今日は「なぜ一週間は7日なのか?」について、数学屋の私が考察していきたいと思います。
宗教的な話しが絡んできそうではあるが、今回は宗教は出来る限り抜きにする。
とはいっても、数学的な宗教はありとしましょうかね。
まず、この世界では、なぜ10進数が幅を利かせているのか?
というところから考えていく。
それはホモ・サピエンスが二足歩行して、2本の腕と、それぞれの腕の5本の指が、自由に使えるようになったことが非常に大きな意味を持っている。
2✕5=10
であるから、ホモ・サピエンスの誕生は、同時に10進法の誕生でもあるのだ。
さて、幸いにも腕の2本も指の5本も素数である。
逆に言えば、10は2と5を素因数に持つが、3を素因数に持たない。
約数で言えば、2や5を約数に持つが、3、4、6、7、8、9を約数に持たない。
つまり、3では割り切れないという不便さがあったこともかなり重要であったと考える。
不便さを解消するために、人間は知恵を絞ったわけです。
ならば、2と3を掛けた6、更に2を掛けた12は結構使い勝手が良いのでは?となり、後にダースという単位が登場し、12ダースが1グロスというような体系も生まれ、12進法と言われている。
12は2でも3でも4でも6でも割り切れる都合の良い数であるが、5で割り切れない。
ということで5倍した60は、2、3、4、5、6、10、12、15、20、30で割り切れるというかなり都合が良いことも解る。
一日を24時間、1時間を60分、1分を60秒、といったように時間の精度が高まるにつれて60進法が都合が良かった。
地球規模で考えれば、1日で地球が一周するわけで、一周を360˚として、60進法が採用されたということだろう。
更に、一年は当時の精度としては精巧だったかもしれないが約360日だったのも、360˚を採用した理由かと考えられる。
360は、2、3、4、5、6、と割り切れるが、7で割り切れなく、8、9、10と割り切れる。
7で割り切れる都合の良い数を考えるも、360✕7=2520は、数として扱いにくい。
ならば、新しい概念として一週間は7日としたら良いのではないかと考えた人が居たのだろう。
そこで宗教的に7日というのが定着していくこととなる。
なんてことは、誰でも想像出来ることだろう。
数学屋の私はもっといろいろな事例を持ってくる。
トランプは絵柄が4種、数字はAからKまでの13種。
1から13までの総和は91。
4倍して364。
ジョーカーを1枚加えると365日の平年、更に1枚加えると366日の閏年。
これを偶然と思うか必然と思うか、神秘的に思うか否か。
例えば、360は7で割り切れない、次の素数の11でも割り切れない、更に次の素数の13でも割り切れない。
ならばそれらを掛けてしまうと、
360✕7✕11✕13=360360
7✕11✕13=1001ということから、こういうことが起こってしまう。
これを偶然と思うか必然と思うか、神秘的に思うか否か。
現行の暦はグレゴリオ暦が採用されている。
これはローマ教皇のグレゴリウス13世の命によって、1582年10月4日の翌日を、1582年10月15日金曜日と定めたことで、各国が採用する時期はバラバラだが、ほとんどの国がグレゴリオ暦を採用していくこととなる。
大昔に考えた1年が360日ではなくて、365日でもなくて、もっともっと精度の高い値、365.2425日まで精度を高めたのがグレゴリオ暦である。
例えば、ユリウス暦は1年が365.25日だったので、そのカラクリをみると、4年に一度閏年が来れば、都合が良いことが解る。
数学的に示すならば、
365.25✕4=1461
と整数になるから、都合が良いのである。
では、グレゴリオ暦の365.2425に何を掛ければ整数となるだろうか?
まずは10進法を使っているので、大雑把にだが102=100倍してみると、
365.2425✕100=36524.25
となって、あと4倍すれば都合が良いことは、先のユリウス暦と同様である。
36524.25✕4=146097
なので、4年に一度閏年となって、100年に一度閏年ではなくなって、400年に一度閏年となるといった、ちょっと変わった暦となっているが、精度的には十分実用に耐えるものとなっている。
さてさて、グレゴリオ暦は400年周期と考えて、400年=146097日となったわけです。
この146097が、なんと7で割り切れるのです。
146097÷7=20871
これを偶然と思うか必然と思うか、神秘的に思うか否か。
つまり、
400年=4800ヶ月=20871週=146097日
という等式が出来上がるのである。
結果的にだが、一週間は7日としたことが、ここまで都合よくなるとは思いもよらなかったことだろう。
ただ、100年であれば長寿であれば体験出来るかもしれないが、400年は絶対に体験出来ない領域であり、グレゴリオ暦になってから、まだ500年も経っていないのであり、400年毎の閏年は1600年と2000年の2回目である。
閏年をもう少し数学的に厳密に考えてみると、
太陽年≒365.242189
365.24219-365=0.242189
4倍すると、
0.242189✕4=0.968756
これは、ほぼ+1日と考えてよいだろうと、4年毎に閏年として2月29日を作る。
ここで、
1-0.968756=0.031244
とするのではなく、
0.96876-1=-0.031244
とマイナスの余りと考えて、
25倍すると、
-0.031244✕25=-0.7811
これも、ほぼ-1日と考えて良いだろうと、4✕25=100年毎に閏年を取りやめる。
-0.7811+1=0.2189
4倍すると、
0.2189✕4=0.8756
これも、ほぼ+1日と考えてよいだろうと、100✕4=400年毎に閏年を取りやめるのを取りやめる。
0.8756-1=-0.1244
8倍すると、
-0.1244✕8=-0.9952
これも、ほぼ-1日と考えて良いだろうと、400✕8=3200年毎に閏年を取りやめるのを取りやめるのを取りやめる。
といったように、西暦3200年は閏年ではなくなるのではないかという計算が出来るのである。
まぁ、あと1000年以上先の話しなので、暦がどのような経緯をたどるのかは解らないし、太陽年に変化が起こらないとも限らないので、実際にどうなるかは推測するしかない。
4✕25=100をしていることからも、ホモ・サピエンス特有の10進法に引っ張られているとも言えなくもない。
もし、ホモ・サピエンスが2本の腕を持ち、それぞれ2本の指だったら、2進法が発達していただろうか?
これはコンピュータの世界そのものであるが、2進法で閏年を考えたとすると、
365.242189-365=0.242189
0.242189×22=0.968756 ⇒ 22=4年毎に閏年にする
0.968756-1=-0.031244
-0.031244×25=-0.999808 ⇒ 22×25=22+5=27=128年毎に閏年を取りやめる
-0.999808+1=0.000192
0.000192×212=0.786432 ⇒ 27✕212=27+12=219=524288年毎に閏年にする
…
といったような2のべき乗で暦を考えていたことだろう。
指が2本ではなく、5本であったことは、かなり重要だったのだと私は考えるのであった。
簡単に言えば、360は2、3、4、5、6、8、9、10で割り切れて、7で割り切れないから、7で割り切れる単位が欲しかった。
おそらくそれに尽きるのだろう。
これが数学屋が考える「なぜ一週間は7日なのか?」に対する答えである。
あくまでも私説なので、その辺はご了承下さい。
ではでは