次女がベビーカーに乗って公園デビューをして間もなくの頃。



公園ママたちとの雑談で、



「この子たちも大きくなって恋人を連れてくるんだろうね。」



というAちゃんママの言葉から、その日は話が始まった。





「どんな相手を見つけるのかな?



「サーちゃんはもてもて女子になりそうだよね。」


「ユウ君は、意外と、できちゃった婚とかしちゃって。」


「りーちゃんは、バリバリのキャリアウーマンしてそう。」



「うちのヒロが女の子をを連れてきたら、泣いちゃうかも。

嫁いびりの気持ちが理解できそうなんだよね。」


「えー!」


「そっかー・・」と一同、少々しんみり。




「ねぇねぇ、私、すごく心配なんだけど・・・」


「何が?」


「もし、彼氏とか言ってフクヤマみたいな男子を連れてきちゃったら、どうする?

緊張して話はおろか、顔を上げることもできない気がする・・」



「それはヤバイ!」


「そうだね~、それはすごい困るぅ。」


もう、わーわーきゃーきゃー大変な混乱振りである。



こんな風に、親たちが

勝手でしかも現実性などはまるで無視した妄想をしまくり続けながらも、

子どもたちは日々すくすくと健やかに成長していたのであるが。



現在。



私は、娘の結婚式で歌うカラオケの曲を決めている。


中島みゆきの「糸」だ。


感極まった私は、歌い終わって、

フェイドアウトしていく演奏の中でひとこと、

声をつまらせながら、歌詞の一節を引用して、


「・・ふたりが、ある時は人を温め、傷をかばう、

そんな存在になってくれることを、望んでやみません。」


と深く一礼するのである。



おお、思い浮かべただけで泣ける話ではないか!




しかし、そういえば、


花嫁の母親は歌なんて歌わないものだったかも・・・?



スピーチのひとつも出番は無かったような気も・・・?



これも、現実性を無視した勝手な妄想話のひとつってことだ。



でもでも、現実性というなら、

フクヤマよりも確率は高いのではないか?




と言うと、

いろんな意味で、娘たちにド突かれそうではある。


  

小学生の頃のナンちゃんの口癖は、


「それ、初めて聞いた!」とか、

「えっ!ホント?」とかだった。


実に素直な表情だったことも懐かしい。



そんな小学生のナンちゃんが、ある時、聞いてきた。


「ねえ、ねえ。」

「ん?」

「僕の名前さ、どうしてナンちゃんって付けたの?」


 お、来たな。

 小学1年生質問の定番!

 3番目の子ともなると、上2人で経験している分、

 気楽に答えられてしまうってもんだ。


生まれてきた時にね、

「僕はナンちゃんだよ!」って言ったんだよ。


「え?僕が自分で言ったの?


ナンちゃんは膝を乗り出し、

目をキラキラさせて、

まっすぐに私を見つめてきた。


う、、、後に引けなくなった私は


「うん、そぉよぉッ!」。


・・・・・


さて、それは数日後、

ナンちゃんの不思議そうな顔として、

私にはね返ってきた。


「学校でね、僕の名前の理由を言ったら、

みんなに嘘だって言われた。

ホントだよ、って言っても誰も信じてくれなかった。」


私は、ひどく後悔した。


こんなことで「冗談」を言ってはいけなかったのだ。


しかし、生まれたばかりの赤ん坊に視線を注ぎ、

「ナンちゃん」という名前を思いついた時、

「彼の名はこれなんだ!」と確信したのだ。

本人が口にしたわけではないが、

私には、赤ん坊が教えてくれた名前だとしか思えなかった。


私にとっては、

まるっきりの嘘でも冗談でもなかったのだ。

その時の、

赤ん坊を心から愛おしく感じた瞬間も。


いつか、そんなこんなが理解できる年頃になったら、

このことを話してあげなきゃ、と思いつつ、

私の後悔は続いた。


・・・筈だった。



さて、ナンちゃんが小学3年生になった頃、

今度は私の年齢を聞いてきた。


私は、

「100歳なんだけど、誰にも内緒だよ。」

と答えた。


あらまぁ、だ。

まったく懲りていないというか・・・


そして、数日後。


ナンちゃんが学校から帰るなり、

私の元へ走り寄ってきた。


「ねぇねぇ! S先生もね、ママと同じ年なんだよ!」


「え?そう・・・なの?」と答えつつ、



・・・うーむ・・・S先生も魔界の仲間だったとは・・・!


と、内心、複雑な驚きを噛みしめた私。



そんな風な過去を重ねてきた私であるが、


このところ、

ジェイもムーもナンちゃんも、

3人でその頃の話をしては、

私のことを


「ひどい母親だったよね~」と


意気投合している。


3人ともそれぞれ同様の記憶がたくさんあるのだ。

当然のように、非難の矛先が私に向く。


懺悔するしかない、が、

あれはあれで、

3人共通の良い思い出ではないかとも思う。


きっと一生、兄弟で笑って語り合えるネタだ。


嘘は良くない!

