昼間、父が眠りに就くと、ボクも父の横に並んで眠った。

疲れていた。

子供の頃、いつも父の膝に乗っていたことを想い出し、あの頃よりずっと痩せてしまった父が哀れだった。

しかし、父と一緒に眠ることは、この上なく幸せだった。

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程なくベッドに空きが出来たと、病院から連絡を受け、父の看病も一応終えることになった。

病院は、アパートからも近かったので、見舞いに行くにも便利になった。

徐々に回復に向かう父を見て、安心した。


年が変わり、ボクは二十歳になっていた。

相変わらず、セックスワーカーをしていたが、この仕事にも疲れ切っていた。嫌な客が相手だと、吐き気を催すようになり、続けていくことに不安が募った。


成人式の日を迎えた。

式典は、何と言うほどのこともなかった。感慨もなく、退屈だった。

その帰り、ボクは父のために振り袖を着て写真を撮った。

イサオに撮ってもらった。

久し振りに連絡したら、消息が分からず心配していたと言われたが、写真の件は快諾してくれていた。

普通なら何万かいるところだが、成人式の祝いだと言って、ただで取ってくれることになった。

別に金がどうとかではなく、イサオに撮って欲しかった。それ以外の人に頼むことは、微塵も考えていなかった。


スタジオは、以前イサオと住んでいたアパートのすぐ傍にある。

ほんの2、3年前のことなのに、アパートを見上げると懐かしさが込み上げてきた。

どん底だと思っていたあの頃も、今と比べたらずっとマシだったのかも知れないと思うと、一歩も前進していない自分が情けなかった。

成人式という晴れの日の気分は、急降下していった。
何ショットも取ってくれたが、ボクは最後まで上手く笑えなかった。


夕方、アパートに帰ると、ケンゴウは留守だった。

振り袖を着たまま、部屋にひとりぽつねんと居たが、無性に寂しくなり友人の勤めるスナックへ飲みに行った。

ミハレ繋がりで仲良くなったマリの勤める店だ。

割と高級感のある店で、女も7、8人居た。

振り袖姿ということもあり、店の人にも客にもちやほやされた。

燻っていた心も、酒の酔いも手伝いだんだんと晴れてきた。

店のマネージャーの、うちで働いてくれないかという世辞にも近い勧めに、ボクは乗っかった。

勤めることを、その日のうちに決めた。

曲がりなりにも、サラ金という正業に就いたケンゴウを、受け入れようとし始めてくれていた。

実家と二人のアパートを、お互いが行き来するようにもなっていた。

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成人式用にと、母は勝手に振り袖を作りボクにお仕着せたが、父はボクが欲しい物を買ってくれると言ってくれた。

迷わず、父にスーツを仕立てて欲しいと頼んだ。

テーラーを営む父の仕立てで、メンズのスーツが欲しかった。

小さな店だったが、仕立ての良さで普通なら来ないような上得意も持っていた。

しかし、いい職人だが人が良くて商売人ではなかった父の店は、儲かるどころかしばしば赤字に陥り、その穴を母の給料で補填していたので、家での主導権は常に母にあった。

虚弱な上、稼ぎのない父は、肩身が狭かっただろう。

だが、父はいつも優しかった。

ボクは、そんな父を尊敬していたし、愛していた。


以前から、何度か入退院を繰り返していた父は、また入院を余儀なくされたが、ベッドの空きがなく、暫く自宅療養をすることになった。

肺の悪い父は、息が苦しげだった。

かなり悪化しているにも拘わらず、自宅で寝ているしかなかったので、昼間はボクが実家に帰り、店に出る夕方まで看病をすることになった。

往復のタクシー代だけでもかなりな出費だったが、バスや電車はまどろっこしくて利用する気になれなかった。

昼過ぎに往診に来る医師が喀痰を促す注射をすると、その後は見るのも辛いほど咳き込むので、毎日が憂鬱だった。早く入院できないものかと気を揉んだ。


夜中まで仕事をして、翌朝サラリーマンの出勤時間には実家に行き、また夕方にはアパートに戻り支度をして店に出る、その繰り返しが続いた。

ケンゴウと顔を合わせる時間も、殆どなくなっていた。

ケンゴウは仕事をしても、数万円だけ渡されるだけで、後はケンゴウの小遣いになるだけなので、ボクは仕事を辞める訳にはいかなかった。

昼間、父が眠りに就くと、ボクも父の横に並んで眠った。

疲れていた。

子供の頃、いつも父の膝に乗っていたことを想い出し、あの頃よりずっと痩せてしまった父が哀れだった。

しかし、父と一緒に眠ることは、この上なく幸せだった。



初めて見る箏曲の楽譜は、縦書きでしかも漢数字が音符の代わりだった。見慣れない楽譜に戸惑ったが、逆に言えば13個しか音符がない訳で、慣れると覚えやすいかも知れないと思った。

ボクはのめり込んだ。

仕事そっちのけで、没頭した。

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出勤すると、部屋の片付けもそこそこに、道場へと行った。

最初は、普段正座などしない所為もあり、脚が痺れて参ったが、それも徐々に慣れていった。

琴の練習がしたいが為に、以前より真面目に出勤するようにもなっていた。

奥の道場に居ると、一見の指名客などを取らなくてよいと思っていたのに、その音に惹かれてふらふらと見に来る客も居たりして、変わり者のボクを変わり者の客が指名した。
皮肉なことに、琴を弾きたいと思うと客が来て、渋々案内した。


単純な曲から始まった練習だったが、何かに憑かれたように励んだ所為で、自分で言うのも烏滸がましいが、めきめきと上達した。

上達してくると、もっと練習したいと思うようになり、ママに頼んで借りた琴を自宅に持ち帰り、店に出るまでの時間も練習するようになった。もう、店には仕事をするよりも、琴を弾くために通っているようなものだった。

ママの勧めで、発表会の舞台に参加することが決まった。子供の頃のピアノの発表会や、高校の時ブラスバンドのコンクールに参加して以来のことで、胸が躍った

ママの師範でもある先生の元にも、合奏の練習のため参加した。

三絃や尺八も参加するそれは、初めて尽くしで楽しかった。


もうじき二十歳になろうとしていた。

母が勝手に作った振り袖は、発表会で何度も着ることになり、思いの外活躍した。

夜の仕事をしていることは知ってはいたが、まさか身体を売っているなどとは思ってもみなかっただろう。

両親揃って、発表会を見に来てくれた。

父の安堵したような顔に、胸がちくりと痛んだが、それでも父の顔が見られたことは嬉しかった。


ケンゴウとの関係は何の変化もなかったが、両親が段々と折れて、ふたりと実家の間柄は徐々に良いものへと変化していった。

曲がりなりにも、サラ金という正業に就いたケンゴウを、受け入れようとし始めてくれていた。

実家と二人のアパートを、お互いが行き来するようにもなっていた。