ブログネタ:肉、野菜、魚、どれか一つ今後食べられなくなるとしたら?
参加中私は 肉 派!
これは厳しいネタですね。
肉に入れた理由はベジタリアンとかではなく、特に理由はない。
私は、宗教上の理由で特定の肉を食べられない人と仕事をしたことがある。
形が見えるものは駄目だっていってた。
例えば出汁やスープにとけ込んでしまっているようなものまでは関知しないっていってた。
とはいっても、もっと厳密に食べないという人たちもいるという話も聞いた。
その人が偉いのは、食べている人を非難しないところだ。
例えば、日本人は鯨を食べる長い歴史と文化を持っている。
鯨は絶滅の危機に瀕しているから食べるのをやめろ。
ちゃんとしたデータを提示されるのであれば、理解できるのである。
鯨を食べない文化圏の人間が、
鯨は高等生物だから食べるのをやめろ。
残酷だ。
鯨が可哀想だ。
という事をいう。
それもよりによって、鯨の変わりに牛や豚を食べればいいじゃないか。
ともいう。
人間には持って生まれた罪がある。
それは、生命を食べないと自分自身は生きていけないという業である。
水だけ飲んで生きられるならばそうすればいい。
しかし、野菜にしろ魚にしろ肉にしろ、いずれも生命である。
野菜しか食べないベジタリアンだからといって、野菜以外を食べる人を非難してはいけない。
当然、どのケースにおいても言えることである。
人間も食物連鎖の一部分であるとするならば、何を食べてはいけないという事よりも、無駄な殺生をしてはいけないという考えの方がしっくりくる。
食べ物を粗末にしない。
食べ物を残さない。
残してしまったとしても、土に返すような仕組みも必要だろう。
例えば、牛乳とかがスーパーに陳列されている。
私はあえて、賞味期限が早く切れる物を選択する。
鮮度チェックで落とされた牛乳の行方を知っているからである。
これも、一番奥に陳列されているものを引っ張りだしてまで新しいものを得ようとする人を非難はしない。
その人にはその人なりの理由があるのだろう。
さて、もう一つ人間が食物連鎖の一部分であるとするならば、考えなければならない事がある。
それは埋葬方法である。
食物連鎖の一部であるというならば、土葬が一番理にかなっているといえよう。
土葬による弊害が大きいことから、火葬が主流になったともいえる。
これに関しても、何が悪いといった事を非難する事はしない。
個々の人間が、個々の立場や理由によって、個々で考えればよい事だろう。
それによって導き出された結論に対し、非難はしない。
