兄弟は「きょうだい」、姉妹は「しまい」と読む。
兄妹も、姉弟も、「きょうだい」と読むが、姉妹は「きょうだい」とは読まない。
謎だよね。
厳密にいうと、
兄妹は「けいまい」と読むし、姉弟は「してい」と読むが、どちらも一般的には「きょうだい」と読むことが多いように思う。
でもさ、きょうだいって、2人とは限らないわけじゃないですか。
家族構成として、例えば私を例にすると、兄弟妹でも「きょうだい」と読めるというか、読もうとしてしまうことだろう。
自分のポジションからみて、きょうだいを説明することがあるかとは思う。
親の立場から、こどもたちを説明することもあるかとは思う。
アメブロでは超有名な3姉妹がいたりしますし、四姉妹なんて言葉も昔から使われて来ました。
女性だけで構成されると「しまい」と読むことはあっても、「きょうだい」と読むことは稀だろうが、「きょうだい」と読んだところで間違いとはならない。
しかし、兄弟を「しまい」と読むことは今のところないだろう。
これが、女性蔑視だとか、LGBTQがどうとか、騒ぐのはちょっと待って欲しいというか、そういうところに結びつけるは止めて欲しい。
例えば、姉妹校、姉妹店、姉妹都市、なんて言葉がありますが、兄弟校、兄弟店、兄弟都市とは一般的には使わないのはなぜでしょうか。
これも謎ですよね。
英語に翻訳しても、sisterが使われているようで、brotherは使われていないようである。
これはなぜかと考えると、名詞を男性名詞、女性名詞とする言語圏、例えばラテン語などにおいて、これらが女性名詞であったことに由来するのではなかろうかと考えるに至る。
確かに、学校、店舗、都市はいずれも女性名詞である場合が多いようである。
例外もあるのだろうが、それを直訳すると、姉妹を使うのは自然なことであり、そこに悪意はないと思う。
例えば、cityは市、townは町、なんて訳される。
姉という漢字は女偏に市であることは、何か関係があるのだろうか。
中国における漢字は、意味と読みを漢字に埋め込むということが往々にしてあるようです。
つまり、女性だから女偏、読みは「シ」と読むから、その読みに該当するもので「市」または、その逆で、「市」としたから、「シ」と読むのかもしれない。
これは、中国の漢字に詳しい人に教えを請うことになるだろう。
町と聞いて、小町という熟語を連想する。
小町とは、辞書によると、評判の美しい女性という意味である。
これらも謎ですよね。
男性名詞、女性名詞といった考え方と関連があるのでしょうか、それともないのでしょうか。
中国語が先か、ラテン語が先か。
小町と聞くと、小野小町は有名で、平安時代の女性である。
さて、平安時代に町に女性の意味があったのでしょうか。
男と町という漢字を並べてみると、どちらも田の字を含むのも不思議な関係性ですよね。
人が群がり住んだので村(むら)。
田んぼで力を使ったのが男。
田んぼの一区画を丁として町(まち、あぜみち)。
街は行構えに圭であり、町とは起こりが違うが、訓読みはまちである。
女偏はあるが、男の部首は田であり、男を含む漢字もあることはあるが、それらが偏旁冠脚垂繞構として、男であるのだろうか。
甥は生、㽒も生、舅は臼、虜は虎、娚は女、嬲は女、嫐も女、…
なんでだろうね。
私は言語学者ではないし、そこまで各国の言語に精通しているわけでもないので、戯言として読んで欲しいとは思う。
ではでは