今日は、息子の小学校の運動会でした。先週の土曜日、今日と、運動会だった学校多かったんではないでしょうか?
楽天のネット・ショップで、カメラ撮影用に脚立を購入し、準備万端の態勢で挑みました・・・。これがあると、人垣の後ろからでも写真が撮れる!。毎年、「買おう、買おう」と思っていて「やっぱ、いいか・・・。」と買わずにいたんですが、あるといいですよー!。家の中での作業(電球取り替えや、クーラー掃除、カーテン取り外しなど)にも使えて、安全性の高いしっかりした作りの物を選びました。持ち運びには、大変ですが、腕力には自信がある方なので、私的には問題無し。
少し肌寒かった日だったけど、子供達は元気!元気!・・・。暑すぎるのも困るからねー・・・。
さて、音楽に行きます。今日は、リトル・リチャードの「トゥッティ・フルッティ(Tutti Frutti)」を。
リトル・リチャード(Little Richard)は、1932年12月5日生まれ。アメリカ、ジョージア州・メイコンの出身。歌手。ロックの創始者の一人。
10代の頃から、皿洗いなどの仕事をしながら歌い続け、1951年~1954年にかけて、友人ジョニー・オーティスの推薦で「ピーコック・レコーズ」から数枚のシングルを出したが、殆ど売れず・・・。
粘り強くデモ・テープをレコード会社に送り続け、1955年、スペシャリティ・レコーズからデビュー。「トゥッティ・フルッティ」、「のっぽのサリー(Long Tall Sally)」、「ジェニ・ジェニ(Jenny Jenny)」、「グッド・ゴリー・ミス・モリー(Good Golly Miss Molly)」といったヒットを飛ばす。エネルギッシュな歌唱法で、草創期のロックに決定的な影響を与えた。
1957年、人気絶頂期に突如引退を表明、アラバマ州のオークウッド大学に入学して、神学を修め、牧師となった。しばらくは、ロックを罪深い悪魔の音楽として遠ざけ、ゴスペルを歌っていたが、1962年にロックの歌手として復帰。この復帰コンサートの前座を務めたのが、無名時代のビートルズだった。この時期、バック・バンドのメンバーの一人にジミ・ヘンドリックスがいた。
もう一曲、ライヴ・ヴァージョンを。比較的、最近(20年ぐらい前?)の映像かな?・・・。
「エピソード番外編」のコーナー!・・・そんなコーナーありませんが・・・。
彼の祖父も牧師で、厳格なクリスチャンの両親の元で育てられたが、実は彼は、ゲイで、しかも近所で有名な悪ガキだった少年・青年時代・・・。一時期、家に居られなかった事もあったという。
「トゥッティ・フルッティ」のエピソードとしては、スペシャリティ・レコーズで、再びレコーディングのチャンスが訪れた時、上手くいかない録音に彼が苛立ち、「ワッババ・ルマンガ ~ 」という意味不明のフレーズを吐いた。それを聴いていた作曲家が「ピン」ときて、慌てて録音したテープを再生し、これを曲に生かすアイデアを思い付いたという。
それがロックンロールの歴史上、最も重要な曲の一つとなった、1955年リリースの「トゥッティ・フルッティ」だった・・・。
The Very Best of Little Richard/Little Richard

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では、また。