今回、ホバート➡シドニー➡羽田➡名古屋という他の国を経由しないで昨日無事実家に到着しました。
オーストラリア-名古屋間の直行便がなくなってしまったので、よく使うのは東南アジアのどこかを経由しての帰国なんですけど、去年と同様、東京経由できました。
今回も素敵な一期一会の出会いあり。
シドニー-羽田間のフライトでは甥っ子にそっくりで同じ年の(北海道出身で関東在住)男性が左隣でした(右隣は空席で超ラッキー)。
夜便なのでほとんど寝ていたけど(私はほとんど寝れていないけど)、羽田到着前から荷物をピックアップするまでいろんな話が聞けて楽しかった。
若くてキラキラ希望に満ち溢れた好青年でした🤩
今回は新幹線ではなく、国内線を使って名古屋までの移動。
セントレア空港からはローカルな名古屋鉄道を使い最寄りの便利な駅まで両親に迎えに来てもらいました。
前回の帰国から1年弱。
まだ1年経っていないのに、両親を見た時に色々な感情が湧き上がってきました。
喜びと感謝が一番に来たのですが、(自分のことは差し置いて)加齢が加速しているかのような両親の姿にすぐ気づきました。
これは帰国の度によくあることだけどね。
実家に戻る前にランチを食べに行き、向かい合った時に気づいたことがありました。
それに気づいたことで心臓が止まりそうなショックの後、バクバク反応が出てきました。
楽しく食事をしていたのですが頭の中は心配から『不安と恐怖』で占領されちゃったのです。
今回は母よりも父親の変化にショックを受けたんです。
実家に戻ってしばらくしたら父が外出したので、私が感じた事を話した時の母の反応を見て
“私はショックを受けたとはいえ
なんと狭い視点で自分の不安という感情だけで
話をしてしまったのだろう…”
と反省しました。
両親、特に父親は病院が大嫌い。
どんなに体調が悪くてもまず行きません。
そして父は博識でとにかく自由人。
自分の信念も意志も強いです。
誰の人生だって基本的には主導権は本人が握るもの。
何よりも私が感じた不安は、本人もその近くにいる母だって感じているに違いない。
どんな選択がその人にとって一番しっくりくるかはその人の人生のタイミングや状況で違ってくる。
親子といえども、どうするかの決断を尊重するのは(難しい問題になることもあるけど)大切なことだと思う。
改めて、今回の旅の大きな目的の一つである
両親との時間を『今ここ』に焦点を当て
一瞬一瞬を大切に
感謝の気持ちを行動で示して過ごすこと
このことをもっと深い所から覚悟をもってすることを肝に銘じさせられることになりました。
今までさんざん『不安』からくる『恐怖』、『罪悪感』、『無価値観』が根底にある反応パターンで『今ここ』からいかに外れた時間を過ごしていたことに気づき、そのことについて向き合い学び続けている。
でも気づいて学んでいるからと言って、何も困ったことが起きない訳ではない。
だから、常に感情がサインとして出てきた時に、その感情に飲み込まれたり、蓋をせずに感情から出てきた体感をきちんと受け入れてみる。
すると感情的な思考でなく、他の人の気持ちを汲んだ思考を選択することができる。
両親は夕方にはもう寝てしまうので、夜の一人時間。
旅の疲れを落とす私の一番の方法は
もちろんサウナとお風呂。
どんなに身体が疲れていても日本でしかできない中庸に戻す手っ取り早い方法。
サウナの後の水風呂に入る前に汗を流す掛水をするのですが、体中の穴を絞めて丹田に意識を持って挑みました。
3回目くらいから掛水も慣れてきた。(6セットくらいサウナに入ったかな。どうも体育会系は体に染みついているらしい)
湯船につかっている時も外にある簡易ベッドのような椅子に寝転がっている時も、ひたすら『今ここ』にこうしていられることに感謝し、それを支えてくれている人たちのことを思い整えることができました。
(サウナに入っている時はテレビがついているのでその情報を軽く聴きながらストレッチしてました)
そして今朝、しっかり氏神様にご挨拶と感謝の気持ちを伝えることができました。
その後は朝食を済ませお化粧をしながら母と会話をしている時、お互いにお互いの加齢に“あちゃ~”と衝撃を受けていたことを知り大爆笑でした。
自分の目で直接自分を見れないように、自分のことより他の人の変化の方が視覚的に気づきやすいですよね。
こんなことを隠さずに話ができ笑い飛ばせる関係になっていることにも、今までの色んな試練を通り過ぎてきたことがあってのことだなぁ、とつくづく感じました。
さー、今回の旅もかなり深いところまで探究できそうだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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