最近ハンコを使ったのはいつ?
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判子を使う機会も随分と減りましたね。
最近だといつだろうか。
回覧板に判子を押印するくらいだろうか。
それがいつだったかの記憶すらないです。
今は学生は夏休み真っ最中だろうか。
夏休みと判子というと、朝のラジオ体操の参加者に、
判子を押印した記憶が蘇る。
私の通っていた時代の小学校や小学生ってのは、
第二次ベビーブーム世代なのでして、
児童数が半端ないんです。
小学校6年生になると、一斉下校する班が帰宅ルートで細分化されて班が決まります。
私はその通学ルートの最終地点に近い家だったこともあって、班長になりました。
班長は同じ班の6年生が集まって、1年間の行事を決めたりします。
また、学校の一斉イベントにおいても、この登下校をともにする班で対抗戦みたいなこともありましたね。
20名くらいのメンバーがいたかな。
自分たちも低学年のときに、高学年のお兄さんお姉さんにしてもらった思い出があるので、当時の6年生は低学年からみたら随分と大人に見えたものです。
その中のイベントでメジャーなものが、夏休みの朝のラジオ体操です。
今は駐車場になってしまっているが、その空き地を使って児童やその通学路に住む人達も参加してのラジオ体操です。
参加後にはスタンプを推して、皆勤賞となると何かしら景品を用意したりもしました。
6年生は12歳、そう考えるとあれから45年も経つことになる。
この班に小学生は当時よりも格段に少ないように思う。
ただ、昔は空き地だったり、芝生だったり、駐車場だったりしたところが、
宅地化されていて、子どもは居ることはいるんだ。
自分たちが子ども時代に遊んだ場所は、見る影もなくなってしまってはいる。
まぁ、過疎化するよりは良いんだろうけれども、子どもの遊び場が少なくなっているっように思うんだ。
公園とかは増えたんだけれども、そういうところだけが遊び場じゃなかったんだよね。
ないものねだりなのだろうか。
Switchはなかったけれども、当時も携帯ゲーム機はあったことはあった。
ただ、それを持って公園で遊ぶってのはなくて、公園では公園でしか出来ないような遊びに夢中だった。
同世代が多かったからなのか、多人数の缶蹴りの面白さは半端なかったように思う。
公園でのボール遊びは禁止され、危険とされる遊具はどんどんと解体されていく。
ブランコに乗れば靴を飛ばしていたけれども、それが危ないということで、ブランコの向きが変わったりもした。
公園のあり方が変わっていったりもした。
小学校4年生のころに、児童館が出来た。
しかし、児童館の職員たちの横暴な態度が許せなかったのと、その児童館が建つ前は、そこはシロツメクサの花や各種バッタの宝庫で、男児も女児もそこで遊んでいたんだ。
子どもの遊び場を取り上げられたと感じたんだろう。
懐古主義なんだろうか。
良く解らない感情が込み上げてくるよ。
ではでは
