ブログネタ:宇宙人と未来人、どっちに会いたい?
参加中私は宇宙人 派!
ここでいう宇宙人は、地球外知的生命体を指すことにする。
ここでいう未来人は、未来の地球人を指すことにする。
最近よくネタにされるUFOは、未来の地球人がタイムマシンで過去の地球に観光に来ているという類のものである。
この説がささやかれる前は、UFOは宇宙人の乗り物というものが多かったと思う。
宇宙人は、体は弱体で、脳が異様に発達し、・・・
現代の地球人が考え得る地球人の未来像そのものが、過去の宇宙人像だったわけである。
さて、宇宙の年齢は、139億年とも言われている。
人類が知的生命体といわれるまでになったのは、ここ数千年から数万年程度だとして、地球外知的生命体と、同時代に遭遇することが可能かという話である。
現時点の人類のもつ技術(テクノロジー)で、地球と同程度の知的生命体が生まれるであろう環境が整った惑星までの、一世代の寿命での行き来が可能かといえば、不可能であろう。
向こう、つまり地球外知的生命体も、地球よりも早い段階で知的になって、地球の存在を見つけて、地球の近くまで来ていてくれなくてはならないわけだよね。
以前の記事で、過去の自分などに会うことは出来るということは書いたね。
会うといっても、一方通行で、過去の写真や映像を見たり、鏡の中の自分は過去の自分だという話しでした。
技術の進歩が、ここ数百年の進歩の伸び率でそのまま上がっていくかとは、私は思えない。
どこかで頭打ちになってしまうことだろう。
ロマンの欠片(かけら)もないけど、そう思えてならない。
しかし、思考停止することはやめてはいけない。
また、すべてを便利というベクトルだけの指向ではダメだということも考えなければいけない時代になってきたんではないだろうか。
多少の不便は、程よいストレスというか、人生のスパイスというか、必要だと思うんだ。
未来人に会って、未来の地球のことを聞いてみたいのか、宇宙人に会って、現在の宇宙のことを聞いてみたいのか、・・・
未来の地球は、現代人が作り上げた上にあるから、わざわざ未来人から結果を聞くことは、不要というか、それを聞かなきゃ、現代人は動けないのかというのは変だと考えてしまったんだな。
ここで、宇宙人の定義を、すこし変えてみる。
地球外知的生命体というものから、自国外知的生命体、ないし地球内知的生命体。
まずは、地球の中のことを考えたほうが良いだろう。
そのために、宇宙人と会って、よく話し合いたいというか、話し合わなければだめだよな。
