先日、テレビの情報番組で、

JR九州の豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」 を紹介していた。


「走る高級ホテル」と表現していたが、

内装や調度品のひとつひとつ、

まさに「贅を凝らした」っていう感じ。


その料金も2人で最高100万円を超えるらしい。


鉄道列車といえば、

そもそもの目的は「移動」だ。


オリエント急行を考えても、

豪華さという点では似ているともいえようが、

しかしその主目的は、まさに長距離の移動である。


さて、ななつ星は、「in 九州」と付けられているように、

九州内を3泊4日で巡るとのこと。

「クルーズトレイン」とも呼ばれているようだ。



移動を考えるなら、その料金で、

世界を視野に旅行プランが成立するだろう。


つまり、このななつ星は、

移動するための手段というよりは、

「贅沢な時間を過ごす」ことが目的の豪華列車。


ならば、走る必要はあるのか、

という疑問が湧き上がるところだが、

今の私は、

走るからこそ、ただの豪華ではなく、

超豪華といえるのではないか?

と確信しているものである。



テレビ画面の中、

豊かな田畑を駆け抜ける列車。

秋色に染まる風景に、

薄紅のコスモスが優しげに風に揺らぐ。



番組内では、ななつ星が通過する線路脇で、

その豪華列車に手を振り見送る地元の人々が

映し出され、

走り抜ける列車に、

笑顔で、

大きく手や旗を振っていた。


彩を添えているコスモスは、

ななつ星の乗客を「おもてなし」したくて、

種から育てたのだという。


ななつ星には、

大きな窓からの移り行く景色、という、

「高級ホテル」にプラスされた「贅沢」がある。


そして、美しい列車とその乗客を歓迎しようという

地元の「好意」と「善意」が

向けられているのだ。


ただ息をしているだけで、

数秒息を止めていたって、

時間は過ぎる。


なのに、自然に過ぎる時間を「過ごす」ために

そして、移動のためでもなく、

こんな贅沢な列車が完成して、線路を走る。


プライスレスが全てを超えて贅沢だとも思わないが、

この「ななつ星 in 九州」は、

「超」を付けても良い豪華さを備えていると思うものだ。


しかも、私には絶対に手が届く存在ではない。

いいなぁ、という憧れ。

「超」には、そんな要素も必要ではないか?

と思う、ススキのそよぐ秋の一日であった。


                 

ナンちゃんが言った。



「ねぇ、コーヒーの淹れ方教えてよ」





おぉ?

自分でやってみる気になったか!



ナンちゃんにしては、すごい発言である。



親が子どもを育てるということ、、、、、

う~ん、言い換えれば、

子どもが大人になるということ、でもいいのだが、

何をもってして、「コンプリート」とするのだろう。



自分が自分を成長させることについては、多分、ゴールはない。

が、親が目指す子育ての目的地点は、

「子どもの自立」であろう。



とすると、このナンちゃんの発言は、

ナンちゃんが「最終コーナー」を曲がり切った証!

・・・かも !?

・・・ではなかろうか ?!




人生、いろんな人と助け合い、仕事を分担しながら、生きている。

奉仕することも、されることも、サラリとこなせたら素敵だ。



日常生活のあれこれも、全て同様なのだが、

ひとつ、譲れない理想は、


「できないから、頼る」のではなく、

「できるけれど、頼る」であって欲しい。



できなければ、頼れなかった時、変な方向に気持ちが向くような気がする。



例えば、やってくれない相手への恨み、

例えば、立ち往生する自分への絶望、

例えば、何だかわからないイライラ・・・



頼る立場を交代することができることは、

相手への「理解」や「思いやり」にも通じることであろう。




以前、私が右手首を骨折したことがあった。

家事一切を子どもたちが分担したのだが、

最初の日、面白いことがあった。



ジェイがムーに

「ねぇ、お米ってどうやって研ぐの?」





え。え~っ! 妹にその問いかけって・・・!





ムーはジャガイモの皮をむく手を休めることもなく平然と、

「えっ?家庭科で習ったでしょ?」



ジェイの応えは、

「家庭科の時間は、食べる役専門だったんだよ。」



ムーは少しも動じることも無く、


「まったく、もぉ。  ちょっと見てて。


こうやって、水を入れて、最初は素早く、すぐに水を捨てるんだよ。


で、これを2~3回繰り返して、水の濁りが無くなったら、OK。


で、お釜のこの線まで水をいれて、炊飯器にセットするんだよ。」




「は~い。」

ジェイは屈託もなく、ほんとに素直である。



しかし、頼もしいぞ!ムー。




そういえば、同じ兄弟でありながら、

小さい頃から、ムーはしょっちゅう台所に来て、

私の手伝いをしたがった。



私が積極的に頼むことはなかったが、

だから、ジェイに手伝いを頼むことも無く過ぎ、

それが、この状況に表れたのだ。



私の骨折は、ほどなくして完治し、

家事に戻ることができた。



しかし、私は、ギブスが取れる時に、

よく、コントで使われる偽装ギブスが欲しいと、

医師に頼もうかと、本気で思った。



短期間ではあったが、子どもたちの家事処理能力も

驚くほど向上した。

ジェイも素質はあったようで、任せて安心な存在になった。



しかも、そうなると、私は驚くほどラクだったのだ。



(ま、この野望は実現しなかった。残念なことであった。)





