歴史を思い返して思うことは?

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歴史ってそこまで興味がないんだ。

自分に直接的に関わりのある地元の歴史ならば、

おそらくかなり話せたりはするが、

日本史とか世界史とか、さっぱり解らないし、

解ろうともしていなかったりする。

 

解ることは歴史は勝者が書いているってことだ。

簡単に言えば、勝者が都合の良いように解釈しているってこと。

 

そもそも戦争に至る経緯とか、
各国の思惑とか正義とか。
 
解りようもないことを解った風になるってのが、
一番ピンと来ないんだ。
 
本当に他人の気持ちが解るっていうのであれば、
なんで戦争が起こるんだろうね。
 
自分たちの都合の良い解釈をしているにすぎないと思うんだ。
 
また、紙に書かれたことがすべて正しいというのも、
どうかと思っている。
 
同様に、映像が残っていたとしても、
それがすべてというわけではないし、
それこそ都合の良いように編集することも出来る。
 
仮にタイムマシンがあったとして、すべての立場から、
客観的に見ることって出来るのだろうか。
 
別にタイムマシンが無くても、現状をすべての角度から、
正しく観察出来るのだろうか。
 
人間であるから、何かしらのフィルターを通して
物事を見てしまっていると思う。
 
それを無垢な状態で見ることってのは、
おそらく出来ないと私は考えている。
 
他人の意見を尊重して聞けたとして、
それらを取り入れるか取り入れないか、
そうやって人間は変化する可能性はあるんだろうけれども、
それを成長と呼ぶのは違うかなと思っている。
 
歴史とか史実とか事実とか真実とか。
 
真実ってのは一つなんだよな。
事実ってのは、個々の認識で、人の数だけ存在する。
それらを正しく認識したかすら怪しいし、
記憶違いもあるだろうし、
曲解してしまうこともあるだろう。
 
過去にこんなことがあったから、
未来にこんなことが起こらないように、
なんていう。
でも歴史は繰り返すっていう。
 
なんだろうね。
 
例えば、100年前の当事者はこの世にはいない。
当事者が残した記録や伝えた話はそれはそれ。
 
時代背景を考えず、今に置き換えて考えても、
あまり意味がないように思う。
 
だけれども、その時代背景ってのは、
体験のしようがないと思うんだ。
 
気持ちを解ろうとするのは大事だとは思う。
 
でも、争い事ってのは、人間が活きている以上、
避け用のないものに見えている。
 
自分の受けた恨みつらみは、
生きているうちに発散するか、
発散しないで墓まで持っていくか。
 
それを次世代に引き継がせるってのは違うよな。
 
 
ではでは