なぞなぞみたいなタイトルにしてみたが、

どんな食べ物だと思いますか?

 

 

答えは納豆と醤油です。

 

 

納豆菌は、他の発酵食品の製造現場ではご法度である。

 

なぜかというと、納豆菌の繁殖力が、麹菌の繁殖力を圧倒的に上回てしまうから。

 

なので、お酒、醤油、味噌などの醸造所は、徹底的に衛生管理をして、

納豆菌の侵入を防いでいる。

 

これは、現代であれば、理由も解っていて、防御策も解っていて、対策も出来ているわけだが、これらの発酵食品は現代に生まれたわけではなくて、かなり古くから日本に存在しているのだ。

 

しかし、納豆を食べるとすると、必ずといって良いほど、醤油を掛けて食べるだろうし、醤油を掛けない食べ方なんてなかなか思いつきもしないだろう。

 

つまり、過去に、どこかの誰かが、納豆に醤油を掛けて食べると美味しいことに気がついたわけだが、どこで、納豆と醤油が出会って、交雑したんだろうか。

 

 

辻褄が合わない。

 

 

納豆の名産地は水戸だろうか。

醤油の名産地は野田だろうか。

 

そこまで地理的に遠い訳では無い。

 

原材料の大豆に関しては、どちらもどこからか入手するとか、

現地調達出たりするだろう。

 

でも、納豆菌をどうやって醤油の醸造所に入れないようにしたのだろうか?

 

現代の知識が無かった時代、例えば江戸時代くらいまで遡っても、納豆に醤油を掛けて食べていたのではなかろうか?

 

納豆を食べるには醤油が必須なのだから、双方を手に入れるために動いてしまうと、

納豆菌は醤油の醸造所にたどり着く確率は非常に高くなってしまわないだろうか?

 

現代の名産地とそこまで地理的には変わらないだろうから、納豆は水戸から江戸まで、水戸街道だろう。

野田の醤油は柏は隣だから、水戸街道であっけなく合流してしまい、

千住で日光街道に入って、江戸という流れだろう。

 

また、納豆菌は藁があって、適度な温度と、適度な湿気があれば、簡単に繁殖してしまうし、馬小屋なんてのは最適な場所ではなかろうか。

 

そもそも、納豆は稲藁にくるんで製造して、そのまま出荷されていただろう。

 

たくさんの人間を介すことで、確率的に減らしたのだろうか?

いや、そんなに距離は離れていないので、それをする必要性があると気がつくには、江戸時代では難しいのではなかろうか。

 

謎は残ってしまった。

 

現代において、納豆と醤油の相性の良さは誰しもが知っているし、納豆菌に関しては、麹菌との相性が極めて悪いことは調べればわかる。

 

誰かこの歴史ミステリーを解いてくださいな。

 

 

ではでは