さて、今度は、ナンちゃんがコーヒーマスターに向けて

一歩を踏み出す。



新たな私の野望は、読書しながら、

黙っていてもおいしいコーヒーが出てくることだ。



子育てってホント、楽しい。




               

O先生は、ナンちゃんの通う塾の講師。

30代後半、理系科目担当のバリバリ理系男子である。


そのO先生が、

休み時間に、

急に、

生徒たちに改まった話をはじめた。


内容は、E先生への懺悔である。


E先生は、塾講師の紅一点。

若くて独身。

明るくて、笑顔のきれいな花のような存在だ。


その彼女が結婚するという話を聞いて驚いたのはつい先日のことだった。


ナンちゃんの通う塾とは言っても、

ジェイやムーもE先生とは仲良しだ。


「若くてきれい」というだけでも

尊敬、憧れ、好意の対象になるのに、

E先生ったら、京都弁がむちゃむちゃ可愛いのだ。


「あのおっとりしたテンポと、ちょっと天然なところは鉄板、いや、反則」

とジェイが力説するほど。


さて、そのE先生に、

O先生が懺悔とは・・・


一体、何をしたんだ?


結婚が決まったE先生がいよいよ退職する日、

O先生は、

いつものように忙しく一日を過ごし、

いつものように一日が終わり、

いつものように戸締りをして、

いつものように「お疲れ様」の挨拶で、

校舎を後にした。


E先生は、いったん退職はするものの、

非常勤として、引き続き校舎に在籍することになっていたという。


ところが、数日後、E先生が

「非常勤の話は無かったことにして欲しい」と言ってきたのだそうだ。


理由は、


私にとって、退職する日は特別な意味を持つ日だった。

今までお世話になった職場の人々に、感謝も伝えたいと思っていた。

なのに、O先生は、

私が翌日からいなくなるというのに、

私の退職を無視するかのように、

言葉のひとつをかけてくれるでもなかった。

私は、職場にとって、そんなどうでもいい存在だったのかと

ショックを受けた。


というものだったとか。


O先生は、ナンちゃんたちに向かって、


自分はE先生に、お詫びのしようがないことをしてしまった。

本当に情けない。

君たちにも、申し訳ないことになってしまった。


と言ってうつむき、涙を流したそうだ。



ありえない!



そして、O先生はナンちゃんたちに


「E先生に君たちができることは、

志望校に合格して、

報告に行くことだ。

E先生は、必ず、喜んでくれるから。」


と続けたという。


さらに、ありえない!



これは、あくまでも、

O先生とE先生の間のできごとで、

ナンちゃんたち生徒が、

E先生に良い報告ができるように頑張ることは、

この話とは何の関係も無い。


O先生は、

自分が背負い込んだものの重さに潰れそうになっていたのかもしれないが、

受験を控えた生徒たちに救いを求めてどうするんだ。


まったく、 ホントに、 ブツブツ、ブツブツ・・・・・・・・・・・




だけどね、E先生。


生徒もその保護者も、ジェイやムーだって、

先生がいなくなって寂しく思うってこと、忘れないでね。


可愛い花嫁姿を想像し、

みんなで先生の幸せを祈ってますから~


                     



K君は高3に進級した4月、

授業が始まって1週間ほどした頃、

満面の笑みで母親に言ったという。


「理数科目が僕の毎日から消えて、

学校が楽しくて仕方がない!」


K君の学校は、私立男子校。

2までに必修科目を履修し終えてしまう。

3年生では自分の進路に合わせた科目を選択するので、

私立大文系学部を志望する彼は、

理数科目を選択しなかったというわけだ。



そして、5月の中旬を過ぎ、

最初の定期テストの結果が出てみると、

これには彼の母親が仰天した。

何と、成績が「うなぎ登り」ではないか。


うわっ!と思っているとすぐに三者面談の日がやってきて、

K君と母親は、担任の先生と向き合った。


開口一番先生が発した言葉は、

「K君、きみは本当に数学がストレスだったんだねぇ。」

K君はにっこりして

「はい。その通りです!」


どれほどのストレスをこれまで背負っていたというのだろう?