懺悔すべき!

なのだが、


これらの嘘の懺悔の先には

子どもからの「感謝」が待っているのではないかと、

この頃、密かに想像している。


今の3人をだますのは容易ではないが、

何かネタを提供するのも悪くない。


どんなだましなら可能だろうか?


まだ、だまされる子どもであって欲しいという気持ちも、

私の心の片隅にあったりする。


                     

高校3年生。


「赤」といったら校舎を染める夕日!

っていうのが定番のはず。


ついでに、

楡(にれ)の木陰には声も弾むってもんだ。


(って、いつの時代の高3なんだよ?)


昭和は遠くなりにけり・・・だよね?



さて、「赤」である。


Nくんはバリバリの理系男子だが、

ママいわく、「消極的理系」。


つまり、文系科目が苦手で、

理系科目は比較すればマシだということで、

「理系」を名乗っているのだという。


さて、いよいよ受験勉強も時間との戦いになり、

学校の勉強をどうしても後回しにしていたNくん。


その結果!


「赤」である。


Nくんママによれば、


そういえば、高校生には「赤点」というものがあったのよ!



思わず息を飲む私。

そうであった。

・・・落第!

なんと、生々しい現実。



Nくんママもため息をつく。


あの子には小学生の頃、


偏差値には30という数字が存在する事実!


にも気付かせてもらったし。



ところで、何の科目が「赤」だったの?

と私。


「古典」。


おお、そうであったか!


消極的理系男子に、

わび・さびのハードルはさぞ高かったろうと

いみじうあはれに思ふなり。



しかし、Nくんの名誉のために言っておく。


彼は、とても優秀な受験生である。

赤点は、だからこそ、愛嬌だとも言える。


結局、Nくんママも私も、

この話題で大笑いしていたのである。


そして今、私のこのPCさえ、

とんでもないオチを提供してくれた。


いわゆる変換ミスだ。


「降参生」だと。

  
                 




冬に向かう季節の

早い夜空に

飛行機の光の点が移動していく。


その光に視線が吸い込まれて、

急に胸がざわついた。


忘れている

会うべき人が

会いたい人が

どこかにいるのではなかったかと。


地上には、

季節の風が、

少しばかりの肌寒さを運んで、

散歩の犬が足早に過ぎる。


胸のざわめきの正体は見えない。


飛行機の光は私の視線を捉えたまま、

遥かな空を目指して進む。


どの空の下、

私の思いはあるのだろう。


なのに、この地面の上に、

私の足はしっかりと立っていて

そうして一体感を失った「自分」は

それでも、家に帰って行く。


それは、日常の習慣で。

それは、毎日の繰り返しで。

まるで無意識の世界の中で。


飛行機につかまった私の視線は、

今、

どこにいるのだろう。


誰もいない、

どこでもない、

そんなところに、

胸のざわめきは到着している。


多分、

きっと、

恐らく、


じっと。


ずっと。



           

思いがけずに幼なじみのAちゃんのツイートに出会った。


3年前に始めたらしいのだが、

今年までのつぶやきは29個。


多いんだか少ないんだか・・・


ちょっとはにかんだような笑顔が目に浮かぶ。


学校を卒業してからは、

全く接点も無く、

ただ、家が近所なので、

家の前を通りがかると、

「どうしているかな・・・」

と思う程度の関係である。


ツイッターの中でAちゃんは、

その短い言葉のひとつひとつに

折々の情景まで織り込んでいるかのようで、

実に活き活きと存在している。


ガソリンスタンドの給油待ちでの心の動き、

庭の土にそっと触れている手の指、

職場でのちょっとした気持ちのすれ違い、


くっきりと、その様子が浮かび上がる。


29個のつぶやきに、

同じ時間を共有している気分だ。


さて、しかし、そのツイートによれば、

昨年、2012年4月には、

築地の桜を

がんセンターの病室の窓から

眺めたとある。


全然知らなかったが、

Aちゃんは昨年、手術を受けたのだ。

桜はきっとAちゃんに

安らぎを与えたに違いない。



今年の1月には、

庭に早咲きの桜の苗を植えたとある。



気持ちのままに、

Aちゃんにメンションを飛ばしてみた。



「今年の桜はどこで観ましたか?


幼かった頃の笑顔ばかりが目に浮かぶけど、

言わなきゃね。


   心からご冥福をお祈りします。」



もう、受け取るべきアカウントの主はこの世にいない。


わかってはいても、

Aちゃんへの最初で最後の私からのつぶやき。


Aちゃんの不在が

じわりと胸にこたえて、


涙が一粒、Gパンの膝にシミを作った。