なんか、アメコミが衰退しているからと、日本の人気漫画家に描かせれば解決すると思っているらしいんだ。
アホらしいw
まず、そうしてしまったら、それはもうアメコミではなくなって、日本の漫画として発売されてしまうんだよ。
で、今更ながら、日本の漫画のような漫画家、出版社、週刊少年誌という構造でアメコミを作ろうとしているらしいが、これもとき既に遅しなんだ。
週刊少年ジャンプ、週間少年マガジン、週刊少年サンデー、看板漫画が軒並み終盤にさしかかって、次の看板漫画が発掘されないまま、追いついていないんだ。
これは、人気漫画を何十年とそれに頼り切った構造で進めてしまったことに問題がある。
ドラゴンボールがそれの始まりなんだ。
他にも、たとえ人気漫画であろうとも、100巻を越えるようになってしまうと、新規購買層を育てたり発掘したりすることは、どんなに1巻が安かろうと難しいのだ。
単純に1巻500円だとして、100巻だと5万円になってしまう。
人気があるからと、新規購買層になりそうな生まれたときから既に存在して話が進んでしまっている漫画を5万円も掛けて購入したいと思うだろうか?って話しなんだ。
親が子供の頃から買い始めて揃っているならば、それは親が購入し続けるだけで、新規購入者にはなり得ないんだ。
仮に1年は52週で、1巻を8~10話、つまり8週~10週なわけで、5~6.5巻が1年で出てくることになるが、体感的には4巻だと思ってよくて、筆が遅ければ1巻も出ないことも多々ある。
そもそも日本において週刊少年誌が売れていないのに、そのビジネスモデルを今更マネたとして、そもそも漫画家と呼べる母数も少ないアメリカで成功するようには思えないんだ。
それと同じくして、アメコミの問題は、ジャンルに多様性が無いことなんだ。
笑っちゃうよな。多様性、多様性と日本に人種の多様性を押し付けてくる国が、
ことアメコミのジャンルに関して多様性が欠落しているんだ。
奴らの考える多様性ってのは、一つのタイトルの中ですべての多様性を押し込もうとしているって勘違いなんだ。
その多様性は、本来はジャンルとして多様性に富んでいればいいだけであって、それを一つのタイトルですべてを求めるものではないんだ。
それは、アメコミがヒーローものに偏っているというそもそもの多様性がないってことでもあるんだ。
続いて売れない理由は、薄っぺらいのにカラーであるがゆえに高価になってしまっているという点だ。
アメコミでは、作家、線画化、着色化、販売、といったベルトコンベアー式となってしまっているため、作家が変わってしまうと、初期設定はあれど、一貫性が受け継がれない構造であることと、分業が縦割りすぎていて、ある意味変えが効く構造ではあるが、高価になっている理由の一つでもあることは確かだ。
他にも、ナンバリングされているわけではないので、どこから読み始めたらいいかが解らない問題がある。
これらを解消する方法として、人気日本人漫画家に描かせれば良いという理屈ではないことは解るだろう。
つまり、構造的な欠陥を解消する術を模索するべきなんだが、いくつかの壁が存在してしまう。
高価になってしまうのは、カラー化、良質な紙を利用せざるを得ない、こういったところだろうか。
仮に、このカラー化作業をパージしたら、職業倫理的にアメリカではそれは出来ないとなってしまうんだろう。
こういったことも含めて、私が考えるアメコミ再生方法は、
1) 廉価版はカラー化を辞めて、愛蔵版と完全に分離する。
2) 廉価版は同じサイズや厚みなど統一フォーマットでナンバリングする。
3) どの巻から読んでも良いスタイルにする。
この3つかと思っている。
ここで、廉価版としたが、日本の単行本のサイズとしても良い。
更にあるカラー版を色味の違うモノトーンへとAIにでもやらせる。
有識者を集めて、現在溢れている各々のストーリーを、
ある程度辻褄が合う順番を選定する。
その上で、巻を跨いでの辻褄が合わなかったにしても、
同じ巻内では辻褄が合うものだけに再構成する。
必要であれば、その隙間を埋めるストーリーを作っても良いだろう。
これで、日本の単行本スタイルへの変換は出来るだろう。
その上で、巻の表紙やところどころカラー版にしても良いし、巻末に元のカラー版のリンクを掲載すればいい。
これで、ずいぶんと読みやすく、購入しやすい価格帯まで落とせるのではなかろうか。
それにしても、それだけでアメコミが復活するとは思えないのは確かで、とにかくヒーローものだけが人気ってのが問題なんだ。
日本のアニメが日本の放送終了後にネットで世界同時配信されるスタイルが一般的になった。
それでも、日本のアニメの人気トップ層は、あいも変わらずバトルものばかりが占めているんだ。
ドラゴンボール、ナルト、ブリーチ、っていつの時代の話しをしているんだと思ってしまう。
まぁ、コアなファンは日本の漫画やアニメの多様性のあり方に気がついて、自分の好きなジャンルを見つけてきてはいると思う。
そういう層が、アメコミ業界に本当の多様性を持ち込めるようになるまで、多少の時間が掛かるだろうってことなんだ。
日本の漫画にLGBTQ+が無いなんてことはなくて、そういうものを細分化した上で、特化した作品としてみれば、点在はしているし、ある程度は存在しているんだよね。
つまり、バトルものしか見えてない人には、そこまでは映っていないってことだけなんだ。
確かに、人種の多様性に関しては、日本の日本人漫画家が描いているということで、日本人が大多数の漫画ってことになってしまうのは、これは致し方ないんだ。
それは、日本人も、白人だ、黒人だといったアイデンティティをそこまで理解していないから描けないし、描いたとしても間違っていれば非難を受けることにさえなってしまう。
まぁ、浦沢直樹さんとかは、海外を舞台にした漫画を数々出しているなかでの成功者として上げることは出来るので、無いってことではないんだ。
だから、黒人が多く登場する漫画が必要ならば、黒人自身が漫画家になって、そこを埋めていく必要があるということなんだ。
自分の好きな作品に黒人が登場しないから、ブラックウォッシュして、それが正解だとか、政治的に正しいことをしたとか、それは間違った行為だと気がついてくださいな。
日本の作品は、漫画家と編集者のタッグで作品を作っているわけで、その世界観を完全に壊していることなんだ。
政治を持ち込んでしまったら、その作品を政治利用したことになるんだ。
そのために、日本の漫画やアニメがあるわけではないんだ。
アメコミが衰退しているから、日本の漫画やアニメの世界的な隆盛が気に入らないから、潰してやろうってのは、おそらく日本の漫画にハマった人らから、反撃を食らうことになるだろう。
これは、別に漫画やアニメに限った話しではなくて、車とか、スポーツとか、日本は日本人が活躍すると困る人がいるらしいんだ。
そうなると、ルール変更したり、ゴールを変えたりして、さんざん日本や日本人を苦しめてきたよな。
それって差別じゃないのか?
差別を受けたから、差別してもいいという理論ならば、日本もそのルールを活用させて貰うけど、本当にそれでいいのか?
日本人は、一度切った相手はとことん付き合わなくなるからね。
でも、日本は世界の主要国すべてと戦争をしているという、結構頑固な国でもあるんだよ。
ではでは