令和元年サロマ100キロウルトラマラソン完走記(3)
サロマウルトラマラソンの公式サイトから記録を転記しました。
タイムリスト
| 計測ポイント | スプリット | ラップ |
|---|---|---|
| Start | 00:01:05 | |
| 10km | 01:05:36 | 1:04:31 |
| 20km | 02:11:48 | 1:06:12 |
| 30km | 03:23:57 | 1:12:09 |
| 40km | 04:37:34 | 1:13:37 |
| 42.195km | 04:52:48 | 0:15:14 |
| 50km | 05:52:45 | 0:59:57 |
| 60km | 07:17:13 | 1:24:28 |
| 70km | 08:43:40 | 1:26:27 |
| 80km | 09:59:12 | 1:15:32 |
| 90km | 11:23:42 | 1:24:30 |
| Finish | 12:48:37 | 1:24:55 |
どんな走りをするかは以前に自作した制限時間表を見ながら、以前とは今回の関門場所が若干異なるので、作り直した。
ペースは降るまではキロ7分半で行こう。その後は80キロまでは8分、90キロからは9分、ゴールまでは10分で行けばギリギリではあるが完走できると予定していた。
ところが、調子が良かったわけではなかったのに、キロ7分でほぼ走れた。これが80キロまで行けたのが今回の完走の勝因だと思っている。なぜ、こんなペースで走れたのかは不明。73キロ当たりの釧路マラソンクラブの応援のときには、過去の記憶では、死ぬほどつらくなっているというものだったが、全くと言っていいほど調子が良かった。不思議である。
さて、そんなペースで走る。でも苦しくなかったというわけでもない。いままでのサロマはだれか彼かと話しながら走った。これがクラブの練習会と同様に疲れを感じないで距離を踏むことができる要因になっていた。が、今回は、全く話す機会がなかった。こちらから話しかけるというような状態にもならなかった。今回のレースで今までと違った点がいくつかあったが、この走っている間にだれとも話さなかったというのが一番の違った点である。サロマは話しながら13時間制限時間いっぱい使って、色々な方と、または特定の方と十分話すというのが、いままでの私のサロマの印象だった。これが今回はなかった。そのためでタイムがよかったのかもしれない。でも非常にさみしいと感じた。
まあ、目標は完走。淡々と走った。
次回につづく。