手を広げておじさんの爪の前に身を晒したのでした。そのままではニアはおじさんの爪に引き裂かれて死ぬところであったが、おじさんの爪はニアに届く直前で止まった。
ニアは自分がどうして剣を抜けたのだろうかと考え、それは「おじさんの優しい心を守りたいと思えたから」だと思った。つまり、おじさんを殺したり傷つけたりすることが目的なのではない。しかし、それならどうして自分は剣を抜こうと思ったのだろうかとニアは不思議に思った。説得するのが目的ならば剣を抜く必要は無かったはずだと思えた。しかし自分は咄嗟に剣を抜いた。それはおじさんを説得するためには剣を抜く必要があったからなのだとニアは考えた。そこまで考えて、ニアは「抜いた剣を捨てるために剣を抜く必要があったのだ」ということに気付いたのです。「力」に溺れて振り回されているおじさんを止めるためには、ニア自身が「力」に溺れることなく「力」を捨ててみせる姿勢を示す必要があったのです。それに気付いたニアは手にしていた剣を捨てて、おじさんに「力に頼ること」よりも「力を捨てること」の方がより勇敢で立派な人間の振る舞いであるということを理解させたのでした。
そうしたニアの姿を見て、おじさんはニアを斬り裂く寸前で爪を止めて、ニアのキッと自分を睨む目を見て、そこに自分が元の世界で知っていた「本当の勇敢さ」を見た。そして、そうした本当に自分に必要だった勇敢さに背を向けた自分の逃避に走った暴挙を恥じ、悲しみの咆哮を上げると頭を抱えて苦しみながら見る見る身体が縮んでいき、元のおじさんの姿に戻った。そんなことをしている間に暴走族集団たとは蜘蛛の子を散らすように逃げていき居なくなった。
その後、おじさんは自分の元の世界での話をニア達に打ち明けた。おじさんはサイトウという名であり、元の世界では両親を早くに亡くして子供の頃から脚が不自由で車椅子生活であり、孤独な毎日を過ごしていた。しかし、そんなサイトウがある日、不良たちにカツアゲされていると1人の少年が助けてくれた。そうして生まれて初めて他人の優しさを知ったサイトウはその少年と友となったのだが、カツアゲを邪魔された不良たちが仲間を連れてきてその少年はサイトウの目の前でボコボコにされてしまった。サイトウはその少年を助けたかったが、脚が不自由な自分では彼を助けることは出来ないと思うと情けなくなり、その場を逃げ出してしまった。きっと少年は自分に失望したことだろうと思うとサイトウは絶望し、脚さえ動かせれば彼を助けることが出来たのに、脚が動かせない自分はなんて不幸なのだろうと思って車椅子で逃げていたところ、そこにトラックが突っ込んできて、気がつくとザウバーベルグに転移してきていた。
今でもサイトウはあの日のことを忘れたことはないと言う。「この脚さえ動けば彼を助けることが出来たのに」と悔しさを感じ続けているのだという。だからその裏返しのように「巨大な狼男になって力強く駆け回り暴れ回り悪を懲らしめることが出来る」というチートスキルが与えられたかのようにも思えます。しかしセンセーはそんなサイトウの話を聞いて「ずいぶんと自分に都合の良い解釈をするものだね」と冷たく言い放つ。センセーは「サイトウがその少年を助けられなかったのは脚が動かなかったからではなく、臆病だったからだ」と指摘し、「脚が動かせなかったから」というのはそうした自分の心の弱さを覆い隠す「体の良い言い訳」に過ぎないのだと言う。そして、そういう「自分の本質的な弱さ」を直視せずに自分に都合の良い嘘を重ねる心の歪みこそがこの世界で与えられた身の丈に合わない力に溺れて暴走させ悪事に走ってしまう原因なのではないかと指摘する。実際、今までセンセーが出会ってきた転移者はそんな連中ばかりだった。
それはサイトウにも図星であったようで、返す言葉も無く黙り込んでしまう。だがニアはセンセーの胸倉を掴み「皆がセンセーみたいに強いわけじゃないんだ!」と猛然と反論するのでした。自分も臆病者だからいつも逃げたり嘘をついたりしてしまう。それでも次こそは逃げないようにと、次こそは自分に負けないようにと必死で頑張っているのだとニアは涙ながらにセンセーに打ち明け、それはサイトウも同じはずなのだから、サイトウを責めないでほしいのだと訴えかける。
