ことの発端は、今年の2月号と4月号に、まったく同じものを掲載してしまった。

それに伴ってか、編集長を含む幹部三人が更迭されたらしい。

 

詳しくは他のサイトを確認してくださいな。

 

ドラえもんといえば、国民的なキラーIPではあるが、作者である藤子・F・不二雄さんは、1996年にお亡くなりになっている。

 

さらに、藤子・F・不二雄プロは、ドラえもんの著作権などを管理はしているが、新作漫画を描き続けているわけではない。

 

つまり、30年に渡って、作者が死亡し、新作が描かれてもいないのに、コロコロには1話ずつだかが、どんな基準で選定されてかまでは解らないが、毎月掲載されていた。

 

そもそも、これって意味があるのかが解らないんだ。

 

ドラえもんは、小学館の学習雑誌、例えば小学一年生とか各学年ごとに取り揃えていたものにも掲載されていて、コロコロは、ドラえもんを掲載するために生まれた雑誌とも言えるのだが、いつまでもそれを続ける必要性があったのかが不思議なんだ。

 

コロコロに過去作が掲載されたところで、単行本が売れることに繋がるとは思えないし、それを目当てにコロコロを購入するというのにも結びつかないって思っている。

 

コロコロは、ドラえもんが無くても、ゲームセンターあらし、おぼちゃまくん、つるピカハゲ丸、ビックリマン、ダッシュ四駆郎!、爆走兄弟レッツ&ゴー、などなど、人気作は他にもあった。

 

新作でもないドラえもんを掲載する必要性があったとは思えないんだ。

 

掲載するにあたって、小学館と藤子・F・不二雄プロ、どちらが作者が死亡しても、こういった形で掲載を続けるということを言い出したのかまでは私は知らないし、知ったところでどうとも思わない。

 

ただただ、この不自然な状態が30年も続いていたことが、解らないってだけなんだ。

 

例えば、クレヨンしんちゃんの作者、臼井儀人さんが亡くなっても、臼井儀人&UYスタジオが、新クレヨンしんちゃんとして、双葉社の何らかの雑誌で掲載が続いているし、TVアニメや映画も続いている。

 

 

ドラええもんに話しを戻すが、TVアニメや映画については、旧作品から持ってくるものもあるのだろうが、新たに制作されているという意味で、これは別物と考えて良いだろう。

 

さて、TVアニメのスポンサーにも小学館はなっているのだが、今回の件をきっかけにスポンサーを降りたりというか、降ろされる可能性もあるのではなかろうか?

 

 

そもそも、なんで幹部三人が更迭されたのかを考えてみたが、藤子・F・不二雄プロが、激昂するようななにか不手際があったとして、という見方が強いのだが、私はちょっと違う見方をしている。

 

昨今、小学館関連のトラブルが多くあって、藤子・F・不二雄プロは、どこかのタイミングで小学館を切ろうと思っていたのではなかろうか?

 

それが、今回の重複掲載をその機会だと判断して、小学館を切ったのではなかろうか。

 

まぁ、憶測でしかないんだけどね。

 

 

そもそも、単行本100巻超えのキラーIPとされるものが、週刊少年誌の看板作品という状態が、そもそも異常なんだよね。

 

こんな状況になった要因の一つは、おそらくはバブル崩壊なんだろう。

 

バブルは弾けても、しばらくは週刊少年誌は伸びていたんだ。

 

それは1995年3・4合併号が、653万部を叩き出して、そこからは下降し続けて今に至るんだ。

 

そこから、ドラゴンボールをどうにかこうにか終了させて、SLAMDUNKなどもほぼ同時期に終了していくこととなる。

 

週刊少年マガジンは、1989年から、はじめの一歩、

週刊少年サンデーは、1994年から、名探偵コナン、

週刊少年ジャンプは、1997年から、ONEPIECE、

これらはいずれも単行本100巻超えしている、それぞれの週刊少年誌の看板作品とされていて、バブル崩壊前後なんだ。

 

小学館の話しなんで、コナンを例にするが、30年以上掲載されて、アニメも30周年だとかで、もっと言えば映画も毎回好評だったりする。

 

でもさ、この30年に現実世界の変化は計り知れなかったんだよな。

 

ガラケーは一般化して誰もが持つことになって、それがスマホになって、生成AIが巷にあふれるなんてことは、掲載開始当時は思いもよらなかったはずなんだ。


黒の組織の連絡方法がメールで、ガラケーの物理キーの電子音が「からすのこ」なんてのは、連載当初は良かったのかもしれないが、今ではそれが古くなってしまっているんだ。

 

他にも、東京のシンボルが東京タワーから、スカイツリーになったりもね。

 

現実が漫画よりも先に行ってしまったってことなんだ。

 

これは、サザエさんやドラえもんにも言えることなんだ。

 

サザエさんはTVアニメとして世代を超えた国民に愛される作品とか言われていたし、東芝の一社提供としても有名だった。

 

しかし、時代が下がると、いつまでもブラウン管テレビや黒電話のサザエさんを見るわけで、もはやこれは時代劇を見ている状況になってしまった。

それも、家電メーカーの東芝がスポンサーなのにだよ。

東芝の業績が悪化して、スポンサーを降りて、いろいろとスポンサーが付いたり消えたりして、まだ続いているのかもしれないが、私はテレビから離れてしまったので結末を知らない。

 

ドラえもんも同じなんだよな。

土管がある空き地なんて、この令和の時代にはおそらく存在しないだろうし、未来の秘密道具に対して、現代の技術が追いつき始めてしまっているんだ。

ほんやくコンニャクは、同時翻訳イヤホン

糸なし糸電話は、ガラケーやスマートフォン

サキ鳥は、AIレコメンド

そっくり銅像キットは、3Dスキャナと3Dプリンター

ひらけドアゲームは、ARやVR

 

もっと言えば、タコピーの原罪、マジカルタルるートくん、これらはドラえもんのアンチテーゼとして存在していて、ドラえもんの時代背景のいじめについて、平成、令和と時代が下がると、いじめに至る経緯やいじめ方、道具による解決ってのが、ズレて来ているんだよな。

 

100巻超え作品を、昨今の子どもたちが買おうという気になるのか?って話しなんだ。

昔は消費税も無くて360円とかだった単行本も、今では税込みで500円超えだったりする。

つまり、100巻を大人買いするとしても5万円を越えるってことで、大人買いと言っている時点で、子どもには手が出せないし、そもそも最初から読もうなんて気にはならないだろう。

まぁやるとしたら電子書籍として、タブレットとかで読むってことになるんだろうな。

 

そういうことも含めて、そろそろ、終わらせてあげたほうが良いと思うんだよな。

 

 

ではでは