彼の成績は夏に向かってさらに上昇中である。



文系人間へのこの驚異的な圧力!

数学、恐るべし!



ところで、そういえばと思い出すのはジェイである。

理系学部に進学した彼女が大学入学後に発したセリフは、



「学校がこんなに楽しいなんて!

毎日数学や物理ばっかりで天国だぁ!」


そう、K君と同類なのである。



思えば、ジェイの「国語」には随分驚かされてきた。


小学4年生の時には、詩の読解で、

「空から降ってきた白い羽根とはなんでしょう?」という設問に、

「鳥の羽根」と無邪気に答えたものだ。


その詩を読めば、答えが「雪」であることは明白なのだが、


「えぇー? だって、羽根って書いてあるじゃん!」


と、ジェイは全力で解答を否定した。


しかも、その絶対の自信の根拠は

「書いてある!」って・・・



やれやれ、とはこのことだ。


そして、今日のジェイは、

私の小言に対して、強気で啖呵をきってみせたが。


「そんなことは10も承知だよ!」


・・・10!

おいおい、あとの90はどこへ行った?


ジェイと私が、決して険悪になることがないのは、

ジェイの、この卓越した「国語力」のせいかもしれない。


ほんッと、呆れるほど笑わせてもらったわ。


けど、もしかして、まじな話、

数学よりも国語の方に「才能」があるんじゃないか?

恐るべし、理系人間。

                    


      
              

どうやら私はケチである。

認めざるを得ない・・・


これまで、

人並みに節約はするが、

自分がケチだという認識は無かった。



ジェイが欲しい本があると言う。

「超訳ニーチェの言葉」(訳・白取春彦)。


話題になっていたので私も興味はあった。


図書カードが手元にあったので、

「買ってあげようか?」

と、書店に出かけた。


平積みされた一冊を手に取ると、

きれいな装丁、

適度な重さ、

ページの色合い、

紙とインクの匂い・・・。

魅力にあふれた本である。


しかし・・・

私はジェイに「ちょっと待ってもらえる?」と言って、

購入を先延ばしにした。


理由は、手持ちの図書カードの金額を超えていたから。



そういえば、数年前の話だが、

ナンちゃんがずっと欲しがっていた廃番になったプラモデルがあった。

それを、秋葉原で発見したというので、お店まで見に行った。

その時、私は値段を見て、

ナンちゃんに、入手をあきらめさせた。


ところが、その2~3日後。

少し前に亡くなった父の遺品の小銭入れが目に止まった。

処分するべきか、中を開くと、

そこには数枚の千円札が残されていた。


ちょうど、ナンちゃんのプラモデルの金額ではないか!


瞬間、亡父の言葉が耳の奥に聞こえた。


「子どもに、物を我慢させるのは大切なことだ。

けれど、我慢させ過ぎると、お金に対して卑屈になる。

バランスが難しいんだな。」


これは昔、存命中の父が、私にくれたアドバイスだ。

この教訓はとても大切だと思う。

なのに、すっかり失念していた。


ナンちゃんは、このプラモデルを探し求めていて、

他の物は欲しがることは無かった。

やっと探せたそれは、かつての定価の10倍ほどもしていて、

自分のお小遣いではどうにもならず、

こつこつ貯めている時間が過ぎていくうちには、

また、市場から消えてしまうかもしれなかった。


私は、一生探し続ける「欲しい物」があっても良いとは思う。

が、この時は、

亡父が「買ってやれ!」と言った気がした。


ナンちゃんは、おじいちゃん、ありがとう、と、

泣きながら念願のプラモデルを手に入れた。


さて、こんな経験をしていたにもかかわらず、

私は、ジェイに対して、同じ過ちを犯すところだった。


ジェイが本をねだるなど、滅多に無いこと。

ジェイは、哲学・倫理に興味を持ち、図書館の利用も多い。

しかし、このニーチェは手元に置きたい一冊なのだろうと思う。


いろいろ考えれば、

あの時、


手に取った本をレジに持って行かない選択は、

あり得ない行動だった。


判断の最終基準を「お金」に置いた自分を恥ずかしいと思う。

単にお金に支配されただけのケチではないか。



さて、あろうことか、

朝の郵便で届いたものは、

過日、商店街のアンケートに答えた謝礼の図書カード。


あまりな偶然だが、

またも、私にダメ出しをしている何かの存在を感じる。

後悔ばかりしていても始まらない。

何はさておき、書店に行かねば。


願わくば、

間に合って欲しい。


ニーチェを手にするジェイの顔に、

笑顔がありますように。