それを聞いてセンセーは、確かに自分は偏った見方をしていたのかもしれないと思った。センセーはてっきりサイトウがスズキやカイバラのように力に溺れてしまっているように決めつけていたが、サイトウはニアに「私も優しい人でありたい」と言っていた。自分の心の歪みを自覚しながら、確かにサイトウはそれに抗っていたのだ。自分の心の歪みを知りながらそれにただ流されていただけのスズキやカイバラとは違うのだ。そう考えると、どうしてサイトウが魔物を殺していたのか、暴走族に恐れられていたのか、その理由がよりクリアに分かってくるように思えた。それらは単にサイトウが力に酔って暴走していたのだとセンセーは思っていた。だが、実際はそうではなかったのだと思えてきた。魔物を殺していたのも、暴走族を威嚇していたのも、サイトウは孤児院を守ろうとしていたのだ。毎日、孤児院にコッソリと食材を置いていくような人間なのだから、そう考える方が辻褄が合う。つまりサイトウは身の丈に合わない強大な力を得ても、それに流されることなく善良な人間であろうと努力をし続けていたということになる。確かに最終的には力に溺れてしまったし、そうしたスズキやカイバラと同じような醜い側面は確かにサイトウの中にも存在はしていたのは間違いない。それでもサイトウはそれに抗うことが出来ていたのだ。
しかし、それは一体どうしてなのだろうかとセンセーは不思議に思った。スズキやカイバラにはそれは出来なかった。ヤマダも行動そのものは善良ではあったが自らの傲慢に流されることに抗うことは出来ていなかった。なのにどうしてサイトウだけはそれが出来たのだろうかとセンセーは不思議に思った。だがサイトウがニアに自分のために必死にセンセーに食い下がってくれたことに感謝し、ニアが臆病などということはないのだと言い、力無き身で危険に立ち向かったニアこそが真の「勇敢な戦士」なのだと称えたのを見たことで、センセーはサイトウが「力」に溺れながらも、それでもギリギリのところで「力」に頼らないことこそが真の「勇敢さ」であることを理解していたからこそ完全に「力」に溺れずに済んだのだと理解した。
どうしてサイトウが「力無き者の持つ真の勇敢さ」を理解出来ていたのかはセンセーには分からなかった。あるいは元の世界でそれを知る機会があったのだろうかとも思えたが、とにかくそれをもはや確かめる術は無いようだとセンセーは思った。ニアとサイトウによって自分の勘違いに気付かされる前にセンセーはサイトウに関する物語を既に書き終えてしまっていた。これはとんでもない失敗作を書いてしまったものだとセンセーは後悔したが、どうやら「執筆」のスキルは物語を書き終えると共に発動してしまうようで、それはセンセーにも止めることは出来ず、手帳から飛び出したページがサイトウの周囲を取り囲んで回り始め、センセーはそのうちの1枚のページを手にすると、ニアに「彼を失格者として描いたのは僕の傲慢だったようだ」と詫びると、そのページを破り捨てる。そしてサイトウは孤児院の子供たちに野菜のお礼などを言われると光に包まれていき、ニア達に「君たちと出会えて本当に良かった」と微笑みかけるとこの世界から消えていった。
そしてサイトウは元の世界に戻り、あの少年を見捨てて逃げ出してトラックに轢かれた場面に戻っていた。トラックはサイトウを轢くことなく通過していき、サイトウは異世界転移せずに元の世界に残っていた。そうして横断歩道の真ん中で車椅子が倒れて転がっていて、サイトウは路面に投げ出されていた。すると、そこに顔面をボコボコに殴られたあの少年が追いかけてきていてサイトウに笑顔で手を差し伸べる。少年はサイトウに見捨てられたことなど全く気にしていない様子であった。その笑顔こそがサイトウがニアに重ねて見ていた「力無き者の持つ真の勇敢さ」の原体験であったのでした。そうしてサイトウはその自分の原体験に再会できた嬉しさで涙をボロボロ流して、少年の差し出した手を掴み立ち上がるのでした。そういう感じで今回は終わり次回に続きます。